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■ BLACK OR WHITE 〔1〕


『なにかあったとき、あれを討てる人間がザフトにいなきゃ困るでしょう? まるっきりワケ分かんない奴なんだから』
 コンピュータに向かい、一心不乱に “フリーダム” との戦闘シミュレーションを繰り返していた奴と、
『だが、キラは敵じゃない!!』
『はァ!?』
『なぜですか? ダーダネルスでは本艦を撃ち、ハイネもあれの所為で撃たれたのです。あなただって、あれに墜とされたのでしょう』
 共にいたプラチナブロンドの少年が、ぐっと反論に詰まるアスランを睨めつけ。
『判断は上のすることですが、あれは敵ではないとは言い切れません。ならば私たちはやはり、それに備えておくべきだと思います……よろしければアスランにも、そのご経験からアドバイスをいただければと思いますが?』
『いいよ、レイ。負けの経験なんか、参考にならない』
『なにッ……!?』
 舐めくさった調子で吐き捨てられたアスランは激昂、レイと呼ばれた少年が仲裁して、彼らの会話は打ち切られた。

 場面は切り替わり、ミネルバ艦長室。

『議長が仰ったのはロゴスを討つということです、なのに――なぜ “アークエンジェル” を討つことになるんですか!? この命令は絶対におかしい! もう一度、司令部に』
『そんなことはもうやったわ! でも、返答は同じよ』
 アスランは、タリア・グラディスと口論していた。
『その目的も示さぬまま戦局を混乱させ、戦火を拡大させる “アークエンジェル” と “フリーダム” ……今後の情勢を鑑み、放置できぬこの脅威を取り除く! これは本国の決定なの』
『しかし……!』
『もうどうにも出来ないわ、すでに作戦は始まっているのよ?』
 見たくないなら部屋にでもいなさいと、部下を叱りつけて艦長は去った。

 ほどなく、愕然と引き攣ったアスランのドアップ。
『キィラァアアァアアアア――ッ!!』
 スピーカーが爆発しそうな大音量で、よく知る声が響き渡った。
『!?』
 画面内・ソファに座っていた、さっきのプラチナブロンドが眉をひそめ。赤毛の少女もギョッと振り返る。

(……おいおい、丸聞こえじゃねえかよ。アスランさんよぉ)

 リモコン、早送り。
 今度は格納庫のようだ。メカニックやら赤服が大勢集まって、着艦した “インパルス” のパイロットを褒め称える中――ひとり人垣の外、呆けた表情で立ち尽くしていたアスランへ、
『仇はとりましたよ、あなたのもね』
 黒髪の少年が蔑んだ眼つきで言った、とたん。ぷっつんキレたアスランは相手の襟首を掴み上げ、
『キラは、おまえを殺そうとはしていなかった! いつだって、あいつはそんなこと……それをおまえは、なにが仇だ!』
『なに訳の分かんないこと言ってんです、やめてくださいよ!』
 嬉しいか、得意か、悪いか、どうしろってんだと怒鳴りあった挙句、居合わせたクルーの面前でそいつを殴り飛ばした。
『シン!』
『このぉおおッ!!』
 転倒しかけるも踏みとどまった少年は、怒り狂って拳を振り上げるが――あわてふためき止めに入った同僚たちが、二人を引き剥がし押さえつける。
『やめてください、アスラン』
 頬を赤く腫らしたまま、放せこの野郎ともがくシン・アスカを制して、
『シンの態度に問題があったことは認めますが……いかに上官といえど、いまの叱責は理不尽と私も思います』
 アイスブルーの眼を眇め、再びレイが淡々と立ち塞がる。
『アークエンジェルと “フリーダム” を討てというのは、本国からの命令です。シンは、それを見事に果たした――賞賛されても、叱責されることではありません』
『うるさい! あいつに、討たれなきゃならない訳などないッ』
『ハァ?』
『キラも “アークエンジェル” も、敵じゃないんだ……!!』
 アスランが意固地に叫べば叫ぶほど、モニター越しでさえあきらかに、周りの視線は冷たく凝っていった。
『なに言ってんですか、あれは――』
『なにが敵であるか、そうでないかなど陣営によって違います。ヒトによっても違う、相対的なものです。ご存知でしょう?』
 そこに “絶対” は無いと、レイは断じた。
『我々はザフトであり、議長と最高評議会に従うものなのですから、それが定めた敵は、敵です』
『おまえ……』
『あなたが言っていることは、個人的な感傷だ――正直、困ります』
 そうしてアスランは独り、取り残される。

