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■ ヘブンズベース 〔1〕


 アークエンジェル艦内、ミリアリア・ハウの部屋にて。
「どこか特別、痛むところは?」
「ちょっと熱っぽくてダルい……くらいかな。そんなに痛くはないです」
 ベッドに横たわる赤毛の少女を、医師が診察している。

【 こちらヘブンズベース上空です。デュランダル議長が示した要求への回答期限まで、あと3時間と少しを残すところとなりましたが、未だ連合軍側からはなんのコメントもありません】

 点けっぱなしになっていたTV音声が障るかと、マリューは、リモコンをOFFにしようとした。するとメイリンが身じろぎ叫ぶ。
「消さないでくださいっ」
「え? だけど、こんなニュースが流れていたら落ち着いて休めないでしょう」
「そんなことない! なにがどうなってるのか分からない方が、ずっと怖くて眠れません」
 戸惑うマリューに、懇願する少女。
「電力がもったいないとかだったら、私っ――ごはんも暖房も要りませんから。せめて決着がつくまで、消さないで」


 居住区からは少し離れた、医務室。
「……どこのチャンネルも、変わり映えしないな」
 目を覚ましたロアノークは、今日も寝転がってTVばかりを観ていた。

【 このまま刻限を迎えるようなことになれば、自ら陣頭指揮に立つデュランダル議長を最高司令官としたザフト、および対ロゴス同盟軍によるヘブンズベースへの攻撃が開始されることになるわけですが―― 】

 防弾ヘルメットをかぶったリポーターが、緊迫した面持ちで現場中継を続けている。
(心配、ですか?)
 ふと浮かんだ問いを、ミリアリアは、音にすることなく引っ込めた。
 連合軍の大佐なら当然のこと、また 『ここから出せ!』 と暴れられても 『はい分かりました』 と解放はできないんだから。
 アスランは昏々と眠っている。
 医師は、まだ戻って来ない。
「ユニウスセブン、核攻撃、デュランダルの演説から……なんだかんだとラボの内情も取り上げてたのに、今じゃローカル局の番組ラスト1〜2分に続報がありゃマシな方だ」
 ロアノークは独りごとめいた口調で、ぶつぶつ言っている。
「ヘブンズベース戦も騒がれちゃいるが、半月もしないうちにトップニュースから外れるんだろうな」
「TV局はもちろん新聞社だって、軽く扱ってるわけじゃないと思いますよ。だけど、それを仕事に生活してるんですから」
 もしかして話しかけられているんだろうかと、ミリアリアは、つぶやきに応じてみた。
「どうしたって限りがあるチャンネルや紙面、放送時間内で。まず、みんなが興味あることや話題になりそうなニュースを伝えなきゃ――視聴率や読者ごっそり他社に持っていかれちゃいますもん」
 豊かな金髪の頭部が、わずかにこちらを向いた。
「前に、私の師匠が言ってました」
 モニターに映る、海上を埋め尽くさんばかりの軍艦を眺めながら、コダックの渋面を思い返す。
「あるニュースから世間の目を眩ます、いちばん効果的な手段は……もっと大きな事件を起こすことだって」


