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■ リフレイン


『だが “彼” にしろ、あの弟とかにしろ。君の傍には置けないと言ってるんだ』

 そんなの嫌だってジタバタ抵抗してきたけど……結局は自分で、そうすることを選ばなきゃだったな。

『やれやれ。君は、まずその言葉遣いをなんとかしないとねぇ』

 ユウナが自分の趣味を押し付けてるだけだって、気にすること無いって考えてたけど。
 諦めや失望から指摘されなかっただけで、みんな内心は、がさつな “姫” にゲンナリしてたのかもしれない。

『国の母たらん立場の君がいつまでもそんなじゃ、やがて皆が呆れるよ? 今は良くてもね』

 今は良くても。
 それは子供が、保護者に “遊ばせてもらっていた” ということ。
 彼らの目が届く範囲、手のひらの上で――カゴに閉じ込める前の温情として与えられた、猶予期間だったんだろう。
 私の立ち振る舞いや、アスランと共に在ることが誰に認められた訳でもなかった。

『バカみたいに気取ることはないが、軽く見られてもダメなんだ』

 肩書きばかり立派でも、中身は世間知らずのオヒメサマ――そう思ってたんだろうな、デュランダル議長も。
 姫姫姫姫、連呼して。
 やめてくれって言ったのに、まだ呼ぶし。
 他国へ外交に赴いた国家元首としては、カンペキ落第点だったろうから仕方ない気もするけど。

『今度は伸ばすといいよ。その方が、僕は好きだ』

 似合やしないと思うんだけどな。
 喪に服す間……願掛けも兼ねて、しばらく伸ばしてみようか?
 どんだけブローしても纏まらないんだよな、この髪。伸ばして結べば少しは落ち着くだろうし。
 中身が伴わなきゃ意味ないけど、外見を整えることも社交術に数えられるなら―― “ガラじゃない” なんて理由で、軽んじられる要素を残してられない。

『気持ちだけで、いったい何が守れるって言うんだ!!』

 そうだな、キラ。
 理念だけじゃ争いは避けられなかった。
 いつか叶うかもしれなくても、今は、どうにも出来ないことばっかり。それが現実で。

『いいえ、姫――争いが無くならぬから、力が必要なのです』

 だが、議長。やはり私は思う。
 強い “力” を望んでしまう、ヒトの弱さは簡単に変えられない……だからこそ、人殺しの道具なんか造るべきじゃないんだ。

『おまえら軍人のくせに、情けなさすぎ。銃も撃ったこと無いんだって?』

 まだ16歳だった、あの頃。
 そんな台詞を得意げに、言い放った自分を――あの場にいた彼女たちが、覚えているかは分からないけれど。

『なによ、威張れるようなことじゃないわよ。銃撃ったことがあるなんて』

 背中越しに聞こえた呟きを、負け惜しみにも感じないほど軽く受け止めていたけれど。
 そんなモノ、触りもせずに済むのが一番良かった。
 あの日あのときヘリオポリスが破壊されなければ、なにも知らなかった “弟” たちは、きっと戦争に関わることなく暮らしていて。
 ……キラ、ミリアリア、トール。
 フレイ、サイ、カズイ。
 工科カレッジの学生だった彼らの関係は、壊れることなく、断たれることもなく続いていただろうに。

『じゃ、結婚式には呼んでね』

 アスランを選ぶと言える日が、来るだろうか?
 ただでさえ未熟者の、私が。
 ヘリオポリスを襲ったザフト兵に、パトリック・ザラの血筋に、オーブの民が抱くだろう悪感情をひっくるめても。
 国や責任だけでなく、恋心も守り通してみせると――想うことさえ、遠い遠い夢のようだ。

『戦争の根を学べ、カガリ。撃ち合っていては何も終わらん』

 たとえ終わらせることが出来ても、死んでしまった人間は還らない。
 アサギ、ジュリ、マユラ……遺族に、亡骸を返すことも叶わなかった。
 家族を、恋人を、友達を失って泣く人々の姿に。
 私自身が感じた痛みに。戦争の愚かしさを、嫌というほど知ったつもりでいました――お父様。けれど、

『なにも分かってないヤツが、分かってるようなこと言わないでほしいね!』

 そうだな。
 だけど今度は解ってるよ、シン。
 少なくとも、おまえに怒鳴られて泣いたり喚いたりなんて、情けない姿はさらさない。

『あんたたちだって、あのとき! その言葉で、誰が――』

 プラント政府へ反論するには。
 アスランに身の危険を警告してくれたっていう “ラクス・クライン” を、偽歌姫として糾弾することになるだろう。
 オーブが姿勢を定めることで、ベルリン市民が、デストロイ戦の真相追究に踏み切るなら――シンと、シンが守りたかった子が過ごした時間を、土足で踏み躙るような騒ぎになってしまうかもしれない。

