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■ 偽りの平和は崩れ落ちた 〔2〕


 グラスゴー隊をプラント本国へ送り届け、軍港に停泊中のボルテール。

「なぜ、あいつらはこうも次々と自分の墓穴を掘るような真似をするんだ!? ロゴスごときの為に国を潰す気かッ!」
 ザフトの要求を、オーブ側が突っぱね。
 侵攻が開始されたというニュースに、今日もイザークはぶち切れていた。
「ただでさえ、オーブの特使だったアスランがスパイ容疑をかけられ、撃墜された矢先だというのに――」
「……ジブリール隠匿は宰相あたりの独断だろ」
 暴れだした相棒を前に、ディアッカは、いくぶん冷静さを取り戻し――けれど仕事は手につかず。TVニュースを睨みながら中継映像を追っている。
「今に限ったことではないわ! そもそも例の記録にあったアレはなんだ、ラクス嬢が殺されかけただとォ?」
 執務室にこだまする、猛り狂った怒声。
「そうならそうと何故さっさと、然るべき筋に訴え捜査させなかったんだ。連中は!」
「狙われた理由が分かんねーと、プラントを信用できないっつってたろ」
「襲撃者がコーディネイターだったから議長もザフトもまとめて疑わしい警戒対象か、どこもかしこも敵ばかりと思うほど後ろめたい人生を送ってきたのか? 事情も明かさず戦闘介入を繰り返して、そうするしかなかったとでも言うつもりか!?」
 頑丈に作られた戦艦の分厚い壁、防音効果バンザイだ。
「ならばジブリールを隠しだてる政府や、アスハ代表を名乗るテログループはもちろん一般人も、俺たちの敵と結論づけてかまわん訳だな? ふざけるな! 聞いても信じ難い話を、聞かされもせんで分かるわけなかろうが!!」
 どっちなんだよと突っ込みかけたディアッカだが、
(……一般人、か)
 再びオーブ戦に気を取られ、顔をしかめ黙り込む。
 あの国には、ミリアリアの両親がいて。
 息子をザフト兵に殺された、見知らぬナチュラルの夫婦も暮らしているはずで。
 だが、事ここに至っては、自分たちに進軍を止める術など無い。ジブリールが早急に捕縛されることを祈るより他に。
「殺人未遂事件の被害者として保護されていれば、いくらでも手の打ちようがあったものを! 奪った機体を隠し持ち、あちこちでザフトに砲口を向け、プラント近域に潜伏しては小惑星を根城に不審行動――これでは白いものも黒にしか見えんわ!」
 反応が鈍っている部下の相槌を待たず、イザークは、苛々と怒鳴り散らしていた。

 そこへ新たに、FAITHに昇格したシン・アスカと、レイ・ザ・バレル――最新鋭機 “デスティニー” 並びに “レジェンド” を擁する戦艦ミネルバが、オーブ本土を射程距離に捉えたと続報が入る。

 作戦名、オペレーション・フューリー。
 砲撃目標点に挙げられた施設は、オーブ本島セイラン家、国防本部、さらにオーブ行政府。
『市街地・民間人への被害は最小限に留めるよう努力』 という留意事項だけが、気休めといえば言えた。

