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■ TACTICS 〔2〕


「どーしたの、あれ?」
「急かした本人がなにを言う……貴様こそ、なにをグズグズしていたんだ」
 やや的外れに受け応え、歩きだしたイザークに、
「実際にやっちまったことは、まあ自分で後々オトシマエつけてもらうとして? アスランが引っ被ってる濡れ衣だけでも晴らしてやるには、どーすりゃいっかなぁと――髪乾かしながら考えてたら、すっげえダルくなってきてさあ」
 栄養ドリンク剤を抱えていたディアッカは、うち1本を放り渡す。

 ちなみに例のステッカーは “ボルテール” に着いてすぐ、2枚ともをシュレッダーに放り込み処分していた。
 プリントされた文字とは別に、走り書きのメッセージがあったのだ。

【案ずるな、君たちの知人は生き延びた】

 狙ったようなタイミングは奇妙であるし、文面の信憑性も定かでないが。
 今のところ、スプリンクラーの “誤作動” に助けられた形ではある。

「ここで俺たちが騒いだって、あいつらは死にも生き返りもしねえんだし? 議長が地球に降りてる現状、シュライバー委員長の信任を得られるかどうかは、死活問題だからねえ――出頭したら、胸クソ悪い提案ばっかすることになるだろうけど」
 アスランにかけられたスパイ容疑を撤回させるには、遠回りでも最善の手段のはずだと前置きして、ディアッカはイザークに釘を刺した。
「俺が話し終えるまで。おまえ、口を挟むなよ?」


 ――夕刻、国防委員長の執務室。


「だいじょうぶかね? スプリンクラーの誤作動に巻き込まれたと聞いたが」
「お気遣いありがとうございます。部下ともども、服が濡れただけですので問題ありません」
 イザークの答えを、シュライバーはすまなさそうに受けた。
「ヘブンズベース戦に万全を期するため、本部のセキュリティシステムも再点検をと……整備課が連日、あちこちをメンテナンスして回っているんだがね。作業時間の長短に関わらず、ガイドポールは立ててもらった方が良さそうだな」
 “ヘブンズベース” とは、地球連合の軍事拠点。
 二年前、アラスカ基地が “サイクロプス” によって壊滅したのち、アイスランドに移された司令本部の名称である。
 ブルーコスモス盟主のジブリールを含む “ロゴス” 残党が、そこへ逃げ込んだと判った数日前から、ザフトは総攻撃の準備を進めているのだが。
「いえ。ちょうど頭を冷やせて、よかったと思っているくらいですよ」
 ディアッカが愛想よく肩をすくめると、
「頭を冷やす?」
「ここへ来る途中、アスラン・ザラに関する噂を聞き及び――さすがに困惑しましたもので」
 同席者二名は、ギョッと顔色を失った。
 しかしシュライバーは、触れにくい話題を先んじて切り出されたことに安堵もしたらしく、
「ああ。ジブラルタル基地の将校らが、報告書をまとめてね。ついさっき評議会の承認も下り、内外への公式発表を終えたばかりなんだ」
 デスク越しに憂い顔で溜息ひとつ、ディアッカとイザークを交互に見やる。
「君たちには、なんというか……かける言葉も無いが」
「アスラン・ザラは、士官学校からを共に過ごした戦友です。あの男がスパイだなどと、そんな馬鹿なことは――!」
「しかし司令部は撃墜命令に踏み切った、それほどの証拠が揃っていたんですね?」
 我慢ならず訴えだしたイザークに被せ、訊ねてみれば。
「ああ。議長が直々に “FAITH” の徽章まで託した青年が、プラントを、ザフトを裏切るとは……なにかの間違いじゃないか、と思ったんだがね」
 相手は疲れ切った様子で嘆息した。
「私も俄かには信じられません。ただ今は、発表の余波がもたらすザフトの混乱こそ、懸念されますね」
「ザフトの?」
「デュランダル議長は、ご自身の権限と信任に基づき、アスランの復隊を許可したと窺っております」
 そんな国防委員長に調子を合わせつつ、ディアッカは、話の流れを操作しようと試みる。
「結果的に、とはいえスパイを招き入れ、こんな騒ぎになってしまったこと。ヘブンズベース侵攻を間近に控えた難しい時期ですから――軍部の団結や議長への信頼に、悪影響を及ぼしかねないと」
「まさに、その問題で頭を抱えていたんだよ。ジブラルタルに結集した義勇軍にも経緯を説明をしたんだが……発表が迅速すぎて逆に怪しい、入隊時の身辺調査はきちんと行ったのか、などと難癖をつける輩も少なくなくてねえ」
 シュライバーは乗ってきて、つらつらと愚痴をこぼし始めた。
「そういった状況ならば、この度いただいた “ブレイズザクファントム” 拝領のお話は、謹んで辞退したく思います」
「いきなり、なにを言い出すんだ?」
 事前の牽制に従って。
 というか従うべく精一杯の忍耐力を駆使しているんだろう。
 いつになく口数の少ない相棒が発した、訝しげな問いかけを、ひとまず無視して続けるディアッカ。
「シュライバー国防委員長も、ご存知のことと思いますが――私は先の大戦時、アークエンジェルの捕虜となり。そのまま三隻同盟に与しました」
「ディアッカ!」
「政府の要人なら又聞きにでも知ってることだって」
 青褪めたイザークの怒鳴り声に、さっと視線を送りつつ念を込める。