 アカツキ島の船渠、通信室。

【 ここは、基地施設の他にも軍事工場を擁する連合軍の一大拠点です。開始されれば、その戦闘はどちらにとっても熾烈なものになることが予想されます 】

 マルチモニターの一面から伝わる “ヘブンズベース” の状況を気にしつつ、カガリは、オーブ本土にいる元タケミカズチクルーと話をしていた。
「そうか、条約破棄の方向で話が進んでいるんだな」
『はい。宰相を始めとする首長陣は――同盟国の旗色が悪くなったとたん手のひらを返していては、大西洋連邦と手を切ったところで、ザフトに賛同し派兵しなければ、ますます世界における信用を失い孤立してしまう――なにより調印者であるカガリ様が、不明艦に連れ去られたまま戻らない以上、留守を預かる我々の独断で脱退は出来ないと渋っておりますが』
「なんだそれは!?」
「いや、ウナトの言い分にも一理ある……理由はどうあれ、締結を認めた責任者は私だ」
 憤慨するアマギを制しながら、項垂れるが。
『しかし、なにもオーブは独裁国家ではないはず。判断を保留するなら、せめてロゴスの悪行について非難表明を――ダーダネルス・クレタで艦隊の多くを失ったことはメディアで大々的に報道されたのだから、派兵せずとも一定の理解は得られるだろうと』
 政府高官らが意見書を提出したと聞き、ひとまず気を取り直す。
『連合によるベルリン虐殺もあり、一般市民の感情が、プラント・ザフト寄りに傾いている現状……条約破棄は世論を反映したもの。さすがにセイラン親子も無視できないだろうと、軍部の人間も期待しているところです』
「ありがとう。仔細の報告、感謝する」
 礼を言うと、画面の向こう、青年は次なる指示を求めるようにしゃっちょこばった敬礼した。
「それなら…… “遺書” を作るというのはどうだろう?」
 同席していたキサカ、エリカまでが揃って 「え?」 と目を丸くするさまを見やり、少女は少し笑う。
「遺言というより、委任状かな? なんらかのトラブルで私が消息不明になったときは――臨時措置として、この人たちを閣議へ招くように。当面の代理を務めてもらいたい、彼らの総意が私の言葉だと」
 以前 “ターミナル” 中継点から送られてきた、A4サイズのコピー用紙。
 求めれば味方になってくれたかもしれない、もっと早くに協力を仰ぐべきだった、政府に属するもの。
 中でもセイラン親子が蔑ろに出来ないだろう、防衛、外務、産業、財務、経済省の管理職クラスの名を、指先でなぞりながら。
「アスハと婚姻関係を結ぶはずだったセイラン家や、宰相としての政治判断ではなく、代表が行方知れずだから同盟を切れないというんだろう? カガリ・ユラが、あらかじめ代理を任命していたなら、そんなふうにはぐらかせないはずだ……大西洋連邦に追従しない、プラント寄りでもない人物に、閣議へ参加してもらう必要もある」
 意を決したカガリは、順に周りを眺めやる。
「執務室に残っている書類と照らし合わせれば、筆跡鑑定は可能だろう。マーナが預かっていたものとして、出来れば、キサカにも行政府へ同行してもらえれば確実だと思うんだが――素人考えだろうか?」
「セイランを糾弾するような文面では、アークエンジェルとの関与を疑われるでしょうけど……単なる委任状を持ち込むには良いんじゃないかしら? アレックス・ディノに代わるまで、カガリ様の護衛が誰だったかは周知の事実だもの」
 エリカが目を細め、にこりと笑う。
「開戦時には調査任務に出ていて、交通規制や紛争地区で足止め続き。ようやくオーブへ帰ってみれば、結婚騒動や誘拐事件が判明――マーナさんを気遣って顔を出したら、カガリ様の直筆文書を見せられたって感じで、どうかしら? ウズミ様の信任も厚かった、ベテランお目付け役のレニドル・キサカさん?」
「……まさかオーブに着いてまで、潜入捜査の類が続くとは」
 キサカは苦笑しつつ、頷いた。
「だが、そういった口実があれば軍本部へも戻りやすい。“アスハ代表” が表舞台へ出られない、現状では最善の策だろうな」

 アマギを、本土との連絡係りに残して。
 通信を終えたカガリは、歩きながら逡巡に眉をくもらせる。

「だけど、これ……マーナにも迷惑かけることになるんだよな」
「いまさらねえ」
「姫様第一主義の彼女だ。おまえがテロリストの女首領として捕縛されるような事態になったら、迷惑どころかショック死しかねんぞ」
「そうそう。代理を指名したから、あとは任せて安心って訳にもいかないでしょう? まだ問題は山積みよ」
「分かってる。以前の私なら、ザフトと協力して戦争を終わらせようと考えただろう。けど――無条件に信じることも出来なくなってしまった」
 一介の軍人や技師に過ぎないはずの男女に挟まれ、ううっと唸る少女。
「それでもプラントが、ずっと平和的な解決を試みていることは間違いないんだから。ラクス暗殺を企てた、アスランたちを “ロゴスの手先” と決めつける裏工作をした、犯人が誰かを突き止められれば……それがデュランダル議長や最高評議会とは無関係の、個人の仕業だったら。まずは安心できる」
「あら、代表復帰は後回しでいいの?」
 からかうような調子で、エリカが問い。
「いいんだ。戦争が終わって、オーブの民が安心して暮らせるなら――もう国を焼かずに済むなら、なんだって」
 カガリは静かに、どこか吹っ切れたように首を振った。
「きっと、そもそも私には “お飾りの元首” が分相応だった。それでも果たせる外交上の務めがあったはずなのに……なにもかも中途半端で空回ってた。飾りの立場を逆手にとって諸国と交渉するくらい成長しなきゃ、閣議で意見が通るはず、他の首長たちから認めてもらえるはずなかったんだ」

