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■ BLACK OR WHITE 〔2〕


「ところで、ジュール隊長」

 ぞろぞろと班員たちが動きだす中、システムの黒服が、なにやら紙切れとディスクを取り出した。

「アスラン・ザラへの嫌疑を立証するには、先の二件で充分だったため、公式発表に添付する資料としては採用されませんでしたが……本部には、このようなものが」
 示されたそれは、どこか夕暮れの――遠目で表情までは見えないが、岩場に映っているのはアスランとキラ、カガリ、極めつけにミリアリアで。
 ディアッカは、危く椅子からずり落ちかけた。
「写真右下に表示された日付は、ダーダネルス戦の直後になっています。匿名で送られてきたらしく、信憑性も薄いとはいえ、彼らの密通容疑を深める要因にはなりました」
 なにを盗撮されてやがんだザフトレッドおおおおおおお!?
「…………」
 無言のイザーク。
 吊り上がった碧眼には、絶対零度の炎が燃えていた。
 アスランが生き延びたと仮定しての話だが、再会直後、間違いなくコイツにぶん殴られることだろう。
「さらに、こちらが」
 報告を続けながら黒服は、ディスクをプレイヤーにセットする。
「ダーダネルスの海辺に、不審なMSが降り立つのを目撃したというジャーナリストが、昨日になって送ってきた映像です」
 アングルは、先ほどの写真に近い。
 ただ、機材の性能差か腕の良し悪しか、画像は明瞭で音声もしっかり聞き取れた。そうして海辺にたたずみ言い争う男女を、崖上から映している赤毛の少女は――
「へーえ、イイモノ持ってんじゃん?」
 呆然とモニターを凝視する班員たちを横目にしながら、ディアッカは、ひゅうと口笛を吹いた。

×××××


『だが、なぜあんなことをした? あんな馬鹿なことを』
『あのときザフトが戦おうとしていたの、はオーブ軍だったんだぞ! 私たちは、それを――』

 カガリの反論は、アスランに一蹴された。

『君が、今はまたザフト軍だっていうなら。これからどうするの? 僕たちを探していたのは、なぜ』
『止めさせたいと思ったからだ。もう、あんなことは……ユニウスセブンのことは解っているが、その後の混乱はどう見たって連合が悪い。それでもプラントは、こんな馬鹿なことは一日でも早く終わらせようと頑張っているんだぞ! なのに、おまえたちは、ただ状況を混乱させているだけじゃないか』
『プラントは、本当にそう思ってるの? あのデュランダル議長ってヒトは――戦争を終わらせて、早く平和な世界にしたいって?』
『おまえだって議長のしていることは見てるだろ。言葉だって聞いただろう! 議長は本当に』

 すると画面内で、キラが切り返す。

『オーブで……僕らは、コーディネイターの特殊部隊とモビルスーツに襲撃された』

 アークエンジェル出航に至るまでの経緯が、淡々と語られ。
 ラクス・クライン暗殺未遂の行では、イザークを筆頭に、再調査に集ったメンバーが唖然と顔を見合わせる。
(うーわ、バレた)
 まあ、事ここに至っては今更か? 下手に騒ぎたてるバカはいないだろう。

『プラントにだって、いろいろな想いの人間がいる。ユニウスセブンの犯人たちのように――その襲撃のことだって、議長のご存知ない、ごく一部の人間が勝手にやったことかもしれないじゃないか』
 さすがに困惑した様子のアスランだったが、ムキになって声を荒げ。
『そんなことくらい、分からないおまえじゃないだろう!』
『それはそうだけど……』
『とにかく、その件は、俺も艦に戻ったら調べてみる――だから、おまえたちは今はオーブへ戻れ』
 でも、だけどと食い下がる双子を睨みつけた。
『戦闘を止めたい、オーブを戦わせたくないと言うんなら、まず連合との条約からなんとかしろ! 戦場に出てからじゃ遅いんだ』
 正論すぎるくらいの正論である。
 カガリにそんな実権は無かったろうという、現実問題を除けば、だが。
『それは、解ってはいるけど……じゃあ、おまえは戻らないのか? アークエンジェルにも、オーブにも!』
『俺は復隊したんだ。いまさら戻れない』
 泣きそうな彼女さえ突っぱねて、断言する。
『連合が、今ここで何をしているか、おまえたちだって知ってるだろ? それは止めさせなくちゃならないんだ!』

