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■ ヘブンズベース 〔2〕


「あ、あ……?」

 TV画面に釘付けになった、少女の唇がわなないた。
(偽装シャッター、だった?)
 自室へ戻り、ともに中継を観ていたミリアリアも眼を眇める。
 どうしても限られたアングルになってしまう、カメラ越しの映像ではよく分からないが――基地の外れにあった雪山は、対空掃射砲を隠すための人工物だったようだ。
 アイスランド沖をぐるりと包囲していた、対ロゴス同盟軍が。
 警備も手薄な “ただの山” を通過ルートから外す理由は無い。
 回答代わりに敵の奇襲を浴び、やや浮き足立って反撃に転じたモビルスーツの一群は。宇宙より降下してきた部隊ごと、拡散するレーザーの照準に囚われた。
 閃光が稲妻のように、パリパリ、パリパリと灰色の空を舐め。
 その餌食となった無数の機体が一瞬で焼け落ち、溶け残った金属片は、暗い海に沈んでいった。

 すぐさま撤退するかと思われたザフト側の、ミネルバから発進した三機が、果敢にもヘブンズベースへ斬り込んでいく。
「……お姉ちゃん」
 そこに見つけた “インパルス” の機影を、メイリンは、不安そうに追い続けていた。

×××××


 プラント首都・アプリリウス。
 デュランダルを欠いた、最高評議会は紛糾していた。

 逃げ場を失った敵軍を一気に叩きのめす予定が、作戦が、ことごとく裏目に出ている――相手の底力を見くびった、いまや形勢は完全にこちらに不利だ。
(まさか連合が、あんなものを造り上げていたなんて……)
 痛恨の思いに、歯噛みしたルイーズ・ライトナーの鼓膜を、同僚たちの荒いだ声が掻き乱す。
「なんということだ、全滅? そんな馬鹿な!」
「だが、いくらなんでも迎撃が速すぎるぞ? あれではまるで、我々が増援を送ることを想定していたようではないか」
「まさか、スパイが狙っていたという “ラグナロク” のデータは、すでに連合側へ!?」
「その危険を踏まえ、直前に降下軌道を変更したんですよ?」
「いや。広角度に対応する掃射砲ならば、どこへ降りようと、空から攻め込んだ時点で結果は同じだったろう」
「アスラン・ザラめ! よくも同胞を売るような真似を」
 議員の一人が憎々しげに呟いた名に、ルイーズは、ぴくりと身を強ばらせた。
(……レノアの墓前に、なんて報告すれば良いのかしら)
 知らず、こぼれる溜息。
 “血のバレンタイン” で命を落とした、アスランの母親についてはよく知っていた。親友だったと言えるほどに。
 彼女に連れられ遊びに来ていた幼少期はともかく、成長したアスラン個人とは――特にMIA扱いとなっていた空白の二年間に関しては、まるで分からない。
 彼がアークエンジェル一派に肩入れするあまり、ザフト兵としての立場を逸脱する言動に及んだこと。保安部に追われ脱走を図ったことも、事実と認めざるを得ない……だが、ロゴスに与していたという公式発表には、疑念を抱かずにいられなかった。
 母親を殺した組織に、どうして迎合するというのだろう?
 それは以前、父親たるパトリック・ザラに反旗を翻した少年ではあるが、あのときと今回では情勢や政策もなにもかも。
(…………?)
 ふと、なにか記憶に引っ掛かかる感覚。
 いつだったか評議会が、こんなふうに殺気だった――そう、再選議員の私は、あの頃もここにいて――全滅、スパイを手引き、ともに逃亡、漏洩していた、攻撃目標、子供でも分かる簡単な、図式?

