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■ IF 〔2〕


 午後にはフェブラリウスへ帰ろうと、コーヒーカップ片手に新聞を読んでいた、朝食後。こんこんとノックの音が響き。
「――もう、アプリリウスへ発つんですか」
 外出から戻ったらしい前議長が、テーブル横にまとめられた荷物に目を瞠った。
「いや。先に、本職の雑務を片付けてくるよ」
 エザリア、ユーリらはそれぞれ 『大量破壊兵器の噂』 に関して、各宙域の警戒を強めてくれるよう軍部のツテを当たっている。
「ついでに論文に使えそうな資料も揃えてから、首都へ向かい、時機を見て “番組” の打ち合わせに入る予定だ」
「話をする時間は?」
「かまわんよ。懸念事項があるなら、早めに解消しておくべきだろう」

 招き入れられたカナーバは、硬い表情で 「今後における仮定です」 と切り出した。

「シーゲルの側近だった私が、ラクス・クラインを連れて公の場に赴き―― “アッシュ” 流出及びコーディネイターによる暗殺未遂と、彼女の保護を訴えたなら。デュランダルは、どう動きますか」
 おやおや面白いことを、とタッドは冷笑する。
「私では、 “メンデル” が稼動していた頃の、未完成なプランに基づいた推察しか出来んよ」
「それでかまいません」
 くしゃり乱れた亜麻色の髪に頓着する様子もなく、彼女は、革張りのソファに凭れかかった。
「私には……デスティニープランが悪政と思えない。あなたに教えられた概要は、世界が不毛な争いに終止符を打つため、最善の改革案に聞こえました」
 つぶやく声音には、疲労が濃く滲んでいる。
「そりゃそうだ。構想を打ち明けられた当初――私は、けっこう乗り気でいたんだぞ?」
 タッドは、心外に思いつつ応じた。
「導入を真剣に検討するメンバーも増える一方だった。それなりの利点と具体性が無ければ、誰も耳を傾けんよ」
「ですから」
 後継に迎えた青年の、人柄や政策に安堵しきっていたという、カナーバは鬱屈と首を横に振る。
「ロゴスや地球連合軍だけでなく、シーゲルの娘まで害と断じられる理由が解らない」
「君が、ラクス・クラインを連れて……か」
 願望めいた選択肢、だが。
「もう遅いよ」
 どこまでも非情に徹し切れない美徳と、対を成す甘さを、あえてタッドは突き放す。
「言わなかったか? 開戦後すぐ、プラントへ戻らなかった時点で猶予は尽きた。歌姫の代役は、すでに表舞台のスポットライトを浴びている」
 それは二年前、シーゲルと親交が深かったにも関わらず。
 クライン親子を中心に据えた計画を―― “フリーダム” 奪取さえ、なにひとつ事前に報されなかったカナーバたちが、訳も分からぬままザラ派の手で拘束・幽閉された要因に違いあるまい。
 パトリックが独断で指示したオペレーション・スピットブレイクの目標を、評議員の誰もが知らずにいたこととは、問題が根本的に異なる。
「捕らわれて拷問だの殺害だのといった心配は、おそらく無用だが。代わりに、安全な場所に匿うと称し、矯正対象の第一号として病院送り決定だな」
「矯正?」
「地球連合がエクステンデッドに施している、記憶操作だよ」
 “穏健派” と一括りにされたグループ内においても、強硬派に対する武力行使を厭うか、否かの差は歴然としてあり。
 現在、ラクスを取り巻いた構成員は、あきらかに後者に属するもの。
「ユニウス条約違反の “フリーダム” 保持に、加担した事実は無く。シャトル強奪犯こそ “偽者” であり、ところかまわず現れ無差別攻撃を加えては雲隠れするという、テロ集団とプラントの歌姫は無関係だと」
 たとえクラインの血筋を受け継ごうと、娘は、父親と同一たり得ない。
 今はもう、派閥の要人に数えられてはいないと……カナーバ自身が認識を改めなければ、信念の “核” さえ見失ったまま二の足を踏み続けるだろう。
「書き換えが成功すれば、代役がボロを出さないうちに本物と入れ替えるはずだ」
「歌姫でなければ、彼女の存在を認めない?」

