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■ TACTICS 〔1〕
モニカ・リノルタからの緊急連絡を受け終え。
同時にダウンロードした映像記録ディスクを左手で弄びながら、タッドは脳細胞をフル稼働させていた。
(確かにマズイかもしれんなぁ……)
脛に傷持つ人間は、ただでさえ穿った見方をされるもの。
先手を打たねばなるまいが、息子らの居場所は学校に非ず。保護者だからとザフト基地に乗り込めようはずもなく。
「……エザリア」
「なんだ?」
「君に、あれこれ調査報告を寄こしているというザラ派の軍人たちだが――彼らの所属や仕事内容を、曖昧にでも把握しているかね?」
「当たり前だろう」
不快げに肯いた、彼女は、唐突すぎるアスランの失脚に困惑しきっているようだった。
「ならば、ひとつ頼まれてほしいことがあるんだが」
×××××
プラント、国防委員会本部。
ジュール隊に関わる諸手続きのため、ケースファイルを携えたシホは各課・事務室を順に巡っていた。
数日前に、デュランダル議長が――ロゴス撲滅の陣頭指揮を執るべく、歌姫を伴って地球へ降りてから。
プラント本国における政務は、残る11名の議員を中心に滞りなく。
防衛ライン強化に付随して、イザークは、ザクの後継機として開発されたZGMF-2000 “グフイグナイテッド” に乗り換え。
さらにディアッカも、ZGMF-1001/M “ブレイズザクファントム” を受領することとなった。
接近戦用の “スラッシュ” に比べ機動力重視、といったウィザードの違いこそあれど――これまで指揮官たるイザークが搭乗していたものと同型・ハイスペックの機体である。
しかも一般兵でありながらパーソナルカラーの使用を許可された、彼には、おそらく近いうち軍本部から昇格話が持ち上がるだろう。
(今回の出頭命令は、その話も兼ねているのかもしれないけれど……)
国防委員長タカオ・シュライバーを訪ねにいった、二人とは、さっきロビーで別れたばかり。
イザークの片腕として働いている以上、ディアッカにもそれなりの肩書きがあったほうが便利だろうとは思う。ただ――前科ゆえ、悪目立ちする結果にならなければ良いが。
「……スパイだったってえ!?」
階段へ向かったシホは、踊り場から聞こえてきた叫びに足を止めた。
「アスラン・ザラが? 基地から逃げようとして撃たれたって――マジかよ、なんかの間違いじゃねえの」
「さっき、ウィラード隊の子たちが…… “エンジェルダウン作戦” って、本部からの正式な命令だったらしいよ」
「だけど。アークエンジェルは昔、ラクス様が」
「どうせロゴスの手先に成り下がった、オーブ軍人あたりが乗ってたんだろ。ずっとプラントにいた俺たちの歌姫とは、無関係に決まってるさ」
「討伐命令が出るのも遅すぎたくらいだよなぁ? ようやく目障りな艦が消えて、せいせいしたよ」
ひそめた囁きは、ぼそぼそと。
「でも、それじゃあ――ザラさんは、どうして仲間に暴力を振るったり、テロリストを庇うようなこと」
「そもそもの最初から裏切ってたんだろうぜ。上手いこと議長に取り入って、ザフトの機密を盗み出すためにさ」
すぱい? あすらん?
