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■ ノブレス・オブリージュ 〔2〕


 その日、夕暮れ時。
 誰もがホッと一息ついていた時間帯に。


「……カガリさん!?」
「行政府は、空けて来て良かったのか?」
 ひょっこり訪れた人物を、ブリッジクルーは目を丸くして出迎えた。
「今だけな。どうにか会議に一区切りついて、まとまった時間が取れたから――緊急連絡用のケータイは手放せないけど」
 服やテキスト類でぎゅうぎゅうになった紙袋を、持ち上げてみせながら。
「置きっ放しにしてた荷物、取りに来た」
「わざわざ、それだけの為に?」
 訝しげなノイマンの問いに、少女は 「まさか」 と笑って首を振る。
「声明発表後は、またしばらく身動き取れなくなるだろうから。世話になった、みんなに挨拶しときたかったのもあるし……」
 キラたちには、まだ打ち合わせで会うこともあるだろうけれど。
 出頭対象に含まれていないクルーとは、次にいつ話せるか分からないからと。
「それに、やっぱりヘリの上からじゃ見えにくいからな。国立病院へ寄る道すがら被害状況を視察して、慰霊碑まで足を伸ばそうと思ってる」
「今から? 晩メシまだなら食ってけば?」
「いや。外に車、待たせてるから――そんなにゆっくりも出来ないんだ。夕飯は車内で、栄養補助食とドリンクかな?」
 チャンドラの勧めを、すまなさそうに断ってから。
「行き着く先も見えなかった戦いに、力を貸してくれて……今まで本当に、ありがとう」
 居住まいを正した、カガリはぺこりと頭を下げた。
「私は、艦を降りるけど。オーブの代表首長として、一刻も早く平和を取り戻せるよう務めるから――どうかこれからも、よろしく頼む」

 クルーが笑って頷く中、マリューが代表して 「ええ、もちろん」 と答え。
 あらたまった雰囲気は、すぐに砕けて。

「声明発表の日取り、決まった?」
「なにか新たな、決定事項はありますの?」
「いくら忙しくても睡眠時間だけは、ちゃんと取れよ? 人間、食べなくても水だけで一ヶ月は持つらしいが、寝なきゃ三日で幻覚が見えてくるって言うからな……」
 あれこれ訊ねたり、ハードスケジュールをこなす彼女を激励している、キラやラクスたちに混ざって。
 マードックたち整備班にはもう会ったかと、訊ねようとしたミリアリアが口を開く前に、
「あ、そうだ――ミリアリア。先生のトコと、繋いでもらえるか?」
「シルビアさん?」
 話しかけてきたカガリは、うんと肯いた。
「練習しても独学じゃ、ああはいかなかっただろうから。ちゃんとお礼、言っときたいし」
 応じて通信機を操作するが、手順も “ターミナル” のパスワードも慣れたモノであるのに接続できない。
「……あれ? おっかしいなぁ……」
「混線か?」
「ううん、エラーメッセージが出るの。故障かな」
 何度か同じ作業を繰り返すが、やはりうんともすんとも反応せずダメだった。
「故障? 調べてみようか?」
 キラの申し出に甘え、ミリアリアはオペレーター席を立つ。
「うん、お願い。もし故障だったら、待機中に修理しといてもらわなきゃ仕事になんないもの」
 思えば工科カレッジに通っていた頃から、手に負えないコンピュータートラブルが起きた場合、教授を呼ぶよりキラに頼んだ方が速かったものである。
「だけど、ターミナルの回線に問題があるのかもしれないし――カガリも、あんまりゆっくりしてられないのよね? 私のPCで試してみよっか」
「そうだな、頼む」

