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■ 偽りの平和は崩れ落ちた 〔1〕
〔どうして防衛体制をとらないのか? 聞きたいのはこっちですよ、なぜ政府からなんの命令も出ないんですか! オノゴロ沖の状況は、とっくに報告したはずでしょう!?〕
カウンターを挟んだ通路側に立つサイたちにまで、しっかり筒抜けになるほど。
〔ザフトが実際に攻め込むことは有り得ない、いたずらに市民を混乱させるだけだからニュースにするなと仰ったのは、そっちでしょうが! 本当に奴らは、このまま引き返すんでしょうね!?〕
通話相手は例外なく、いきり立って怒鳴り散らしていた。
「いったい、どうなってるんだ? あなた方は、このことを……」
局長室のソファにへたり込み、ツーツーと電子音をもらす受話器を持ったまま、呆けた調子でつぶやいた父親の。
「聞いとらん!」
「知りませんでしたよ!!」
気心知れた同僚であるらしい。階上まで同行してきた男たちは、猛然と否定してのけた。
「だが、セイラン親子の所在が掴めないとなると――」
「なんでもいいから早く避難勧告とザフトの目標確認と、必要なら軍にも迎撃用意しといてもらわなきゃだろ? こんなときにどっか行ってる宰相なんか、探してる場合かよ! 現場の判断だって指示すればいいじゃないか!?」
「しかしだな、サイ。組織ってヤツにはどうしても縦横の命令系統があるわけで、それを無視して好き勝手やると、後々の仕事や人間関係に支障も出るし……私が睨まれれば、数年後におまえが入庁しても風当たりが冷たく」
「国が無くなったら政治どころじゃないだろ!?」
煮え切らない態度の父親を、焦れたサイは怒鳴りつけた。
「そうね。お父さんが免職になっちゃったら、親子三人お引越しして――どこか田舎町で、裸一貫出直すのも悪く無いわね」
そうなったら私、菜園を作って家計を支えるわと、あっさり横からコメントする妻を見やり、
「あのなぁ……」
がくりと脱力したように肩を落とす、経済文化局長。
「いや、サイ君の言うとおりだ」
怒りで顔を真っ赤にしてブルブル震えていた、最年長の “代表代理” が、居合わせた面々を見渡して宣言した。
「緊急事態だというのに通達を怠り、民の安全も蔑ろに――しかも連絡の取れないセイランを、これ以上待っていられるものか、責任は私が取る! 頭の固い連中が難癖つけてきたら、アスハ代表の留守を預かった者としての判断だと、そう言え!!」
「って話に同意してたら、我々も連帯責任じゃないですか?」
「……まったく」
嘆息した父親は、急に眼光を鋭くして立ち上がった。
「日和見主義者が気張らなきゃならん政府なんぞ、末期だ末期!」
×××××
長いようで短い数時間が経ち。
「オーブ政府からの回答文、発信されました! スピーカーに出します」
あとはエンジンを残すのみとなったアークエンジェルの修理を、整備班に任せ、ブリッジへ戻ってきていたマリューたちを振り仰いだ、
〔オーブ政府を代表して、通告に対し回答する〕
ミリアリアが計器を操作すると、左右に閣僚を従えた青年の姿が、モニターに映し出された。
「え――」
面食らって息を呑むクルーたち。
何故この場面に、宰相ではなく、交渉経験にも乏しそうな息子の方が出てくる?
