■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ IF 〔1〕


 予定よりやや遅れ、マイウス市の工廠に帰還した “シュバルツ” 三機。
「イザーク!」
「ただいま戻りました、母上」
 コックピットから飛び降りてきた息子、娘を――彼らの両親は、それぞれ安堵を滲ませ出迎えた。
「怪我は無かったか? シホ」
「ええ、大丈夫です」
 さっそく報告作業など始めた男女を横目に、ずしりと増えた積荷を背負って、タッドの元まで歩いていった、
「へい、お待ち。スヴェルドより重責込めて、宙飛ぶ宅急便どうぞー」
 ディアッカは、束となった資料をバッグごと押し付けるなり、そのまま素通りして階下へ向かう。
「お」
「任務完了〜って訳で、俺、ひとまず寝るわ。後よろしく」
 申し訳程度に、ひょいと片手を振ってやると、
「……いくらなんでも両隣との差が酷すぎると思わないかね、アイリーン」
「ディアッカ君に “ただいまダディ〜” と抱きつかれ、さらに頬擦りされたかったとでも?」
「まっぴら御免だ、暑苦しい」
 いい歳こいたオヤジの嘆きが追って聞こえた。
「しかし父親冥利に尽きるよなぁ、ハーネンフースは。一人娘が、あんな楚々とした美人に成長するとは」
 わざとらしく溜息を吐いて、
「仲良く街へ出掛け、恋人同士に間違われてみたり? コンビニ弁当が主流の職場で、愛娘の手作りランチを広げてみたり? ゆくゆくはバージンロードを一緒に歩いてみたりと――夢が広がるじゃないか! 比べてウチの愚息ときたら」
 傍らに立つ元議長を相手に、不毛な愚痴をぐちぐちたらたら。
「幼い頃は、そりゃあもう! くりっと垂れたおめめパッチリ、肌はエキゾチックに褐色で、ふわんふわんカールした金髪ときたら天使のごとく愛らしかったんだ、本当なんだぞ? それが今じゃ何を間違ったか、真っくろ黒けの規格外サイズだ」
「はいはい、口ではなく頭を動かしてくださいね。研究論文担当のお医者様?」
「冷たい……」
 息子に殴り倒されるまでもなく、カナーバにあしらわれ沈黙した、四十路男はどんより哀愁を漂わせていた。


 預かり物・小型デジカメの持ち主、ユーリは制御室にいた。

「すみません。俺は、撮れませんでした」
 開口一番、告げたディアッカと。
「群島は、開戦と同時期に消失して……今は、海原が広がっているだけです」
 添えられた、封筒の中身を訝しげに見比べ。ほどなく――その意味に思い至ったようで、ハッと顔を上げた。
「ユニウスセブン、か?」
 アマルフィ夫妻が、いずれオーブ近海を訪ねたいと考えているなら、隠し通せはしないだろう。
「……では、この写真は」
 ディアッカは、ためらいと緊張に身を硬くしつつ肯いて返す。
「少し、寄り道しまして。今年の春、島へ立ち寄ったという、知人から譲り受けてきました」
「アスランかね? ――いや」
 幼い命が、散った地に。程近い国で暮らしていた、元同僚が足を運んでいたにせよ。
 今は復隊を遂げ、ミネルバに属している以上。極秘裏にスヴェルドへ赴いたジュール隊が、容易に接触を図れるものではないと思い至ったらしい。
「地球にも、ニコルを気にかけてくれる誰かがいる、ということか……」
 追及されれば、アークエンジェルに接触した経緯、ミリアリアとの関わりを含め洗い浚い答えるつもりだったが。
「のどかな景色だな」
 深くを問わず、しばし無言で、青と緑に彩られた写真に見入っていたユーリは、
「泡沫に消えた幻だったとしても――ロミナには、まだ、この方がいい」
 やがて、静かに頬笑んで。
「その人に、ありがとうと伝えてくれるか」
「……はい」
 ねぎらうようにディアッカの背をはたき、歩き出した彼を。
「なにはともあれ全員、無事に帰って来てくれて良かった。強行軍の長旅で、疲れたろう?」
 追って振り向いた扉の左右には、やはり挨拶に来たんだろう、居住まいを正して敬礼するイザークとシホ。
「すぐに夕食を用意する。ゆっくり休んでくれたまえ」
 厚意を辞す理由も無く、その日は、所内の客室に泊まることとなった。