×××××


『ベッド数が足りなくなりました、どこも定員オーバーです』

 連日深夜まで、エクステンデッドの治療にかかりきりになっている所為だろう。
 ぐったりと告げたウィスナーの目元には、見事な隈が。片頬には、また情緒不安定な患者にやられたか、引っかき傷が蚯蚓腫れになっていた。
「カノン、うちの当座預金残高は」
「ベルリン復興の寄付金や諸々に費やされ、そろそろレッドゾーンに突入です」
 資金提供そのものに異存はない、とはいえ想定外のハイペースだ。
「ヘブンズベースまで陥落すれば、ブルーコスモスが運営している養護施設の大部分は立ち行かなくなるでしょうから――また保護対象が増えますねえ」
「噂じゃ、連合兵士予備軍の育成機関を兼ねてたっぽいからな。リカさんが残してくれた伝手で里親を探すにしても、すぐには決まらないだろうし」
 財界の大物だった “ロゴス” 主要メンバーの、失脚が相次いだ反動で、世界経済システムは混乱を極め。
 どこの政府も余裕がない、アテには出来ない。
 “ターミナル” 中継点はメディア系列を中心に数多存在するが、スポンサーを兼ねるゆとりを持つ企業はごく一握りだ。

「……という訳で、すみません。このままだと冬のボーナスどころか、みなさんの給与額も削減になりそうです」

 そうして呼ばれ集まった社員一同は、不景気な話をあっさり笑い飛ばす。
「それでグチグチ文句たれるような奴は、ここに残っちゃいませんよ――金は天下の回りモノってね」
「元々、Nジャマーの煽り食って倒産寸前だった工場だ。俺たちが路頭に迷わなくて済んだのも、あんたら兄弟のお陰だからな」
「戦争が終わって、命の心配がいらなくなるなら安いもんですって」
 助かるよ、苦笑いしたヘッセルの言葉を遮り。
「社長! ヘブンズベースが――」
「どうした? 連合側が、降伏勧告に応じたか」
 血相を変えて会議室に駆け込んできた、秘書のカーリィは、肩で息をしながら大きくかぶりを振った。


 ――同時刻。
 漆黒の空間を往く、戦艦ボルテール。


【 これは一体どうしたことでしょうか? ヘブンズベースが攻撃を開始致しました! 未だに何のコメントも、宣誓すら発せられておりません。しかし攻撃が】
 ニュースキャスターの悲鳴じみた実況に被せるように。
【 オペレーション・ラグナロク発動。降下揚陸隊は直ちに発進を開始せよ! 】
 宙域に待機していたザフト軍へ向け、司令部から、約二時間繰り上げのアナウンスが響き渡り。

「しかし追い詰められたからって、不意打ちで先制攻撃とはねえ」
「……卑怯者どもめが!」
 揚陸隊を送り出したあと、帰路についた僚艦から離れ。
 調査班の降下軌道を目指しながら、ディアッカは敵の蛮行に呆れ、イザークはひたすら忌々しげに毒づいていた。
「隊長! 目標地点に到着しました」
「ポッドの射出準備も完了です」
 ブリッジクルーが口々に告げ、正面モニターに、地球行きが決まったメンバーの姿が映る。
『それでは、行ってまいります』
「ああ、頼んだぞ」
「道中、気をつけてな」
 シェリフが 『はい!』 気負った返事をして、映像は途切れた。
 青い星へと吸い込まれていくポッドの機影を見送り、本国へ戻るべく “ボルテール” を転進させてほどなく、けたたましく通信機が鳴った。司令部からのようだ。
 今度はなんだと言いたげな溜息をこぼし通信を繋げた、オペレーターの顔色が見る間に褪せていく。

「降下揚陸部隊、消滅……っ!?」

 スピーカーを用いる必要もなく、その叫びはブリッジ中に響き渡った。



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ニュース番組における事件の扱いは、日々、管理人がぼんやり思ってることです。
身近に報道関係者が居たら、もっとリアルに書けるんでしょうけどね……。