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■ 綻びの糸口 〔1〕


 カガリが艦を降りていった、翌朝。

〔オーブ政府が今日の午後、なにか発表するらしいって情報は広まってるからな――それまではと各国政府も、ひとまず静観を決めこんどるようだ〕
「じゃあ、ベルリン市街も? そういえば “証言者” って、どんな人がどれくらい集まったか知ってます?」

 ミリアリアは自室で、モニター越しに師と話をしていた。

〔……さあな〕
 コダックは画面の向こうで、ぷかぷかと煙草をふかしている。
〔住民の勢いより市長らの警戒心が勝りゃあ、プラント政府を問い質すって策もお流れになっちからな。あいつらも、おいそれとは漏らすまいよ〕
「え? 映像改竄のこととか追及するの、ヴィラッドさんたちじゃないんですか?」
〔バカを言え。なんだって一企業の重役風情が、街を代表して立つんじゃ〕
 その肩越し、窓ガラスに映る白い建物は――研究所から保護された子供たちが入院している、医療施設だろうか?
〔被災民を保護、情報交換場の提供。目撃者が見聞きしたことに確信を持てるよう資料そろえて、お膳立てするまでがせいぜいだろ。市庁舎は “デストロイ” にぶっ壊されたまま再建の目処も立っとらんらしいから、今回に限っては社屋の衛星通信システムも貸すだろうが〕
 すると世論を動かせるか否かは、やはりアスハ代表の発言内容にかかってくるのか。
「だけど、声明を出すの……」
「ん?」
 二人に聞かされていた話の数々を思い返しながら。
「インパルスのパイロットと “ラクス・クライン” が相手じゃ。カガリやアスランには、気が重いかもしれません」
〔たわけ〕
 ぽろっと零した溜息は、短い呆れ声に一蹴されてしまう。
〔でっちあげの罪状で相手を陥れようってんならともかく。代表首長ともあろうモンが情に流されて、国益を蔑ろにするなら――そりゃ、美徳でも何でもねえ。ただの泣き寝入りだ〕
 ミリアリアは椅子に座ったまま、釈然としない想いを抱え込む。
〔プラント政府は、ロード・ジブリールを匿ったという事実に基づいてオーブを糾弾しとる。カガリ・ユラも腹を括って、自国の非は認めたうえで、デュランダルやザフトに対する疑念を突きつけるんだろう? なにを遠慮してやる必要がある〕
 それはそうかもしれない、けれど。
〔事情はどうあれシンって小僧は、ザフトの責務に背いた。プラントで活動しとる歌姫は姿を似せた別人だ。それを知りながら躊躇うか……バラしちゃ気の毒だと、可哀相に思うか?〕
「思ったら、おかしいですか?」
〔まっとうな人間の感覚として、間違っちゃいないがな〕
 連合による核攻撃直後、ラクス・クラインを表舞台へ出した者の真意はどうあれ。
 おかげでプラントと地球の全面衝突が回避されことは確かで。
〔誰の、どんな行動にも “理由” はあるだろう。必要と信じた道かもしれん、あるいは過失だった――そうしなきゃ生きられないほど追い詰められていたかもしれん。やったことを暴かれさえしなきゃ今ある平穏は保たれる。そいつらに近しい親兄弟や妻子、友人知人の日常も含めてな〕
 エクステンデッドとして戦わされていた “ステラ” も、被害者には違いないだろうに。
〔権力やマスコミに直接の関わりを持たない、一般人ならそれでも良いんだ。事件現場に居合わせ、もしくは私生活で抱えたトラブルに、不満をぶちまけようが黙って我慢しようが好きにすりゃあいい〕
 どのみち政府が発表すると決めたことを、覆す術もミリアリアには無く。
〔だがな、政治家や軍を含む警察組織は……少なくとも報道は、事実を隠蔽する為にあるんじゃねえ。すべてを明るみに出す為のもんだ〕
 突き放すような師の台詞がぐるぐると頭を掻き乱す。
〔人様のプライベートを嗅ぎ回るのは嫌だ、どうしても耐えられないってんなら。素質云々じゃなく気性がジャーナリストには向いとらん。さっさと戦線離脱して、家に帰れ〕
 カガリの代表復帰に安堵するあまり、考えるのを忘れていたが。
〔オーブ政府が一連の経緯を、嘘を塗りたくってごまかそうとしてりゃあ。おまえさんの都合なんぞおかまいなしに、カノンあたりが事実関係をすっぱ抜いたろうし――この先、そういった事態に直面せんとも限らんぞ〕

