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■ 覚悟の形 〔1〕


 ようやく命令が下りたらしく、第一、第二護衛艦群とモビルスーツ隊までたて続けに出撃したオーブ軍だったが――指揮系統も混乱しているのか、まるで連携が取れておらず。
 アラマツバラ、イザナギ海岸と、防衛線は総崩れの様相を呈していた。
 キラ到着にはまだ時間がかかる、アークエンジェルは発進できない。ちらちらと脳裏をよぎり始めた “全滅” の二文字を、
〔――ミリアリア、聞こえるか?〕
 突如オペレーター席の回線に割って入った、馴染みの声が消し飛ばす。
「カガリ?」
 ブリッジに待機していたマリューたちも目を丸くしながら、不意に切り替わったモニターを見つめた。
 画面に燦然と映るは、ムラサメ隊を従えた黄金のモビルスーツ。
「えっ……カガリさん?」
「どうしたんだ、それ!」
 遺言がどうこうとキサカたちに連れられていった彼女が、いつの間に出撃を? そんな機体、どこから?
〔父が封じていた、守りの剣―― “アカツキ” だ.〕
 どよめくクルーに短く答えた、カガリは急いた口調で言う。
〔オーブ本島へ向かう! 国外で流れてるTVニュースの映像と、掴んでる戦況データぜんぶ、こっちに転送頼む〕
「わ、分かったわ。だけど…… “ルージュ” じゃない機体でいきなり乗り込んでいって、だいじょうぶなの?」
 あわてて指示に従いながら、ミリアリアは懸念を抱いた。
 タケミカズチ搭載時の識別コードを持っているだろう、ムラサメ隊はまだしも――オーブ・ザフト両軍にとって不明機となる “アカツキ” は?
〔突破してみせるさ〕
 出来ない、なんて泣きごと言っていられない。
〔押し問答してる時間は無いからな……奥の手を、使う。気乗りしないけど〕
 これだけ揃えばなんとかなるだろ、という呟きに。
(? なにが?)
 ミリアリアは首をひねったが、それを問う時間の余裕も無く。
〔まずは国防本部を掌握し、戦線を立て直す! 一個小隊、私と来い――残りは防衛線へ!!〕
 ムラサメ隊を率いたカガリは、まっしぐらにオーブ本土へ駆けつけていった。


「爆撃地、判明しました! セイラン家です」
「くそっ……個人の邸宅であっても、ジブリールが居そうだと思えばおかまいなしか! 現場と連絡を取れるか?」
「電話回線ごと破壊されたようで、通じません!」
 いよいよ間近へ迫ったザフト軍の脅威に、経済文化局庁舎は騒然としていた。
「市街の避難状況は!?」
「どこもパニックですよ、上空をザフト機がびゅんびゅん飛んでるんですから! シェルターへの自主避難が進んでいただけ助かりましたが、まだ住民の半数は路上を逃げ惑っています」
 報告に頭を抱えたアーガイル局長は、爆音が響き渡る直前に言いかけていたことを思い出し、
「サイ、母さんを連れて逃げろ! このままでは行政府も危険だ――」
 退去をうながすが、気づけば息子の姿は見当たらず、
「あら。私は、ここに残るわよ」
「なにを馬鹿な……サイはどうした?」
「2Fで使ってるコンピュータが動作不良起こしたらしくて、メンテナンスに呼ばれて行っちゃった。工科カレッジ卒業生の強みよねえ?」
「そういったことを聞いているんじゃない! 君もなにを、お茶汲みなどやってるんだ?」
「だってもう、戦闘は始まってるのよ? どこに隠れたって危険に変わりないし。市街地からすぐ駆け込めるシェルターなんて、数は限られてるでしょう」
 トレイにコーヒーカップを乗せてきた、妻がのんびり応える。
「一般人の避難誘導も終わってないのに、公僕の妻が、我先に逃げたりできないわ。それに――いま行政府から出ていったら、ロード・ジブリールと誤爆されかねないって。サイが」
「だからその息子が巻き込まれたらどうするんだ? セイラン家も狙われた、政府関連施設は完全に攻撃目標だぞ!?」
「あなたと同じ道を選ぶって言うんだもの……もうじきサイも政治の世界で駆けずり回るようになって、私は、愛犬と一緒に留守番よ」
 夫と息子が傍に居ればこそ平常心を保てるのか、それとも非常時には、女性の方が肝が据わっているものなのか。
「だったら今くらい、近くで眺めていたいじゃない? 戦争で家族と引き離されるのは、もう嫌だわ」
「しかしだな、いつ如何なる場合でも民間人を政務に関わらせるわけには」
「うーん? あなたの私設秘書って肩書きじゃダメなの? よくいるじゃない、政治家には――どんなふうに雇用契約結ぶのかは知らないけど」
 非常事態なんだから、いちいち目くじら立てなくて良いじゃないと簡単に受け流す。
「軍隊や政治向きのことは、分からないけど……働き詰めな皆さんの、夜食くらい作れるわよ? 私も」
 妻の頑固さに手を焼いていたところへ、また大量の書類を抱えたサイが駆け込んできて、
「ほら、これ処理済のヤツ――って、内線出ろよ鳴りっぱなしじゃないか外線も! データ整理の類が追いつかないんなら俺も手伝えるけど、さすがに代表代理の人たちとは親父が話さなきゃだろ?」
「……サイ」
 もうどうにでもなれという気分で、妻子持ちの中年男はうめいた。
「おまえは今日付けで、オーブ経済文化局長の私設秘書だからな。母さんもだ。誰かになにか聞かれたら、そう言え」
「は?」
 サイは訳が分からぬ様子で、ずり落ちた眼鏡をかけなおした。


