■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ アスラン 〔1〕


 どうにか追っ手に捕まることなく、オーブ領海へたどり着いたアークエンジェルが。
 クレタ沖で合流後、一足先に帰国していた “タケミカズチ” クルーの指示に従い、アカツキ島の船渠へ入って間もなく。

【 我らザフト及び地球連合軍は “ヘブンズベース” に対し、以下を要求する。
 一、先に公表した “ロゴス” 構成メンバーの即時引き渡し  二、全軍の武装解除、基地施設の破棄―― 】

 ジブラルタルより “ヘブンズベース” へ向け、通告が成された。
 要求への回答期限まで、あと五時間。

×××××


 折りたたみ式テーブルセットを除けたスペースに、急遽設えられた寝台から。苦しげな声と衣擦れが聞こえ。
「……う、うぅん、っ?」
「あ、目が覚めた?」
 起き抜けにナイトウェアのまま、TVニュースと睨みあっていたミリアリアは――ベッドサイドへ歩み寄ると、そこに横たわる少女の頭上で片手をひらつかせてみた。
「見える? 聞こえてる? メイリン・ホークさん、よね?」
「はい。あの……どちら様ですか?」
 ぼんやり首をめぐらす仕草に併せ、くしゃりと乱れる赤毛の色合いは、記憶に鮮やかな友人のそれより淡く。
「ミリアリア・ハウ。アークエンジェルの乗員よ、初めまして」
「アークエンジェル!?」
 すっとんきょうな叫びとともに瞠られた、瞳はキレイな菫色をしていた。そうして、はあっと吐息をもらす。
「きっと沈んでないから探すって、言ってたけど。ホントに見つけちゃったんだぁ」
「? 見つけたっていうか。あなたたちが、ここへ担ぎ込まれて来たんだけど」
 飛行艇より降り立った、レニドル・キサカの地球軍服姿。
 さらにバタバタと運び出されたストレッチャーのうち一台に寝かされた、青年の姿を見とめたときは仰天したものだった。
「気絶する前のこと、思い出せる?」
「ええっと、夜中、宿舎が急に騒がしくなって――どうしたのかなって思ってたら」
 はっきりしない思考を辿るように、視線を彷徨わせていた少女が、
「あ! アスランさんは!?」
 飛び起きようとした反動の激痛に倒れ込み。ミリアリアは、あわてて背中を支え寝かしつけた。
「医務室にいるわ。重傷だけど、命の心配はいらないって」
「良かったぁ……」
 強ばっていた身体が、へなへなとシーツに崩れ落ちる。
「ただ、まだしばらく意識は戻りそうになくて。ジブラルタル基地でなにが起きたのか、訊きたくても聞けないのよ――知ってることがあったら、教えてもらえないかな?」
 数秒ためらっていたメイリンは、やがて途切れがちに話しだした。

 入港先で宛がわれた部屋に、いきなりアスランが飛び込んできたこと。
 続けざまに殺気だった保安要員が、開けろ開けろと、殴るようにドアを叩いたこと。
“外に出たいだけなんだ、静かにしてくれ”
“俺が出たら声を上げろ。銃で脅されていたと言え”
 ごめんと謝った、そんなふうに頼んだアスランの方が、よほど物静かな態度だったと。

「とっさに誰もいませんって、ごまかして――ちょうど通りかかったお姉ちゃんが、保安部員を追い払ってくれたりもしたから。なんとか」
 なにか思い出したように赤くなり、さらに青褪め。
「だけど外は警報がわんわん鳴って、いくらアスランさんが強くても振り切れそうになかったから。基地のホストコンピュータに侵入して……囮の警報を出した隙に、車で、格納庫へ」
「それであなたも一緒に、モビルスーツに乗って逃げてきたの?」
「アスランさんが脱出するのを見届けたら、戻るつもりでいたんです。でも」
 ふと睫を伏せた、メイリンの声が震えだす。
「レイが怖いくらい怒ってて。私のこと、敵だ、もう裏切り者と同罪だって――銃で撃たれそうになって、転がり込んだ “グフ” は――海で、シンに」
 みるみる目じりに涙が滲んで、ライトブルーの医療用ガウンから覗く腕や肩も、ひくっと縮こまった。
「……ごめんなさい、私……なんにも考えてなくって、勢いで……アスランさんの理由とか、全然わかんない」
「ううん、お陰でだいたい分かったわ。だけど――あと、ひとつだけ答えて。偽の警報を出すため、基地のホストに侵入したのよね?  “ラグナロク” っていうデータベースにも干渉かけた?」
 すると彼女は、ほけっと涙目を瞬いた。
「なんですか、らぐなろくって」
「ヘブンズベース攻撃作戦のコードネームらしいわ。ザフトの公式発表ではメイリン・ホークが、その機密データを盗んだことになってる」
 つい昨晩 “ターミナル” 経由で報されたばかりの事柄だった。
「アスランは “ロゴス” が放ったスパイで。あなたは、彼の情報収集活動に加担していた――戦局を左右する新型機や作戦の漏洩を阻止するため、“デスティニー” と “レジェンド” 二機がかりで撃墜したという内容よ」
「ええええーっ!?」
 メイリンは今度こそ跳ね起きて。
「っうわ?」
 チューブごと引き摺られ点滴スタンドがひっくり返りかけた、すんでのところで掴み留めるミリアリア。

 軍医は、ずたぼろに傷ついたアスランの治療にかかりきり。
 まだ回復途中だった、キラが 『歩いたり座ったりだけならもう、どうってことないから』と、彼にベッドを譲ったが。
 解放されたラボの子供たちを気にしているロアノークに関しては、好きにTVを観ていられると同時に、なるべく失った記憶を刺激する可能性のある――ヒトの出入りが多く、なおかつ監視の目を光らせておける場所から移したくない。
 ……となれば必然的に、医務室は定員オーバー。

