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■ ティーラデルの宴 〔1〕


「アスラン・ザラが? ジブラルタル基地から――逃げた?」
「三隻同盟の一員で、前大戦時には “ジャスティス” に乗ってたっつー? パトリック・ザラの息子?」
〔他に誰がいるっていうのよ〕
 ヴィラッド兄弟は、ディオキアからの通信に眼を剥いていた。
「だってそいつ今は議長から “FAITH” に任命されて、ザフトに復帰したエリートパイロットだろうがよ。なのになんで」
〔宿舎に踏み入った保安要員を薙ぎ倒して、そのまま “グフ” 奪って脱走したんですって〕
「……だから、なぜ逃げる必要が」
〔なんでも、このあいだ “フリーダム” を撃破したシン・アスカをぶん殴って暴れた挙句、ミネルバクルーの制止に逆ギレ〕
 シルビアは、すらすらと物騒な単語を並べ立てる。
〔アークエンジェル一派は敵じゃない、討たれる理由がないと怒鳴り散らし、ギルバート・デュランダル相手にも面と向かって抗議したらしいわ〕
 引き攣ったカノンの、こめかみに青筋が浮かび。
〔危険思想の兆候と問題行動が立て続き、さらに敵との内通・幇助の可能性があるから、ひとまず任意同行を――抵抗するようなら射殺可って命令を出されていたということよ。ザフト兵は〕
 類は友を呼ぶ、朱に交われば赤くなるという、諺ふたつがヘッセルの脳内を錐揉み飛行していった。
〔とどめに誘拐未遂とMS強奪、脱走罪も適用。まさしく軍規違反のオンパレードね〕
「後半のふたつは分かるけどよ――誘拐?」
〔拘束されかかったときに、居合わせた歌姫様を連れ去ろうとしたらしいの〕
 あーあー。
 そりゃ、平和ボケした事なかれ主義の司令官でもない限り、とっ捕まえて尋問しようとしない方がおかしい。
〔降伏勧告にも応じず逃げようとしたから、新型機の “デスティニー” と “レジェンド” が撃墜したんですって。彼の逃亡に手を貸した、オペレーターの女の子もろともね……まあ、二人とも、悪天候の暗闇に紛れて駆けつけたオーブ関係者のおじさんに保護されて。命に別状は無いって話だけど〕
「オーブ関係者? 何者ですか」
〔陸軍一佐、レニドル・キサカ――ボディビルダーみたいな風貌の男よ。連合の動向調査してるってことで、情報交換を持ちかけられた現地メンバーがけっこういたの〕

 素性を伏せて、東アジア共和国に軍籍を置き。
 例の “ロゴス撲滅宣言” を機に、連合より離反した義勇軍に同行――正面からザフト基地へ潜り込んだものらしい。
 偽名こそ使っていたものの素顔で出歩いていたため、ターミナル側にはすぐ身元が割れたという。

「詰めが甘いなあ……前大戦時に、イズモ級 “クサナギ” の艦長を務めていた人物じゃありませんでしたっけ?」
「いくらアスハ代表ほど顔を知られてないったって、変装くらいしとけよ。一兵卒じゃねえんだから」
〔まあ、同僚の人たちに怪しまれはしなかったみたいだし。おかげで、こっちも状況を把握できたんだから〕
 シルビアは苦笑しつつ、話を移す。
〔そうそう、それでどうしたものかと思ったんだけどね。アークエンジェル、もうすぐティーラデルに着くんでしょう? このこと報せておいた方がいいのかしら〕
「いーえ言わなくて良いです、むしろ教えないでください。聞けばまた、なにをやらかすか分かったモノじゃありません」
 カノンは即答した。
「急を要する話があるなら、そのキサカ氏が直接、アークエンジェルにコンタクトを取るでしょうし――どのみちオーブで合流するはずです。騒ぎに釣られてザフトに発見されようものなら、巻き添え食って壊滅しますよ? ティーラデルが」
〔シャレにならないわねえ……じゃ、とりあえずモニカ経由でプラントの元議員さん方に連絡?〕
 そうだな、と頷いたヘッセルが、
「三隻同盟と関わりのあった奴ら全員、プラント政府から嫌疑を掛けられかねない事態なんだ。くれぐれも迂闊な言動は……って、カノン?」
 ふと横を眺めやれば、弟は、なにやら己の顎に手を当てぶつぶつと考え事をしている。
「内通・幇助ねえ――しかもオペレーターが共犯扱い。なるほど」
 なにがなるほどなんだか。
 不審がるシルビアたちに向き直り、ふっと冷笑を浮かべた、
「やはり、映像記録は残しておくに限りますね」
 カノンは、ディスクラックの隅で埃をかぶりつつあったプラスチックケースを抜き取ると、挑戦的な眼つきで呟いた。

×××××


 翌日、午後9時過ぎ。
 オーブへの直線ルートより大きく迂回、地下ドックに着艦していたアークエンジェルは――月の表面のごとくボコボコになっていた艦体の補修を受け終わり、そうして。

「そんでアイツらときたら、人が修理した端からぶっ壊して帰りやがってよぉ。もっと大切に扱えってんだ!」
「そうそう、説明書を読みもせずにムチャクチャな使い方しておいて、買ってすぐ壊れた無償修理しろ〜、今すぐ直せぐずぐずすんなとか偉そうに……」
「どの業界でも技術者の苦労は一緒だなあ、おい?」
「まったくだ、がーっはっはっは!」
「だーっはっはっは!!」