『……死なせたくないから返すんだ、と言っていた』

 二人を気にかけていたロアノークは、また心を痛めるだろう。
 それでも私には、世論の矛先が、彼ら個人ではなくプラント政府へ向かうよう努めるくらいが精一杯だ。

『俺は、焦ったのかな――』

 アスランも、なんでもかんでも “自分の所為” にするからなぁ。
 お父さんを止められなかったこと、ユニウスセブンが落とされたこと、戦争が終わらないのも……そんなこと言ってたら飢饉もエネルギー危機もぜんぶかよ? いちいち責任感じてたらキリがないぞ。
 だけど、そんなヤツだから。

『戦場に出てあんなことを言う前に、オーブを同盟になんか参加させるべきじゃなかったんだ!』

 あのときダーダネルスで、初めて “おまえが悪い” って突き放された。
 いや違う、二度目か――無人島で戦ったとき以来だな。捕まって口論して睨みあって、奪った銃が暴発して。

『オープンボルトの銃を投げるヤツがあるかッ!!』

 なんでか庇ってくれた、あいつが怪我して……朝になって別れた。
 だけどまた出会って。
 三隻同盟で宇宙にいた頃は、ぐるぐる悩んで落ち込んでるアスランを、私が励ますってパターンが定着してたけど。
 停戦後、オーブに降りてからは――政務でへとへとになった私が、寄りかかって甘えるばっかりで。
 あいつのこと気遣う余裕は、どっかに消えてた。
 暗号文が届いて、ダーダネルスへ会いに行ったときも、あんなふうに責められるなんて考えてもみなかった。

『……守りたかったんだろ、オーブを』

 それでもアスランは優しいから。泣いて縋りつけば、ずっとずっと傍にいてくれるかもしれないけど――
 依存と信頼は似てるけど、まったく違うもので。
 一人でも立っていられるかどうかの差で、後ろ向きか前向きか変わってしまう。
 またあいつを道連れに、ハツカネズミに逆戻りするわけにはいかないし。

 “だいじょうぶだ” と根拠もなく、未来を信じる気持ちだけで言い切れた、幼い明るさを私は失くしてしまって。
 経験と自信に裏打ちされた強さを宿すには、まだ、なにもかもが足りないから。

『カガリと会えて良かった』

 あの言葉をもう一度、囁かれることさえ叶うかどうか分からなくて。
 だから今、せめてオーブ代表としての務めだけは。

『我々には我々の役目、おまえにはおまえの役目があるのだ。想いを継ぐ者なくば、すべて終わりぞ!』

 為政者にとって恥じるべきは。
 己の代で国を潰したうえに、民を不幸にしてしまうことだろうから。
 ユウナやウナトも、きっと同じだったはずだから。

『あのときオーブを攻めた地球軍と、今度は同盟か? どこまでいい加減で身勝手なんだ、あんたたちは――』

 私は、間違えたけど。
 たくさんたくさん馬鹿なことをしたけれど、だからって黙って降伏することは出来ない。

『敵に回るって言うんなら、今度は俺が滅ぼしてやる! こんな国!!』

 誰に嫌われ、憎まれたとしても。
 ここで退くわけにはいかない。

『国は貴方の玩具ではない――いい加減、感傷で物を言うのはやめなさい!』

 分かってるよ、ユウナ。
 私がシンを知っていて、アスランは “ラクス” も知っている、けれどそれはオーブが執るべき策とは無関係のことだ。

『まず決める、そしてやり通す。それが何かを成すとき、唯一の方法ですわ……きっと』

 皆が不眠不休で、 “声明発表” の準備を整えている。
 それなのに私が感傷で手を緩めたり、迷ったまま舞台に立つことは許されない。


「――カガリ様」


 穏やかに寄せては返す潮騒を、遠慮がちに遮って。

「もう夜も遅いですし、あまり風に当たってはお身体が冷えます」
「守備隊も警戒してはいますが、ザフトの偵察機が海域をうろついていないとも限りません……そろそろ行政府へ、お戻りになった方が」
 名を呼ぶ声に振り返れば、下に停めた車で待機してるはずだった従者が、慰霊碑の近くまで登ってきていた。
(そんなに待たせてしまったか?)
 焦って腕時計に目をやるが、まだ15分と経っていない。
 だが、護衛の彼らにしてみれば、こんな郊外でなにがトラブルが起こってはと気が気でないんだろう。
「そうだな、風邪など引いて声明を延期するわけにもいかない」

 海を臨む高台に立っていた、カガリは素直に踵を返す。

「足元が暗くなっています。舗道の右側も一部陥没しておりますので、お気をつけください」
「ありがとう」

 外は確かに暗いけれど。
 無惨な焼け跡も、残るけれど。

 月の光と、星のきらめき。
 転ばぬようにと手を差し伸べ、懐中電灯で道を照らしてくれる従者たちのおかげで、つまずくことも迷うこともなかった。



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カガリさん物思い。彼女がどこまで想定したうえで、声明発表の場にラクスを招いたかは、視聴者の解釈次第だったわけですが…… 『そんなつもりじゃなかったのに』 って弁解が一番タチ悪い。熟考したうえでの展開であってほしいです。