×××××


「ロード・ジブリールの身柄引き渡しを、要求された? その回答がアレですか!?」
〔は、はい〕
「協力要請だけが目的なら、あんなふうにオーブ沖を包囲すると思いますか? ヘブンズベースから逃げたロゴス幹部が、この国にいると。確証を掴んでいるからこその強攻手段でしょう!」
〔しかしユウナ様が、きっぱり否定しなければ余計に疑われるだけだと〕
「そのユウナ様はどこへ行ったんですか、セイラン宰相は?」
〔こ、国防本部へ……っ〕
 モニター回線に映る、男性職員はうわずった声で答え。
〔ウナト様がどちらにおいでかは、私には――と、とりあえず、もう一度回答しなおした方がよろしいんでしょうかね? どう思います? アーガイル局長〕
「……この混戦下で、なにをどう訂正すると」
 うろたえるばかりの相手に、ほとほと辟易した様子で。
「とにかく全メディア全チャンネルで避難勧告を出せ! ザフトの標的がジブリールである以上、彼を捕らえなければ再交渉を試みるだけ時間のムダだ――使えるカードも無しに頭を下げれば、それこそどんな不利な条件も呑まざるを得ないぞ!!」
 普段いたって温厚な父親が、声を荒げ叱りつける様に、やや場違いながらサイは感嘆していた。
〔しっ、しかし当初、行政府の指示では〕
「とっくに状況は変わったろう! 不適切な指示に従ったまま職務怠慢で、オーブを焼け野原にしたいのか!?」
〔い、いいえっ!!〕
 弾かれたように首を振り、わたわたと遅まきながら対処に動きだす政府広報室と。
「…………」
 にわかに臨時連絡所と化した、経済文化局庁舎。
 代表代理のうち元外交官は、首長不在の行政府を指揮するべく一足先に発ち。
 産業・経済・財務畑出身の三名は、古巣の部下を片っ端から呼び出してジブリール捜索に向かっていた。
「情勢も顧みず、奴を招き入れた者がいるはずだろう! 海上警備隊はなにをしていた、潜水艇かシャトルか分からんが不審機の入国を見逃したのか!?」
〔それは、そういうことになるかもしれませんが、そう言われましても……我々としましては〕
「とにかく護衛艦群を出動させろ、モビルスーツ隊もだ!」
 局長室のサイドデスクでは、残る一人。先月まで防衛事務官だったという代表代理が同じように、国防本部の重役を怒鳴りつけ。
〔――そ、それは。先ほどユウナ様がお越しになられて、艦隊は発進を〕
「迎撃命令が出たんだな? 現場の司令官は!」
〔ソガ一佐であります〕
「ならば指示に従って敵機を押し返せ、国土の守りを最優先にだ」

 階下の各部署では一般職員がひたすら受話器片手に、ありとあらゆる企業を通し退去命令を伝えていた。
 業務に熱中するあまり、見知らぬ青年の身元など気に留めもしない彼らは、居合わせたサイにあれやこれや書類運びなど押し付け。母親は母親で、
「あんなに大声で話し続けていたら、みなさん喉が嗄れちゃうわねぇ」
 給湯室を居場所に定めたらしく、せっせとコーヒーなど配って回りながら食器洗いに勤しんでいる。

「我々も総力でジブリールを探している。奴を捕らえ突き出せば、ひとまずザフトの攻撃は止むだろう……それまで持ち堪えるんだ! いいな?」
〔ですが事務官殿! あ、いえ。代表代理〕
 モニターに映る軍服の男は、弱りきった顔つきで。
〔最高司令官が、よりにもよってユウナ様ではあまりに頼りなく、兵たちの士気も――ダーダネルスやクレタでは連合側の口車に乗せられ、タケミカズチを含む艦隊を壊滅させながら、責任はすべて亡くなられたトダカ一佐に被せたとも聞きますし〕
「馬鹿者! 軍の存在意義は民を、国を守ることだろう!! 今のオーブに獅子はおらず、軍神サハクの庇護も失ったまま、だから実力を発揮できませんとでも言うつもりか!?」
〔もちろん全力は尽くしますが……っ! お願いですから国防本部に来てくださいよ、さっきから空気悪くて司令系統もぎくしゃくしたままで。これじゃあ勝てる戦いにも勝てやしません……〕
「しょせん私も文官だ、作戦指揮までは執れんのだぞ?」
〔実戦経験も無いくせに威張り散らす輩より、ずっと良いですって!〕
「ダーダネルス・クレタの件を持ち出すなら、空母は、敵艦隊と距離を置いて戦うのが定石だ。いくら敵機が強力でも数が限られていたなら、第二戦闘群を前に出して追い込めという指示も理に叶っているだろう――私が乗艦しても同様の指示を出している!」
〔なにも戦略に期待している訳じゃないんです! 現場の戦意を萎えさせる、あの態度に頭が痛いんですよ……代表代理に就任されたんだから、それなりの権限もお持ちでしょう?〕
 切々と、元事務官に訴えた。
〔我々に対しては “僕は知らない” の一点張りでしたが――ユウナ様の首根っこ押さえるついでに、本当にジブリールの居場所に心当たりが無いのか問い詰めてくださいよ! あと、宰相たちがどこほっつき歩いてるのかも!〕
「…………」
 通話を終えた代表代理は、ぐしゃぐしゃとオールバックの髪を掻き毟り、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで走りだした。
「国防本部へ向かう、あとを頼みます!」
「分かりました、お気をつけて!!」
 怒鳴るように応えた、サイの父親は。小さく一息ついたところで、
「なにやってるんだ、母さんを連れて――」
 いつの間にか職場で雑用係と化している妻子に気づき。ぎょっと張り上げた声に被せるように、
「!?」
 どぉんと腹に響く轟音が、遠く近く距離感を狂わせながら庁舎の窓ガラスをビリビリと揺さぶった。