 まあ、頭の良い女だ――解らないと自覚して視れば、遠からず答えを見つけるに違いない。
 場合によっては、今生の別れとなるかもしれないが。

「そこまで極論には走らないよ。通常ならね」
 器用に言葉と逸れていた思考を、タッドは本筋へ切り変える。
「素質ある者に期待をかける、これは自然の流れだな? だが、本人の意志が伴わない場合、デスティニープランは無理強いなどしない」
 ごく身近な生活を守り、ささやかに暮らしていれば良い。当人が能力をひけらかさなければ、周囲も知ることはないのだから。
「けれどもう、ラクス嬢は “平和の象徴” として知れ渡った後だ」
 クライン家に生まれ、シーゲルが理想を語り育て、本人もそう立ち振る舞いプラント中の記憶に刻み込まれた。
「癒しの声、夢の結晶、救国の歌姫……ヒトの望みを投影された幻は、あまりにも現実とかけ離れていった」
 うつむいたカナーバは、瞑目して微動だにせず。
「彼女がメディアから姿を消していた間、ついぞ新たなアイドルが現れることはなかった。芸能界で努力していた誰もが、神格化された不可侵性の前に霞んでしまったんだね」
 社会システムをパズルに例えれば、それは大きく欠けたピースだ。
「音楽や芸術は、確かに娯楽という側面もあるが、不安定な政情においては “拠り所” として絶大な存在感を放つ」
 需要に対する、供給の欠落。
 バランスを揺るがす不均衡。
「だから “代わり得るもの” が必要だった。元から声質が近く、アイドル向きの性格でもあったろう少女は、おそらく――政府のプロパガンダを務めると同時に、肥大化したラクス・クラインの偶像を、等身大に崩すことを期待されている」
「では……演説時を除いて、まるで倣う様子が見受けられないのは」
「なにも指導側の怠慢や手抜きじゃないさ。年相応の弾けっぷりを、観衆に焼きつけてくれた方が良いんだよ。きゃぴきゃぴるんるんで」
「――きゃぴ」
 復唱しかけた彼女は、なにが気に障ったやら、偏頭痛をこらえる患者のような形相で押し黙る。

「楽しそうに歌う子だ。ステージの姿が、素なんだろうな」

 約一分観察してみたが、相手の唇がぴくりともしなかったため、気にせず続けることにした。
「あの明るさに惹かれた人々にとって、ラクス・クラインは……崇高な祈りを紡ぐ聖女に非ず。気軽にサインや握手を求められる、愛すべき身近なアイドルと映るだろう」
 必要以上に歌姫を崇めたがる、旧来のファンが、アップテンポの曲や過激な衣装に幻滅して離れていけば、御の字だ。
「それに本物は、あんな自然な笑顔でステージには立てまい?」
 あくまで優雅に淑やかに、凛と隙を見せず。
「対メディアに培い染みついた、己のイメージを破壊する勇気があるとは思えんな。なにより彼女の意向に関わらず、クライン派が血相変えて阻止するだろう」
 歌姫のカリスマが泡と消えれば、彼らは神輿を失う。
「違うかね、元臨時評議会議長殿? 他国の人間はともかく “エターナル” 搭乗員を」
 目的はどうあれ軍の物資を奪い、ザフトに銃口を向け、同胞たるコーディネイターの命を奪った――ラクス・クライン、アスラン・ザラ、アンドリュー・バルトフェルドらを。
「戦後一切お咎め無し、オーブへ去るに任せた理由をお聞かせ願えるかな」
「彼女たちを……軍事法廷に引き出そうものなら、プラント内部で紛争が勃発しかねない状況でしたから」
「裁けば、民衆の混乱が深まる。罪を問わずプラントに留めては、ザラ派の遺恨が収まらない。死者に戦犯の汚名を被せ、三隻同盟を “英雄” と持ち上げて、中立国へ追いやった方が角が立たずに済んだかね」
「――そう、ですね」
 こぼれた吐息は、ひどく沈んでいた。
「シーゲルの忘れ形見だから、などと曖昧に遇するべきではありませんでした」
「それが君の “ツケ” か」
「え?」
 いや独り言だよ、と肩をすくめるタッドを、それ以上は追及せず。

