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■ 綻びの糸口 〔2〕


 それから二時間後。
 表面的な “調べ” は、あっさりとついた。

「特命を受け、月へ向かう軌道上に待機していたMS小隊は、何者かによって全滅させられていた――降下してきた “フリーダム” と交戦するも及ばず、撃破されたと思われる」
 ふぅん、と皮肉った笑みを浮かべ。
「あれが飛んでくることまで計算づくだった訳じゃないだろーに辻褄合ってて。いや、お見事」
「貴様は、違うと考えるのか?」
「オーブ目指して突っ込んできた機体が、宇宙へ逃げようとするだろうブルコス盟主を待ち伏せてた部隊に出くわす……ま、充分に有り得る話だよな」
 片手で摘み上げていた書類を、テーブルへ放り投げたディアッカは、
「けど、あの反則モビルスーツにやられて動けねえって、本部やカーペンタリアに救援要請も出せないほど木っ端微塵にやられちまってた? 生存者もゼロ――ってのは腑に落ちないね」
 後ろ手に組んだ腕を枕代わりに、ごろりとソファへ寄りかかり。片眉を顰めて言う。
「可能な限りコックピットを避けて撃つ、それがキラの戦闘スタイルだ」
 半信半疑というより、全疑と主張したげな口振りだった。
「命がけで不殺を貫くってほどには徹底しちゃいねえけど。グラスゴー隊の被害状況こそ典型例なんだよなー」
「……フン、確かにそういう奴だったな」
 忌々しい、と反射的に舌打ちするイザーク。
 JOSH-A戦――アラスカを思い返すとき、未だ感謝よりも先に腹立たしさが込み上げてくるのは、如何ともし難い性分だった。
「? なんかあったの?」
「なにも無いわッ!!」
 噛み付くように問いを封殺しながら、ふと思う。
 そういえば、こいつも危うくサイクロプスの餌食になるところだった訳だ。その場合、下手すると間接的な原因は自分だったかもしれないが……。
「そもそも “待機していたMS小隊” なんて、ホントに存在するんだか?」
 端から居なかったって考えた方がしっくりくるけどね、とディアッカは戦死者リストを睨みつけた。
「出撃してた根拠はPCデータと紙切れだけ、パイロットの名前に聞き覚えもねえし――オーブ戦の指揮官だったセントヘレンズ艦長は死んじまってる。こーいうとき現場の自由裁量に委ねてる部分が多いのってマイナスだよなぁ」
 国防委員長にそれとなく探りを入れても、発表されている以上の事柄は把握していないようだった。
「ま、俺が多少キラを知ってるから妙だと思うだけで? オーブ側が、それは “フリーダム” の仕業じゃない、身に覚えが無いって抗議しても信じる奴はいないだろうけど」
 ラクス・クライン暗殺未遂の件にしても。
 上層部が白か黒かを確かめるには、そろそろ手詰まりだ。
「……スパイ暗躍説がこっちの考えすぎなら、ただの骨折り損で済むんだけどな」
 うかつな行動は慎むべきだろうが、ロゴス幹部の邸宅調査だけでは決定打に程遠いだろう。
「ですが、もしも本当にジブリールを月基地へ向かわせようと、裏で糸を引いた何者かが存在するなら――罪状を暴くどころか、犯人の特定さえ困難では?」
「だよな、掴めそうな尻尾を残してねえし」
 軍の実務に権限を限られているシュライバーだけでは、後ろ盾として少々心許ないのも確かだ。
「このままでは埒が明かん。接触してみるか――評議会議員の、誰かに」
 部下の懸念と溜息に応じて、イザークは椅子から立ち上がった。
「ロゴスの屋敷を半分以上調べても、アスランが “敵” と内通していた形跡は無い。疑念の段階に過ぎないことでも、話してみる価値はあるだろう」
「となると……スパイと手ぇ組んでる可能性が低くて、なおかつ、ある程度発言力のある議員っつったら?」
 首をこきこきと鳴らしながら、ディアッカは、冷やかすように問いかけてくる。
「誰にお伺いを立てるのが安全確実だと思う? 元議員のイザーク・ジュール隊長?」

 ロゴスを撲滅するため地球に留まっているデュランダル議長を、煩わせる訳にはいかず。
 タカオ・シュライバーには今以上を望めまい。
 残るはオーソン・ホワイト、クリスタ・オーベルク、ジェレミー・マクスウェル、ノイ・カザエフスキー、バーネル・ジェセック――現評議会議員の顔と経歴を、次々に思い浮かべていったイザークの思考は、とある女性の名で止まる。