 次はどこか、キャットウォークの上。

『あの艦は確かに、不用意に戦局を混乱させたかもしれません。でも、その意志は私たちと同じでした! 戦争を終わらせたい、こんなことはもう嫌だと――ベルリンで “デストロイ” に立ち向かって行ったのだって、彼らの方が先だ!』
 アスランは、最高評議会議長に噛みついていた。
『なのに、なぜ話し合う機会すらないまま、あんな命令を!?』
『では、私も訊くが……ならば、なぜ彼らは私たちのところへ来なかった?』
 突っかかられたデュランダルは、冷静そのものの調子で応じる。
『想いが同じというのなら、彼らがこちらへ来てくれても良かったはずだ。私の声は届いていただろう? なのに、なぜ彼らは来ようともせず戦ったのだ』
 同席していたシン・アスカが、まったくだと言いたげに反感剥き出しの眼を向け。
『機会が無かったわけでもあるまい? グラディス艦長も、戦闘前には投降を呼びかけたと聞いている』
『それは……!』
 アスランに睨まれた “歌姫” が、怯えた仕草で後退る。そんな少女を庇うように、デュランダルはなおも言う。
『ラクスだって、こうして共に戦おうとしてくれているのに?』
 あとは議長の理想論が語られるに併せ、キラを褒めると思わせ酷評して、映像は途切れた。

×××××


 ところ変わりて軍港に停泊中の “ボルテール” 艦内、隊長執務室。

 ひとまず保安部がアスラン・ザラ連行に踏み切る理由となった、記録の数々を観終えたディアッカは、
「たび重なる敵擁護、フリーダム撃破命令に叛意、とどめに艦内暴行っと――どう好意的に見てもアークエンジェル一派に肩入れして、“インパルス” が負けりゃよかったと考えてるようにしか思えねーよなぁ。こりゃあ」
 ながら作業で昼食を摂りつつ、総括を述べた。
 向かいの席でコーヒーカップ片手にぷるぷる痙攣していたイザークが、椅子を蹴たて立ち上がり、ばんっと両手をテーブルに叩きつける。
「少しはフォローしろッ!」
「無理」
 即答すると同時に食べ終え、空になったランチプレートを運ぶついでにと手を伸ばせば、隊長殿専用ステンレス製カップは持ち手のところが変形していた。
「俺、ムダなことはしない主義なの」
 落としても割れる心配がない優れモノだが、いちいち交換申請していたらキリがない。しばらくコレを使っていただくとしよう。
 簡易キッチンまで歩いていったディアッカは、匙ごと食器類をシンクバスケットへ放り投げた。

 そこへ、こんこんとノックの音がして、昨日から “ボルテール” に出入りしている再調査班メンバーが顔を出す。
「失礼します。追加の資料をお持ちしました」
 やってきたのは広報に国防、通信、人事、システムといった……まあ、要はアスラン脱走のゴタゴタで苦情処理を強いられた部局の中間管理職、黒服のおっさん連中と。
 調査課から、解析や保守・メンテ担当の技術者が二人に、ほとんど雑用係として扱われている新米のチビが一人――寄せ集め10人ばかりであるが、ヘブンズベース戦を目前にした状況下で、よく再調査に加わったものだと思う。
 アスランを知らぬ者や、元々復隊を快く思っていなかった連中が、奴を 『 “FAITH” たる資格なし』 と看做すには先の映像だけで足りる。
 しかも本来の職務に穴を開けるわけにはいかず、検証作業は、昼休みやオフの時間を費やしてのタダ働きと相成った……ザフト一般兵にしてみれば、このクソ忙しい時期、裏切り討たれてくたばったスパイの事になんぞかまってられるかボケという話だろう。
 加えてシュライバーは善人だが、肩書き以上の影響力は持ち合わせていないようだ。
 ただ評議会の決定を実行するため、的確に軍を動かす責任者――かつて軍部ごと政権を掌握したザラ議長と同じ轍を避けるため、戦後のプラント政府が、国防委員長の権限を縮小したのだから当然といえば言えるが。
 おそらくアスラン撃墜には、多かれ少なかれ評議会の意向が絡んでいる。

