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■ 迫り来る艦影 〔1〕


 すぐに地球へ降下、オノゴロの地下ドックへ逃げ込めば――再びザフトの警戒網に引っ掛かり、攻め込まれる危険が高い。
 大型熱量のデコイを発射した “エターナル” は慣性航行で、最短ルートを避けるように大きく迂回。クライン派の本拠地ファクトリーへの帰還を目指す。
 かつて “傘のアルテミス” に寄航する際、マリューたちが採った策に倣い、キラが提案したものだった。
 追っ手を撹乱できたと判断した地点で、キラとラクスは新型MSをシャトル代わりに、アークエンジェルに合流するという。
 連絡を受けた、ブリッジで。

〔借りてた “ルージュ” 、壊しちゃった! ごめんね?〕
「ああ。ラクスたちが無事だったなら、そのくらい……って」
 頭を掻きつつ笑ったキラに、うっかりごまかされそうになったカガリは、はたと眉根を寄せ。
「壊しちゃったで済むかぁあッ、馬鹿キラ!!」
 握りこぶしでモニターに詰め寄り。
「バカバカ、今すぐ修理して返せ――じゃなきゃ、その新型フリーダムをポッドでこっちに送って寄こせ! おまえが宇宙にいるのに “ルージュ” が無かったら、私、なにかあっても出られないじゃないか!」
〔えっ? いや、なるべく早く戻るから……ね?〕
 通信機越しに、ひとしきり展開される姉弟ケンカを見物していた、ミリアリアたちが。
 暗中模索の状況といえど、そんなことをしていられるうちはまだ平和だったなと、痛感するのは数日後。

「なんだと? ジブリールが、セイランに――本当か、それは!?」
〔ああ、間違いない。そして、それはもうザフトにも知れたようだ〕
「ええっ!?」
 アークエンジェルにいたカガリを含む、クルーたちに、レニドル・キサカがもたらした凶報は。
 ブルーコスモスの盟主を、セイラン家が匿っており。
 すでにオノゴロ沖合いに、カーペンタリアより発進した艦隊が展開中だと。

「ウナト……? なぜ、そんな!」

 愕然と呟いた、カガリは真っ青になってオーブ本土の方角を見やった。

×××××


 カズイ・バスカークは休日に、のんびりドライブがてら遠出した海岸で釣りをしていた。
 今日はツキが悪いらしく、ちっとも釣れない。
 だけど良い天気だ。
 潮風は心地良くて、通りすがりの総菜屋で買った弁当も美味い。またこっちに来るときは、エビフライ弁当にしようかな?
 そんなことを考えながら空を眺めたり、ぼんやりバードウォッチングをしながら。
(? 今日は、やけに船が多いなぁ――)
 なんとなく双眼鏡を下に向けたところ、無数の船影が映った。このあたりを漁船が行き交うのは、さほど珍しい光景でもないが。

 レンズが捉えた代物は、あろうことかザフト艦だった。

「……」
 双眼鏡を膝に置いて、ごしごし両目を擦り、もう一度覗いてみる。
「…………」
 オノゴロ沖にひしめくそれは、やはりザフト艦隊だった。
「………………」
 双眼鏡を逆にしてみると、もちろん物騒極まりないザフト軍は視界から消えた。
「……………………」
 感覚が麻痺したような手で、おそるおそる自分の頬をつねってみる。痛くない。痛くないということは、これは夢だ? そうそう、夢に決まってるじゃないか。
「疲れてるみたいだから、帰ろ――っ、うわあ!」
 ふらふらと立ち上がったカズイは足を滑らせ、テトラポッドから砂浜に転げ落ちた。
「痛でーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 したたかに腰を打ちつけ、叫びながら跳ね起きる。痛いの痛くないのって、じんじん痛む。
 夢じゃない夢じゃない。
 現実だ。
「ぎゃあああああああ!?」
 自ら発した大声で我に返り、ズボンの左ポケットから引っ掴んだ携帯電話。
 幸い、電波は届いている。
 番号登録さえしておけば、どんなに動揺していても確実に親兄弟や友人知人に繋いでくれるんだから、便利なモノだ。
 耳に当てればトゥルルル、トゥルルル……と日常的な呼び出し音。
 この時間帯なら母親はだいたいパートを終え、勤めているスーパーで、買い物か井戸端会議に花を咲かせているはずだった。
 ほどなく、のんきな慣れ親しんだ声が聞こえ。
〔なぁにー、カズイ? 晩ごはんのオカズなら……〕
「晩メシ気にしてる場合じゃないよ、母さんっ!」
 歯をがちがち鳴らしながら、包囲された青い海を凝視しつつ、カズイは絶叫した。
「オノゴロ沖が、ザフト艦に囲まれてる!!」
〔ほ?〕
 一拍おいて、けらけらと楽しそうな笑い声。
〔嫌あねえカズイったら。なぁに、いきなり? エイプリルフールはまだ先よー?〕
「冗談じゃないんだってば、ああもう!」
 いったん通話を切り、携帯電話のカメラムービーで映した沖合いの様子を転送する。小さくても高画像品質、とはいえ母親にザフト艦とオーブ艦の区別などつくまいが。
 この海辺が、漁船ではないモノに埋め尽くされていると伝われば充分だった。
 連合艦隊に攻め込まれた、二年前の記憶がまだ色濃く残るオーブ市民には。