 がんばれがんばれイザーク・ジュール。
 軍部における発言権の持ち主はおまえ、俺はそこに便乗してるだけだ。
 隊長クラスが同席してこそ交渉事も円滑に進められるワケだが、ここでブチ切れたらアスランの二の舞だぞ、おい?
 援護しろなんてムチャは言わないから、眉間に皺よせたまま隣に立っててくれ頼むから。

「核と “ジェネシス” の発射を防ぐため、とはいえ、混戦の最中に同胞が駆る機体をも撃ち墜としています。戦後すぐに復隊したか否かの違いがあるだけで、理由はどうあれザフトに離反――アスハ代表を知り、アークエンジェルクルーと顔なじみであるという点では」
 正面へ向き直ったディアッカは、悲しげに装いつつ問いかけた。
「アスラン・ザラと変わらないどころか。スパイとして、二年に渡り、ザフトに潜伏していたという容疑も成り立つでしょう?」
「いや。しかしそれは……」
 シュライバーは、もごもごと語尾を濁す。
「そんな人間に、このタイミングで新たなモビルスーツを与えては、元クルーゼ隊の顔ぶれを知る将校方や一般兵の不安を煽りかねません。実力を認められた証となる、パーソナルカラーの使用許可などなおさらです」
 以心伝心に成功したのかは定かでないが、とりあえず唇を引き結んだイザークはなにも言わない。
「さらに悪いことに、開戦直後――私は、プラントを訪れていたアスランの護衛監視者として、数日をともに行動しています」
「!」
 またも引き攣る、執務室の空気。
「そのとき彼に、間諜めいた言動など一切見受けられませんでしたが。同行したジュール隊長の目を盗み、機密情報を交換しあったのではと……疑われてしまえば、無実を証明する術はない」
 そろそろ頃合かと、おおげさに嘆いてみれば。
「正直、非常に迷惑しているんですよ。オーブへ亡命したあと、なにを見聞きしたのかは分かりませんが――よりにもよって “ブルーコスモス” の母体組織に加担して裏切るなどと。先の大戦で死んでいった仲間たちの墓前に、なんと報告すればいいのか」
「…………」
 とたん傍らで、ずおぉと異様な殺気が蠢いた。

 そろそろ爆弾の導火線がヤバイ。
 もーちょっとで終わらせるから、あと五分待て? 間違っても本心じゃねえから、炸裂するな!
 そもそもの始めからして、なんだって俺がこんな気苦労背負わなきゃなんねーんだ、アスランの大馬鹿野郎が!!
(なー、ニコル)
 最近になって、俺、おまえの偉大さが骨身に沁みて解ったよ――なにかにつけ甘ちゃん扱いして、ごめんなホントに。

