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■ 迫り来る艦影 〔2〕


 特殊金属開発を手掛ける、モルゲンレーテの研究室スタッフが。
 休日を楽しんでいるはずの新入社員から、いきなりかかってきた電話の内容と剣幕に目を剥いた頃――

 とある大学のキャンパスは、大騒ぎになっていた。
『現在、オノゴロ沖が、ザフト艦隊によって包囲されていると通報がありました』
 各館内に、急を告げる音声が最大ボリュームで響き渡り。
 中央広場の大型ビジョンいっぱいに、4cm四方程度の動画から拡大された海辺の様子が映しだされる。
「えっ?」
「なにあれ、軍艦?」
 掲示板の張り紙をチェックしていた学生たちが、呆けた調子でつぶやき。
 芝生に弁当など広げながら談笑していた者たちも、ギョッと顔を見合わせる。
『オーブ政府からの正式発表・退去命令が確認されていないため、ザフト軍の目的は定かでありませんが。午後の講義はすべて中止、休校とします』
 友人から報せを受けたサイ・アーガイルは、講義室へ駆け戻り、まず外交史の教授に非常事態を訴えたのだった。
「……なんてことだ!」
 政府関係者ではないにしろ、オーブの現状に関して洞察も深かった教授は――場所と相手によっては『デマだろう?』 と一笑に付されかねない話を、幸い、すぐ信用してくれた。
 そうして学長への伺いなども後回しに、放送室の責任者へ直談判したのである。
『速やかに職員の指示に従い、シェルターへ避難を! 都市部、及び軍施設周辺にいらっしゃるご家族・知人へ連絡がつくならば、不測の事態に備えるよう、皆さんからも――』
 放送開始を見届け、また館外へ出たサイの鼻先を、うろたえ困惑しながらも誘導者に従った学生たちが走り去っていく。
「ありがとうございました、教授!」
「ああ……おい、どこへ行くんだ? アーガイル!?」
「父親の勤め先が近いんで、報せてきます!」
 教授の問いに、大声で叫び返して。
 普段のにぎわいが嘘のように無人の空間と化したパーゴラを横目にしながら。
 サイは、キャンパス前の停留所から、どんぴしゃなタイミングでやってきた官公庁方面行きのバスに飛び乗った。
(けど、ホント――なんで政府が動いてないんだ?)
 首をひねりながら、まず自宅へ電話を入れるが母親は出ず。ケータイを鳴らしてみるが、やはり応答は無い。
 普段なら飼い犬の散歩がてら、夫の職場へ茶菓子と夜食を届けに行っている時間帯だ……雑踏を歩いていて着信音に気づかないんだろうか? 上手く向こうで会えれば良いが。
 いったんコールを切り、続けざまにケーニヒ家のTELナンバーを鳴らしながら――赤信号で停車したバスに、サイはぎりっと奥歯をかんだ。

「え? オノゴロに、また……?」
「ああ、そういう噂だ」
「今度はなんだ?」
「さっき、パート先の同僚がね、ほらこれ。ちょっと荒いけど動画よ」
「やだ! 私、子供を幼稚園に預けてるのに」
「だけど、なんでTVニュースでやってないんだ? デマじゃないか?」
「分からないけど、ちょっと迎えに行ってくるわ。怖いもの」