 アークエンジェルがオーブ軍に編入されれば、自分も正式入隊だ。
 不明艦に取材を兼ねて乗り込んだオペレーター、なんて曖昧な立場じゃなくなる。半ば流される形で関わった前大戦とは訳が違う。
 前職がどうでも活動できなくはないが、その代わり “元軍人” という肩書きが、そうした先入観で見られる経歴が一生消えないだろうことを覚悟で……ここに、残るのか?
 戦ってオーブを守りたい気持ちも確かにある、けど、軍人になりたくてカメラを手にしたわけじゃない。
 離艦許可を得るには、降りたいと伝えるなら。
 処分保留にされたままオーブに停泊している今が、最適のタイミングじゃないか?

〔どのみちもう “ターミナル” が組織を挙げて、アークエンジェルの動向を追ったり手を貸すこともなくなる〕
「え?」
〔そっちの事情とプラント側の不審点は、あらかた掴めたからな。カガリ・ユラも代表の座に納まったなら、オーブの諜報部あたりを動かすのが筋だろう〕
「じゃ、シルビアさんとの回線が繋がらなくなってたのは――」
〔これ以上は面倒見るつもりはない、あとは自力でやれって意味だろ。おまえもな〕
 答えたコダックは、じろっと弟子を睨んだ。
〔今後も情報交換を続けるなら、ワシやフジと個人ルートでのやり取りになるが……一介の軍属オペレーターじゃ、作戦行動中に知り得た機密を外部に漏らすことも許されんだろう。だったら話にならん〕
 当然のことだ。こちらから新たに提供できるデータが無ければ、取引など成立しない。
〔どうするつもりだ、これから?〕
「え、ええと」
 返事に窮するミリアリアを眺め、やれやれと肩をすくめる。
〔まあ、配属命令は声明発表、内外の反応を確かめてから出るんだろう。それまでに結論を出しとくこったな〕


×××××



 オーブに潜伏していたロード・ジブリールは、インパルスの追撃をも振り切って月基地へ逃れた。
 ザフト艦隊は領海外まで一時撤退、あちらの出方によっては再攻撃をかけられるよう修理補給を進めている――そんな気の滅入る報告が、ザフト軍艦ボルテールに届けられてほどなく。

「……面会希望者? 俺にか」
〔はい。僕たち今、カーペンタリア基地の近くまで来てるんですけど〕
 ロゴス幹部の邸宅捜索、9件中5件目まで 『どこを調べてもアスラン・ザラの名はありませんでした』と連絡を寄こした、
〔士官学校時代の同期生なんです。スパイ容疑の裏付け捜査をしてるって聞きつけてきたみたいで、ジュール隊長に直接話したいことがあると――ここに呼んでも良いですか? 極秘の任務中だからって断るべきでしょうか?〕
 調査班の最年少メンバーが、モニター越しに指示を求めてくるのに。
「そいつは、おまえにとって信頼に足る人間か?」
〔そんなの深く考えたことないけど……イイ奴ですよ。ああ、彼がスパイだなんてのも有り得ないと思ってます〕
「なら、かまわん。呼んで来い」
 イザークが了承すると、シェリフは 〔分かりました!〕 と頷いていったん画面から消え。ややあって同年代の緑服をひとり引っぱってきた。
 一方をチワワに喩えるなら、こっちは気弱なミニチュアダックスといった雰囲気だ。
 思い詰めたような顔つきで小さくなっているあたりが、余計にそう感じさせるんだろうが――格式ばった挨拶を終えると、少年はおずおずと切り出す。
〔あの。ジュール隊長たちは、アスラン・ザラの他にも裏切り者がいるかもしれないと警戒して、地球にまでメンバーを派遣して再調査してるんですよね?〕
「ああ、そうだが」
 アスランにかかった容疑を晴らす目的もあるが、さすがに私情を前面には出せないし、本当にザフトに “敵” が潜んでいるなら刺激して目をつけられるのもマズイ。建前と本音は使い分けだ。
〔俺も、ザフトに、まだ “ロゴスのスパイ” が紛れてるんじゃないかと思って。けど、つまんない勘違いかもしれなくて――だから、おかしいかおかしくないのか調べて欲しいんです!〕
 一気に早口でまくしたてた、少年はひどく怯えているようだった。
 初めてMSで宇宙空間へ出るも、エンジントラブルに見舞われパニック起こして帰還した新兵のような、そんな相手に。
「調べるのはかまわんが、なにを “おかしい” と思ったんだ?」
 イザークは、何気に優しめな声音で問い返してやっている。
(ホントに成長したよなぁ、こいつも……)

