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■ デストロイ 〔1〕


 けたたましい警報が鳴り響くブリッジ内、驚いて立ち上がろうとするマリューを振り仰ぎ、
「艦長、“ターミナル” からエマージェンシーです!」
 回線を繋げながら、チャンドラが叫んだ。

〔アークエンジェル! すぐにそこから退きなさいッ、うろちょろしてたらぶつかるわ!〕
「ど、どうしたんですか」
 正面モニターに姿を現した、シルビア・ヴェスタルは。
〔連合脱退を宣言した、ユーラシア西地区へ地球軍が侵攻したの! この巨大兵器を中心に据えて、根こそぎ吹き飛ばしながらね――すでに三都市が壊滅〕
「ええっ!?」
 絶句するクルーに、刻々と移り変わる中継映像を示した。
〔ザフト軍は駐留してるけど、大規模な基地があるわけじゃない。事前勧告も無しに、一般市民を巻き添えにして……標的はおろか、どこまで焼き払うつもりかさえ判らないわ〕
 渦巻く紅蓮と、黒煙くすぶる荒野。
 瓦礫と折り重なって転がるザフト機は、いずれも原型を留めず。
〔とにかく、応援要請を受けた司令部が “ミネルバ” を現場へ向かわせたらしいから〕
 焦土にそびえ立つ機影のフォルムは、まるで歪な変異を遂げた甲殻類――寄り添う “ウインダム” 部隊、さらには重装備の “カオス” が華奢に映るほどの威容を吹雪にさらしていた。
「……行きます、マリューさん」
「分かったわ」
 出撃の意を告げたパイロット、頷いて返す艦長に、シルビアが眼を三角に吊り上げ。
〔ぬぁーにが行きますで分かったかあぁあ!!〕
 間髪入れず響き渡った怒声に、びくっと耳を押さえるブリッジクルー。
〔他国の争いに介入しないんでしょうが、オーブは! ただでさえテロリスト一歩手前で崖っぷちの武装グループが、声高に主張してた理念もへったくれも逸脱してどーすんのよ、ええ!?〕
 少し遅れてオペレーター席に、連合新型機 “デストロイ” のスペックデータが届き。
「だけど、ミネルバ一隻じゃ! ムラサメ隊の特攻で被弾していた、赤と白の “ザク” はともかく―― “セイバー” は」
 そうして、キラが反論するうちにも。
「どう考えたって出撃できる状態じゃない……こんなときに、僕の所為で」
 挑みかかった “バクゥ” があっけなく踏み潰され、何十もの戦車やモビルスーツがビーム砲に一掃される情景を。
「“インパルス” なら太刀打ち出来るかもしれないけど、彼らを待ってる間に被害は増えます! もしこれが、カガリたちの立場を悪くさせる結果になったら――」
 逃げ惑う人々が炎に呑まれ。避難民の誘導に当たっていたザフト兵が、ぬいぐるみを抱きしめ泣いていた幼女を庇い、無惨に消し飛ばされる様をマルチモニターが映しだす。
「地球軍やブルーコスモスを恨んでる、コーディネイターのキラ・ヤマトが。言うとおりにしなきゃ、オーブ本土で “フリーダム” を核爆発させるって……誘拐したアスハ代表を、国民の命を盾に脅してたんだと自首します!」
「キラ!?」
 とんでもない発言を残して、彼は制止を振りきりブリッジを飛び出していった。
「――先生」
〔なに!?〕
「これは “他国の争い” じゃ、ありません」
 今にもヒステリーを爆発させそうな形相のシルビアに、
〔オーブは現在、大西洋連邦と同盟を結んでいる。連合の軍事作戦に、直接は加わらなくても……知りながら見過ごせば、虐殺行為を黙認したと同じことです〕
 コパイロット席へ歩み寄ったカガリは、硬い声音でつぶやく。
「こんな……見せしめみたいに、無差別に、街ごと…… “血のバレンタイン” と変わらない」
 ぎゅっと唇を噛み、アームレストを握りしめて。
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず――オーブが守り続けた理念を、私は誇るけれど。ただ傍観していれば “中立” だとは、もう思えない」
 あのときセイラン親子が、条約締結に踏み切らなければ。
 トダカ一佐らが、連合へ恭順を示さなければ。
 自分が拘り選びたがった道の先で、こんなふうに焼き払われた大地は、オーブに違いないから。
「国益を守るため、どんな犠牲にも目を瞑らなければ元首が務まらないなら……私には、戻る資格が無い。ユウナたちに託した方が、ずっと安全だから」
 発進準備を、と操舵席のノイマンをうながして。
「キラが捕まるっていうなら、主犯は私だ。オーブに中立を貫いてもらわなきゃ、好きな人やコーディネイターの弟と一緒にいられなくなるから――カガリ・ユラそっくりに整形して “アスハ” を騙り、連合軍に盾突いていたと自供します」
 ダーダネルス以降すでに、対外的には偽者と報じられている身だ。
 元よりウズミの養子に過ぎず、DNA鑑定で看破されることも無いだろう、自分の替玉はラクスよりも簡単に用意されるはずだと、カガリは開き直った物腰でシートに座った。
「予定とまったく違う場面だって……レッスンの成果は、ちゃんと発揮してみせますから」
〔っだああ、そろいも揃ってジャーナリストに口裏合わせを振るんじゃないわよ! 噂まんまの鉄砲玉軍団がッ――こんなときに限ってコダックさんたちは連絡が取れないし、もう!!〕
「……シルビアさん」
 お手上げと言わんばかりに頭を抱えた女性を横目にしつつ、ミリアリアは考える。
「ユーラシアの惨状がニュースになれば、地球連合への反発が強まると同時に――プラント側を正義とする声が高まりますよね? ザフト軍が勝ち続ければ、なおさら」
 大量殺戮の報を受け、義憤を後回しに打算を働かせる自分が、ひどく汚い生き物に思えたけれど。
 選んだ仕事は、こういった側面を内在するもの。
「アラスカ守備隊を囮にしてサイクロプスを起動、マスドライバーを奪おうとオーブへ攻め込んだ、二年前のように。劣勢を覆すため強硬手段に出たなら……追従する味方であろうと、戦火を免れる保障はありません」
 ダーダネルスと同じ轍は、踏めない。
 面識あるシルビアひとり納得させられないまま、再び戦場に介入すれば、今度こそ “ターミナル” はアークエンジェルを見限るだろう。
「カガリの代表復帰に、世論の支持が不可欠なら。巻き添えにされた一般人を庇って戦うことは、プラス要素になるはず――賭けに出るタイミング、今なんじゃないかと思います」
〔そりゃあ、ね……考え得る限りのリスクを差し引いても、出方としては悪くないわ。だけど、あそこにはもう〕
 なおも渋り続けるシルビアへ向け、不意にPCブースから声が張り上げられた。
〔おい! 中継点 “ヴィラッド” からだ〕
〔ヘッセル? カノンも無事だったの!〕
 ざわめく空間を突っ切って同僚の手元を覗き込んだ、彼女に肯いて応じつつ。
〔とりあえず、あいつらはピンピンしてるようだ――回線もどうにか復旧したぜ。自社ビルや工場は郊外に建ってるからな、直撃を免れたらしい〕
 どこかと通話中らしい男性は、半ば呆れたようにクルーを見渡す。
〔来るなら来るで、敵機と間違えて誤射しないよう通達せにゃならんから、どーすんのかハッキリしやがれ、とさ〕

