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■ ゲシュタルト崩壊 〔1〕


「アスランは?」
「また眠った。でも、もう大丈夫だよ」
「そう、良かったわね」
 オペレーター席のミリアリアに 「うん」 と頷き返した、キラは、今はなにも映していないマルチモニターへ視線を向け。
「戦闘の方は?」
「まだ判らないけど、どうやら連合の負けのようね」
 シートフレームに凭れかかったマリューの答えに、うつむき表情を翳らせる。
「僕たちは、なにをやってるんだろう。世界は……」

 星そのものを滅ぼしかねない殺し合いを経て、今度こそ平和に暮らせるようにと願い尽くしてきたはずなのに――争いを終わらせるためと叫びながら、結局また撃ち合う。
 激動する流れの前に、あまりにも無力な自分たちは。
 これで終戦となることを、祈るより他に無く。

「分からないことばっかり、だけど。せめて出来ることだけでも済ませとかなきゃ、よね」
 どんよりしたブリッジの空気を振り切って、立ち上がるミリアリア。
「とりあえず、医務室の脱走兵さんが起きるのを待って、インタビューさせてもらうから……立ち会ってくれる? キラ」

×××××


「それじゃあ。ハッキングして、ヘブンズベース攻略作戦のデータを盗んだりは」
「誓って、していない」
 まず、ひとつ確かめてから。
 キラの手を借り運び込んだ機材で以って、新たに “ターミナル” 経由で送られてきた映像を再生開始。
「これは、ホントにあったこと?」
「――ああ」
 保安カメラが記録していた、アスラン・ザラ及びメイリン・ホークのスパイ容疑に関する、公式発表の添付資料だという。
「じゃあ、こっち」
「事実だ」
 ベッドに横たわる青年は、まだ立ったり歩いたりは当分できそうにないものの、受け応えはしっかりしていた。
「いくらなんでも叫びすぎ」
「頭に血が上ってたんだ、しかたないだろう!」
 けれど、場面が切り替わるごとに渋くなっていく顔つきは、ひどく苦しげで。
 単に身体がキツイのかと思ったら、居た堪れなさげな反応からして、どうも一連の映像というか質問攻めが精神ダメージに塩を塗りたくっているみたいだ……もう少し、回復を待ってからにした方が良かっただろうか?
(知ーらないっ)
 一時停止して考えるも、あっさりと遠慮する気を無くしたミリアリアは、再生ボタンを押しなおした。
「暴行シーンも、改竄されてるとかじゃなくて?」
「殴った」
 嫌疑が晴れなければ真っ先に困るだろう人物は、他の誰でもない。アスラン本人である。
(だいたい、ダーダネルスであんなケンカ別れしてたのに――カガリもキラも、みんな揃ってお人好しなんだから)
 じたばた暴れる腹の虫を納めるには。こんな実益を兼ねたささやかな意趣返し、可愛いモノだろう。
「はい、次」
「見てのとおりだ! まだ続くのか!?」
「もう終わったわよ、お疲れサマ」
「…………」
 アスランは無言で、ぐったりシーツに沈み込んだ。
「あのさ、アスラン? 僕もあんまり人のこと言えないけど。少しは後先考えようよ」
 眉を 『ハ』 の字にした、キラがしみじみと呟く。
「アークエンジェルを撃てって命令に、反対してくれてたのは嬉しいけど。ザフトの軍規がどんなだって――これじゃ、保安要員が押しかけて来るに決まってるよ」
「後先考えろ!?」
 アスランは、いよいよこの世の終わりみたいな形相になった。そうしてボソリと呻いた。
「……おまえに言われちゃおしまいだ」
 前にもカガリが似たような抗議してたなぁと、ぼんやり思うミリアリア。
 キラはちょっと、ふてくされている。
「それで連行されかけたから、メイリンさんを巻き添えに逃げてきたの?」
 映像記録が、彼らを陥れるべく作られたシロモノではなかったことに困惑しつつ。聞けばあまりに情けなさ過ぎる顛末に、
「俺が処罰されるだけで済むなら、まだ良かった」
 幻滅しかけるミリアリアを直視して、アスランは首を横に振った。
「アークエンジェルと “フリーダム” がユーラシア西部で討たれたあと。 “ミネルバ” が入港したジブラルタル基地の宿舎に、ミーアが写真を持って駆け込んできたんだ」
「みーあ?」
「写真?」
「どこかで観たことはあるんだろう、キラ? プラントにいる “あのラクス” ――本名が、ミーア・キャンベルだ」
「!」
「写真っていうのは?」
「君に、仲介してもらって……ダーダネルスの海辺で会ったときの様子が、盗撮されていた。尾行されていたんだ、俺が」
 とっくの昔に判明している事項だったため、ミリアリアたちは、さほど驚かなかったが。
「議長を訪ねてきた、レイが通路に落としたものを。同じVIPルームの続き部屋にいた、彼女が見つけて拾ったらしい」
 そんなことを知る由もない、アスランは悔しげに眼を眇める。
「とっさに握り潰してしまったが。脱出に使った “グフ” のコックピットが浸水を免れていたなら、まだ軍服のポケットに突っ込んだままになっていると思う」
 使い道が開けるかどうかはともかく、それは貴重な証拠品だ。
(あとでキサカさんに頼んで、取っとかなきゃ)
「妙なアングルで撮られた写真が気になって。ミーアは、そのまま物陰に隠れ、二人の会話を立ち聞きしていたと――」
 何十枚もの写真や録音テープを、デュランダルに手渡しながら。
 レイ・ザ・バレルという、戦艦 “ミネルバ” 所属パイロットの少年は。
「とりたてて、どうという内容ではないと言ったそうだ」
 そうして資料に、ひととおり目を通した議長は。これといった反応も見せず……ただ、アスランは “ダメ” だと。
『罪状はある、任せて良いか?』 と。
 レイが、あっさり肯いて。それで終わり――