×××××


「ブルコスじゃなくて、コーディネイターの特殊部隊だったらしいんだけど? アスハ邸を襲ったの」
 胃に優しくも豪勢な食事にありつき、一風呂浴びて。
 ひとしきりソファに転がって、焼き菓子を頬張りつつ新聞を読むなどして、くつろいだ後。
「屋敷をぶっ壊した機体も、ザフトの新型 “アッシュ” ――って、ターミナルの連中が言ってたぜ? 話が違わねえ?」
 父親の部屋を訪れたディアッカは、試しに、カマをかけてみた。
「そうだったのか? まあ、グローバルな情報組織だ。プラントと地球間でやり取りするうち、脚色されたり誤報を掴まされたりという伝達ミスもあるだろう。たまには」
「……少しは驚けよ」
「 “ジン” 部隊が、ユニウスセブンを落とした矢先だからなぁ」
 しかし備え付けのデスクに陣取った、タッドは、ふーむと相槌ひとつで受け流す。
「かつてシーゲルは、パトリックが差し向けた追っ手に射殺された。娘のフリーダム奪取が濡れ衣だったなら、庇い立てもしよう。憐れだ、不条理だと思おう。だが、今も物証が暴れている有り様だ――同情の余地は無いな」
 エクステンデッド関連のデータに目を通しながら、
「誰が忘れても、たとえ法が免罪符を与えようと、恨む者は一生覚えているさ」

 淡々と言い、そうして急に話題を変えた。

「さっき、通路で見かけたユーリが……写真を眺めていてな。訊けば、ニコル君が亡くなった場所らしい」
 無情にも、人造流星群に吹き飛ばされてしまったらしいが、と肩をすくめ。
「身につまされる、と言ったよ。彼は」
 こんなふうに、なにもかも巻き添えにした復讐は赦せん。そう思う一方で――ナチュラル殲滅を望んだ、犯人グループの激情が嫌というほど解る。
 ニコルを喪って、泣き崩れるロミナが傍にいなければ。もしも何かが、少しでも違っていたなら。
「 “ブレイク・ザ・ワールド” と呼ばれるテロ事件の首謀者は、自分だったかもしれないと……元はクライン派、人柄の温厚な男でさえな」
 黙り込んだ息子に、タッドは問い返す。
「おまえは、そのラクス・クライン暗殺未遂を聞いて、どう思ったんだ」
「あー、二年分のツケ?」
「同感だ」
 会話を続けながらも、山と積もった書類に、数値や用語を加え記していく手の速度は緩まない。
「三隻同盟に加わったおまえが、裏切り者の脱走兵呼ばわりされても自業自得だったように。プラントを捨て、オーブを選んだ元歌姫が、ブルーコスモスの標的になろうと同胞に刃を向けられようと、自ら蒔いた種だな」
 ラクスの身は、クライン派を称する連中が守るだろう。
 事実関係の調査についても我々が出る幕ではないと、タッドは冷め切った態度である。
「そうでなくともアークエンジェル側が、ユニウス条約違反の “フリーダム” を後生大事に隠し持っていた件で、巷では、戦後処理に携わったアイリーンの責を問う声まで出始めているんだ」
「うーわー」
 当時の寛大な処置が裏目に出たか、とんだ飛び火である。
「失脚したエザリアとて、強硬派であることに変わりない。私も、エクステンデッドの生体を把握するだけで手一杯でね」

 いよいよ、フォロー不能だ。
 情勢が鎮まるまで、あの艦が、おとなしく海に潜っていてくれることを願うしかない。
 
「……それで、どうなんだよ」
 思考を切り替え、スヴェルド絡みの問題に移るが。
「薬物中毒のレアケースなんだろ、治せそうなのか? ミネルバに乗っけられてる、女の子は」
「無理だな」
 それまで泰然としていた、タッドは一転して、硬い声音で首を振った。
「もう手が届かん。拘束されていたエクステンデッドは、逃亡の末に死亡したと政府から連絡があった」
 返答と相反する記憶に、ディアッカは眉を顰める。
 写真を目にした、あの時点で、末期症状と映るほど衰弱していたんじゃなかったか?
「ミネルバの監視体制に問題があった、とはいえ――連合・オーブ艦隊と交戦続きだったところに、核エンジン搭載の反則モビルスーツ・フリーダム襲来だ」
 所属機の3/4が被弾半壊。クルーも疲労困憊で、ジブラルタルからの補給物資を待っていた隙に、起きたトラブル。
「開戦以降、ザフトの英雄として活躍してきた功績と事情を汲んで、管理責任については不問とされたらしいが」
 思わず頭を抱えた息子に、タッドは、さらなる不発弾を投げかけた。
「このあたりまでが公式発表で、実際には、シン・アスカが独断で連れ出した……と言ったら、おまえはどう思う?」
「は? どこに」
「本人に会ったことすら無い、私が知る訳ないだろう」
 話の飛び具合についていけなくなった、ディアッカを一瞥。ふうと嘆息をこぼす。
「エクステンデッド研究に名乗りを上げていた、医療関係者の間で囁かれている、憶測の域を出ない噂だよ」