 数秒もすると今度は、慌てふためいた母親から折り返しかかってきた。
〔ちょっとちょっと、なにこれ!?〕
「だから、ザフト軍が押し寄せてきてんの!」
 カズイは釣り道具一式を抱え、路地に停めていた車に向かって走りながら言い聞かせる。
「父さんや親戚、あと友達や会社のヒトにも連絡取れるだけ伝えて! ユニウスセブンが落っこちてきたとき、避難したシェルターがあったろ? あっちに逃げて!」
〔わわ、分かったわ。あのシェルターね? カズイも来るのよね!?〕
「行くから、今から車に乗るから! とりあえず切るからね?」
〔で、電源は入れておいてね? 30分したらまた電話するからね?〕
〔ねえ、どうしたのバスカークさん〕
〔うわっ、顔色真っ青よ?〕
〔そ、それがですね――オノゴロ沖に釣りに行ってた息子から〕
 話し声と一緒に、レジの音やタイムセールの呼び声が聞こえてくるから、やはりスーパーにいたんだろう。

 通話を切り、次に誰にかけようと考えて、サイ・アーガイルの携帯電話を鳴らす。
 彼の父親は政府高官だ。
 防衛体制や市街の状況がどうなっているか判るかもしれない。
 こけつまろびつ走り続けるカズイの耳に、唐突に。普段どおり穏やかな、けれど訝しげな友人の声が応えた。
〔どうしたんだよ? 俺いま、講義中なんだけど――〕
 母親と同じく平和すぎる反応は、どういうことだろう。この一大事がニュースになっていないのか? そんな馬鹿な!
「なんでみんなこんなに、のんびり平然としてるのさ!?」
 愛車のところまで走り着き、右ポケットからキーを引っぱり出しながら、カズイは泣きたい気分で喚き散らした。