 昔なら間違いなく 『順序だててハッキリ物を言え!』 とか怒鳴って叱りつけているところだろう。

〔俺たち、ジブリールを捕縛するために攻め込んだんです〕
 場違いな感慨に耽っているディアッカには目もくれず、というより。
〔オーブ軍を引き連れて月基地に上がられちまったら、プラント本国がまた危険にさらされる可能性も出てくるって――ブルーコスモス盟主があの国に匿われてると判明した時点で、議長が、将校たちにその危険を示唆していたとも聞きました〕
 中央に映っているイザークの姿と、吐き出してしまいたいことで頭いっぱいなんだろう。
〔なのにザフト軍は、シャトルを取り逃がした〕
 必死に訴えるそいつの話はまったく筋道だっていない、お世辞にも理論的とはいえなかったが。
〔自軍が白旗上げる前にこっそり逃げるなんて、予想もしてなかったヘブンズベース戦はまだ分かるけど……脱出したジブリールはマスドライバーを使って月基地に行こうとするだろうから、パナマやビクトリアへ逃げ込まれるのは阻止しなきゃって、ウチの司令官も口癖みたいに言ってて〕
 あとに続いた言葉には、けっこうな衝撃を食わされた。
〔なのにオーブ戦で、月へ向かう直線経路にさえモビルスーツ隊を配置してなかったのって、おかしくないですか?〕

 後ろに控えていたシホが、はっと息を呑み。
〔具体的にどんな作戦が立ってたのかも、俺じゃ調べようがなかったけど。でも――非武装のシャトルなんか、迎撃用MSが一機でも待ち伏せてれば撃ち落とすか捕縛するか、簡単に出来たはずだと思うんです〕
 ディアッカは、思わずイザークと顔を見合わせる。
〔旗艦 “セントヘレンズ” は撃沈されてしまって。誰が、どんなふうに現場指揮してたのか訊いても、みんな、ジブリールを取り逃がしたショックとオーブ政府に対する怒りでカンカンになってて、それどころじゃないって感じで……〕
 そんなこちらの反応に気づく様子もなく少年は、うつむいてボソボソと呟き続けていた。
〔ひょっとしてカーペンタリア基地にもスパイが――そんなふうに考えたら、黙ってるのが怖くなって。だけど〕
 緑服の少年兵は、絞り出すような口調で言う。
〔……俺、オーブで暮らしてたんです。二年前、地球連合軍が攻め込んでくるまでは……家族みんなで、戦争とは無縁に〕
 ディアッカが、なるほどと言うような眼でモニターを眺めやり。
〔だからこんな、自軍を疑うようなこと口にしたら。誰にどんな目で見られるかって思うと、それも――〕
「顔を上げろ。もう少し自信を持て」
 イザークは小さく息を吐きつつ、相手に発破をかけた。
「疑心暗鬼に陥ることと物事を熟考することは、まったく別だ。恥じ入る必要など無い」
 どこに裏切り者が潜んでいようと、プラント防衛の任務に変わりはない。その意志が確固たるものなら経歴など些末事だ。
「自分は違うと胸を張れるな? 敵軍に加担してなどいない、と」
〔もちろんです!〕
「同じ部隊の仲間にくらいは、スパイではないと信を置けているか?」
〔はい!〕
「ならば、しっかり働け」
 萎縮して縮こまっていた少年は、ようやく背筋を正す。
「月基地へ逃げ込んだジブリールを撃つため、ザフト上層部も、近く軍を動かすだろう。オーブの出方もまだ読めん……呆けている暇など無いぞ」
 同席しているシェリフも、ともに表情を引き締めていた。
「言うべきことは声に出せ。同じ轍を三度は踏まぬ為にも――他の連中が、敵愾心に囚われるあまり不審点を見逃しかけているなら、なおさらだ」
 故郷であるがゆえ、敵視することを躊躇う。
 それは裏を返せば、プラント育ちのコーディネイターよりも中立的視点で物事を捉えているわけだ。
「無論こちらでも調査を行う。また何か気づくことがあれば、シェリフを通じて連絡しろ」
〔分かりました、ありがとうございます!〕
 憑き物が落ちたように明るくなった声で一礼した、少年たちとの通信は途切れた。



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『なんだってAAの宇宙行きにまで同行するんだミリアリア!?』 と。TV本編を見返すたびに凹んでしまうことは内緒です。カガリと一緒に離艦させてしまいたいとこだけど、公式で参戦してるものどーしょーもない……。