 “アカツキ” を旗印にしたムラサメ隊と共に、飛び交うザフト機を次々と撃ち落としながら。


〔――私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハ!〕
 オノゴロ島へ接近したカガリは、ひねりも何もなく直球でオーブ軍へ呼びかけた。
〔国防本部、聞こえるか? 突然のことで、真偽を問われるかもしれないが、指揮官と話したい。どうか……〕
〔カガリ、カガリぃ!?〕
 間髪入れず、浮かれた甘ったるい声が、芝居にしてもクサすぎる単語を連発する。
〔来てくれたんだねマイハニー? ありがとう、僕の女神〜! 指揮官は僕、僕だよぉ――!!〕
 通信をONにしたままのインカムから、強制的に流れ込んできた寒々しい台詞に、シートからずり落ちるミリアリア。
(ゆ、ユウナ・ロマ!?)
 ままま、まいはにーって……素なの? 真顔で? なんなのコノヒト。
「どっ、どうした?」
「あ、あはは」
 コックピット内の会話までは聞こえていないノイマンたちが、ぎょっとなるのに、引き攣った笑みを返すくらいが精一杯だった。
 一方、カガリは、指揮官たる青年を怒鳴りつけもせず。
〔……ユウナ〕
 不自然なほど可愛らしく穏やかに、そこはかとなく色っぽさまで漂わす声音で問いかけた。
〔私を本物と――オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハと認めるか?〕
 なっ、なんかカガリが変おかしすぎるってばこれ!?
 ぞわわわわわ。
 背中を這い上がったむず痒さに耐え切れず、がこんと、コンソールに突っ伏したミリアリアの聴覚に、
〔もちろんもちろんもっちろん、僕にはちゃーんと分かるさ! 彼女は本物だ!!〕
 ユウナ・ロマの即答が追い討ちをかける。
 いやアナタ、ダーダネルスやクレタでは彼女を 『偽者』 って言ったはずじゃないデスカ?
 それは苦渋の決断だったかもしれないけど、あからさまに今のカガリはらしくないっていうか偽者っぽいじゃないの? ねえ、違うの違うの思わないの? 
〔ならば、その権限において命ずる〕
 ところがユウナ・ロマの承認を引き出したとたん、普段の調子に戻ったカガリは、語気も鋭く言い放つ。
〔将校たちよ、ただちにユウナ・ロマを国家反逆罪で逮捕、拘束せよ!!〕
「え?」
 ミリアリアは、ぽかんとなった。
 それは国防本部も同様らしく、ざわめきに混じってユウナ・ロマのうわずった声が聞こえる。
〔た、逮捕? 拘束っ? 急に、なにを言い出すんだカガリ? いま僕らが戦わなきゃいけない相手はザフト軍だろ?〕
〔ならば、これは何だ?〕
 がちゃがちゃと、やや荒くキーを操作する物音が聴こえ。
〔オーブに侵攻する理由かつ根拠・物証として、プラント側が公表している写真だ! すでに各国へは、ニュース映像として知れ渡っている……おまえとウナト、さらにジブリール!〕
 今度こそ怒気をあらわにした、カガリによる糾弾が高らかに。
〔密会の事実は無い、すべてザフトの捏造だというなら――この写真が撮られたという日、その時間、どこで誰と何をしていたかアリバイを言ってみろ!〕
 もしかして、あれ?
 “アカツキ” へ転送した画像のうちひとつを思い出した、ミリアリアはようやく精神的頭痛から解放されて身を起こす。
〔だ、だってカガリ! ジブリールは同盟相手で隠し持ってる兵器も怖いし、追い出して逆恨みされて、またマスドライバーなんかを狙われる訳には〕
 優しげな態度から一転して手のひらを返され、隠蔽していた事実をも暴露されて、よほど焦ったらしい。
〔あっ?〕
 己の失言に気づいたらしく、ユウナ・ロマは途中で口を噤んだが、もう遅い。
〔……なにを勘違いしている? いつ我らが、彼と同盟を結んだ〕
 冷え切ったカガリの声が、宰相の息子を突き放す。
〔オーブが締結した条約は、大西洋連邦との安全保障! 地球連合軍の増援要請に応じる義理はあったとしても――それらを裏で牛耳っていたという “死の商人” 、ましてやブルーコスモス盟主などに支援を約したものでは、断じて無い!!〕
 なにか一計があるようだったが、まさか彼女が、こう出るとは。
〔国際手配されている戦犯、ロード・ジブリールを匿い! 二度と焼いてはならぬと言い続けてきたオーブに、ザフトの侵攻を招いたうえ、迎撃準備はおろか市民への避難勧告も怠るとは何事かッ!?〕
〔あ、わわ……〕
〔命令により、拘束させていただきます!〕
〔え? うわーっ!?〕
 カガリぃーと、ひどく情けない叫びが遠くなっていって。
 どかばきがったんと乱闘めいた物音が、スピーカー越しに響きだす。
〔ユウナから、ジブリールの居場所を聞き出せ! ウナトは行政府だな? 回線を開け――オーブ全軍、これより私の指揮下とする。いいか!?〕
 これ以上、彼にかまってなどいられないとばかりに、矢継ぎ早に指示を出すカガリ。
〔残存のアストレイ隊はタカミツガタに集結しろ。ムラサメの二個小隊を、その上空援護に! 国土を守るんだ……どうか、みんな! 私に力を!!〕
 この瞬間を待ち侘びていたように。
 うおおおおお!! と、回線を揺るがすほどの雄叫びが、彼女の願いに応えた。