 当時の容態を聞く限り、拘束具を解いて、逃亡を企てる体力が残っていたとは考えられず。
 よしんばミネルバから脱出したとて、弱りきった足で、海に囲まれた土地にまろび出て、追撃を振り切れるはずもない。
 ならば、なぜ? どうやって逃げた。
 サンプルと成り得る遺体さえ、搬送されなかった理由は?
 手引きした者がいたとすれば、唯一残った “インパルス” を自在に扱え、なおかつ銃殺刑級の罪状を帳消しにされるほどの戦果を挙げている人物は?

「詳細は分からんが――どうも捕虜の少女が、知り合いだったらしい。だから無条件に解放したんだと」
 しょせん流言蜚語。
 真実の一部が含まれていようと、見失った命は戻るまいが。
「…………」
 ディアッカは、壁に寄りかかって天井を仰いだ。
 少女が敵艦から逃げ出すと判っていれば、拾って、ここへ連れて来てやれたろうに。
 本当に、ステラ・ルーシェの身を案じた少年がいたなら。ターミナルや、医師ウィスナーの存在を知っていれば――保護される場所へ送り届けられたろうに。
 知らなければ、見えなければ抱き上げることも叶わず、ちっぽけな人間の逡巡など無関係に世界は流れていく。
(俺だったら、どうしたろうな)
 たとえば出会い別れて、音信も途切れ。
 ある日、捕虜として拘束された敵軍の兵士が “彼女” だったら? すぐ傍で、衰弱していったなら……。
 上手く想像が働かず、失笑する。
 そんな極限状況における選択など、直面してみなければ分かるものか。


「…………ああ、忘れてた」


 しばらく浮かぬ表情でいたディアッカが、懐から薄っぺらい紙切れを取り出す。
「これ。ターミナルの、モニカって女が」
「なんだ?」
 記された数字の羅列は――下三桁にこそ覚えが無いものの、評議会に属していた頃よく目にした、プラント行政府内の電話番号と思われた。どこの部署だ?
「未来のお嫁さん経由で、プレゼント。あなたが今、いちばん話をしたい人への直通ナンバーよー、だとさ」
「お嫁さん? 話をしたい人? いったい、なんのことだ」
「こっちがお聞きしたいんですケドぉ?」
 戸惑い首をひねる父親を、しらばっくれるなと言いたげに見下ろす息子。
「女遊びに目くじらたてる気は無いけどな。俺もうじき20歳だってのに、いまさら弟妹できるとか勘弁してくれよ? 連れ歩いてたら、俺の隠し子みたいじゃん」
 なにやら誤解されているようだ。ぎょっと椅子から腰を浮かした、タッドは大慌てで弁明する。
「待て待て、私は潔白だ! 誓ってナンパなどしていないぞ」
 ターミナル側のリーダー格として、何度も通信モニターに姿を現した妙齢の美人だが、個人的な会話をした覚えは無い。
「あっそ。じゃ、がんばってー」
 しかし息子はまるで信用していない様子で、宛がわれた隣の寝室へ戻って行ってしまった。

(……どういうつもりなんだ? これからが勝負というときに)

 もちろん逆ナンパは大歓迎だが、時と場合によりけりだなあと、頼りない感触の紙片を手に考え。
 ふと思い返す。デュランダルの動向を危惧するに至った理由、自分が知るデスティニープランの原型――新たな社会システムの概要を、掻い摘んでだがモニカに告げていたことを。
『あなたが今、いちばん話をしたい人』
 彼女の伝言とともに渡された、プラント政府の、どこへ繋がるとも知れぬ番号。

「まさか、な……」

 なんとなく電話機に目をやり、そんな己に気づいて苦笑する。
 これで彼の声を聞けたとして、なにを話す? 導入されてもいないプランを、止めろと説教するのか? 馬鹿らしい。

 ひとり呟いたタッドは、紙片をゴミ箱に投げかけ――思い直して、それを手帳にしまいこんだ。



NEXT TOP

2006年度末の、紅白で 『千の風になって』 を聴きました。なんとなく、ニコル → ロミナお母さんイメージ。アマルフィ夫妻が、運命ストーリーの諸々見たらと考えるとやりきれませんがね。