「……ふーん、立派に “ザフト兵” やってるよねえ」
「なにがおかしい」
「これが笑わずにいられるかって」
 映像を横目に、おもしろがって肩を揺らしつつ、ディアッカは摘み上げた写真をひらつかせた。
「怪しげな密会シーンが、スパイ容疑を深めました。ナルホド? ところが、添付資料としては採用されませんでした――嫌疑の立証には、蛇足だから」
 さらにモニターの中、崖上に身を潜めた少女を指し示すと。
「この子さあ、ザフトの人間だろ? どっか忘れたけど見覚えあるぜ」
「ええ。ミネルバ所属、現在は “インパルス” パイロットの、ルナマリア・ホークですが」
 人事の黒服は、戸惑ったように答え。
「こっちの映像記録は、現場に居合わせたっていうジャーナリストが、公式発表後に送ってきたんだな?」
 システムの黒服が 「はい」 と頷く。
「じゃあ、彼女が撮影したシロモノはどこへ消えた?」
「どこって……まさかこれ、巷でいうところのストーカー行為じゃありませんよねえ」
「調査員の心得。物事は、常に多角的な視点から捉えろ、でしたよね? 先輩」
 最年少のシェリフが同課の技術者を仰ぎ、筆記具を取り出した。
「ルナマリア・ホークが、ストーカー行為に走っていた場合。すべて彼女が所持しているものと推測される、っと」
「おう、書記よろしくな」
「つーか、可能性に入れとくのかよ」
「いや、集音機や録音機材はともかく、小型ヘリまで無断使用すればさすがに見咎められるだろう。戦闘直後に離艦する同僚を不審に思っての、監視と考えるのが妥当じゃないか?」
「誰の指示で」
「勝手に出掛けてったんでなけりゃ、どちらも、許可を求める相手はタリア・グラディスでしょうね」
「艦長が尾行させたと仮定して、メリットは?」
「彼の真意を疑っていた場合――これを見たなら、ひとまず安心するだろうな。連合の非道に対しては真正面から戦う姿勢、アークエンジェルの乱入に対しても怒りをあらわにしている」
「ええ。これが盗撮に気づいたうえでの “演技” だとしたら、アカデミー賞もんですよ」

 調査班は、あれやこれや意見を交わし始める。

「私がグラディスの立場なら、記録は司令部へ提出しただろう。アスラン・ザラは信頼に足る、あの艦と決別した人間であると示すために」
「しないケースは? 前科持ちのエースパイロットを煙たがっていた。単に面倒だった。己の不信感が解消されたことで満足、手元で破棄した……くらいかね」
「 “フリーダム” による被害を前提にして、その扱いか? 議長が直々に認めたとはいえ、かつては三隻同盟に与した青年だったんだぞ。敵か味方かはっきりさせんことには、赤服や徽章など預けておれまいよ」
「まあ、ヘブンズベースが陥落すれば “ミネルバ” も帰還するだろうからな。グラディスとホークが本国へ戻り次第、任意で事情聴取すればいいさ」
「そうだな。まずは提出したと仮定して――アークエンジェル一派を敵と認定しながらも、彼には最新鋭機 “レジェンド” を託そうとしていた、評議会の信任がここから来るものだとしたら」
「……あれ? スパイ容疑には、無理が出ないか?」
「ミネルバ出航と前後して、各基地から、連合側に情報を漏らしていた痕跡が出ているんだろう? アスラン・ザラの反応からすると、どう穿って見てもダーダネルス戦まではロゴスと無関係だぞ」
 問われた通信の黒服は、むっと眉をしかめ考え込んだ。
「では、メイリン・ホークが彼を仲間に引き入れたと?」
「それこそ無理があるだろう。プラント育ちのコーディネイター、しかもアーモリーワンの騒動まで現場経験も皆無に等しかった女の子が、どこでどうロゴスなんぞと結託するんだ? アスラン・ザラが一時的にとはいえ、今は大西洋連邦側についたオーブで暮らしていたからこその疑惑なのに」
「なら冗談抜きにアカデミー賞級、俳優の素養を隠し持っていて。ダーダネルスでの言動は演技だったとか」
「そんな器用な人間が、ところかまわず “フリーダム” がどうこう叫ぶかぁ?」
「なに食わぬ顔で “レジェンド” 受領、ヘブンズベース攻略に参加するフリして、混戦の最中MIAを装って逃げるくらいのことはやってのけるだろ」
「だったら本部が、記録には目を通したものの、なんらかの理由で重視しなかったケースは」
「どうでもいいと思って放置、あるいは書類の束に埋もれ紛失した、この写真との関連性に気づいていない……と? おまえは、我らの上司が無能だと言いたいのか」
「ええっと、上司が無能――」
「そこまで書くなよ、おい!」
「仕事です」
「ダメだ、解釈によりけり無限ループだな……ロゴス幹部の屋敷を調べ終えてから、あらためて考えたほうが良さそうだ」

