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■ BELIEVE


 その日。勤務シフトを終えた、ミリアリアが部屋へ戻ると。

【 陥落したヘブンズベースからは、多数のロゴス幹部が連行された模様です。現在、連合とプラントは共同で国際法廷を開設し、身柄を拘束したこれら幹部の―― 】

 点けっぱなしのTVニュースが流れる中、昨晩から熱を出しているメイリンは、苦しげな呼吸を繰り返していた。
 撃墜時のダメージに加え、急激な環境の変化とストレス。
 ヘブンズベースでザフトが勝利を収め、“ミネルバ” の姉たちが無事に済んだことで、緊張の糸が切れた反動もあったろう。
『感染症の類じゃないし、内臓にも特に問題はない。とにかく水分を摂らせて、身体を冷やすことだよ』
 それが医師の診断で。
 昔この艦で、同じような高熱を出して魘されていたのは、大気圏を “ストライク” で突破したキラ。
(あのときは、フレイが付きっきりで看病してたんだっけ……)
 共通点といえば赤毛くらいで、印象はまるで違うのに。
 ふとした瞬間に彼女を連想してしまう理由は、今またアークエンジェルに居るからか。それとも自分が生き延びたことへの罪悪感だろうか。

「ごめん、ちょっと動かすわね?」
「はい」
 背中に手を差し入れて、上半身を起こさせ。
「食欲無いかもだけど、これだけは飲んでて。脱水症状を起こしちゃうから」
 差し出したボトルを素直に受け取った、少女がスポーツドリンクに口をつけている間に、すっかり溶けてしまった氷枕を交換。
「う〜っ、冷た――ありがとうございます」
 再びベッドに横たわったメイリンは、気持ち良さげに、真っ赤な頬を枕にくっつけ。
 ミリアリアがさらに、冷水に浸して絞ったタオルをひたいに乗せてやると、ほっと息をついた。
「どういたしまして。他に、なにか要るモノある?」
「おなかは空いてないんですけど、あの」
「ん?」
「お風呂に入りたいです。髪、洗いたい……」
 おずおずと、それでも切実な調子で訴える少女。
「うーん。OKって言いたいとこなんだけど」
 何日もベッドから動けず入浴できなくては、精神衛生的にも良くないのは確かだが。治りかけの容態が、ぶり返してしまっては元も子も無い。
「もう少し熱が下がって、ドクターの許可を取れたらね。広いお風呂、貸し切りでゆっくり出来るから――」
 そんなふうに宥めながら、果たして “天使湯” を前にした少女がどんな反応をするか、考えるのが怖いような気もするミリアリアだった。

×××××


 再び、メイリンが寝入ってから。
 なにか甘いものが欲しいなぁと食堂へ歩いていく途中、しゅんっと医務室の扉が開いて。
「……はあぁっ」
 よろめき出てきた金髪の少女が、壁に手をついてズルズルと通路にへたり込んだ。
「本土への連絡事項は、一段落ついたの?」
「わー!?」
 なんの気なしに声をかけてみれば、カガリは文字どおり飛び上がり。
「なな、なんだ、ミリアリアか」
「そんなに驚くことないでしょ。どうしたのよ」
「いや、誰もいないと思ってたから。ずっと挑戦してた “元首らしく毅然とした立ち振る舞い” が、崩れてたような気がして」
「うん。ああ、緊張した――って顔に書いてある感じの溜息ついてた」
 ううっと呻いた彼女に、ミリアリアは 「油断禁物ね」 と笑う。
「……そのうち顔面筋肉痛になりそうだ」
 カガリは苦笑して、ぼやいた。
「諸国のファーストレディたち、っていうか政府関係者みんなだけど――すごいなぁ。こんな肩凝って神経すり減らすこと、涼しい顔でこなしてたんだよな」

 そのまま。
 今日のところはもうオフタイムだという、彼女の自室に、おジャマすることになって。

「オーブ政府の方は、キサカとマーナが上手くやってくれてさ」
 ミリアリアに椅子を勧め。
「前にもらってたリストを参考に “遺書” で名指しした高官たち、全員が要請に応じてくれた。アスハ代表とはろくに話したことも無いのに、なんで自分たちがって首ひねってたらしいけど……」
 ベッドサイドへ腰掛けた、カガリは、久しぶりに弾んだ口調で報告しながら。
「ありがたいことだと思う。すごく政治、やりにくい情勢なのに」
「政府で働いてる人たちだもん。考え方や世代は違っても、住んでる国を少しでも良くしたいって気持ちは、きっと一緒なんじゃない? 現状を歯痒く感じてたなら、指名は渡りに船だったと思うわよ」
 だったら良いなと、笑った。
「ユウナやウナトだって――そういう気持ちは、きっと同じだよな」