 そうして私室へ移動して。
 接続操作を3度繰り返したところで、画面に短いメッセージが表示された。

『個人授業は、もう終了です。復習は自分でやること』

 どうやら特定回数まで接続を試みると、伝言が出てくるように設定されていたらしい。
「……だからって、お礼も言わせてもらえないのか?」
「でもまあ一応、レッスンが終わるごとに言ってたんでしょ?」
 そうだけど、と素っ気ない文面を眺めつつ、
「最後の最後まで容赦ないな、先生は――連絡してくる暇があったら練習しろ、ってことか?」
 嘆息したカガリにつられて、ミリアリアも苦笑いをこぼす。
「たぶん声明はTVでチェックされるだろうし。下手な演説したら、一般の問い合わせに混じってお叱りメールが来るかもね……きっついのが」
「有り得る!」
 肩をすくめて顔を見合わせ、ひとしきり笑って。
「そういえば、マードックさんたちには会ったの?」
「ああ。格納庫なら、ブリッジへ上がる前に寄ってきた――しっかりやれよって、背中バシバシ叩かれたよ」
 さすがに痛かったと、おおげさに背中をさするカガリの台詞に、また笑みを誘われ。
「じゃ、もう行くよ。ありがとな」
「そうね……って」
 故障じゃなかったことは伝えなきゃだけど、ダーダネルスを発ってから通信機もずいぶん酷使してたし、磨耗してる部品があるかもしれない。メンテナンスしてもらうには良いタイミングかな――などと考えていたミリアリアは、
「ちょ、ちょっと待って? アスランに会って行かないの?」
 エレベーターの手前に立ったカガリが1Fボタンを押したところで、ふと気づいて慌てた。
(クルーの誰より先に会ってきた、とか……?)
 いや、それも難しいような気がする。
 30分ほど前。ミリアリアがメイリンと連れだって、医務室で一人過ごす重傷患者のアスランへ、少し早い夕食を届けにいったときには――問診中の医師がいたし。そのあとは食事の介助も兼ねて、メイリンが今も付き添っているはずだ。
 それはそれで同席者がいる中で見舞ったと考えることも、出来なくはないけれど。

「……会わないよ」

 当惑するミリアリアを見つめ返して、カガリは静かに微笑んだ。

「……会わないって」

 もしかしたら報されてないんだろうかと、ミリアリアは、戸惑いつつ念を押した。
「彼、また怪我してるのよ? オーブ戦に、無理を押して出撃して――」
「知ってる、キラたちに聞いた。国防本部からも “デスティニー” と戦ってるとこは見えたし」
「だったら、なんで」
「負傷した兵士はアスランだけじゃない。軍のMSパイロットも、戦火に巻き込まれた一般人だって大勢いる」
 問い詰められた少女は、苦笑まじりに答える。
「政務に追われて、彼らの見舞いにさえ後回しになってるのに。いくらオーブの為に戦ってくれたからって…… “ザフト兵の脱走兵” を優先するわけにいかないだろ」
「脱走兵って――ちょっと、カガリ?」
 経緯はどうあれ復隊していたアスランが、世間的にはそういう扱いになるとしても。彼女にとっては想い人だろうに。
 多忙な身でも短時間とはいえアークエンジェルに立ち寄れたなら、5分や10分、医務室へ顔を出していくのと行かないのに、どれほど違いがある?
 そこまで考えたところで、ふと気づく。

 ずっとカガリの左手にあった、赤い彩――薬指を飾る指輪が無くなっていた。

「それが “私の好きなヤツ” なら、なおさら会いに行けないさ」
 こちらの視線に気づいたか、わずかにうつむき、軍服の袖から覗く手のひらを見つめて言う。
「……ユウナが死んだ」
 けれどミリアリアは、告げられた意味をとっさに理解できなかった。
「私が、国家反逆罪で拘束させたあと。連行されてく途中の路上で――ザフト機の残骸に押し潰されたって」
「え、えええっ!?」
「都合悪いこと、ぜんぶセイラン親子になすりつける為に、事故に偽装して殺したんじゃないかって……そんな目で見られたよ。傍にいた兵士は無傷でユウナだけが、なんて……疑われない方がおかしいんだけどな」
 数秒遅れてようやく脳に浸透するが、マスメディアを介して知るだけだった宰相の息子が、生々しい “死” のイメージに結びつかない。
「だけど派閥抜きに庇ってくれる官僚もいたし。今はセイラン家代表として首長服に袖を通してる、ユウナの従兄弟だって――ひどいショックだったろうに、私を責めたりはしないでくれた」
 だから行政府は、内部崩壊を起こさずに済んだ。
「私は再び、オーブ代表として立っているけど、本当の意味で認められたわけじゃない。状況が切迫してたから、渋々でも受け入れざるを得なかったってとこだろ……特に、セイランを支持してきた人たちには」
 勝手に国を離れ政局を混乱させてきた責任を取り、不信の目を信頼に変えていくには、これから行動で示す他にないんだと。
「誓いを交わさなかった婚姻は、成立してない。私は、婚約者を事故で亡くしたアスハの娘だ――こんな情勢でなきゃ、葬儀で、喪に服してるとこなのに」
 カガリは、頑とした調子で問い返してきた。
「プライベートでアスランに会って話す、なんて道理が通らないだろ?」
「だけど艦内なら、べつに政府関係者に見られるわけじゃないんだし……」
「バレなきゃいいって問題じゃないんだ、ケジメつけなきゃ。こそこそ後ろめたいことしてちゃ、彼らの前に胸張って立てない」
 ミリアリアの言葉も、柔らかく退け。
「オーブが “ロゴス支援国家” だという汚名を雪いで、戦争を終わらせ、アスランたちのスパイ容疑も晴らす。あいつが自由に、行きたいところへ帰れるように――今の私に出来ることはそれだけだ」
「カガリは、それで良いの?」
 扉の開いたエレベーターに乗り込もうとしていた、少女が、呼び止める声に振り向いて。
「キレイに割り切れれば一番なんだろうけど……そんな簡単に諦めはつかないんだよなぁ。やっぱり」
 イタズラっぽく笑う表情に、虚を突かれ面食らう。
「夢は見てるよ」
 そういえばダーダネルスで再会してからこっち、彼女は辛そうな顔ばかりで、めったに笑うことも無かったなと。
「いつか、私が――誰を伴侶にしても、カガリ・ユラ・アスハが選んだ男ならだいじょうぶだって思われるくらい、立派な為政者になって。もう一回、あいつに惚れ直してもらう自信できたら――」
 オーブのこと、アスランのことで泣いてばかりいた彼女を、回想していたミリアリアは、
「アスランに、プロポーズしに行く」
 カガリの唇からさらっと飛び出した爆弾発言に、今度こそ目を剥いた。
「……普通、逆じゃない?」
 やっとのことでそれだけ突っ込むが、国家元首様は 「あははっ」 と笑い飛ばす。
「 “普通” じゃやってけないんだ、私は――きっと、アスランも」
 そうして一瞬、遠くに馳せるような眼をしたあと。いまは飾るモノの無い左手で、くしゃっと金の前髪をかき上げ、

