■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ ティーラデルの宴 〔2〕


「……して、おまえさんたちは何者じゃ? 新入りのメカニックには見えんが」
「私たちのこと、説明されてないんですか?」
 一息ついたところで。あらためて訊ねられたミリアリアが、戸惑って問い返すと。
「さあのう。聞いたかもしれんが、覚えとらんわい」
 老人は緑茶をすすりつつ、ひょうひょうと応えた。
「客がよう来る “ターミナル” 関連の仕事は、とっくの昔に引退したでの。ワシはここで、死ぬまでぼちぼち鉄を鍛えとれたらそれでえーんじゃ」
「ええっと、彼女は政治家で――私は、ジャーナリストです。まだ独り立ちしたばっかりですけど」
「ほ! そりゃまた、おかしな組み合わせじゃなあ」
「おかしい?」
「おかしいおかしい、野うさぎとヒバリが海に潜ってウニ獲りしとるくらいおかしいわい」
「……そんなにおかしいこと、ないだろ?」
 カガリが不満げに首をかしげ。
「こんな錆びれた船着場に政治家の嬢ちゃんが紛れ込んで、所在なさげにしとる時点で、まっとうな生活環境から転げ落ちとる証拠じゃがな」
 老人は呆れたように、皺だらけの顔をさらに渋くしかめた。
「物騒なニュースばかり流れとる時勢じゃ。はよう、お国へ帰りなされ」
「私だって! オーブに戻れるなら、とっくにそうしてる――」
「今のまま、彼女が公の場に出たら。プラントや大西洋連邦に敵視されて、攻め込まれかねない状態なんです」
 この中継点にいるのは、アークエンジェルに関する諸々を承知した人々ばかりと思っていた。
 ミリアリアが、あわてて掻い摘んだ説明をすると。
「ほうほう、つまり」
 老人は、感心したように白い顎鬚を撫でた。
「おまえさんは、なんぞ悪事を働いて海外逃亡中のタレント政治家を追っかけ取材して、ビッグスクープを狙うとる訳じゃな!? カワエエ顔してしたたかじゃのー……昨今のギャルは恐ろしいわい」
「ちっ、違いますよ。少しでも手伝いたくて一緒に行動してるんです! それにカガリ、政治家系の子でタレントなんかじゃないし!」
「そりゃ、バカなことはたくさんしたけど。悪事なんてッ……!」
 左右からきゃんきゃん抗議する、ミリアリアとカガリ。
「ふうむ、そうすると――怠慢が祟って政界を追い出された、二世議員のスポークスマンってとこかいの? それでジャーナリストを名乗ったら、業界人に笑われるぞい」
「違いますってばッ」
「政治家とジャーナリストが一緒にいたら、そんなにおかしいのかよ?」
「おかしいわな。追い追われ、批判して利用されて弾圧を浴びる――昔っから、そういう関係じゃからの。警察とギャングが癒着しとるより、暴力性は低かろうがな」
 和やかだった空気が急に重くなって、イスに凭れた老人はおもむろに言った。
「納得いかんなら、ひとつ歪みの話でもしとこうかの」
「ゆがみ?」
 鸚鵡返しにつぶやいたカガリに頷いて、話し始めた。

「もう、二十年近く前の話じゃ――恐怖政治を布いとる軍事国家があった。兵器開発技術に長けとる側面もあったが、まず追い詰めるとなにをするか判らんで怖がられとる国じゃった」

 その隣に、湖畔の小国があった。
 突出して豊かではなく細々と農作物を作っているような、けれどのどかな土地だった。
「己が正義を掲げ、あちこちと紛争を繰り返しとった軍事国家は、ある日、世界中から “敵” と看做された。平和の守り手を自負する国々は、大挙して海外派兵を行い――爆弾の雨が降った。政府機関・軍施設しか攻撃せんと言うとったのに、残党が逃げ込んだ、テロリストの隠れ家があると根拠も定かでない大義名分を叫んで、どっかんどっかん市街地まで吹き飛ばしおった」
 死傷した民間人は数知れず。
 物資の補給ルートも断たれ、それでも降伏しない相手に、すぐに片が着くと思われた戦争は長期化していった。
「そんな折……嵐の夜にな。とある大国の戦闘機が、湖畔の田舎町を誤爆した」
 物資強奪や、婦女暴行。
 庇護の名のもとに国境付近を踏み荒らす、軍の被害は、それまでにも数え切れぬほど受けていた。けれど抗う術を持たず。
 なにより、隣り合わせの脅威が排除されるならと耐え忍んできたものを。
「爆弾の直撃に、壊滅した町の残骸はほとんど死体ごと燃えてしもうとっての――生き残ったのは、10歳にもならん子供二人や全身に大火傷を負った怪我人も含め、十人足らずじゃった」
 けれど件の戦闘機が所属する軍は。
 意気揚々と平和を唱えてきた、その大国は。
 そこに町など無かった。悪天候のため誤爆したのは事実だが、死者はいなかったと発表した。

