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■ ゲシュタルト崩壊 〔2〕


 全身ずたぼろの状態でよくそんな大声をと思ったら、案の定、ぐえっほごほと痛そうに咳き込んでいる。
「だ、だいじょうぶ?」
「どうしてそういうことを止めないんだ、おまえは! 宇宙へ出る必要があったにしても、もう少しマシなやり方があるだろう!?」
 怒られたキラはしゅんとして、バツが悪そうに頭を掻いた。
「ごっ、ごめん。でもほら! ザフトに狙われる危険があるから、普通には出歩けなかったし。僕もアークエンジェルから離れるわけにいかなくて、あと宣戦布告っていうかなんていうか――」
「…………」
 疲れ果てた様子で、どさりとベッドに倒れこんだアスランは、
「だけど、議長のところへ資料を持っていったの、どうしてグラディス艦長じゃなくてレイって子なのかしらね? ダーダネルスから、ずいぶん時間経ってるし――監視が司令部の指示なら、さっさとデータ転送でもすれば良かったのに。報告、急かされたりしなかったのかしら」
 この際どうでもよさげなミリアリアの疑問に、虚ろな目つきで応える。
「レイが独断で尾けていたなら、公の回線は使えないだろう。議長に直接、手渡せる機会を待っていたんじゃないか?」
「それは、ないわよ。あなたを尾行してたの、ルナマリア・ホークって子だもの」
「は?」
「だから、メイリンさんのお姉さん? 面識あるんでしょ」
「そりゃ、あるが……なぜ、そんなことを断言できる?」
 そういえば、まだ話してなかったな。どのあたりから説明すべきだろうか、などと考えていると。
「一緒に来てた、ミリィの師匠さんが―― “セイバー” にくっついてきた小型ヘリに気づいて、崖の上から撮影してたんだよ」
 あっさり要点をまとめた、キラが答え。
「後になって知らされて、僕らも驚いたんだけど。暗殺未遂のことが伝わって、ラクスが保護されるんなら助かるし……逆に無視されたら、やっぱりプラント上層部が怪しいって判断材料になるだろって言われて。それもそうだなぁって」
 瞠目したアスランは、ふっと自嘲気味につぶやいた。
「なにも知らなかったのは俺だけ、という訳か」
「そう? 事実関係の確認が出来ただけでも助かったわよ、私は」
 苦笑しつつ、ミリアリアは立ち上がる。
「とりあえず、今日はこれだけ。再調査に進展があったら、また細かいこと聞かせてもらうから」
「再調査?」
「アークエンジェルに肩入れしてたことは、べつとして。あなたのスパイ容疑については裏づけが不充分だったからって、ザフトに再調査チームが結成されてるの」
「僕らが直接、連絡を取り合ってるわけじゃないんだけどね。ミリィを通して、“ターミナル” って情報ネットワークに協力してもらってるんだ」
 代わる代わる教えられ、驚いたように。
「メンバーをまとめているのはイザークさんらしいから、きちんと調べ直してくれると思うわ」
「イザーク? ……なら」
 なにか言いかけるが視線を泳がせ、結局 「そ、そうか」 とだけ呟いた、
「? そうよ」
 アスランのぎくしゃくした態度に首をかしげつつ、ミリアリアは、運び込んだ機材を片付けにかかる。
「だけど、保安記録そのものは改竄されてない、かぁ。あんまり報告できること無いわね」
 それは単に、なかなか尻尾を掴ませてくれない相手だと。
 疑惑を深める根拠はいくつも増えたが、やはり決定的な証拠と呼べるものは見つからないなと、不透明な先行きを嘆いただけなのだが。
「悪かっ――」
 ぐっさり傷を抉られたらしいアスランは、口元を引き攣らせ、そこでふと眉をひそめた。
「ちょっと待ってくれ……どうして、それがここにあるんだ?」
「え、なに?」
 さっきの映像はと問われた、ミリアリアは戸惑いつつも保安記録の再生にかかる。
「それじゃない、一番最初の」
「これ?」
 アスランが指し示した場面は、赤服の少年たちがピリピリした雰囲気を漂わせながら、フリーダムとの戦闘シミュレーションに打ち込んでいるところだった。
「なんでって、監視カメラじゃないの? どこか軍施設のマルチメディアルームとかでしょ」
 画面内は、ひどく薄暗く。
 ぼうっと白く光る液晶が辛うじて、少年たちの姿と、PCデスクの形状を浮かび上がらせているのみだ。
 電気くらい点けようよ。目、悪くなるよ――って、コーディネイターは視力低下しないんだっけ?
「違う。シンの部屋だ」
「え?」
 彼が、なにを気にしているのか見当がつかず。
 ミリアリアは隣を窺うが、キラも分からないようできょとんとしている。
「俺が訪ねていったのは、シンとレイが共同で使っている個室だ。他の映像と違って、プライベートな空間だぞ……それが、なぜ記録に残っている?」