シホは眉をひそめ、耳を澄ませた。
「ラクス様と違って、あいつは――例の核攻撃と前後するタイミングで、アスハ代表の特使として入国してきたらしいんだ」
「ええっ? お父様を亡くした婚約者同士、プラントで暮らしてたんじゃないの!?」
「それが違ったんだよ。今回のニュース聞くまではてっきり、親善大使みたいな感じでオーブに短期滞在してたのかと」
「そういえばディオキア基地で、二人を見かけた奴らが言ってたなぁ。ラクス様が楽しそうに話しかけてるのに――アスランは彼女に冷たいっていうか、邪険にあしらってて。なーんか変な感じだったってさ」
「だったらラクス様は、その……ロゴスと内通していたり、なんてことは」
「馬鹿、それならザラと一緒に逃げ出してるはずだろ」
そうよね、と安堵の息をもらす少女。
「今になって考えりゃあ、クレタ沖で “フリーダム” 相手に惨敗したってのもおかしいな。最初っから、八百長の裏取引でもしてたんじゃねえ?」
「機体が大破したのにパイロットは無傷、なーんて都合良すぎるもんね」
「まさか、アークエンジェル一派が、やたら “ミネルバ” の航路ばっかり遮りに現れたのは」
「目的地が敵に筒抜けだったって可能性はあるぜ」
「でも、俺さ……脱走の手引きしたっていうオペレーターとは、士官学校で同期だったけど。ロゴスなんかと関わってるようには見えったんだけどな」
しんみりした呟きに、場が一瞬で静まる。
「 “ラグナロク” のデータや、囮の警報――基地のホストに侵入した端末が、彼女の部屋にあるPCだったってのも――スパイに脅されてやった、とかさ」
「そう思いたい気持ちは解るけど、人質にされてたワケじゃないんでしょ?」
「監視カメラに記録が残ってるんだからな。あんまり不用意なこと言うなよ、おまえまで疑われるぞ」
「メイリンって、かなり惚れっぽい性格だったから……美形のエリートパイロット相手に、ころっと騙されちゃったのかもね。道連れに撃ち殺されるだなんて、考えてもみ中ったと思うわ」
「姉貴の方はこれから、どうなっちまうんだろ」
心配そうに顔を見合わせ、ひそひそと話し続けていた男女グループは。
「あなたたち、その話は――」
つかつかと靴音を響かせ近づいていったシホの、表情の険しさと “赤” を見とめ、ぎょっと目を剥き後ずさった。
ジブラルタル基地から届いたばかりのニュース、非公式な噂の形ではあるものの。
オペレーションルームから人伝に爆発的な速さで広まっているらしいと。
しどろもどろ答えた少年たちに、短く礼を述べたシホは、エレベーターに駆け込むなり最上階へのボタンを殴りつけた。
いまいち掴みどころのない同僚が、珍しく執心していた少女。
隊長が 『ライバル』 と公言して憚らなかった青年が、死んだなどと――たとえ流言蜚語であったとしても。
(動揺せずに、いられるわけが)
こんなときに限ってやけにのろく感じるエレベーターは、緩慢に、ちぃんとマヌケな音をたて左右に扉を開き。
とたん通路に反響して聞こえる猛り狂った怒号と、ざわめき、悲鳴。
「そんなはずがあるか、ふざけやがって……!」
「貴様らでは埒が明かん、そこを退けッ!!」
絞め上げていた見知らぬ男の胸倉を突き飛ばして走りだす、白と緑の背中を、視界の端に拾ったシホは、
「隊長――ディアッカっ!!」
すっかり怯え竦んでいる兵士らを横目にしつつ、懸命に追いかけた。
この先には、シュライバー委員長の執務室があるだけ……いったい、怒鳴り込んでなにを言うつもりだ!?
止めなければ。
ディアッカまで平静を欠いていたのでは、なおさら自分が。
けれど物理的な限界は、容赦なく立ちはだかる。
声をあらん限りに叫んでも、足を止めるどころか桁外れのスピードで少しずつ遠ざかっていく、彼らが――続けざまに、ふたつめの角を曲がり。十数秒遅れてその手前に差し掛かったところへ、
バシャアァ――ズルッ、ドガッターン!!