 ぽつぽつと雨が降り出して、その波紋が湖面に広がるように。
 オーブ市街に動揺が伝わり、緩慢に、人々が郊外あるいはシェルターへと逃れ始め――

×××××


 アカツキ島の地下ドックでは、急ピッチで “アークエンジェル” の修理が進められていた。
 すっかり艦長職が板についているとはいえ、元は技術士官――戦後二年間も、エンジニアとしてモルゲンレーテ造船課に勤務していた、マリューは自ら作業に加わり。
「……どうせ艦を動かせないなら、シートに座ってても仕事は限られるしな」
 ノイマンやチャンドラも、資材運搬等の加勢に行ってしまった。
 カガリも当初は 『修理を手伝う』 と、必死で整備班に食い下がっていたが。
〔指揮官が持ち場を離れてどうする! いいかげん学びなさいと、何度言ったら分かるんだ!!〕
 通信機越し、キサカに一喝され。
 確実に連絡が取れる場所にいてもらわなければ、あちこちうろつかれては困る、と満場一致。
 情報収集及び各所への連絡係として、オペレーター席で留守番していたミリアリアと同じく、ブリッジ待機と相成った。
「じっとしてるの落ち着かないなら、今のうちに、もう一回アスランのお見舞いしてきたら?」
 ずっと無言でそわそわと、正面モニターを見上げていたカガリは、
「あいつ、きっとまた、起き上がりたくても動けなくてジタバタしてるのに。動けるのに何も出来ない私じゃ……合わせる顔なんて、ない」
 ミリアリアの勧めに、沈んだ面持ちで首を振る。

 ザフト艦群は、領海ギリギリを埋め尽くしたまま。
 その脅威はとっくに海上警備隊がレーダーやカメラに捉え、国防本部に報告済――元タケミカズチの乗員であった一般兵にまで伝わり、彼らを通して、カガリたちへ報されたのだった。
 当然、事態を把握しているはずの政府は、なにを考えてか軍に出動命令を出さず、報道機関も抑えているらしく。
 じわじわと加速し始めた避難誘導の流れは、海辺の異常に気づいた一般市民による口伝や携帯メールによるものだった。
 それらを受け、自社ビルの大型ビジョンなどに動画を再生、オノゴロ沖の様子を報じる民間企業もちらほら出てきたが……やはり政府がTVニュースを介して発表しなければ、人々の抱く緊迫感が弱くなるのは否めない。
 国内にも “ターミナル” に属する報道関係者は十数名いるが、彼らとて、あくまで個人に過ぎず。どこの組織内においても決定権や命令権は持ち合わせてないのだ。

×××××


 オーブ経済文化局にほど近い、中庭の木陰に。
「アーガイル局長?」
「すみません、ウナト・エマたちがどこへ行ったか――」
 よく知る背広の後ろ姿を見とめた男たちは、口々に声をかけるも、
「あ、これは失礼」
「奥様……ですかな? 初めまして」
 その傍らに立つ、犬連れの婦人に気づいてかしこまる。
「あら、初めまして。アーガイルの妻です。いつもお世話になっております」
 豊かなブラウンの髪を肩口で切りそろえた女性は、にこやかに会釈を返した。リードに繋がれた犬も、つられるように尻尾をふりつつ「わん!」 と鳴く。
「ウナト・エマ? ここ数日は一度も見かけていませんが、どうしました?」
 他方、くすんだ金髪の男性――アーガイル局長は、首をひねって問い返す。
「それが、もうとっくに閣議の時間を過ぎているのに、どこを探しても見当たらないんですよ! マシマたちまで揃って」
「とにかく “ロゴス” に対する非難表明だけでも迅速にと、再三意見しているのにのらりくらり……代理に選ばれたのが五人一緒で、まだ助かりましたが」
「まったくな。あの連中と独りで討論していたら、神経やられるよ」
 中高年の五人組は、代わる代わる愚痴りながら、
「あっ、いや――申し訳ありません、お昼休みのジャマをして」
「失礼しました! 他を当たりますんで」
 ハッと我に返って恐縮するが、婦人は穏やかに応える。
「いえ、気になさらないでください。お弁当を渡しに寄っただけですから、もう帰ります」
「……ほうほう、愛妻弁当とは! 羨ましい限りのお話ですなぁ、局長?」
 やや年嵩の相手にからかわれ、照れ笑いしつつも素直に頷く中年サラリーマン。
「こう残業続きでまともに帰れないと、さすがに家庭の味が恋しくなりましてね。食堂や店屋物ばかりでは、胃にもたれるというか飽きるというか――」
「それ分かります! 外食だと、どうしても栄養偏りますからね〜」
「ふ、ウチの嫁さんなんて……料理苦手だからって自宅でもレトルト三昧」
「男やもめには、どっちも羨ましい話だよ」
「俺なんか仕事に没頭してたら、いつの間にやら独身街道まっしぐらの四十路だぞ! 文句あるか!?」
「あらあら? でしたら」
 不穏な方向へ転がりかけた会話を遮って、婦人が、ぽんと両手を打ちかけたとき。
「親父! 母さんも――ここに居たのか、良かった」
 眼鏡をかけた理知的な風貌の青年が走ってきて、肩で息をしながら立ち止まる。
「サイ?」
「……どうしたの、こんなところで? 大学は?」
 どうやらアーガイル夫妻の息子であるらしい、若者は大きく深呼吸すると、声をあらんかぎりに叫んだ。
「大学なら休校になったよ、ザフト軍がすぐそこまで押し寄せて来てるんだから!」