〔よーし、いいぞノイマン。立ち上げろ!〕
「了解!」
〔言っとくが動けるようにしただけだ、エンジン周りの細かい部分はなーんも終わっちゃいねえからな? こっちの修理が追いつく前に、動力系をやられたら即お陀仏だぞ! 覚悟しとけ――〕
 操舵士と整備班チーフのやり取りが響く、ブリッジで。
「カガリ、聞こえる?」
 ミリアリアは、インカム越しに外へ問いかける。
「アークエンジェルが発進シークエンスに入ったわ。キラも全速で、こっちに向かってるし……戦闘はもうモビルスーツ隊に任せて、行政府へ降りた方がいいんじゃない?」
 ユウナ・ロマから指揮権を掻っ攫った少女は、未だ “アカツキ” を駆り、最前線に留まり続けていた。
「ここで、あなたが撃墜されたら元も子もないわよ」
〔分かってる!〕
 冷静な語調の中にも滲む焦燥。カガリは、戦線離脱のタイミングを計りかねているようだった。
〔だが、もう少し――市街地へ入り込んだザフト機を、押し返すまでは〕
 ミラーコーティング装甲 “ヤタノカガミ” が、敵機のビームを弾き返す攻防一体の戦果を発揮。
 獅子奮迅する黄金のモビルスーツを警戒したらしく、ザフトの勢いは鈍り、その隙に奮起したオーブ軍はエリア12海岸線を押し戻しつつある。
「分かったわ。防衛線の戦況データは、継続して送るから」
 あまり話しかけてはパイロットの集中力が乱れる。ミリアリアは、いったん通話を切った。