×××××


「セイラン家が、ロード・ジブリールを匿ってる!?」
「はい。ザフト諜報部が、証拠写真まで押さえ提出したようです」
「おいおい……正気か? この情勢下で」
 アークエンジェルにやや遅れ、宇宙を慣性航行中の “エターナル” ブリッジにも、オーブの危機が伝えられていた。
「暗躍する “死の商人” が、ナチュラルとコーディネイターを戦わせるよう仕向けていた――だから連中をとっ掴まえて “ロゴス” を潰そうってのが、デュランダルの謳い文句で、大衆はそれに賛同してるんだぞ?」
 呆れ顔のバルトフェルドと。
「諸国に圧力かけてた大西洋連邦、連合軍そのものが内部分裂を起こしてるんだ。同盟を破棄するかどうかは、さして重要じゃないだろう――ヘブンズベース戦に加わらなかったことも、本来の理念を通しただけと捉えれば済むが」
「ブルーコスモス盟主でもあるジブリール個人に手を貸したとなれば、まったく話は別ですからね」
 苦りきった表情で、頷き合うマーチン・ダコスタ。
「オーブは “ロゴス” 支援国家であり、コーディネイターを迫害する組織に加担するもの。プラントの敵だとしか受け止められない」
「……戻らなきゃ!」
「い、いけません――わたくしたちが今、オーブへ向かっては」
 真っ青になって飛び出していこうとした、傍らの少年をあわてて引き止めた、
「どうして!? 急がないと間に合わなく」
「まだ、戦闘になるとは限りません」
 ラクスもまた青褪めた顔をうつむかせ、そうであってくれればと祈るように諭す。
「オーブがジブリール氏を “匿った” なら、ザフトの侵攻は避けられないでしょう。けれど……確実に捕縛するため、敢えて入国を誘い拘束したなら? 引渡し要求に応じれば、プラントから責められる謂れはありません」
「あ。そっか……」
「再び国を焼かぬため、民の安全を優先すべきだと――セイラン宰相たちは、そのために条約締結を推進したとカガリさんが仰っていました。ならば、どうすれば迫る戦火を避けられるかも、きっとお解かりになっているはずです」
「そう、だよね」
 キラは、思い出したように息を吐いた。
「それに、僕が “フリーダム” に乗って降りたりしたら、それがザフトの攻め込む理由になっちゃうだろうし」
 ファクトリーで開発された “ストライクフリーダム” のフォルムは、関節部が金色になっている以外、撃破された “フリーダム” とほぼ同型である。
 インパルスに撃たれたはずの機体が逃げ延びていたと、おそらく誰もがそう考えるだろう。
「ええ。ザフトに敵と看做された “アークエンジェル” も、同じこと……修理中でなかったとしても、ラミアス艦長たちは、まず待機してオーブ政府の回答をお待ちになるでしょう。ですから」
 そんな少年たちを一瞥して、
「とりあえずそれで、住民が避難するタイムリミットを俺たちが縮めちまうって、最悪のパターンは避けられるだろうが――パイロットスーツ着て、コックピットには乗り込んでおけ。キラ、ラクス」
 バルトフェルドは厳しい口調のまま、うながした。
「最初っから、奴を引き渡すつもりなら。要求されて応じるより、さっさとジブリールを捕縛したってニュースなり流して国際法廷へ突き出した方が早いだろう? もしセイランが何かしら、そう出来なかった理由を抱えてるんなら……すんなりザフト軍にお帰り願えるとは思えんぞ」

×××××


 その日、電話が鳴ったのは。
 午後の講義が始まって10分と経たない昼下がりだった。

 マナーモードにしていたため、周りの注目を浴びて恥をかくことはなかったが、
(……誰だろ? こんな時間に)
 ショルダーバッグの上でビリビリ振動している、携帯電話のサブディスプレイを見れば、表示された名はカズイ・バスカークである。
 興味ある分野を片っ端から履修したため、サイの平日はほとんど朝から晩までスケジュールが埋まっており、昼休みを過ぎてかけてこられても出られない――が、それは彼も知っているはず。
(まあ、後で折り返せばいいよな。けど……)
 片や社会人、自分はまだ学生。
 生活サイクルの違いもあるから、なにか用があるときはメールでやり取りすることが多いし、
(こんな真っ昼間に着信があったの、初めてだな)
 よっぽど急な用事なんだろうか? そういえば先月会ったとき、引っ越すかもしれないと話していたし――
 いったんはシャーペン片手に黒板へ向き直りながら、なんとなく尾を引いた気掛かりは、虫の知らせというヤツだったのかもしれない。
「…………」
 おもむろに席を立ったサイへ、外交史の教授は訝しげな眼を向けた。
 200名前後を収容できる大講義室では、まず出欠は取らず、サボリや途中退室もいちいち咎められないが。
 初回より半年も過ぎていれば――前から五列目あたりまでを定位置にマジメに受講している者と、そうでない学生では教授陣からの認識度合いもくっきり分かれる。
 すみませんと思いつつ、ぺこっと頭を下げれば。
 教授は 『具合でも悪いのか?』 と心配するような顔つきになって、小さく頷いて寄こした。
(……顔を覚えられるのも、良し悪しだよなぁ)
 苦笑しつつ廊下に出て、
「どうしたんだよ? 俺いま、講義中なんだけど――」
 親指で発信キーを押したとたん受話口から、半泣きに近いカズイの絶叫が耳を劈いた。
〔なんでみんなこんなに、のんびり平然としてるのさ!?〕
「なにって、なに……」
〔ホントのホントに、いつもどおり大学でいつもどおり勉強してるわけ? ニュースは、退避勧告とかどーなってるんだよ!〕
 続けて告げられた言葉の意味を、サイはとっさに理解できなかった。



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サイ兄さん&カズイ再び。
TV本編オーブ戦で、避難民のなかに、彼らの姿を探してしまいましたよ管理人……。