 メイリン・ホークについては、さほど酷い怪我ではなかったこと。
 アークエンジェルを敵と認定していた “ミネルバ” のクルー、しかも女の子が、目覚めたとき屈強なオーブ兵に囲まれていては警戒・萎縮してしまうだろうこと。
 万が一にも彼女が、巧妙に “被害者” を装ったザフトの諜報員だった場合、オペレーターの眼になら不審な行動もすぐ判るだろうからと――ひとまず応急医療も齧っているミリアリアが、看視を任されたのだが。

「ご、誤解です! それは休憩時間とか、ちょっと暇なときに備品のPCで、カッコイイって噂なパイロットのこと調べたり、仕事と関係ないダイエット食品のランキングサイト眺めたりはしてましたけど!」
 ……してたんだ。
 てゆーかコーディネイターでも、ダイエットとかするんだ。
「攻撃作戦のデータベースなんて、絶対にアクセスしてません。誓えます! ラグナロクって単語もいま初めて聞きました!!」
 唇をわななかせた、メイリンは血相を変えて言い募り。
「分かった、ごめん分かったから! ちょっと落ち着いて。アスランに比べれば軽傷だけど、あなたも打撲だらけなのよ?」
 指摘されたとたん痛みの方へ意識が回ったらしく、悲鳴を噛み殺しうずくまった彼女を、再びベッドへ押し戻しながら。
「たぶん冤罪だろうって前提でね、探りを入れてるジャーナリストがいるの」
「え?」
「経過報告が、迅速を通りこしておおざっぱ過ぎるから、内外で不満の声が上がったらしくて。ザフトも、この件は再調査するんですって」
 ミリアリアは、掻い摘んだ説明をする。
「だけど、やっぱり本人の証言があったほうがスムーズにいくから。あなたが目を覚ましたら、すぐ確認を取るように指示されてたの――疲れてるのに、あれこれ訊いてごめんね」
「どうしてそんなに、いろいろ詳しいんですか? ザフト内部のことなんか」
「これでも一応、ジャーナリストの端くれだから。いまは本業と、艦のオペレーターを掛け持ちしてる状態」

 向けられてしまった疑惑の眼差しへ、苦笑まじりに応じると。
 半信半疑といった様子で 「……はあ」 と小首をかしげた、少女は突然、食い入るようにミリアリアを仰いだ。

「あの! それじゃあ “ミネルバ” が――所属パイロットの、ルナマリア・ホークがどうしてるか分かりますか!? 妹の私が、そんなスパイ容疑をかけられてるなら、ずっと一緒だった姉は――両親は? グラディス艦長たちも、監督責任とか」
「シン・アスカって子が “デスティニー” を受領したから。あなたのお姉さんは “インパルス” を譲り渡されて…… “ミネルバ” は予定どおり、ヘブンズベース侵攻の旗艦になるみたいよ」
 答えには窮さず済んだが。
 ヘブンズベース戦に出撃するだろう彼女の姉が、危険なことに変わりはなく。
「もちろん保安部から、あれこれ詰問されただろうけど。共犯の疑いとかは晴れてるんじゃないかな? お父さんやお母さんのことまでは、さすがにちょっと……プラントの同業者に頼めば、分かるとは思うけど」
「いえ、すみません。お姉ちゃんが通常の軍務に就いてるなら――」
 だけど、スパイ容疑なんて聞かされたら。
 うわ言のように呟いた、メイリンは後頭部をぐったり枕へ預け。やがてポツリと自問した。

「…………なんで、私……脱走、手伝ったんだろ?」

 道連れになったことを後悔しているのかと思いきや、ただ、心底不思議がっているように。
「アスランのこと信用してたから、じゃないの?」
「同じ艦にはいましたけど、ほとんど話したことなかったし――誰といても寂しそうな眼をするヒトだなぁってイメージがあるだけで。どうして追われて逃げてたのかも、よく解ってなかったのに」
 夢から覚めた子供みたいな頼りなさで、ぼーっと頭を振った。
「……今からもう一回、おんなじことやれって言われたら。絶対出来ない」
「誰かを助けたいと思う気持ちに理由なんて、いらないんじゃないかな? 保安部のジャマしたことは、軍人としては失格かもしれないけど――通りすがりの相手だって、泣いたり困ってるの見かけたら気になるもの。人間には自然な感情でしょう?」
 くしゃくしゃになったシーツを直しつつ、微苦笑を浮かべるミリアリア。
「それが仲間だったら、なおさらフツーに庇おうとするわよ。世の中、もっと場当たり的な行動しちゃう人間もいるしね」
「もっと場当たりって?」
 メイリンは興味津々、些細なところを聞き咎めた。
「…………」
 しまった、やぶへび。
「散々ひどい目に遭わせた相手を助けに戻って、怪我したり罵倒されたり死にかけたりする馬鹿――とか?」
「はぁ……上には上がいるものですね? ワケわかんない」
 脳裏を過ぎった諸々を胸のうちに引っ込めた、ミリアリアは、適当に 「そうね」 とはぐらかす。
「とにかく確証も無しに、あなたたちを “ロゴスの手先” と決めつけた誰かがいたんだもの。もし捕まって連行されていたら――無事で済んだとは思えない」
 どんな尋問と処分を受けることになったかは、あまり考えたくないが。
「アスランを、助けてくれてありがとう」
 あらためて礼を言われた、少女は 「えへへ」 と照れたように笑った。



NEXT TOP

TV本編のカガリ曰く、ミリアリアが少し話を聞いたらしいので、こんな感じに。脱走劇時のメイ→アスは、恋愛感情未満の憧れ暴走エネルギーが爆発した結果と思ってる管理人です。