「以前、寄港したディオキアで。議長から、おまえたちについて訊かれたことがある」
 アスランは、掠れた声で話し続ける。
「アークエンジェルと “フリーダム” がオーブを出たなら、ラクスも一緒にいるのではと言われて。俺は、あの艦が出るのに、彼女を置いていくはずがないと答えた」
「議長は、そのミーアって子が偽者だって知ってるんだね?」
「ああ。小賢しいことだと解ってはいるが、それでも歌姫の “力” が必要なんだと……本物のラクスが、プラントに戻ってくれればと思って探していると話していたのに……彼女だけじゃない、カガリも乗っている艦を撃てと命じた」
 あらためてキラに問われた、アスランは苦りきった調子で吐き捨てる。
「ジブラルタル基地で議長に会ったとき、理由を問い質した。彼は、逆に――俺に向かって、何故と訊いたよ」

 戦争を終わらせたい、こんなことはもう嫌だと。
 その意志が同じなら、なぜ “アークエンジェル” はプラントへ、ザフトに来なかった?
『ラクスと離れ、なにを思ったかは知らないが。オーブの国家元首を攫い、ただ戦闘になると現れて好き勝手に敵を撃つ。そんなことのどこに意味があるのかね?』
 以前、“強すぎる力は争いを呼ぶ” と言ったのは、攫われた当のオーブの姫だと。
 記録映像の中でも確かに、そう詰っていたデュランダルは。

「ダーダネルスやクレタで名乗りを上げた “アスハ代表” が、オーブ政府の発表どおり “偽者” だとは考えていないのね?」
「そうでなければ……カガリが人質として拘束されている可能性が高いにも関わらず、アークエンジェルを撃たせたということだ」
 深く息をついて、アスランは応じた。
「ザフト軍最高責任者として、あんな訳の分からない強大な力を、ただ野放しにしておくことは出来ない。だから討てと命じた。それは仕方のないことだろうと言われて――俺は、とっさに反論できなかったよ」
 実際に、糾弾されるようなことをやっていたからか。
 キラと顔を見合わせた、ミリアリアは、師の怒声を一緒に思い出して身を縮めるが。
「俺が復隊して、FAITHの徽章を授与されたとき。議長は……ミネルバに、以前の “アークエンジェル” のような役割を果たしてくれることを期待していると言っていた。だから」
 アスランの感情は、べつの点に向いているようだった。
「度々ザフトに損害を与えた艦だとはいえ、戦争を終わらせたいという意志は理解してくれているものと、思い込んでいた――おまえたちを直接に知らない議長には、最初から、そこまで信頼する理由も擁護する義務もなかったのに」
 アークエンジェルのような役割って、なにを指しているんだろう?
 漠然と掴み難い台詞に、ミリアリアは困惑する。
「機会があれば、なんて悠長なことは考えずに。もっと早くラクスが殺されかけたと報せていれば、違った対処をしてもらえていたのかと後悔して」
 なんにせよ議長は、ディオキア基地で “元クルーのジャーナリスト” に対したときと似たような探りを、アスランにも入れていたということだ。
「けれどもう、おまえたちは撃たれて海に散って。アスハの別邸が “アッシュ” 部隊に襲われたことを証明できる者もいないと気づいて……どこからどう誤解を正せばいいのか、途方に暮れた」
 そうしてデュランダルの発言と、実際の対応には矛盾がある。
「ミーアが報せに来なければ、それこそ独房に放り込まれて処分を待っていたかもしれないが」
 唐突にもたらされた警告を、どんな想いで聞いたんだろう。
 キラの疑念に、頑なに、そんなはずはないと声を荒げ反論していた彼は――かつてJOSH-Aで、捨て駒にされた自分たちより辛かったろうか?
「言い争っていた俺たちの話を、記録という形で確かめながら。すべて判ったうえでの指示が……戦士でしかないのに余計なことを考えすぎるアスラン・ザラが “ダメ” で、不幸な人間で、罪状はある……だ」
 ぎり、と歯軋りした、アスランは絞りだすような声で断じた。
「議長にとってラクス暗殺未遂は、オーブに不法侵入した “アッシュ” 部隊の犯罪行為も、取るに足らない――予定調和の出来事でしかなかったんだ」