 共同作業を続けるうちに意気投合した、マードックら整備班の面々とティーラデルの技師たちは、工場の休憩スペースを陣取って車座に集い、どんちゃん騒ぎをしていた。
「……う、お酒臭い」
 眉をひそめ、コンテナの陰からカガリと一緒に様子を窺えば。
 メカニックを連れ帰りに出向いたはずのマリュー、さらに1時間後、待てども待てども戻らぬ艦長らを探しに行ったノイマンまでが、酒宴の席に引き摺り込まれているではないか。
「あなたたち、いつまで居座るつもりなの!? いくら操艦には携わらないからって」
「そう目くじら立てんでくださいよ、艦長〜。ここの地ビール美味いんでさぁ!」
 マリューに咎められても、すでに泥酔状態のマードックはげらげら笑って酒を呷るばかり。
「被弾箇所から浸水して有害廃棄物になっちまう心配もなくなった訳ですし――どのみちしばらく海底に隠れてるしかねえんだ。今夜くらい細かいこと忘れて、パーッとやりましょうや?」
「そうですよぉー。艦長けっこう、いけるクチだったでしょう?」
「え?」
「なんだ姉ちゃん、呑めるのか? なら呑めすぐ呑めたーんと呑んでけ!」
「そうそう。弾薬なんて物騒なものウチには置いとらんが、ジャンクと酒ならいつでも売るほど山積みだ!」
「あ、じゃあよう。ダースで売ってくれや?」
「えー? どうすんですか、マードックさん」
「一瓶は、少佐に土産で。あと俺の晩酌用」
「あ、いいなぁそれ。僕も……」
「なにを買い物してるの!?」
「やだなぁ、ちゃんとポケットマネーで支払いますって〜」
「そういう問題じゃありません!!」
 マリューが真っ赤になって怒れば怒るほど、やんややんや盛り上がりる作業着姿の男たち。
「アーノルド! あなたも黙っていないで何か――って」
 たまらず援護を求めるマリューだが、当のノイマンは壁の隅にあぐらをかき、むっつり据わった眼でグラスを傾けていた。
「なにしにここへ来たか忘れたの? 操舵士が酔ってしまったら出航できないでしょう! 確かに目的地をインプットすれば、自動運航は出来るけど」
「いいじゃねえか、姉ちゃん! マジメな奴ほどストレス溜まってるものなんだよ、なあ?」
「………」
 隣に座った青年技師が、ばんばんと彼の背中をはたきつつグラスに酒を注ぎ足し。
 そんな周りの喧騒が聞こえているのかいないのか、こっくり頷いたノイマンの眼前には――緑の小山、もとい枝豆のサヤがてんこ盛りになっていた。
 マリューが酔っ払いの仲間入りを果たすのも、時間の問題だろう。

 あんまり近寄りたくないなあ、と躊躇っていると。
 宴会場とは反対側のスペース、電話機の設えられたラウンドテーブルに、新聞を広げている小柄な人影を見つけた。

「あの、おじいさんは呑まないんですか?」
 近づいていって声をかけると、老人は目を細めて首を振った。
「あいつらのペースに付きおうとったら、残り少ない寿命が縮んでしまうがな――嬢ちゃんたちは、向こうで騒いどる団体さんの連れかね?」
「ええ、まあ……すみません」
「うっかり話しかけたらあの別嬪さんや兄ちゃんと同じに、ミイラ取りがミイラになるぞい? つまみが尽きればおとなしくなるじゃろうて、ここで新聞でも読んで待っときなされ」
「いいんですか?」
 ありがたく勧めに従うことにしたミリアリアたちが、それぞれ新聞を手に椅子にかけると、老人は思いついたように背後の戸棚をがさがさとやった。
「あいにく菓子は切らしとるんじゃが。女の子には、緑茶よりこっちの方がええかの?」
「わー、ココア?」
 渡された箱の中身は、ココアの瓶で。
 熱湯を注ぐ前からふわっと漂う香りに、カガリも思わず身を乗り出していた。
「開戦前に、知り合いのヤツがヨーロッパ旅行に行っとってな。お孫さんにどうぞと言われたんじゃが、ワシに孫はおらんでの。何回言うても忘れとるんじゃからなあ……耄碌はしたくないのう」
 にこにこと、マグカップをふたつ取り出してくれる。
 ポットのお湯を注いだチョコレート飲料に唇をつければ、自然と表情がほころんだ。
 けっして艦のセルフサービスドリンクが不味い訳ではないけれど、さすがにココアは無いわけで。それに、やっぱり淹れたては風味が違って感じる。

 そこへエレベーターから、ワイシャツ姿の男性が降りて来て。
「あー、ヤッさん! なんですかなんですかぁ? 二人も若いコはべらせて」
「ホッホッホ、えーじゃろえーじゃろ」
 自慢げに笑う老人へ 「ごゆっくり〜」 と言い置いた彼は、そこかしこの機械のメーター部分をチェックして回ると、
「二日酔いで遅刻しやがったら、全員罰金10アード〜♪」
 呑めや歌えやの宴会場と化しているブロックを一瞥、また階上へ戻っていった。



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無印、砂漠で、酒にむせてるナタルさんは可愛かったなぁ〜。
マリューさんがそこそこ呑める程度か、それとも酒豪かは……謎。