『クラインが裏切り者なのだ、そうとしか考えられん!』

 激したパトリックの怒号が、フラッシュバックした過去の情景が、現在と重なり。
 瞠目したルイーズの、背筋がひやりと冷えた。
 二年前、クライン派による “フリーダム” 奪取に、被せるようなタイミングで “スピットブレイク” の情報が漏れていたからこそ、すべてシーゲルたちの仕業と考えた。けれどスパイは、彼らと無関係に存在した。
 そう。アスランが裏切っていたかどうかは別にして、もう他に間諜が潜んでいないとは限らないのだ。
「いま話し合うべきことは、作戦の挫かれたヘブンズベースをどう制圧するかでしょう? 最高司令官として現場にいらっしゃる議長が、退かないとお決めになった以上――増援の対策はこちらでしなければ」
 ぴしゃりとした、ルイーズの台詞に。
「ジブラルタルから、割ける限りのモビルスーツ・艦隊を向かわせて! 拠点の護りには、比較的近いマハムール基地、ディオキアから補充人員の派遣を」
 議長不在のプラントを預かる男女が、我に返ったように振り向いた。
「どんな広角度の掃射砲でも、さすがに真横へは撃てないはずよ――自軍の基地設備を破壊しては元も子もない、それに可能なら最初の一撃で、旗艦ミネルバを狙ったでしょうから。上空から近づかなければ、あれの的にはならずに済むわ――シュライバー委員長! 軍事の専門家として、なにか異見は?」
「いっ、いえ! 直ちにそのように、指令を出します」
「それから、まだスパイが紛れ込んでいる可能性もあります。警戒体制を厳に、メンバーが固定化している部署には入れ替えの検討を」
 弱りきった様子で会議室の隅に座っていた、国防委員長が 「はい!」 と慌しく退室、ようやく評議会は動きだした。
 そんな中でルイーズは、ちらりと考える。
 確かシュライバーは、内外からの要請により、アスラン・ザラの容疑について再調査を進めているのだったか……?



 アプリリウス市街、ビジネスホテル。
 タッド・エルスマンは、全世界が注目しているヘブンズベース戦に背を向け、黙々とデスクに向かっていた。

「……そうか、戦闘は終わったかね」
「ああ。新たに投入された新型二機と “インパルス” が、獅子奮迅の活躍をみせてな――量産されていた “デストロイ” もすべて撃破され、連合本部が白旗を上げたようだ。普通に考えれば、これで停戦だろうな」
「そうだな。すんなり終わってくれれば助かるんだが、どうなることやら」
 エザリアの報告にも、興味なさげに頷くのみ。
「なら貴様は、ここへ来てから飽きもせず、いったいなにを書いている」
「ん、読むかね? エクステンデッドに関する研究論文だが……おそらく君には、ちんぷんかんぷんだと思うぞ」
「は?」
 拍子抜け、原稿用紙の束を受け取ると。
 そこには強化人間のメカニズムと “製造行為” への非難が、延々と書き連ねてあるだけだった。
「デスティニープランの概要と害悪のまとめはどうした?」
「なんてことを言うんだね! そんなものを発表した日には、世界のリーダー・デュランダル議長の自論にケチつける悪人と認定されてしまうじゃないか」
 飄々とした返答に、エザリアは、ますます訳が分からなくなる。
「私はプラント在住のしがない医者として、連合軍の、ナチュラルの子供たちに対する所業を糾弾するだけだよ? TV局の特集番組に招かれて」
 一般向けに推敲し直している最中なんだが、これがなかなか難しいと、タッドは肩をすくめた。
「いまの生活が、けっこう気に入っているんだ。自分や息子の命も惜しい――シーゲルの二の舞は御免だな」
 かつて葬った政敵の名を出され、とっさに身構えるが。
「アスランは、同じ轍を踏んでしまったようだがね。逃げ隠れするから疑惑に拍車をかけるんだ、堂々としていれば良いものを……後ろ暗いことがあるのではと怪しまれる隙をわざわざ作り、弁明の機会までふいにしている」
 秘密主義もけっこうだがと腕組みした男の眼差しに、これといった批難の色は無く。
「周りを巻き込みたくない、自力でなんとかしようという。それは裏を返せば他人を信用していない、頼れない、狭量の表れではないかな?」
 エザリアは、どう相槌を打つべきか困った。
「まあ、簡単に言うなら――ある問題が当て嵌まる事象は、なにもひとつに限らないということだよ」
「だから、分かるように」
 説明しろと怒鳴りかけた勢いは、来客を告げる、フロントからの内線に押し留められた。