「――なんだって?」
 カガリが呆然と訊き返す。

「揉み消したんじゃよ、そこに暮らす人間がおったことそのものを……な」
 小国の王家は、なんのコメントも出さなかった。無力ゆえ、強者に追従するより他になかった。
 あまりにも酷い “結末” に。
 このままにしてたまるかと奮起した、フリージャーナリストの一派がいた。
 生き残った被害者たちを探し出して、ひたすら物証を集め。
 地道な交渉と説得の末に、誤爆した軍側からの内部告発・証言者も得て――さあ勝負に出るぞと、TV局へ移動する途中の車道で。
「地雷にやられた。リーダー格だった男が、あわや両足切断という重傷を負ってのう……そいつの相棒だった女は、遺品も残らず消炭になった。駆けずり回って揃えた証拠品も、ガソリンに引火した炎に焼き尽くされた。なんとか無傷で済んだのは、おとなに庇われたガキんちょ二人だけじゃ」
 彼らと親しかった業界関係者は、こぞって記事を書きたてた。
 前日まで難なく通れたと現地民も証言した、大通りに誰が地雷など仕掛けた?
「証拠隠滅を図ったんだろうと、政府や軍の陰謀説を唱えてな。すると今度は、バッシングと諸国の圧力に板挟みにされた、王族の奴らが一家心中しおった」
「え……?」
「そろって毒を飲んでな――とたん、各国の報道機関は手のひら返すように、ロイヤルファミリーの悲劇だなんだと煽りたて、元は被害者だった連中を非難し始めた」
 爆死を免れた者たちの半数は、入院して動けず。
 残されたジャーナリストらは懸命に事実を訴えるが、風当たりは強くなるばかりで。
「不眠症になり怒鳴りあいの口論をして、終いには過労で倒れちまった奴らに、生き残りの子供が言った」

 もう、いい。
 どのみち父さんや母さんは、殺された皆は還らないんだから。
 消されたものに拘って死ぬくらいなら、あんたたちは、この先に生きられるものを助けてやってくれ。

「……それから?」
「それっきりじゃ、奇跡なんぞ起こらん」
 誤爆された町の存在は歴史から抹消されたままだと、老人は、そっけなく首を振った。
「誰かが我を通せば、必ず押し退けられるものがある。モノか、気持ちか、それは判らんがな――政治と報道、それから世界の相容れん話じゃよ」
 さあ、悪いのは誰だ? 問われたミリアリアたちは、冷めてしまったマグカップを抱えうつむく。

 いま語られた国の、ヒトの中で。


 ワルモノ……は?





 酔い潰れたマードックたちは、老人が内線で呼んだ男たちの手によって “アークエンジェル” へ担ぎ込まれ。
 夜が過ぎて、朝になり。
 時計の長針もくるりと一回り。

「――キラ!」

 朝食のトレイを届けに医務室へ赴いた、カガリは、彼の顔をみるなり押さえが利かなくなったようで、
「わたし、私は……絶対に自殺しないぞ! 死んだって責任を取ったことにはならないんだからッ」
 ようやく傷も癒えてきた弟に、がばっと抱きついた。
「おまえ、死ぬなよ? 死ぬのは簡単に死ねるけど、生き返ることは出来ないんだ――」
「ど、どうしたの?」
 涙目を隠すようにしがみついてくる姉に、寝起きのキラは、ただ驚いて目を白黒させている。
「昨日ね。技師のおじいさんから、お土産にココアもらって……国やジャーナリズムってなんだろう? って、話してたの」
 黙り込んでしまった少女ふたりを前に。
 老人は、即答できるような奴こそ胡散臭いんじゃがな、と苦笑していた。
「ココアなんて珍しいね。産地だっけ? このあたり」
 トレイに乗ったチョコレートカラーの瓶を見とめ、きょとんと聞き返す友人に、
「細かいこと気にしないの――ちょうど朝ごはん、パンだしね。せっかくだから飲まない?」
「あ、うん」
「ロアノーク大佐もいかがですか?」
 隣のサイドテーブルにもトレイとマグカップを置けば、金髪の青年は、なおざりに不愉快そうに言い放つ。
「要らん。土産にココアって、酒ならともかく……」
「ああ! お酒なら、今晩にでもマードックさんが差し入れると思いますよ。地ビール」
「……は?」
 意表を突かれたらしく、そこで点目になったロアノークの反応は幼げで。
 嬉しくなったミリアリアは、少しだけ笑った。

 報道は、情報は――それ自体は形の無いものだけれど。やり方によっては人間を殺してしまえる、兵器と同じ。
 なら私は、どこまで間違えず投げ出さずに、選んだ道を歩いていけるだろう?



NEXT TOP

AAの外を描写しようとすると、メインキャラの影が薄くなってしまう罠……ですが、ようやくそろそろジュール隊にバトンタッチ出来そうです。