×××××


「――なぁ、ミリアリア」

 焦燥に満ちた、けれど変化に乏しい時間が流れゆくブリッジに、カガリの問いがぽつんと落ちた。
「私の “ストライクルージュ” は、過ぎた力だと……思うか?」
 目薬を差している途中だったミリアリアは、見るともなしに眺めていたモニターから、金髪の少女へと視線を移す。
「開戦前、プラントへ行ったとき。強すぎる力は争いを呼ぶと言った、私に――議長は、争いが無くならないから力が必要なんだ、と答えた」
 そのあとアーモリーワンが襲撃を受け、新型三機が奪われて。
「ほらやっぱり、って思ったけど。いま手元に “ルージュ” が無くて、キラたちも降りてくる訳にいかなくて、アークエンジェルも動けなくて……正直、怖い」
 怯えに焦りや悔しさとあらゆる感情がない交ぜになった、彼女の声は揺れていた。
「他国の侵略を許さない、強い “力” があれば安心だけど。それは誰だって同じだろうから、私は銃を持つけどおまえは持つな、なんて理屈が通るわけなくて――でも、あのとき議長に要求したのは結局そういうことになるから、考えてみれば相手にされるはず無くって」
 早口でまくしたてながら、ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き毟り。
「ああもう、言ってることゴチャゴチャだ……ごめんな、もう黙るから」
「うーん……」
 うなだれた軍服の背中を見つめ、少し考えて。
「そもそもオーブの理念とは、あんまり相性良くないんじゃない? カガリって」
「え?」
「他国の争いに介入しないって部分。だって最初に会ったとき、砂漠でレジスタンスやってたでしょ?」
 ミリアリアは、昔を回想しながら言う。
「地球連合軍に味方、じゃないけど。その土地に住んでる一般人に協力して、ザフトに敵対……だもんね? 中立ってある意味、平等だけど。裏を返せば、誰の味方もしないで我関せずって感じだし」
 カガリは、ぱちぱちと瞳を瞬いている。
「“ルージュ” も武器には違いないけど、あなたに庇われてベルリンで助かった人たちも、ちゃんといるでしょう?」
 強すぎる力といえば、まず核兵器だろう。
 なにかを破壊する以外に途が無いうえ、環境汚染も酷い――けれど単なる核エネルギーなら、電力不足を補えるという利点もある。
「誰がどんなふうに使って、どんな結果を出すかで印象まるっきり変わってくるんだから、白黒つけられない問題なんじゃない? それこそ外交っていうか、政治家の腕の見せどころ? どんなふうに交渉して、お互い納得できる形に収拾つけるか……みたいな」
 しかし喋っているうちにだんだんと、ミリアリアの脳内もこんがらがってきた。
「そういう、なんていうかな――正解が無い問題には、あなたの考えを答えられるようにしとかなきゃ。記者にマイク向けられたとき困っても、それは私たちには助け舟を出せないわよ?」
 結論丸投げである。
 しかし、こればっかりは如何ともし難い。
 万人に普遍的に通用する正しい答えなんてモノは、おそらく存在しないだろうから。
「私の、考え」
 ふらっと視線を彷徨わせ、カガリは再びうつむいた。
「…………理念」
 それきり、ブリッジにまた沈黙が落ちる。



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走るサイ兄さん。
バイクやらスクーターに乗ったほうが絵的にはカッコイイ気もするけれど、それじゃケータイ使えないし。