「こんばんは」
「アイリーン? なぜ、ここが」

 訪ねていったビジネスホテルの一室で、出迎えたエザリアは碧眼を丸くしていた。
「マイウスで解散したあと、ちょっと出掛けて。セプテンベルの自宅へ戻ったら……気が向いたら来てくれと、手紙が届いていたものですから」
「振られる可能性が大だと考えていたんだがね、嬉しいよ。アイリーン」
 にこにこと上機嫌で、奥の部屋から現れたタッドは、
「いやあ。やはり華は多いほうが潤うねえ? クールビューティな熟女に、優雅な20代の知的美人というのがまた――」
「そんな理由で呼びつけたのか、貴様は!? くだらん茶番に付き合わせるつもりなら、帰るぞ私はッ」
 眦を吊り上げたエザリアに殴り倒された。なんというか、相変わらずな二人だ。
「冗談だ冗談! いや嬉しいのは本音だが、パトリックの側近だった君と、シーゲルの側近だったアイリーンが左右に並んでいた方がバランスが取れるという話で」
「だからTV局の取材に応じて、どうなるんだと訊いている!」
 容赦なく襟首を締め上げられ、よろめく男を放りだしたエザリアは、
「……先に言っておくぞ、軍部に横領犯がいる。クライン派の人間だと調べもついた」
 ぴりぴりした口調で、こちらを睨みつけてきた。
「歌姫暗殺未遂の件を、自作自演で片付けられては面倒なことになるから、監視のみを強化――内部告発は保留にしているが。停戦を迎えればすぐにでも連中を、軍事法廷へ引きずり出すからな」
「ええ、そうですね」
 アイリーンは、苦笑して頷く。
「そもそも敵機の強奪とて褒められた手段ではない、敵対関係にある軍の戦力を削ぐという目的があればこそ、容認される行為です。どんな事情であれ、ザフトの物資を私物化して開き直るような人間に、プラントを任せてはおけません」
 エザリアに報せたとなれば、ザラ派の兵士か。
 真意の知れぬデュランダルを、より脅威と捉え。ひとまず猶予を残してくれた彼女に、ひそかな感謝を覚えつつ。
「一般市民を守るという務めを放棄した。自らの背信行為を棚上げに、政権掌握を目論むような輩は一人残らず、ザフトから追放してしまうべきでしょう。私で良ければ、お手伝いしますよ?」
 それを聞いた、タッドは 「おやおや」 と笑い始め。
 絶句していたエザリアは、おもむろにアイリーンの両肩を掴み揺さぶると、真顔で問いかける。
「だいじょうぶか、なにかあったのか? 話の内容を、本当に分かっているか? 私はクライン派を訴追すると言ったんだぞ」
「あったといえば……そうですね。ようやく自覚したのかもしれません」
 敵愾心もあらわだった、さっきまでの態度はどこへやら。心配そうな彼女を見つめ返し、瞑目したアイリーンはつぶやいた。
「シーゲル・クラインは死んだのだ、と」


 小惑星・ファクトリーに停泊中の “エターナル” 、ブリッジ。
「プラント本国の残留メンバーは、もう身動きが取れません。遠からず、通信にさえ応じられなくなるでしょう」
 オペレーターの報告に、ただでさえ鬱屈としていた空気が重さを増す。

 クライン派の諜報活動は、まったく実りがないまま行き詰ろうとしていた。
 現プラント政府に対する疑念は、どこまで調査を進めても憶測の域を出ず、ラクス暗殺未遂に関してさえ確証を掴めない。
 そうこうするうちヘブンズベース戦を控えた、ザフト内部の監視も厳しくなり――アイリーン・カナーバとの約定に従い、あのタイミングで物資の横流しを止めさせなければ、工作員の大半が捕縛連行されていただろう――民間船の出入りも例外ではなく、情報提供はおろか補給ルートまで失いかけている。

「“ヘブンズベース” は陥ちたんだ。これで停戦を迎えられるなら、もう……」
「だが、ラクス様のお命を狙ったコーディネイターは、間違いなく存在する! このままにしておけるものかッ」
「私のことだけなら、どこか人里離れた小島などに身を隠せば、済むのですけれど」
 口論するクルーをやんわりと窘め、ラクスは問う。
「デュランダル議長は、かつてL4 “メンデル” のラボに所属していたのでしたね?」
「ああ。元々は、遺伝子解析が専門の学者だったらしいからな。記録では、その研究チームもたいした成果を上げられず解散したようだったが――」
 応じたバルトフェルドは、少女に先回りして訊ねた。
「メンデルの調査を?」
「ええ、本国にいらっしゃる方々は、例外なく監視されているようなものでしょう? こうして外にいる私たちが、なにもせずにいるよりは……なにか分かるかもしれません、お願いできますか? ダコスタさん」
「デュランダル個人の経歴、か」
 赤毛の青年が、ぽそりと呟き。少女は 「え?」 首をかしげる。
「いえ、なんでもありません――分かりました。すぐに調査に向かいます」



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TV本編のラストで、ちらっと映り、カガリと握手してた評議会の金髪美人さん。ルイーズ・ライトナーという人物らしいです。WEBで得られた情報を元に適当に捏造してます。