×××××


「それで、戦況は!?」
「……迎撃に出た駐留軍は、ほぼ壊滅」
 壮年の “ボルテール” 艦長は、くすんだ金髪を横に振りつつ応じた。
「すでに前線司令部とは連絡がつかず――現在、要請を受けた “ミネルバ” が、これ以上の進軍を阻止するためベルリンへ向かっていると」

 急を告げるアラートに、何事かとブリッジへ駆け込んできた隊員たちが、ひくっと息を呑み顔色を失う。

「嘘だろ!? アカデミーで同期だった奴ら、ユーラシアに派遣されてたんだぜ……!」
「逆らう者は皆殺しってか? やることムチャクチャだな、地球連合はよォ」
「評議会は、徹底抗戦を決めたらしい。シュライバー国防委員長が一時撤退を主張しても、議長は――」
 ざわざわと広がっていく動揺を、イザークは鋭く咎めた。
「うろたえている場合ではなかろう。全員、持ち場へ戻れ! 俺たちの任務は、あくまでプラント防衛だ」
「ですが、隊長……!」
 吐露される部下の不安に、ひとしきり耳を傾けてから。
「この “デストロイ” を相手にしては、低火力のモビルスーツが束になっても薙ぎ払われるだけだ。むやみと砲撃すればリフレクターに弾かれ、破壊行為に油を注ぐことになる――仕留めるには、ビーム掃射を凌ぐスピードで懐へ飛び込み、動力部に損傷を与えねばならん」
 パネルに表示された敵機のデータをなぞり、苛立たしげに奥歯を噛みしめる。
「勝機を掴むには “インパルス” 級の機動力が不可欠―― “ミネルバ” を呼び寄せた、司令部の判断は賢明だ。シン・アスカの戦績は、おまえたちも聞き及んでいるだろう?」
「それは、もちろん!」
 そうして肯いた連中が、やや落ち着きを取り戻したところで、
「この混乱に乗じて、連合軍が、プラント本国へ仕掛けて来ないとも限らん。新たな通達があるまでは、各自、チームを組んで宙域の警戒に当たれ! これまで探索を怠りがちだったエリアを重点的に、不審物を見逃すな」
 ジュール隊の長は、ぴしゃりと指示を下した。
「非戦闘員までも脅かす殺戮兵器を、放たれてからでは遅い! 未然に発見、ひとつ残らず破壊するんだ――ザフトの誇りにかけて!」
「はい!!」
 敬礼を返した隊員、数十名がブリッジを飛び出していく。
 艦長とオペレーターに本部との連絡を任せ、格納庫へ向かったイザークに付き従う、緑と赤を纏う男女。