「あなた、そんなに普段から入り浸ってたの? 後輩の部屋に」
「いや。このとき初めて行ったんだが……」
「ふーん? それじゃ。あのレイって子が、小型カメラを隠し持ってたのかしら」
「うん。デュランダル議長と、直接話せる立場みたいだし――アスランが出入りしてたわけでもないクルーの部屋、ぜんぶ監視してたって考えるより自然じゃない?」
「でも、それにしては角度が変なのよねー」
 ミリアリアは、問題の映像と睨みあい。
「ハンディカメラの類を使ったなら、この映し方はムリがあるわ。画面に手ぶれが無いし、もっと斜め上から撮ってる感じだもの」
「じゃあ、アスランが来るのを予想してたとか?」
 腕組みして首をかたむけた、キラが訊ねる。
「結局ケンカになっちゃってるけど。元々は、なんの話をしに行ったの?」
「それはベルリン戦で、あいつが―― “デストロイ” 相手に、妙な」
 答えかけたアスランは、ハッと息を呑み。
「まさか……監視されていたのは、シンか?」
「シンって」
「この子、ザフトのエースパイロットでしょ? どうして見張られなくちゃいけないのよ」
「対外的には “無かったこと” にされているが、あいつも前科者だ」
 モニターを凝視しながら、険しい語調で告げた。
「看護士や保安要員に暴行を加え、モビルスーツの無許可発進、しかも “ミネルバ” に拘束されていた捕虜を連れ出し、敵軍に接触――連合側の人間に引き渡している」
「なんか、アスランの無謀さが霞んじゃうくらいムチャクチャに聞こえるんだけど……?」
「そういえば。キラも昔、似たようなことしでかしたっけ」
 クルーを殴ったりはしなかったし、捕虜といってもラクスは “敵軍の兵士” じゃなかったけど。
「う」
 ピキッと固まる人物、約一名。
(警報がわんわん鳴りだして。あのときはホント、びっくりしたなぁ)
 だが回想に耽っていたミリアリアは、微妙にへこんだ傍らの空気に気づかぬまま。
「――っていうか、銃殺刑モノの軍規違反じゃない!」
 二年前、独断でラクスを逃がしたキラが、艦長室に連行されたことを思い出してギョッと叫ぶ。
「それ、いつのこと? なんで普通に “ミネルバ” でパイロット続けていられるわけ?」
「拘束中のエクステンデッドが、逃亡のすえ死亡したことは遺憾ではあるが、貴艦のこれまでの功績と現在の戦況を鑑み、本件については不問に付す」
「え?」
「グラディス艦長の報告を、司令部が揉み消した――激化しつつある連合との戦いに、エースを欠くわけにはいかなかったんだろう」
「それにしたって……どっちもどっちなトラブル起こしてるのに、扱い違いすぎ」
 するとアスランは、自虐的に呟いた。
「あいつは連戦連勝で、俺は、戦績不振の挙句に惨敗したからな」
 再び凍りつく、医務室の空気。
 “惨敗” の主だった元凶が、あちこちで戦闘介入を繰り返してきた自分たちであることは、疑いようもなく。
「ご、ごめんね?」
 冷や汗たらたら頭を下げる、少年少女の声は見事にはもった。
「……謝られても困る」

 ふう、と息をついたアスランは、さすがに話し疲れたらしく目を閉じて。

「だけど、どうして敵兵を逃がしたりなんか」
 キラの疑問に、ミリアリアも首をひねる。まさか友達の婚約者だったからというオチはないだろうが。
「あ」
 ふと、引っ掛かかる記憶。そういえばカガリが、ロアノーク大佐に。
「捕虜って、女の子」
「ああ。金髪の――確か、ステラという名前で」
 追憶を遮り、応えがあった。まだ眠ってはいなかったらしい。
「最初は、ディオキアの海辺で。溺れかけていた少女を助けたんだ……シンが」
「敵兵だって知らずに出会ったってこと?」
「情緒不安定な子で、訊ねても名前しか分からない。戦争で親を亡くして、だいぶ怖い目に遭ったんじゃないかと――あいつは、そう思い込んでいるようだった。それ自体は、当たらずとも遠からずというヤツだったのかもしれないが」
 頷いた彼は、浮かぬ表情で告げる。
「ロドニアのラボを調査中に、襲ってきた “ガイア” のパイロットで」
 キラは、驚いたように眉をひそめ。
「機体を爆散させずに倒したまでは良かったが、ミネルバの軍医には手に負えない身体らしく、日ごとに衰弱していって……どうしても見殺しに出来なかったんだろう。シンは、彼女を返しに行った」
 ミリアリアは、思い返す。

 “ミネルバ” を追う途中に。アクシデントでMIAになった部下を、最適化サイクルのリミットも迫って諦めかけてたとき―― “インパルス” の小僧に名指しで呼び出された。

「処罰されずに済むことを、見越していたとは思えない。艦長も誰もアテにならないから自分が助けるんだと、頑なに思い詰めているようだった……軍務もかなぐり捨ててまで、あの子に固執していた理由は分からない」