 そうして、ここへ集ったのは。
 アスラン個人に対する印象の良し悪しは別として、公式発表の裏付け調査を不充分と感じた人間だけだろう。
 自主的に動いてくれるだろう少数精鋭、ディアッカには理想の環境だった。


「――いかがでしたか? 保安カメラの記録は」
「カンペキ黒、どこへでも問題行動の物証として提出できるよねー」
「はぁ……」
 広報の黒服がホッと肩の力を抜きつつ、こいつら戦友じゃなかったのかよ薄情だなぁと咎めたげな生返事をする。
「ただ、ひとつ引っ掛かったんだけど――ベルリンで “デストロイ” に立ち向かって行ったのだって、彼らの方が先だ? アスランが議長相手に叫んでる、あれはマジ? ニュース映像にそれらしい機影は無かったぜ」
「はい。実は……アークエンジェル、フリーダムに加え “ストライクルージュ” とムラサメ隊まで、現場におりまして」
 こちらの疑問にも、まるで動じず落ち着き払って答え。
「 “デストロイ” を相手に戦ったという意味では、共闘のような形になりましたが――大衆に、テロリストの艦と “ミネルバ” が繋がっているなどと誤解されてはたまりません。なにより、いくらオーブ政府がアレを自国には無関係と発表したところで、連合の進軍を再三妨げては大西洋連邦が黙っていないでしょう」
 どうか内密に願いますと、頭を下げる。
「再び、要請という名の脅しを受けたオーブ軍に仕掛けて来られてはたまりませんから。記録に映り込んだ余計なモノは、こちらで削除いたしました」
「なるほどねぇ」
「…………」
 これまた司令官クラスにも関わらず報されていなかったらしい、イザークはすっかり御冠のようだ。

「それからメイリン・ホークが侵入した、ジブラルタル基地のホストログがこれでして」
 入れ替わりに通信の黒服が進み出て、細かな文字で埋め尽くされた用紙をテーブルに広げ、指し示す。
「詳しく調査したところ、他にもカーペンタリア、マハムール、ディオキアやベルリンにあるPC端末から、ロゴス関係者と思しき企業や個人を相手に通信していた、履歴が続々と見つかっています」
「なんだとォ!?」
 唖然とするイザーク、頭を抱えるディアッカ。
「それがアスラン・ザラ――まあ、出航後の “ミネルバ” ですね。各基地へ彼らが寄港したタイミングと、あまりにも被りすぎている。オペレーターの少女が彼に与して、スパイ行為が露見せぬようハッキングを続けていたが――ジブラルタルで偽の警報を鳴らした際は、保安部に追われ焦るあまり、痕跡を消し忘れたものと考えられます」
 さらにシステムの黒服が、説明を継いだ。
「アーモリーワンにあった新型三機の存在、ミネルバの予定航路なども、すべて連合側に漏れていたのではと……何重にも偽装が施されたうえ、不特定多数が出入りする部屋のコンピュータを用いられては、犯人の特定はまず不可能ですが」
 ちなみに、こいつは今朝方、
『メイリン・ホークの “ラグナロク” データ侵入に関しては、証拠不十分のため、慎重に調べた方が良いと思われます』
 真顔で、そう意見してきたのだが。
 雰囲気や物言いからして、おそらくスプリンクラーを誤作動させた連中の仲間だとディアッカは見ている。
 アスラン共々 【生き延びた】 オペレーターの少女が、己の潔白を訴えたんだろう――が、詳細を問い質すなんぞ野暮というものだ。自分は、メンバーの見解を参考に検証を行うのみ。
 ただ、彼につられた他の班員までが敬語で話しかけてくるようになってしまい。
 イザークはともかく自分は一般兵、上下関係があるようなチームでもないだろうにと、少々困惑しているところではあった。