×××××


「オーブ本島に爆撃です! 狙われたのは、セイラン家のようですが――」
「本艦はまだ出られないの!?」
〔無理ですよ、まだエンジンが終わってねーんですから!〕
 悪化する一方の状況下、アークエンジェルブリッジもパニックの一歩手前に陥っていた。
『今すぐそっちに降りるから!』
 “エターナル” のキラから発進を告げるメッセージが届いたものの、
「オーブが再び焼かれようとしているんだ、もう何も待ってなどいられない!!」
 ムラサメ隊を従えた、カガリは、あろうことか “スカイグラスパー” で出撃すると言い出したのだ。
「そんな、ムチャよ!」
「承知のうえだ、それでも……私だってザフト軍の足止めと、民が逃げるための時間稼ぎくらい出来る!」
「ダメです、許可できませんッ」
 マリューが血相変えて、彼女を押し留める――当たり前だ。
 “ストライク” 支援用の旧型戦闘機では、火力はおろか機動性においても到底ザフト軍に太刀打ちできるものではない。
 しかも一度あれに乗ったカガリは撃墜されて行方不明に、トールも帰って来なかった。
 そんな個人的な感傷と不安を抜きにしても、自殺行為だ。
(頭に血が上っちゃう気持ちは分かるけど、もう!)
 とにかくハッチは封鎖してもらわなければ。格納庫のマードックに連絡して……と、ミリアリアが内線に手をのばしかけたとき。
「ぶっ!」
 クルーの制止も振り切ってブリッジを飛び出そうとした、カガリは、進路を遮るように扉の向こうから現れた壁――もといキサカ一佐に顔面衝突、反動にたたらを踏んだ。
 傍らには、目を丸くしたエリカ・シモンズの姿もある。
「……行くぞ、アマギ! 機体はお借りする!」
 驚いたように二人を仰ぎ、だがすぐに間をすり抜けていこうとした少女は、
「待て、カガリ」
「もう待たんと言っている、放せ!」
「いいから一緒に来るんだ」
 筋肉隆々の大男に肩を掴まれて暴れるが振り解けず、癇癪を起こしたように、ジタバタもがきながら叫ぶ。
「嫌だ! このままここで見ているくらいなら、国と一緒にこの身も焼かれた方がマシだ!!」
 キサカは、ふうと溜息をついた。
「それでは困るから来いと言っているんだ」
「うるさい、放せっ!!」
「はいはいはい」
 そんなカガリたちを、余裕の表情で横から諌めるモルゲンレーテ主任。
「だから行くのは良いけど、その前に、ウズミ様の言葉を聞いてと言いたいの」
「え」
 とたん、おとなしくなったカガリが問い返す。
「お父様の?」
「そう、遺言を」
「え……」
 物問いたげな少女を伴い、エレベーターに乗り込みながら。エリカ・シモンズは含みある笑みを返した。



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セイラン親子の政治手腕もどーかと思いますが、命令が出ないからとボヤボヤしてたっぽい現場にも萎えるというか。軍部はまだソガ一佐たちの描写やらありましたが、なにしてたんだ行政府一般職……。