 死なせたくないから返すんだ、と言っていた。

「だからベルリンで。そのあと戦ったときも、ずっと――様子がおかしかったんだね」
 ぽつり呟いた、キラと。
「あのヒトに接触されて攻撃を止めたのは、途中で “フリーダム” に向かってきたのも…… “デストロイ” に乗っているのが “ステラ” だったから」
「いや。有り得なくは無いが―― “ミネルバ” から解放された時点で、虫の息だったんだ。治療を受け生き長らえたとしても、ベルリン戦に出撃していたとは考えにくいが」
「ううん、ロアノーク大佐から聞いた話にも沿ってるし。間違いないと思う」
「ろあ……誰だ、それは?」
 ミリアリアに、アスランは訝しげな眼を向けた。
「ええっと。ベルリンで拘束した、連合軍の指揮官なんだけど」
 そういえば、ずっと昏睡していた彼は、まだネオ・ロアノークと対面していないはず。
「ややこしい話になる――っていうか、会ってみた方が早いと思うわ。今は、マードックさんに付き添われてお風呂に行っちゃってるから」
「? そうか」
 百聞は一見にしかず。
 けれど次に目覚めたとき、とうの昔に戦死したはずの “フラガ少佐” が隣で欠伸なんかしていたら、かなり心臓に悪そうだ。
 お互いがザフトで連合軍だったとか判ってしまうと、なおさら同室で寝起きはマズイんじゃないだろうか?
 考え込むミリアリアと入れ替わりに、
「アスラン」
 うつむいていたキラが、確かめるように問いかける。
「 “シン” は……彼は、僕を恨んでた?」
 一瞬くちごもったアスランは、歯切れ悪く、そうだろうなと答えた。
「ロアノークとやらの証言が、事実なら。だが、それは本来――あいつの任務だった」
 撃たずに止めることが可能だったのか、さらに被害が拡大していたのか。自分たちが介入しなければ、どうなったかは分からないけれど。
「命令だろうと洗脳されていようと、ユーラシアで虐殺行為に及んだ敵兵と……シンは、戦わなければならなかった。ザフトである以上は。俺が……連合に属するオーブと戦うべきものだったように」
 それが軍人に課せられた役割で。
「 “フリーダム” とアークエンジェルを討てという、本国の決定は、おそらくシン個人の意志と合致していただろうが――先の保証は、どこにも無い」
 たとえば、敵を誘き寄せるための囮になって死ねというような命令を、下されることもある存在で。
「ミーアがいれば、ラクスは要らない。シンやレイがいれば、命令に従わない俺は要らない」
 二年前、JOSH-Aで。
 そんなの嫌だ、死にたくないと思ってしまった自分は、軍人としての覚悟が欠落してたんだろうけど。
「監視カメラの件については考えすぎかもしれない。単に、俺が来ると見越して設置したモノかもしれないが……事実、すでに “罪状はある” んだ」
 敵兵、しかもエクステンデッドの少女を逃がしたという “シン” は? どこまで解っているんだろう。
「最新鋭機のパイロットに、替えが利くようになれば――それ以前に、問題隠蔽のリスクの方が高くなれば。そのときは、あいつも即座に切り捨てられる」

 そんなふうに手のひらを返せば、司令部の不手際も一緒に露呈するんじゃ?
 ああ、だけど。
 アスランたちの “罪状” を、もっともらしく作り上げたザフト上層部のこと。
 シン・アスカもまた、ロゴスと誼を結んでいて。
 グラディス艦長が送った報告文は、メイリン・ホークの手により、スパイである彼らに都合よく改竄されていたとでも片付けそうだ。
 罪状のすべてが嘘ではないところがまた厄介で、アスランとメイリンが死んでしまえば抗弁できる者はいない。どうやら “レイ” は議長の意を受けて動いているようだし…… “シン” が公式発表に納得できず、添付資料に目を通したなら、記録されているはずがない映像の存在に不審を抱くかもしれないが。
 自分が殺した、殺そうとした相手のことなど、なるべく思い出したくないだろう。
 
「だけど軍規違反の理由は、相手が “ステラ” だったからでしょ? もう、そんな心配することないんじゃ」
「ムリだ。気に食わなければ、誰の命令だろうが無視して暴走するようなヤツなんだぞ」
 断言したアスランは、どこか身につまされるといった様子だった。
「そもそもシンの気性は、軍人には向いてない。あいつが一番に守りたがっていたのは身近な人間で、ザフトとして敵を排除する “力” とは別物だ」
 一瞬しんと静まり返った、医務室に。
「俺のことはともかく――二年越しの仲間だったメイリンを、命令だからと殺さなければならない立場に、適応できるとは思えない。頭で納得しようとしても、感情がついていかないだろう」
 アスランの懸念は、静かに響いた。
「もし割り切ってしまえるようになれば、それは……すべてを敵に回しても “ステラ” を守ろうとした、あいつは気持ちごと、役割のために消されるということだ」



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『 踊らされている、おまえも! (byアスラン) 』 の根拠を考えてみる。
とりあえずアスラン&ネオは、キラカガを交えて話さなきゃならないことが山積みだったと思う。