「もうひとつ。ラクス・クラインの排除が前提にあるなら、なぜ、パトリックの息子を復隊させたんです?」

 カナーバは、別の疑念をぶつけてきた。
「いくら一般人の目を欺けても、元婚約者は騙せないでしょう。代役の起用について、どう説明しているかは分かりませんが」
「なんとでも言えるさ、必要に応じてね」
 プラントにおける “歌姫” の重要性を理解していればこそ、黙認させることも容易かったはずだ。
「たとえプラント市民に偽りが露呈したとしても、ただ一言 “ザラ派工作員による暗殺計画の噂があったため、囮として影武者をたてた” と説明すれば、たいていの人間は “そういった事情なら仕方ない” と納得するんじゃないかね?」
「…………」
「アスランは、開戦の危機を前に行動を起こした。その気概――世界の為に働こうという想いを、まず純粋に買っただろう。なにより “クライン” が終焉を迎えるには、対の遺伝子と詠われた、ザラが不可欠だ」
 私生活の一切がヴェールに包まれていた、ラクスの身代わりはともかく。
 ザフト最新鋭機を乗りこなせ、なおかつアスランと同じ声をした青年など、さすがに探し出せまい。
「デスティニープランは、ナチュラルへの回帰を目指すのでしょう? 彼らは、真逆の象徴ではありませんか」
「だから、だよ。息子に聞いた話では……それぞれキラ・ヤマトに惹かれ、カガリ・ユラと恋仲になった、両者の婚約関係はパトリックの意向を介さず霧消している」

 にも関わらず、プラント市民は彼らをフィアンセと誤解したままだ。
 道を違えた父親と決別してまで、婚約者への愛を選んだ青年という、尤もらしい憶測がまた英雄譚の一翼を担っている。

「オーブの姫とであれば――対立関係にあった種が手を取り合う、新時代の “幕開け” を宣言し得る。ラクス嬢と添い遂げ、ザラとクラインを最後に幕が引かれるならば。婚姻統制に従い、己が恋路を諦めた者たちへの示しもつくだろう」
 逆に、破局を公言して、夢の終わりを告げるも自由だ。
 どう転んでも支障が無いから、アスランは良い。
「……だが、プラン導入下において、キラ・ヤマトを伴侶に選ぶラクス・クラインという図式は最悪だ」
 こうまで “運命” と相容れぬ男女も、他にいないだろう。
「ナチュラルとの交雑により、人為的にひた走った進化の道から引き返すべきだと主張していた、シーゲルの娘が――よりにもよって “最高のコーディネイター” に寄り添い、歌姫の責務を放棄しながら、兵器や人脈を手放しはせず。オーブの海辺で、悠々自適に暮らしていた? ずるい、不公平だ、ルールや常識に従っている自分が馬鹿みたいじゃないかと、思わぬお人好しがどれだけいるだろうね?」
 恋は理屈でないのだから、プランの都合でケチをつけられる二人は堪ったものではなかろうが。
「裏切られた愛情は、その先入観が強く深いほど――容易に憎しみへ転化するものだ。譲れぬ想いに、押し通す “力” を併せ持てど、彼女らの言動はあまりに拙い。ただ勝利の後に、世界を支配するか放置するかの差があるだけで、民草の暮らしを守り導く者としての技量は欠落している」
 ゆえにロゴスと同列に置かれ、デスティニープランが定める社会に居場所は無い。
「ザフトに属するアスランはともかく、アークエンジェルと一緒になって戦局を掻き乱していたアスハ代表も、おそらく救済枠の外に振り分けられてしまっただろう」
 アスラン共々惜しい人材だからこそ、会談要請に応じ、プラントへ呼び寄せたはず。
 けれどデュランダルが想定する社会に、替えの利かぬ人間は一人として存在しない。
「我らが歌姫とオーブ元首の名を汚す、神出鬼没の武装グループに、もういつ討伐命令が下されても不思議ではないよ」
「アスランが、黙っているとは思えませんが」
「議長直々に “FAITH” と任命された身を誇れぬなら。軍務を蔑ろに、かつての仲間を庇いだてれば……所詮それまでの器ということだ」
 シャトル強奪に、ダーダネルス、クレタの戦闘介入。討伐の大義名分とされるだろう事件は、誰が彼らを罠に嵌めたわけでもないザフトへの敵対行為であるが故に。
「感情論で擁護すれば、彼の軍部における信用は地に堕ちる。ただでさえ脱走の前科持ち、デュランダルの権限に支えられた曖昧な立場だからね」
 しかもフリーダム相手に、惨敗を喫した矢先ときた。
「伝説のエースが “虚構” に過ぎなかったと看做されれば、いよいよ三隻同盟への憧憬や畏怖は消え失せ、失望と敵意に変わり――そうして」
 タッドは、親指を自分の首に突きつけ、左右に掻っ切る真似をしてみせた。
「心置きなく、旧時代のヒーローをお払い箱に出来るというわけだな」



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シン&世界に引き続き、Dプランにおけるところのアスラク&アスミア論。アスカガ派の管理人ですが、ラクス個人に関しては、無印初期――アスランの隣に居た頃の方が好きだったりします。