「……やーっぱ、エクステンデッドなんだろうねえ? “デストロイ” に乗らされてんのもさ」
「機体のスペックは見ただろう? ナチュラルの手には余る代物だ、当然、そうだろうな」
 沈黙を掻き乱された、イザークは、碧眼を怒りに燃やしながら応じた。
「それでも撃たねばならんだろう、軍人なら」
 昔、自分が投げかけた言葉を返され、ディアッカは肩をすくめる。
「戦うために造り変えられた子供――だからといって、放置を赦される所業か! ザフトには “デストロイ” 停止が最優先。敵パイロットの命を慮る余裕など、今の “ミネルバ” にはあるまい」
 傍らのシホが、沈鬱な表情で肯き。
「撃破後、生きたまま拘束されれば口添えのしようもあるが。ユーラシアの住民にとっては、連合が差し向けた大量殺戮犯でしかない以上、ただで済まされるとも思えん――捕虜として保護するかどうかは評議会の采配次第だ、俺たちが出る幕じゃない」
 行くぞ、と呟いたイザークは、逡巡を払うように歩きだした。
(ま、確かに。ここで俺たちがジタバタしたって、なにも変わりゃしない……か)
 現状では確かに “インパルス” をぶつけるのが得策だろうと、割り切ろうとしたディアッカの脳裏に、ふと父親がこぼした台詞が過ぎる。
『詳細は分からんが――どうも捕虜の少女が、知り合いだったらしい。だから無条件に解放したんだと』
 痞えたように足を止めた、同僚を訝しげに見やるシホ。
「どうしました?」
「いや……べつに」
 苦笑いを浮かべつつ、ディアッカは、なんでもないと片手を振って返した。

 あれは根も葉もない “噂” だ――そうでなくとも酷く衰弱していたステラ・ルーシェが、逃亡の果てに地球連合軍へ戻り、生き長らえて、すぐさま新型兵器 “デストロイ” に搭乗する可能性など無きに等しい。
 ましてやシン・アスカが、破壊兵器の奥に在る “敵” の姿を知ることなど。

 タッドの患者になるはずだった少女の、遺体は…… “ミネルバ” が碇泊していたエーゲ海あたりに眠っているんだろう。

×××××


 アークエンジェルが、ベルリン市街へ到着したとき。
 一足先に出撃していったキラは、すでに地球連合軍と交戦中だった。

 けれど “デストロイ” に命中したビームは、すべて陽電子リフレクター・シュナイドシュッツに跳ね返され――敵機本体による全方位掃射と波状になって、逆に “フリーダム” を襲う。
〔なんて大きさだ、こんな……!〕
 どうにか高熱の奔流を避けきった、キラの焦りがインカムを通して聞こえ。
 息をつく余裕さえなく、的を逃したエネルギー砲は、半径十数キロに及ぶ空間を粉微塵に焼き砕いていった。
「これ以上近づくと、流れ弾に墜とされかねないぞ――」
 チャンドラの呟きに気を取られ、わずかに注意を逸らした隙にも、赤紫の機影が “フリーダム” をライフルで狙い撃つ。
「これは……」
 滑空しつつ、キラが体勢を立て直したところで。
 “デストロイ” の頭部と思しき円盤中央に、びかりと対の紅が灯り――ただでさえ脅威だった巨大兵器は、轟音と振動を刻みながらあっという間に変形を遂げ。
「……モビルスーツ?」
 舵を引き制動をかけつつ、ノイマンが双眸を眇めた。
 当初、斜めに生えた角のようだった砲身を、黒光りする円盤と併せ垂直に背負ったからだろう。天を衝き破らんばかりの人型に、切り替わった機体――這い上る威圧感に、ミリアリアの肌が粟立つ。

 困惑と沈黙による、休戦は一瞬で終わった。

 プラズマ複合砲を乱射する “デストロイ” に加え、青緑と赤紫のモビルスーツによる集中攻撃。
「援護して、ゴットフリート照準!」
 キラをじりじり追い詰めゆく包囲網を崩そうと、マリューは攻勢に転じるが……アークエンジェルの主砲さえ、厄介な装甲に弾かれ虚空へと失せた。
 リフレクターが放つ輝きは、水溜りに溶けたガソリンめいて妖しくも漆黒に映え。
 本体より分離した両腕部・シュトゥルムファウストが、縦横無尽に旋回しては “フリーダム” を撹乱し、消耗させる。
「私も出る! これではキラが――」
 弟の窮地に、参戦を申し出たオーブ兵を率い、

「エールストライカー、スタンバイ。システムオールグリーン―― “ストライク・ルージュ” 、発進どうぞ!」

 決然と出撃していった、カガリの。
 コパイロット席から駆けだした後ろ姿、フラッシュバックにも似た既視感を、ミリアリアは胸を押さえつけ振り払った。



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確かにグズグズ迷っていられる事態じゃあなかった訳ですが。
オーブの理念はどうしたこらあああ!?(ハリセン)