「……ルイーズ・ライトナー」

 ユニウス市出身。
 穏健派から急進派、中立派へと揺れながらも政界に身を置き続けている、再選議員の彼女なら。

「異議なーし」
 ディアッカが、ひょいと挙手してみせ。
「議長とシュライバーを除いた11人中に、もし “ハズレ” が混ざってるとしても。賭けるには悪くない数字だよねぇ」
「あまり考えたくはありませんが、その――アスラン・ザラを陥れたかった者が、一人や二人ではなかったとしたら?」
「あー、それは大丈夫なんじゃない?」
 シホの呟きに、飄々と答える。
「裏工作が得意な策士タイプっつーか、自分のアタマに自信持ってる人間はさ……だいたい自己完結して話を進めっから。誰かと仲良く一緒に計画たてるなんてことは、まず無いね」

×××××



「ここ、空いてる?」
「あれっ? ノイマンさんも、今からお昼ですか?」
「ちょっと外の空気を吸ってたらね――」
 人影まばらなテーブル席に、コーヒーカップを置きながら。
「なんだか……ものっすごく久しぶりに、ゆっくり食堂でごはん食べるかも?」
 どうぞ、と頷いたミリアリアの斜向かいに座り、ノイマンは 「はは、確かに」と笑った。
「一息つこうにも、仕事が頭から離れないとな――」

 ディオキアで合流してからオーブへ戻るまで、方策はおろか目的地さえ決まっておらず。
 直面した事態にその場の判断で対処していたから、休憩や睡眠も取ろうと思えば好きに出来たわけだが……気分を切り替えるには、やはり『一区切りついた』 という実感が必要なのである。

「カガリちゃ――いや。アスハ代表を差し置いて、悪いが」
「夜通しの勢いで、ほとんど休み無しに続いてるみたいですもんね。対策会議……これから、どうなるんだろ」
 とにかく通達があるまでは動けないし、することも無いクルーは交代でまとまったオフタイムだ。
「けど、そっちこそ。休憩に入ったの30分以上前だろう?」
「先に、書類を提出しに行ってたから」
 ミリアリアの返答を耳にして、操舵士は 「書類?」 と首をひねった。
「配属希望を。アークエンジェルがオーブ軍に編入される場合、私は、情報収集活動の任務に就きたいです――って」

 よくよく状況を整理してみれば、悩むほど難しい話でも無かった。
 先のことまで考えていなかったぶん、師から問われたときには焦ったし……国へ帰るに帰れなくなっていたカガリと、オーブ政府の関係が、ひとまず修復されたことを思えば『一区切りついた』 に違いないけれど。
 それはあくまで “アスハ代表” に限ったこと。ミリアリア自身は、目的の半分も遂げていない。

「誰が、なんの為にラクスを暗殺しようとしたか。アスランにスパイ疑惑を被せたのか――デュランダル議長の真意がどこに在るかも、分からないままだから」

 オペーレーターとしてしか軍属を許されないなら。
 突き止めたい問題を調べ続けるには、もう艦を降りざるを得ない。
 外側に居てこそ見えてくるものも、確かにあるだろうけど……逆もまた然りで。
 事の黒幕を突き止める、鍵と成り得る人物。
 ラクス・クライン、及びアスラン・ザラ。二人の動向を間近で追えるポジションは、相手側がなにか仕掛けてくればすぐに判る―― “現地取材” には持って来いの環境だ。
 “ターミナル” がアークエンジェル監視から手を引き、ここに留まること自体は仕事じゃなくなるなら。
 あとは自分が、今なにをしたいか。

「戦闘中はオペレーター業務に専念するって条件付きでもかまわないから。各地のジャーナリストと情報を交換し合って、信憑性を確かめる為に必要なら、調査に出掛けていく……そういう自由が欲しいですって」

 艦に残ること、降りること、どちらを選ぶかで変わるメリットとデメリット。
 キャリアに拘るか、より真相に近づけそうな方に賭けてみるか――収穫ゼロに終わって後悔する可能性だってあるし、地球連合やザフトに撃たれて死ぬかもしれない。こればっかりは決着がついてみないと分からない。
 だから選んだ道を、進んでいった結果を、他人の所為にせず受け止められるかどうか。
 ……そのくらいの覚悟はある、と胸を張れるか。

「ワガママかなぁとは思うけど、ダメ元で申請してみて。正規軍には不適格だって判断されたら――それはそれで無理もないことだから。報道活動の範囲内でやれるだけ、やってみます」

 一連の謎はコダックたち、ベテラン勢も探っている。
 オペレーターひとりくらい戦線離脱したって、正規軍として迎えられるアークエンジェルには誰か、補充要員が配属されるだろうけど。
 クルーと元から顔なじみで、調査員とオペレーターを兼任したがっている人間は、まあ自分くらいだろう。
 あとはオーブ政府が、そういった乗組員を “使える” と考えるか足手纏いと見なすかだ。

