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■ キラ


「ロード・ジブリールを取り逃がしただと!?」
「おいおい、よりにもよってブルコス盟主に逃げられてどーすんだよ」
 報告を聞いたとたん険しい眼つきになった、上司と同僚を前に、溜息まじりのシホ。
「それが…… “ヘブンズベース” が降伏した時点で、すでにジブリールは基地にいなかったらしくて」
「なに?」
「 “デストロイ” 五機が撃破されたときにはもう、戦況を不利と見て逃げ出していたようなんです。拘束されたロゴス幹部の証言ですから、全面的に信用できる話でもありませんが――」
 屋敷を襲った暴徒の手もすり抜け、基地が危なくなるや一人脱出……逃げ足の速いヤツだ。
 ある意味判断力に優れていると言えるだろうが、追う側にとっちゃ堪らない。
「そりゃ、わざわざ嘘つく理由が無えよ。なあ?」
 他のメンバーは捕まり、ジブリールだけが逃げ延びたという事実に。
 ディアッカは、うんざりしつつ同意を求める。誰の注意も激戦地に釘付けだったろう隙を突かなければ――白旗を上げた後になって、ザフトの包囲網を掻い潜れるものか。
「卑怯者めがッ……!」
 イザークは、腹立たしげに執務室のデスクを殴りつけた。
「さすがに空路では目立つ、流れ弾に撃ち落される可能性もあったろう。逃げたとすれば、海中からか?」
「ああ、ジブラルタル方面を通過するのは自殺行為だからな。ユーラシア大陸伝いに東か、西へ抜けてパナマ、ビクトリア――宇宙港から上がって来られちゃ、まずいことになるぜ」
「司令部の対応は?」
「連合軍拠点、その他同盟国へ向かったと仮定して。各艦隊が調査・追撃に出ています」

 “ヘブンズベース”の話題に一段落ついたタイミングで、オペレーターから通信が入った。

〔ジュール隊長! 調査チームの降下班より、入電です〕
 そうしてモニターに表示される、簡潔なメッセージ。
【 セレスティン・グロード家のデータベースに “アスラン・ザラ” の名は有らず。明朝より、エルウィン・リッターの邸宅へ向かいます 】
 現場検証、ひとまず一箇所目はクリアか……やれやれだ。
【 骨の折れる作業だろうが、宜しく頼む 】
 イザークは少し表情を和らげ、返信文の入力を終えた。
【 “ヘブンズベース” 陥落―― 司令室にいた人間のほとんどは捕縛されたが、ロード・ジブリールが逃走中だ。移動に際しては、くれぐれも気をつけろ】

×××××


「キラ君、すぐにブリッジへ!」

 緊迫したマリューの声が、艦内放送で響き渡る。
 宇宙に潜伏していた“エターナル” が発進する、ザフトに発見されたという連絡を受け、ブリッジは騒然としていた。

「どのくらいの部隊に追われているかは分からないけど、突破が無理なら、ポッドだけでもこちらへ降ろすということよ」
 メンデルで入手した議長に関する資料と、クライン派の “ファクトリー” で開発された新型MS二機を射出する。予想落下地点に誰か、待機してもらえないかという。
「突破が無理ならって、ラクス……!」
 息せき切って駆け込んできたキラは、正面モニターに表示された軌道を、愕然と見上げた。
「そうか、忘れてた。宇宙戦に特化した “エターナル” のスペックじゃ、大気圏突破は不可能だったんだよな――」
 ミリアリアと背中合わせのオペレーター席では、チャンドラが独り言のように呻き。
「整備班、“アークエンジェル” の修理状況は!?」
〔右舷はあらかた補修したが主翼は手付かず、装甲も抉れたまんまだ! メインエンジンの取り付けも終わってねえし、気化性ジェルぜんぶ使ったって摩擦熱にゃ耐えられねーよ〕
 内線でノイマンと話していた、マードックが格納庫から怒鳴り返す。
「こんなときに……!」
  “フリーダム” は撃破され、アークエンジェルも援護に出られない。
「――そうだ、キラ」
 悔しげに歯噛みする弟の傍らで、はっとしたカガリが何か言いかけるが、
〔おい!〕
 そこへ被せるように頭上から、面倒くさげな声が落ちた。
〔なーんか隣のヤツが、さっきからジタバタうるさいんだけど〕
「えっ?」
〔 “キラ、行け” って〕
 誰も操作していないはずのモニター画面が切り替わり、アップで映る、ネオ・ロアノークの苦笑いと。金髪の肩越しに、
「アスラン……?」
 苦痛に顔を歪めながら起き上がろうともがいている、友人の姿を見とめ、瞠目するキラ。

 思いがけぬ医務室からのメッセージに、ミリアリアを含むクルーは呆気に取られていた。
 なぜ、彼が? どうやって?
 もちろん各部屋のモニターに内線機能はある。けれど “連合軍の大佐” には、使えるはずが無い代物だ。
 アスランの要望に応じ、見張りの誰かが教えたか?
 ならば、そのオーブ兵が直接かけてくるはず。