 そういえば帰還できたとして、ユウナ・ロマのことはどうするんだろう?
 曲がりなりにも国家元首と宰相の息子の婚姻である。中断した式はうやむやに保留されたものの、そう簡単に白紙撤回されようはずもない。

「ところで、アスランとは? 話、出来た?」
「うん……やっぱり、アスランはアスランだった。死にたいような気分だ、とか愚痴るし」
 もしかしたら何割かは私とキラがへこませちゃってた? 尋問の数々と彼の反応を想起した、ミリアリアは内心焦る。
(まあ、いっか)
 そのぶん、カガリが励ましてくれただろうから。
「メイリンのこと。ほとんど話したことも無いのに、殺されるくらいなら行け、って――逃げるの助けてくれたって不思議がってるから。おまえのこと好きなんだろって言ったら」
「そしたら?」
「そういうこと。まるで考えてなかったみたいに、ぽかんとしてた」
「……鈍いのも、そこまでいくと犯罪級ね」
 遠距離になったとたん心変わり、ザフトで良い仲になった女の子と手を取り合い逃げてきました、なんて経緯だったら。ロープで簀巻きにデッキから逆さ吊りくらいじゃ済まさないところだが。
 鈍感すぎるのも考えモノだ。
 とばっちりで怖い目に遭っても奮闘してた、メイリンの乙女心をどーしてくれる。
「あんなマヌケな反応されちゃ、突っ込んで訊くに聞けやしないぞ……」
 カガリもまた肩透かしを食らったようで、むず痒げに嘆息した。
「どう穿って考えても、実際なんにも無かったんでしょ。あの子から、片想いされてるのは間違いなさそうだけど」
「でも、ホントは――私に、アスランが決めたことを、どうこう言う権利なんか無いんだよな」
 フォローを入れてみても、彼女の表情は晴れず。
「私は、ユウナと結婚しようとした。あいつに、なにも言わないで」
 やはり気にしていたのかと、ミリアリアは、結婚式の中継映像を思い返す。
「許してくれるかって、訊いたら……謝るのは俺の方だって。オーブを守りたかったんだろって、怒らないでくれたけど」
 アスランは何時どこで、あのニュースを知ったんだろう?
「だけど―― “許す” とは言ってもらえなかった」

 許されようってこと自体、虫の良い考えなんだけどな。カガリは、うなだれて呟いた。

「……シンの話も、聞いた」
「 “ステラ” さんのこと?」
 ロアノーク大佐も何度か、口にしていた名前だ。
「 “デストロイ” を破壊してでも止めなきゃって――ベルリンで。連合軍と戦ったことだけは、正しかったと思ってた」
 頷いた彼女は、消え入りそうな声音で。
「シンが大切にしてた子が、死ぬことになるなんて考えもしなかったんだ」
「いくらなんでも、それ察して退けっていう方がムチャよ。ザフトと連合は敵対してて、市街地があんなふうに焼き払われてたのに」
「それでも私の選択が、また “アスハ” が、あいつが守りたかったヒトを殺したことに変わりない」
 首を横に振って、静かに言う。
「誰かが我を通せば、必ず押し退けられるものがあるって。こういう意味だったのかな――」
「……そうね」