「……そうか」
 ノイマンは一拍置いて、ふっと表情を和らげる。
「若さゆえってヤツかな? どっちか、じゃなく両方を望めるのは――羨ましいね」
「若さ、って! やだも〜」
 あんまりしみじみと呟かれたもので、ミリアリアはつい吹き出してしまった。
「ノイマンさん、確かまだ27歳でしょ? じじむさいこと言わないでくださいよーっ」
「そんなに笑うことか?」
 むず痒そうに眉根を寄せている様がまた可笑しくて、片手でテーブルをばんばん叩きながら笑い転げていると、
「……ハウ」
「はい?」
 まあいいか、といった感じで苦笑していたノイマンが、急に真顔で訊ねてきた。
「配属希望が叶ったとして。終戦を迎えたあと、君は――どうするんだ?」
「もちろん。今度こそフリージャーナリスト街道をまっしぐら、ですよ!」
 ミリアリアは握りこぶしで答える。
「それも一緒に、提出用紙に書いときました。この戦争が終わったら軍人は辞めたいって」
 身体能力や頭はせいぜい十人並み。
 親類縁者に業界関係者がいるわけじゃなし、活動資金も小遣い程度、無い無い尽くしの自分にはひたすら努力あるのみだ。
「んー、でも……その前に車の免許を取らなきゃかな? フットワーク軽くするには必需品だし」
 現状を踏まえれば当分それどころではないと、解っていても。
 未来を想うことは、やはり楽しい。
「ノイマンさんは? 軍に残れそうだったら、残るんですか?」
「戦争が終わっても事後処理は山のようにあるだろう、けど――戦闘艦の操舵士なんて間違いなく暇だろうしな」
 問い返された青年は、そうだなぁと頬杖をついた。
「異業種転向で、報道ヘリのパイロットあたり目指すか……」
「わー、それ似合いそう! どんな悪天候や難地形でも、ノイマンさんの腕なら墜落する心配なさそうだし」
 ミリアリアは、ぽんと両手を打って身を乗り出す。
「口利きって言えるほどの伝手はありませんけど、私が知ってるトコで良かったら。使用事業会社いくつか紹介しますよ?」
「いや、そうじゃなくて――」
 けれど提案に乗ってくるかと思われた操舵士は、なぜか苦笑いして言葉を濁す。そこへ、
「あっれ? 二人とも、まだこっちに居たのか。休憩に入ったのだいぶ前だろ?」
「ええ。チャンドラさんは、今から?」
「そ。さっき艦長たちが戻ってきてさ、ようやく交代」
 コーヒーカップを片手にチャンドラがやってきて、ひょいとミリアリアの真向かいに、
「あー、腹減っ……!?」
 座ったとたんビクッと身を竦ませ、飛び退るように椅子に張りついた。
「?」
 なんだろう、と小首をかしげつつ。目を剥いているオペレーター仲間の、視線を辿ってみるが――
「どうしたんですか?」
「なんでもないよ」
 振り返ってみても、ただノイマンがにこにこと笑っているだけだ。
「……なぁ?」
「あー、うん。たぶん」
 せかせかと相槌を打ったチャンドラは、軍服のポケットからメガネ拭きを取り出すなり、おもむろにレンズ磨きを始めた。
「いよいよ近視が進んでんのかなぁ、俺? たまにさ、ヒトの顔が鬼のよーに歪んで見えたりするんだよ」
「ほぉう、それは困った現象だ。おまえは終戦を迎え次第、眼鏡屋に直行すべきだな」
 尤もらしく頷いて返した、ノイマンは澄ました顔でコーヒーを飲んでいる。
(なんでもないようには見えないんだけど……)
 釈然としないものを感じつつ、それ以上追及することも出来ずに。カップの中身をマドラーで掻き混ぜるミリアリア。
 そんな微妙な空気を蹴散らすように、唐突に、厨房の方が騒がしくなった。

「おい! テレビつけろ、テレビ――」

 いったい何事かと顔を見合わせ、三人そろって席を立つ。
 カウンターを覗き込んで訊ねるまでもなく、調理師の大声が食堂に響き渡った。

「アスハ代表の演説だ! いよいよ始まるってよ!!」



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ささやかにノイミリ。遠距離恋愛 (未満ですが) やってるうちに、身近な人の温もりにほにゃらりら〜というのは、よくあることかも? ただ気持ち比重が仕事>恋愛のときはアプローチに気づきにくいと思われます。困ったモンです。