「ああ、そのへんは放っとこうぜ。偽装された可能性のあるデータを、逐一洗い直すヒマはないだろ?」
「ですが……」
「だからさ」
 ディアッカは苦笑して、ひとつ提案する。
「ヘブンズベース戦には、プラント本国から増援・降下揚陸部隊が加わる。ジュール隊は、そのポッドを護衛して宙域軌道上まで艦を出すことになってる――ついでに誰か、地球へ降りねえ?」
「はい?」
「ザフト基地に残ってるデータは、改竄やカモフラージュされてりゃ百人がかりでも調べ足りねえけど。もっと楽な調査ルートが他に残ってるだろう」
 室内に揃った九名がこちらを凝視しながら、そろって首をひねり。
「……!! そうか、ロゴス幹部の屋敷か」
 いち早く悟ったイザークの問いに、ディアッカは破顔した。
「オペレーターのメイリンって娘はともかく。アスランが、ブルコス絡みの組織と繋がってたなら、必ずどっかに名前が残ってるはずだ――なんせナチュラルにとっちゃ “敵” の象徴だったろう、ザラ議長のご子息様だからねえ。あいつ」
 一時、連合兵となり “ストライク” を駆ったキラ以上に、利用価値あるコーディネイターだろう。
「歓迎されると同時に、警戒もされたはずだ。それこそスパイなんじゃないかってな」
 ザフト側のコンピュータで通信をかける潜伏者と違って、受け手のロゴスには、なんら履歴を偽装する必要が無いどころか。アスランの弱みを握っておく必要があるのだから。
 接触した経緯や通信内容は、そのまま残されているはず。
「ですが敵側のデータベースなど――」
 困惑しきった語調でなにか言いかけた、シュライバーの部下にあたる黒服が、思い出したように「あっ」 とマヌケな声を上げた。
「……ジブリールを含め数名を取り逃がしたといっても、連中の屋敷はすべて現地民の手により解放・占拠されたのでしたね」
「ああっ!」
 盲点だったと、ざわめく調査班。
「そういえばロゴスの残党検挙や、ラボに捕らえられた子供を救出するためにと、コンピュータ類はしっかり保存されているようなことを、ニュースで」
「そーゆーこと。フェイクかどうかはともかく、その発見された通信先から調べていって――アスラン・ザラの名前が出てくれば、公式発表は揺らがない。逆に無ければ、証拠不十分ってことになるな」
 誰か、アスランを陥れた人間がいたとして、そこまで裏工作を済ませていたなら付け入る隙は無いが。
 昨日の今日だ。現場には報道陣や一般人の眼もある、さすがに偽装の手は回っていないだろう……と思いたい。
「どうする? 気乗りしないんなら、俺が行くけど」
「僕が行きます、行かせてください!!」
 そこへ身を乗り出して主張したのは、調査課所属のチビだった。
「提案しといてなんだけど、降下中にエンジントラブルでも起きようもんなら、死ぬよ?」
「このまま、なにも判らないよりマシです!」
 小柄かつ童顔、なんとなく薄茶のチワワっぽい少年は、語気を荒げ食い下がる。
「――シェリフ一人では心許ない。私も同行しましょう」
「結論も曖昧なまま本国に留まって、部下と上司の板挟みにされているよりストレス軽くて済みそうですしね」
「それではシュライバー委員長に、具申してきます」




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アスラン・ザラ、キラキラ病発動メモリアル……迷言の数々を思い返していたら悲しくなりました。あんなあからさまにフリーダム&AAに肩入れしてりゃ、議長の陰謀がなくたって普通にしょっぴかれますがな。あーうー。