いきなりの鈍い轟音に混じって 「ぐおッ!」 「どわ?」 という呻きが鼓膜をつんざいた。
「!?」
軍人のサガでとっさに後退、壁に身を寄せかまえていたシホは、あわてて飛び出すも眼前の惨状に唖然となってしまう。
火薬の匂いなどはしない。代わりに……通路中が水浸しだ。
天井からバケツの中身をぶちまけたような豪雨がざーざーと降っており、イザークとディアッカは全身ずぶ濡れになって、床に尻もちをついていた。
「すっ、すみません! お怪我はありませんか!?」
「申し訳ありません。ただいま、スプリンクラーの点検中でして――操作盤を調整していた者が手を滑らせたらしく」
クリップボードや工具を抱えた男たちが集まってきて、恐縮した様子で頭を下げる。
「す……みません、で……済むと思ってんのか、テメェ……?」
げほげほと咳き込みながら、ディアッカは重低音で睨みを利かせた。
「ももっ、もちろん片付けは僕たちがやります! クリーニング代等も弁償しますんで! なにかありましたら、この内線ナンバーに連絡ください――あっ、これ整備課で配布してるモノなんですけどね」
作業員が、せかせかとポケットから取り出したステッカーは。
基地のあちこちに貼られありふれた、ビビッドイエローのシール地に連絡先がプリントされた代物だった。
「誰が金を寄こせなどと……!」
不機嫌そうに眉間のシワを深めたイザークは、そこで言葉を切り。
「ま、どのみちこの格好じゃ人前に出られないよねえ――今日中に出頭を、ってだけで時間指定されてたワケじゃないし? いったん帰って着替えてこようぜ、イザーク」
転倒したときに打ち付けたんだろう。大腿骨あたりを押さえ、顔をしかめて。さらにステッカーを握りつぶしながら立ち上がったディアッカは、
「ひーどいよねえ? おかげで、すっかり水も滴るイイ男よ?」
さっきまでの刺々しい空気はどこへやら、振り返りざまにシホを見つけると、いつもどおり飄々とした態度で肩をすくめた。
「……シホ?」
他方、イザークは少し驚いたように、濡れた軍服の裾を絞りつつ言う。
「悪いが、車を出してくれるか? このまま俺たちが運転席に座っては、シートに黴が生えかねんしな」
タオルでざっと水気を拭いただけでは、厚みある軍服はどうにもならない。
こんなとき、荷物スペースに耐水性ビニールシートが設えてある、ツーボックスカーは便利なもので。
停泊中の “ボルテール” に戻った彼らはシャワー室へ、水浸しの軍服を預かったシホは、クリーニングルームに向かい――
「もう出発されますか? 車は、表に停めたままにしてありますけれど」
「いや。ディアッカの奴が、まだ身支度を終えていない」
ついでに乾燥済みの洗濯物などを分類していたところへ、予備の白服に着替えたイザークが顔を出した。
「だが、わざわざ俺たちに付き合う必要は無いんだぞ? もう半日しか残っていないが……ショッピングモールにでも出掛けて来たらどうだ」
ドラッグストアや本屋、カフェなども併設された軍港では。
クルーのほとんどが朝から、シフトの空き時間を活用して交代で息抜きに、中には忙しなく里帰りに行った隊員もいたりするのだが。
「事務手続きを、途中で放り出してきてしまいましたから。そういう訳には」
「そ、そうだったのか? すまん」
生真面目に応じる相手の様子に、シホは苦笑して首を振り。ためらいつつ問題の “噂” を持ち出す。
「誤報であってくれれば良い――ですね。アスラン・ザラたちのことは」
「ああ。本部は、そのニュースで持ちきりだったが」
嘆息したイザークは、けれどもう怒りだすようなことは中った。
「おまえも聞いたんだな? 心配して、探しに来てくれたのか……すまんな、面倒ばかりかけている」
ただ疲れを濃くした表情で、どさりと壁にもたれる。