 室内に、ぐったりと溜息が落ちた。

「じゃ、切り口を変えてみようか? 匿名で寄せられたっつーコレと、映像記録の、この部分――ほとんどアングル同じだろ」
「は? そうですね」
 アスラン、ミリアリア、それに双子が映っている場面を一時停止した、ディアッカは、さらに写真を翳してみせる。
「地形と角度からして、俺には、ホーク嬢が撮ったとしか思えないんだけど」
「あ!」
「本当だ……この崖に、彼女がいて。こっちの記録は、さらに上から映してるよな」
 写真は、ざわめく男たちの手を次々と回っていった。
「ルナマリア・ホークは、録音機や集音機材も携帯していた。それが、なぜ写真だけ調査本部に?」
「コレを無かったことにして、生まれた影響と結果から考えればいい、だろ?」
 ディアッカが、にやりと笑い。
 それぞれ仮説に思い至ったらしい、メンバーは呆けた顔つきで押し黙る。
「アスランを、失墜させるだけなら――先の記録で充分だ。クルーの証言もある。銃殺刑とまではいくまいが、軍務不服従として独房行きは免れん」
 沈黙を割って、イザークが口を開き。
「だが、あいつは、スパイ容疑で撃たれることになった。裏でロゴスと繋がっていたと公表するには、音声記録だけでなく」
 九名ぶんの視線が、彼に集中する。
「写真もジャマだ。これが添付資料として出回れば……ルナマリア・ホークは間違いなく、おそらくタリア・グラディスも意見するだろう。見聞きしたことを」
 アスラン・ザラは、なにもアスハ代表らに言いくるめられて復隊した訳ではない。
 あれは内通現場などではない、会話内容の記録も提出したはずだと。
「アークエンジェルを擁護したアスランの言動と、ログが残るメイリン・ホークの基地ホスト侵入――それらが主な理由として挙げられ、他の状況証拠と合致するからこそ、表面的には筋も通って見える疑惑だ」

 大掛かりな作戦行動を間近に控え、対外的な発表を急がざるを得なかった側面もあるだろうが。
 彼女らが騒ぎたてれば、こうして突き詰めれば。
 情報漏洩を防ぐためにと撃墜を正当化した、根拠も弱まる。

「音声記録を隠蔽した、何者かが存在するなら。そいつはアスランを……あくまで “ロゴスの手先” として、抹殺したかった」
 イザークはしかめっ面で、こちらを一瞥した。
「そう言いたいのか? 貴様は」
「ま、俺ら旧知の仲だから、庇う方向に考えちゃってるかもだしねえ。可能性のひとつってことで」
「じゃあ」
 なぜかそこで声を弾ませ、つぶらな瞳もきらきらと、頬を紅潮させたシェリフが身を乗り出した。
「それじゃ、やっぱり――彼の、スパイ容疑は濡れ衣なんですね!?」
「嬉しそうだな、おまえ」
「なっ?」
 ディアッカが感じたままを述べたとたん、絶句した少年は、ものすごい剣幕で怒りだす。
「なに言ってんですか、なにを嬉しがるんですか。アスラン・ザラなんかのことで!」
(いや、それ聞きたいのはこっち)
「あんな奴っ……被疑者死亡だろうが何だろうが仲間連中もまとめて摘発して、ぜったい法廷に突き出してやる!」
 そうして憤然と立ち上がり、ノートをテーブルに叩きつけると、頭から湯気たてそうな勢いで。
「地球降下調査の件、シュライバー委員長に提案してきます!」
「こ、こらこらこら! 待てシェリフ、落ち着けっ」
 ぷんすか出て行った少年を追いかけ、退室しそびれていた黒服連中もわらわらと走っていった。
「おーおー、ヘソ曲げちゃった?」
「なんなんだ、あいつは?」
 興味を惹かれるディアッカと、訝しげに見送るイザークに、
「すみません。あの子は、ユニウスセブンで両親を亡くしておりまして――ずっと、アスラン・ザラを目標にしていたんですよ」
 ザフトへ志願したものの、パイロットを目指すには身体能力が追いつかず、調査課に配属されましたがと。
「それがザラ議長に反し、戦後は行方知れず。連合の核攻撃直後、エリート待遇で舞い戻ったと思いきや、戦績不振の挙句この騒ぎですからねえ」
 少年の同僚たる男は、苦笑いしながら。
「ジブラルタル基地の事件を報されてからというもの……おかしい、ありえない、親を死なせた組織になんぞ、どこの誰が加担するものかと。そりゃあもう荒れ狂って」
 結果がどう転ぶかは判らないが、再調査の場を得られたことに感謝しています、と言った。



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ディアイザ以外に、アスラン擁護に動いてくれるザフト兵がいるとしたら。
ユニウスセブンの遺族だと思います。