「うん。やっぱり、おかしいよ……確かに僕らは、メチャクチャなことしてたから。野放しに出来ないっていうのは分かるけど」

 しばらく黙考していた、キラは。
「ラクスに戻ってほしくて探してたなら。彼女がコーディネイターに殺されかけたって聞いたら、びっくりして犯人を捕まえようとするはずだよね? プラントへ逃げられなかった、ザフトを警戒した理由も判っただろうし」
 意見を求めるように、すっと視線をミリアリアへ向けた。
「代理がいるからもういいや、って思ったんだとしても――盗撮記録に目を通した反応が、なんで “やっぱりアスランはダメ” になるんだ?」
 ベッドの隅っこでアスランは、ピーマン嫌いの子供がピーマンを喉に詰め込まれたような顔になった。
「あなた、あのとき離艦許可くらい取ってきたんでしょう?」
「ああ。グラディス艦長に伝えて出た」
「だったら、スパイ容疑の物証扱いにはムリがありすぎよね。会話内容もアレだし」
「僕らがやってるのはバカなことで、議長は正しいってそればっかり。完璧ザフトの味方って感じだったもんね」
 頷き合う二人を前にして、アスランは、犬嫌いの人間が猛犬に追い詰められたような顔になっていった。
 ……なんだか知らないが、妙に加虐心を煽るヒトだ。
「いくらアスランが、艦内で揉めごとを起こしてたからって。あの映像が届いたら、とりあえず処分は保留にして、詳しい事情を聞こうとするのが普通じゃない?」
「そうよね。ラクスだけは別行動してるの知ってて、アークエンジェル討伐を決めたのかもしれないけど――彼女が必要だったなら、暗殺未遂の話は放っておけないはずだもの」
「シャトル強奪犯が “本物” だとは考えなかったか、事件そのものを把握してなかったなら。ラクスごとアークエンジェルを撃沈してかまわなかった、ってことになる……よね?」
 ああでもないこうでもないと話し合っているところへ、アスランが訝しげに口を挟み。
「なんだ? その、別行動というのは」
「誰かに聞かされなかったの? そりゃ、プラントでは騒ぎを避けるために報道規制が布かれてたみたいだけど――」
 拍子抜けるミリアリアに、重ねて 「なにを」 と訊ねる。
「私たちがダーダネルスで会った直後になるのかな、バルトフェルドさんと一緒に宇宙へ発っちゃってたのよ。彼女は」
「ラクスが? プラントへ行ったのか? 民間施設は使えなかっただろうに、どうやって」
「えーっと、さすがにプラント本国へは入れなかったみたいなんだけど」
 途中でくちごもったミリアリアのあとを、曖昧にごまかし笑いを浮かべながら、キラが継いだ。
「ディオキア基地で……ラクス・クラインの搭乗予定シャトル、ハイジャックして」

 偽者の偽者というややこしい図式を、とっさに把握できなかったらしくアスランは首をひねり。ほどなく、

「思いっきり犯罪じゃないかッ!!」
 耐圧ガラスを揺らさんばかりの怒号が、医務室に響き渡った。




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ひたすら会話。ハウ嬢による、ささやかな精神攻撃的アスランいぢめ編。TV本編『リフレイン』 の独白はワケワカメだったので、なんとか解りやすくと試みましたが、作者の力量ではこれで限界です。