「かつて裁判の場で庇ってくださった議長や、隊の仲間たちにまで、要らぬ迷惑をかける訳にはいきません」
 脳内で渦巻く焦りや雑念、恨み言の類はおくびにも出さず。
「議長を欺いた敵方の偽装工作が巧妙だったこと、もちろん私自身も潔白であると……明示できるほど詳細に、開戦前後から時系列を追って調べていただければ安心できるのですが」
 ディアッカは神妙な態度を保ち、シュライバーを窺う。
「公式発表が成された後となってはもう、そんな些末事に費やせる人員や時間は無いのでしょうね?」
「いや、待ちたまえ」
 なにやら考え込んでいた国防委員長は、
「議長やミネルバが、地球を離れられない今――ジュール隊は、本国防衛に欠かせぬ戦力だ。アスラン・ザラの裏切りは残念だが、その風評被害が君たちにまで及んでは、前線で戦うパイロット全体の士気にも影響しかねん」
 どうだろう、と急き込むように提案を持ちかけた。
「もちろん本来の哨戒任務を最優先に、物証の検証などは片手間でかまわない。オブザーバーとして一時的に、調査隊に籍を置かないかね?」
「……良いのですか? 我々が加わっても」
「ああ、私の権限で話を通そう」
 碧眼を瞠ったイザークへ向け、シュライバーは深く頷いた。
「戦友だった青年を告発させるなど、酷とは思うが。さぞかし婚約者の背信行為にショックを受けておいでだろう、ラクス様に、こんなことを依頼する訳にもいかん」
 いやあ。
 その歌姫は、アスランと婚約関係にあった少女とは別人のはずなんですがね? などと脳内でツッコミつつ、
「アスラン・ザラとは旧知だった人間の眼から見ても揺らがぬほど、筋の通った報告文であれば、疑心暗鬼に陥った人々の理解も得られよう……なにより、無用な疑惑も晴らせるはずだ。どうかね?」
「許可をいただけるのであれば、徹底的にやりたいと思います」
 狙った台詞を引き出せたことに、ディアッカは、ひとつ肩の荷が降りた気分である。
「脱走から撃墜に至る流れのほとんどは、保安用カメラに記録されていると思いますが。アスランが、ロゴスと関わるに至った経緯も判るに越したことはありません――裏づけが取れれば、軍部外より提供された情報も参考にしてよろしいですか?」
「分かった、この件は君たちに一任するとしよう」
 すっかり表情を和らげ、デスクに設えられたPCを弄りながら告げたシュライバーは、
「すでに一度、調査隊は解散しているからね。志願者を募り、専門のチームを作るか……メンバー確定後、こちらから連絡しよう。現時点で出揃っている物証のコピーも、夜までには “ボルテール” へ転送するから目を通しておいてくれ」
「はい、ありがとうございます!」
「私の方こそ。よろしく頼むよ――ああ、そうだ。エルスマン」

 敬礼して踵を返したディアッカたちを、ふと呼び止めた。

「“ブレイズザクファントム” の配備は、調査にある程度の目処がつくまで延期するが――いつでも引き渡せる状態にしておこうと思う。機体のパーソナルカラーに、希望はあるかね?」
「……黒が良いですね」
 振り向いたディアッカは、かつて南海の群島で失われた僚機を思い返しながら、答えた。
「ダークグレーと黒のツートンで、お願いします」





 “ボルテール” への帰路に着いた車内で。イザークは呆れ混じりに、ぼそっと呟いた。
「よくもまあ貴様は、ぺらぺらぺらぺら口と頭が回るな」
「お褒めに預かり光栄です、隊長殿」
 運転席のディアッカは、にやりと笑って応じた。


 ――さあ、まずは第一関門突破。
 これで人目を憚らず、証拠物件とやらを確かめられる。



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目指せ狡猾、です。お互い足りない部分をフォローしあえるだろう性格の違いが、ディアイザはコンビとしてしっくり来るんだろうなぁ。