「その日が来るまでは、オーブが私の恋人だ」
「そっか」

 さっぱりした口調で言い切った、カガリに頷いて返す。
 明るく振る舞っていても辛くない訳がない、ひとりで決断してしまったことにも疑問は残る。
 けれど 『二人で納得いくまで話し合った方が』 とかなんとか、口を挟むことも憚られた。なにしろ彼女たちを取り巻く環境は、気ままなキャンパスライフを謳歌する学生のソレとは、まったく異なるのだ。
「じゃ、結婚式には呼んでね」
 ミリアリアは、未来の話に乗っかった。
「私もそのときまでには、立派なジャーナリストになってみせるから」
「……来てくれるのか?」
 なぜかカガリがきょとんと目を瞠り、おずおず訊ねてくるので、少しばかり不満に感じながら文句を言う。
「あら、呼んでくれないの?」
 そりゃあ親族でもなければ、国賓として招待される階級の人間でもない。たいして長い付き合いとも呼べない間柄だけど――アークエンジェルでは、そこそこ仲良くやってきたつもりだったのに。
「そうじゃないけど……」
 なにか言いたげにうろたえそわそわしていた、彼女が、
「呼ぶぞ、呼ぶからな? 途中で気が変わって嫌だとか言われても招待状、送りつけるぞ!」
 一転、急に詰め寄ってきたので、今度はミリアリアがたじろぐ。
「言っとくけど――もちろん半分は取材よ? しゅ・ざ・い。見開きで紙面に載せるくらい、おっきく撮らせてもらうんだから」
 純粋に、友人として祝えるに越したことはないんだろうが。
 この仕事をしている限り、貴重なシャッターチャンスにカメラは切り離せない。
「分かった。報道陣席の一番前、予約済にして待ってるからな」
 けれどカガリは、嬉しそうに頷いた。
「そのときは招待状、実家に送るから……あちこち取材で飛び回るのもいいけど、たまにはオーブに里帰りしてろよ?」
「そうね」

 その日がいつ訪れるにしろ。
 たぶんもうそんなに、会うこともないだろう。
 二人きりで話す機会なんて、それこそ、これっきりかもしれない――野うさぎとヒバリに例えられたものが、同じ場所に留まっていたことの方が、おかしな話。
「がんばろうね」
 ミリアリアはなんとなく、彼女の首っ玉に抱きついた。

 それぞれのフィールドに別れても、汗だくになって走り続ける日々は続くんだろう。
 いまは傍にいる、ずっと一緒に戦ってきた仲間たちとも、いつかは離れ離れになってしまうかもしれないけれど。

「……うん、がんばろうな」

 ぎゅうと抱きしめ返してきた、カガリの腕がまた、重い荷物に疲れ切ってしまう前に――今度こそ。信頼しあえる人たちを、オーブ政府の中にも見出せますように。



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精神的に弱ってた時期はともかく、この段階で、ミリィ相手に細々と決意やらアスランへの気持ちを語るのも不自然――なので、カガリ版41話(リフレイン)を次にやってみようと思います。