 そこへ、ぷしゅうとブリッジの扉が開いて。

「うっ……」
 苦痛に顔を歪めながら、エレベーターから歩み出たのは、
「あ、アスラン!?」
「おいおい!」
 頭部に包帯、頬には絆創膏。呼吸も荒く、しっかりしているのは眼光だけ、足元さえおぼつかない青年と、
「すみません、勝手なことして――」
 そんな重傷患者に肩を貸しつつ、おどおど弁明する赤毛の少女。
「身体に障るって止めたんですけど。俺なら平気だから、の一点張りで……よろよろ歩いていっちゃうの見てられなくて」
 メイリンは、モルゲンレーテのジャケット姿だった。
 出歩くのに医療用ガウンでは抵抗があったか――高熱を出していた彼女には、頻繁に着替えが必要だったこともあり。クリーニングルームやロッカーの場所は教えていたから、そこから、サイズが合うものを適当に選び出してきたんだろう。
「もう、だいじょうぶです。CICに座るくらい出来ます」
 どう客観的に見ても痩せ我慢しているとしか思えない、アスランはアスランで、真新しいオーブ軍服を身に纏っていた。
「MS操縦とオペレーターは別物なんだぞ? それに怪我人だからって、半端な仕事をされちゃ困る」
「ですが、こんなときに俺だけ……!」
 おとなしく寝てろよと言いたげなチャンドラに、食い下がる彼を横目で睨みつつ、
「……管制ミス連発したら、医務室に強制送還だからね」
 ミリアリアは、半ば呆れて溜息をついた。
 満身創痍のくせにジタバタジタバタ、叱っても諭しても聞き入れそうにない――まったくカガリが心配していたとおりだ。
「分かった」
 神妙に頷いたアスランは、咎めるチャンドラの視線も振り切り、下層CICへ降りていこうとする。
 だが、どうせおとなしく出来ないなら、目の届く範囲にいてもらった方がマシだろう。ここなら彼が倒れても内線ですぐ医師を呼べるが、無人の通路でぱったり気絶などされたら……人口密度の極端に低いアークエンジェルでは、最悪、誰にも気づいてもらえず失血死だ。
「お、おじゃまします」
 本来の立場を考えれば紛うことなく敵である艦の、ブリッジに上がっているという状況は、やはり落ち着かないらしく。
 メイリンが、ひどく居心地悪げに頭を下げたところへ、
「よし、正常に起動した! あと10分もあれば出撃できます、艦長――」
 振り返ったノイマンが、呼び求めた人物とはまるで違う二人を見とめ、仰天する。
「アスラン・ザラ? なっ、なにをやっているんだ」
 手伝わせてくださいバカを言うな喧々諤々と、生真面目な彼らがまた押し問答を始め。ひそやかに嘆息するミリアリア。
(……もう、艦長の判断に委ねるしかないわよね)
 マリューは、ついさっき、エリカ・シモンズに用があると言い残してブリッジを出て行ったまままだ。
 主に指先と頭だけを使う作業なら、とは思うが――メイリンはともかく、数日前まで、医師による付きっきりの治療と点滴でどうにか命を繋いでいた人間が。
「あれ?」
 そこで、ふと引っ掛かり。
「ねえ、メイリン。アスランも……点滴スタンドはどうしたの」
 まさか医師が参戦許可を出すはずも無し、自分で針を引っこ抜いたのか? 後の処置は? きちんと消毒しないと雑菌が入るんじゃ。
 しかしそんな質問の意図から、やや逸れた答えを返すメイリン。
「ご、ごめんなさい! ふたつとも医務室に放ったらかして来ちゃった」
「えっ? それじゃ転倒防止具は」
「……外したまんまです」
「おいおいおい、一応あれも精密機械なんだぞ? 宇宙空間じゃないんだから、ひっくり返れば壊れるって――」
 しかも医務室にということは。
 倒れる方向によっては、ロアノーク大佐のベッドどころか脳天を直撃だ。
 ドラマやマンガでは、頭を殴れば記憶が戻ったというオチがよくあるけれど、普通は打ちどころが悪ければ死んでしまう。
「も、元の位置に戻してきますっ」
 おろおろとメイリンが言う。けれどアスランを支えていては、当然、思うようには動けず。
「いいわ、私が行くから。あんまり歩き回ったら、あなたも傷が開いちゃうわよ」
 萎縮しきっている少女を、苦笑まじりに制して、
「ついでに艦長も探してきます! それまで “アカツキ” のサポート、お願いします」
「ああ、頼むな? まだそっちに居るようなら戻らせてくれって、シモンズ主任には連絡入れとくから!」
 チャンドラに頷き返した、ミリアリアはエレベーターに飛び乗った。



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『リフレイン』 を挟んだこのあたり、いまいち会話シーン発生etcの時間軸が分かりません――ってか、ホントに41話はキラアスの大きな独り言だなぁと。テンポが崩れるので、まるっと省略です。