 あのときカガリが反対しても、キラは “フリーダム” で飛び出して、アークエンジェルも援護に向かっただろうが。
 今となっては気休めにもならない、仮定の話だ。

「ミリアリアは――ジャーナリストになって、半年過ぎたくらいだよな」
「? うん」
「報道するのが怖いって思うこと、無かったか?」
 唐突な質問の意図はよく分からなかったが、考えるまでもなかったので即答する。
「そりゃ、あるわよ。数え切れないくらい」
「あるのか?」
 カガリは拍子抜けた様子で、ぱちぱちと瞳を瞬いた。
「あるも何も、リポーターやったりキャスター務めたり、編集を任された記事が載っただけでも朝から毎日そわそわ落ち着けなかったし。読み間違いや誤表記なんかのミスも怒られたけど、内容に関するクレームが一番怖かったわね……って、それがどうかした?」
「政府には戻れなくても、オーブへ帰り着いて」
 ミリアリアが問い返すと、彼女は、バツが悪そうに目を逸らして。
「指示を求めてくれるヒトたちがいて――だけど、ザフトが連合を倒せば戦争も終わりそうな情勢で、私の代理も決まってさ。このままで大丈夫なんじゃないかって考えたら」
 タケミカズチのクルーと合流したときに。もう逃げないと誓った覚悟は、今も変わらないけど。
「私が何もしない方が、言わないほうが、ぜんぶ丸く収まって上手く行くんじゃないかって思えてきて」
「……カガリ。それウチの師匠あたりが聞いたら、ゲンコツ確定だから」
「う」
 想像したら痛かったようで、彼女はひゃっと首をすくめた。
「行動して発言すれば、反発されたり批判浴びることがあるのは確かだけど。だからって傍観してたら、それも怠慢だって責められるでしょ?」
 公人の宿命と呼ぶより他にない、どこまでも付き纏う、枷は。
「私も助手だったときは “コダックさんの弟子なら” って、すんなり待遇良く迎えてもらえたし、罵られたりすることも滅多に無かったけど――独立したら、もう師匠の後ろにくっついていられない。ぜんぶ自己責任だもの」
「怖い?」
「怖いわね。だけど、ジャーナリストの存在意義って……普通に会社勤めしてる人たちは、どこで何が起きてても直接見に行ったりする余裕が無いから。代わりに現地まで足を運んで、確かめてくることだと思う」
 自分で撮った写真や映像記録と、実際に見聞きした記憶があって初めて。
 これは本当のことだと、内容に責任を持てるようになる。
「そうやって発表したニュースには、規模の差はあっても、たいてい賛否両論の反響が出るんだけど――」
「新聞の投書欄とか?」
「インターネットの掲示板なんかもね」
 私見をあらわにした文章に、反対意見がドッと押し寄せるのはもちろんのこと。
 ごくまっとうな通論に思える記事にさえ、苦情が来ることもあった。
「だけど、せっかく “フリー” って身軽な働き方をしてるんだから。無難な一般論でお茶を濁すより、自分の見解を率直に述べなきゃって、同業者に会うたび言われたわ」
 誰からも好かれていたい人間には、向かない仕事だと。
「当たり障りないことを書いて、すぐに忘れられちゃうより。なんだコイツ偉そうにって反感を買っても、その事件について深く考えてもらえる方がずっと意味があるって」
「……だから “ターミナル” の人たち、みんな物言いキツイんだな」
「あはは、ムカついた?」
「う」
 返事に詰まるも、結局、もごもごと白状するカガリ。
「散々世話になって文句言えた義理じゃないけど。私が不甲斐ないからだって、それは分かってるんだけど――ときどき、ちょっと――ムッとした、かも」
「そりゃあね。だいぶ免疫できたけど私だって、他人の言動を、とやかく追及できるほどジャーナリストは偉いの? って疑問に思うことあったもん」
 たとえば業界人が悪事を働いて、捕まるようなニュースを耳にするたびに。
「だけど、べつに偉いから報道してるわけじゃないのよね。ただ、そういう仕事をしてるだけで……あんまり傍若無人してると契約を切られて、仕事干されるってペナルティも待ってる」
 気乗りしない依頼は引き受けなければ済む、代償として。
「だから、嫌われるの覚悟してでも訴えたいことがあるかどうか――よね。以心伝心できる間柄ならともかく、普通は言わなきゃ聞こえないし、どんなに言葉を尽くしても解り合えないくらいなんだから」
 立つ舞台は違えど、それは政治家も同じだろう。
「アスランのことも」
「え?」
「さっき “言う権利” って気にしてたけど……そんなの、あって無いようなものよ? 結局は、気持ちの問題なんだし」
「えっ? いや、でも」
 それまで神妙な顔つきでいたくせに、医務室で休んでいる青年の名を出されたとたん、赤くなって視線を泳がせる。つくづく分かりやすい性格だ。
「オーブのことだって。あなたが “遺書” を届けなかったら、アスハ代表の空席は放置されたまま、同盟継続の理由にされてたんでしょ?」
 上を望めばキリが無いけれど、なにも出来ないなんてことはないなずだ。
「それに、もう口を挟むな関わらないでくれって突っぱねられても、おとなしくは引き下がれないんじゃないの?」
「……そうかも」
 自信無さげに呟いて、迷いを吹っ切るように首をぶんぶん振ってから、ようやく語気を強くして言う。
「しょうがなくなんかないって、信じたい」
「だったらオーブや世界の現状は、この先も、しっかり把握しとかなきゃ。出来ることまで見落としちゃうわよ?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
 二人してココアを飲みながら、それからは他愛ない話をして夜は更けていった。



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39話冒頭シーン、その後。再会アスカガの微妙に遠慮した感じは、ある意味自然ではあったけれど、お互い言葉足らず。カガリさんは、まだまだ悩みの渦の中。