「……つい、頭に血が上ってな。あのままシュライバー委員長のところへ押しかけていれば、なにを口走ったか判らん……無関係の部下まで巻き添えにしてしまうところだった」
「隊長ご自身が “なにかおかしい” と判断して、異議を申し立てるなら。私はもちろん、皆も全力でサポートすると思いますよ」
クルーの身を案じているからこそ、だろうが。
無関係、などと他人行儀にされては嬉しくないなと、シホはわずかに拗ねた気分である。
「もちろん、司令部を相手に乱闘騒ぎは困りますけどね?」
「元から隊長職に向いていないんだろうな、俺は――今後いつ、どこで揉め事を起こすか。アスランのうかつさ加減や、カガリ・ユラの短慮をとやかく言えた義理じゃない」
対するイザークの語調は、やけに弱々しい。
「ディアッカとて感情を荒げることはあるんだ。それ以前に、いつまでも同じ場所にいるとは限らんものを……どうしてだろうな。あいつが俺の暴走を止めに出ない状況など、考えてもみなかった」
「向いている、いないの基準は解りませんが」
ジュール隊のメンバーが好いているのは、まず眩しいほどに真っ直ぐな彼の気性で。
「知人の死を報されて――ああそうか、の一言で済ませてしまえるようなヒトの指揮下で、戦いたいとは思いません」
誰か別の “立派な指揮官” が来たとしても、隊は今までのようには機能しないだろう。
「ディアッカだけでは心許ないなら、私がストッパーの役目を果たせるよう訓練しますから。もうしばらく我慢していてください」
「訓練?」
「お二人とも足、速すぎです! 短・長距離走ともに鍛え直さなくては、到底、追いつけません」
イザークと向き合い、きっぱり言い切ったシホだが。
「ディアッカだけでもやりにくくて苦労したのに……嫌ですよ? 隊長が一般兵に降格されて、上司と部下の立場が逆転してしまうだなん……て」
深くは考えず口にした冗談の、脳裏に浮かんだ光景が笑いのツボを直撃してしまい、思わず 「ぷっ」 と吹き出した。
「な、なんだ? どうした」
「だって隊長! 緑服、似合わなさすぎ」
右手で唇、もう片方の手で腹部を押さえて。懸命に笑いを堪えるが――ダメだ失礼だと思うほどおかしさが込み上げて、くの字に折り曲げた身体が苦しくてまた痙攣に似た震えが治まらない。
「なに?」
眉をしかめたイザークは、ややあって自ら 「……似合わんな」 と不承不承に認めた。
「そうですよ、すごく変です」
グリーン系カラーでも淡めの色合いならともかく、ザフトの緑は、彼が着ることを想像するとひどく野暮ったく不釣合いに感じる。
「隊長には、やっぱり白か……せめて赤服でないと」
「そうか? おまえのイメージこそ “赤” だがな。ホウセンカの花びらと同じで」
かつてイザークが、シホの戦闘技術を、弾け飛ぶ種子になぞらえ褒めたことがあった。
以来、愛機 “シグーディープアームズ” から他MSに乗り換えても、一貫してホウセンカをパーソナルマークに使っているのだが――花のイメージがどうこう、とはまるで念頭になかったため、うろたえた思考は一時停止。
「そういえば、髪留めの色も揃いか。赤が好きなのか?」
「え、ええ? 赤は嫌いじゃありませんけれど、好きな色は青で……」
とっさに口走った台詞から、ある人物のパーソナルカラーを連想してしまったシホの狼狽には気づかず、ジュール隊の長は「ふむ、青か」 と納得している。
「なんだ、おまえら。こんなトコにいたのかよ――そろそろ行こうぜ」
「!? はいっ!」
ひょっこり現れたディアッカの言葉に飛び上がった、シホは、素晴らしき駿足で以ってクリーニングルームから走り去っていった。
濡れ衣で “ロゴスのスパイ” に仕立て上げられてしまったアスランですが――こじつけっぽい公式発表に、ザフト一般兵は違和感中ったのかなぁと考えてみたら。疑われる余地が溢れて有り余ってた(滝汗)