〔貴艦らが引き渡しを要求するロード・ジブリールなる人物は、我が国内には存在しない〕
「はぁ?」
「ユウナ!?」
艦長席の隣に立っていたカガリも、唖然と彼の名を呼ぶが、当然相手に聞こえるはずもなく。
〔また、このような武力を以っての恫喝は、一主権国家としての我が国の尊厳を著しく侵害する行為として、たいへん遺憾に思う〕
モニターの中、ユウナ・ロマは、どこかヒトを小馬鹿にしたような語調で “回答” を締めくくった。
〔よって、ただちに軍を退かれることを要求する〕
誰もが絶句して静まり返ったブリッジに、怒気をはらんだカガリの叫びが響き渡った。
「そんな……そんな言葉がこの状況の中、彼らに届くと思うのか!?」
×××××
オノゴロ本島より、遥か北の大陸。
調査隊が忙しなく行き交うエクステンデッド研究施設、付近に停めたワンボックス型中継車内で。
「……なにやっとんじゃ、若造が」
コダックたちは、オーブ政府の回答を報じるTVニュースにげんなり頭を抱えていた。
「視野の狭さに関しちゃ “偽元首” とタメ張れるぞ。ありゃあ」
アークエンジェルによる一連の戦闘介入行為も、呆れるほど短絡ではあったが――ユウナ・ロマの発言は、火の粉が降りかかった国土に油を撒くと同義の愚行であるぶん、なお悪い。
「あれで相手が、ハイそうですかと。すごすご引き下がると本気で思ってるんでしょうかねぇ?」
「なけりゃ真顔で言えまいよ」
ジブリールの行方を、実際どう認識しているにしろ。
地球連合軍に与した時点でプラントの敵になったんだと自覚していれば、もう少し台詞の選びようもあったろうに。
「二世首長、というより……あの国で生まれ育った世間知らずに共通する、一種の驕りだな」
ウチの馬鹿弟子も含め、と。
「オーブ出身ってだけで。自分は中立だから敵視されない、どこへ行っても歓迎されると無意識に甘ったれてやがる」
盛大にタバコの煙を吐きだす、老カメラマン。
「二年前までは確かに、争いを厭う人々――特に、コーディネイターにとっては、こそこそ隠れて暮らす必要のない希少な場所でしたから」
「だが今はもう、旗色悪い側についたまま、諸悪の根源と名指しされた “ロゴス” 討伐にも加わらなかった、ちっぽけな島国に過ぎん……オーブを端的に現していた理念も、とうの昔に色褪せた」
侵略に抗しきれず、争いに介入して。
救いといえば、他国を直接に侵略してはいないことくらいだが。
「デュランダル議長を支持した世界で、ナチュラル対コーディネイターの図式が崩れてしまえば。国際社会から一目置かれていた “中立” というスタンスにも、たいした価値は無くなりますしね」
フジは、しみじみと相槌を打った。
「どこに味方して誰を敵に回すかも、政策のうちといえば言えますが」
「ああ。カガリ・ユラを説き伏せ、大西洋連邦側につきながら――そうした宰相たちこそが、まーだ過去の特権意識にあぐらかいてやがったんだろうよ」
ザフトは撃たない、どうせ撃てやしない。
数少ない友好国であったオーブを失えば、プラントの方こそ困窮するだろうという。優越にも似た。
「だが……他にナチュラルの味方が現れ、連合も内部分裂・弱体化した今となっちゃ」
本意ではなかった、強国の脅しに負けて民を守るため仕方なく? そんな詭弁は罷り通るまい。
×××××
アークエンジェルブリッジ、オペレーター席。
「ザフト艦よりモビルスーツ発進です!」
モニターをマルチモードに切り替え、インカムからはラジオニュースとあらゆる機器を駆使、各地の変化を注視していたミリアリアは、
「アッシュ、グーン、ディン、バビ、グフ――」
問答無用とばかりに侵攻開始した機影の数々を見とめ、無力感に歯噛みした。
「オーブ軍は、どう展開している? 避難などの状況は!?」
クルーが揃って振り返る中、カガリが縋るように訊ね。けれど、
「……まだ動いていないわ」
行政府及び軍施設周辺には未だ、はっきりした動きが無く。
「避難勧告も出ていない。それどころか、オノゴロ沖がこうなってることすら市民には報されてないみたいよ」
「ええっ!?」
街の様子を告げれば、元から緊迫していた空気がさらに凍りついた。
人から人へ事態が伝わりつつあるといっても、そのスピードは、ザフト軍の砲口を避けるにはあまりに遅々として。
(こんなときに、速報ニュースも出さないなんて)
いったいTV局は、政府や軍の情報部は何をやっているのか――ふつふつ煮えたぎる苛立ちに、計器を操作する手も乱雑になっていく。
両親はどうしたろう、港町に住んでいる親戚は? 工科カレッジで一緒だったみんなは?
ああ、だけど自分も。
ユニウスセブンが落ちてきたときも怖くはあったけれど。
迫る脅威を知っているのに、ただ手を拱いているしかない今よりマシだった。
(アークエンジェルが、出撃できれば……!)
いや。
とにかくこの地下ドックに潜伏していると明かせば、おそらくザフトは矛先を、アカツキ島へ向けるだろう。
アスランを、ロゴスの手先と誤解した彼らにしてみれば。
スパイと繋がっていた敵艦が逃げ延び、オーブ領内に隠れていたなら――同じく政府に匿われたと推察される人物と合流していて、なんら不思議はあるまい。
だがそれで爆撃地点を逸らせ、市街地への被害を軽減できたとしても。
『ジブリールの所在など知らない、宰相たちが勝手にやったこと』
そんな弁解は通じるはずが無いのだから。
アークエンジェルが囮になる形で、これ幸いとジブリールが行方をくらませば、ロゴス撲滅の名目下にオーブが占領されてしまう。
なにより、彼を取り逃がせば、また何をしでかすか分かったものではない。
ジブリールの退路を断ったうえでザフトに戦闘停止を了承してもらう、采配を振るえるのは自分たちではなく――
人のフリ見て、我がフリ直せ……とかいう格言ありましたが。カガリもあんまり、ユウナのこと言えた義理じゃないけれど。それとこれとは別問題。