〔 “ラクスを守るんだ、絶対に――彼女を失ったら、すべて終わり” 〕
 こちらの動揺を知ってか知らずか、ロアノークは飄々と、隣の怪我人とモニターを交互に見やりながら告げた。
〔……だ、そうだぜ?〕
 その台詞を聞いて、自失状態から真っ先に回復したのはキラだった。
「カガリ、“ルージュ” 貸して!! それからブースターを――」
「あ、キラ!」
「キラ君?」
 貸してと言いつつ、姉の返事も待たず踵を返した、
「ありがとう、アスラン!」
 キラは、憑き物が落ちたような笑顔といつにない気迫をみなぎらせ、ブリッジを飛び出していった。
「よくよく考えたらアイツ、“ルージュ” ……っていうか “ストライク” の性能なんて知り尽くしてるんだよな」
 そうだった。
 前大戦におけるキラたちの搭乗機だった、GAT−Xシリーズと同型の “ストライクルージュ” なら、大気圏の摩擦熱にも耐えうる。ブースターで推力を増強すれば、エターナルが交戦中の宙域まで――
「……ブリッジの通信コードは覚えてるのね」
 クルーの戸惑いを代弁するような、呟きを耳にして。
「は?」
 訝しげな表情になったロアノークとの通話を断ち切り、マリューは決然と顔を上げた。
「全員で、キラ君のサポートを!」

 キラとマードックたちが総掛かりで、カガリに合わせ設定されていたOSスペックを書き換え。
 ブースターを装着した “ストライク” が、発進準備を開始する――と思ったら。
 電圧の関係か、在りし日を髣髴とさせるトリコロールに変化した機体は、なぜか中途半端にシールドだけ “ルージュ” 仕様の淡紅色だった。
(……変)
 うっかり脱力しかけたミリアリアは、雑念を払うべく頭をぶんぶん横に振りつつ、オペレーティングに集中し直す。

「エターナルの軌道予想、いいわね? だいぶ降下してきてるわよ」
〔はい、だいじょうぶです!〕
 マリューの問いに、キラが答え。
 ぎりぎりまで微調整される射出角度。
 海沿いの岸壁に偽装されていたハッチが、開放された。
「進路クリアー、システムオールグリーン――ストライクブースター、発進どうぞ!」
〔行きます!〕
 そんな一分一秒も惜しいかのように。
 常のパイロット名、機体確認などの発進シークエンスも思いっきり省略した一言を残して。
 “ストライク” は轟音と白煙を噴き上げ、まっしぐらに、青空に吸い込まれるように宇宙へと発っていった。

 最後にきらりと太陽を反射した機影を、見送りながら。カガリが眩しげに眼を細める。
「あんなに焦ってるトコ、久しぶりに見た」
「ホント」
 おとなしめで穏やかな性格だったのは昔から、だけど。
 戦後の彼は、遠いどこかに魂の大部分を置いてきてしまったような、虚ろな表情をよくしていて。
「でも……ちょっと女冥利に尽きるわよね? あんなふうに血相変えて、駆けつけてもらえるのって」
 キラが優しいから、拒絶されなかったから押しかけ、甘えているだけだと。
 自分が想うほどには彼から望まれていないようなことを、ラクスは言っていたけど。案外、そうでもないんじゃないだろうか?
 頷いたカガリは、再び青空を仰いで。
「間に合うよな、キラ」
 漠然とした不安をこぼすというより、遥か彼方の弟へ檄を飛ばすような口振りで言う。
「信じて待つしかないもんね、今は」

 けれど、キラが離艦しただけでひどく落ち着かなくなる、この感覚は。
 自分たちは地下ドックに隠れていて、ムラサメ隊も島の警備についているのに――精神的な部分でも、彼に頼り切ってしまっている事実は拭えない。
 キラがいるから、という。昔から変わらない安心感の。
 裏を返せば、それは依存だ。
『だいじょうぶ、すぐ帰ってくるよ。それまでは俺たちが守るからさ』
 笑って励ましてくれた人は、もういないんだから……しっかりしなくちゃ、私も。

「カガリ。オーブ本土の動き、気をつけてね?」
「え?」
「ここ領海の外れだけど――もし “ルージュ” が守備隊のレーダーなんかに引っ掛かったら。アークエンジェルが潜伏してること、気づかれる可能性があるわ」
 ミリアリアが懸念を口にすると、ブリッジの空気が強ばった。
「……見つからずに済むことを、祈るしかありませんね」
「ええ、どのみちキラ君を引き止める訳にはいかなかったもの。いくらバルトフェルド隊長が強くても、ひとりでザフト艦隊と戦いながら “エターナル” を守り続けるなんて、ムチャよ――援護が必要だわ」
 マリューとノイマンが頷き合い。
「それにアスラン君が言ったとおり。ラクスさんを殺されてしまったら、私たちには打つ手が無くなる」
 憶測の類ではなく、あきらかにデュランダル議長が嘘をついていると断言できるのは、彼女のことくらいだからだ。
「警戒態勢を、厳に!」

 マリューの指示により、索敵レーダーと睨み合う重苦しい時間は。
 辛くも駆けつけたキラの活躍により、無事ザフトの追撃を振り切った “エターナル” から、連絡が来るまで続いた。

 アークエンジェルも、どうやらオーブ政府に見つからず済んだようだったが。
「もちろん発見されちゃ困るんだけど。海上警備隊が、不審なモビルスーツの動きに気づかなかったっていうのも、それはそれで問題だよなぁ……」
 カガリは曖昧な立場に板挟み、もやもやとジレンマに陥っていた。



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エターナルに大気圏突破機能がない (らしい) ことは、公式小説を読んで知りました。そうだったっけ?? そうだったとしても、そんな細かい設定覚えてないから話中で説明がほしかったなー……。