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■ 反撃の声 〔1〕


「おい! なんだよ、これは――」
 ザフト軍本部のホールで足を止めた、ディアッカは、相棒を問い質す。
「……俺は、なにも聞かされていないぞ」
 仏頂面で答えたイザークの台詞は、もう何度目になるか分からない代物だった。

 “オペレーション・フューリー” が失敗に終わってから、三日が過ぎようという昼下がり。

 オーブ代表としてTV画面に現れ、全世界のメディアを通じてメッセージを送りたいと切り出した少女。
〔ロゴスを討つ。そうして戦争の無い世界にという、議長の言葉は――今この混迷の世界で政治に携わる者として、また生きる一個人としても、確かに魅力を感じざるを得ません〕
 例の “ロゴス撲滅宣言” に言及しようとした、
〔ですが、それが――〕
 カガリの演説を遮断するように、ノイズが奔ったと思いきや、
〔わたくしは、ラクス・クラインです〕
 画面に映る人物は、すっかり見慣れた “プラントの歌姫” に切り替わっていた。
〔過日行われたオーブでの戦闘は、もう皆さんもご存知のことでしょう〕
 背景色は冷ややかな青。
 左右を飾る、プラントとザフトを象徴する旗がなお、威圧感を焼きつけ。本物より色濃いストレートの髪も、いまは重く張り詰めた空気を演出している。
〔プラントとも親しい関係にあった、彼の国が、なぜジブリール氏を匿うなどという選択をしたのか――今以って、理解することは出来ません〕
 はじけた陽気なイメージから一転、怒りに強ばった表情で。
 核攻撃に始まり、エクステンデッドに対する仕打ち、ベルリン虐殺といったジブリールの罪状をあげつらい。
〔オーブに守られた彼を、わたくしたちは、また捕らえることが出来ませんでした……〕
 ロゴスは世に不要なものと糾弾する、声が、いよいよ激し始めたのを穏やかに遮り。
〔――その方の姿に、惑わされないでください〕
 再びノイズ、ぶれる映像。

〔わたくしは、ラクス・クラインです〕

 ついさっきの映像を巻き戻したような、音が流れた。
〔わたくしと同じ顔、同じ声、同じ名の方が、デュランダル議長とともにいらっしゃることは知っています〕
 けれど違う服装、口調、響き。
〔ですが、わたくし――シーゲル・クラインの娘であり、先の大戦ではアークエンジェルとともに戦いました、わたくしは〕
 涼やかに、笑みさえ浮かべながら、
〔今も、あのときと同じ。彼の艦と、オーブのアスハ代表のもとにおります〕
 ここにいる自分は、議長の言葉と行動を支持していないと告げた、ラクスの右下に。
〔えっ、あ……?〕
 小さく別画面で映された “プラントの歌姫” は、うろたえ青褪め。助けを求めるように視線を泳がせる様は、もはや気の毒なほどだというのに。
 とどめとばかりに彼女が持っていた、演説の原稿用紙と思しきペーパーまで映ってしまう。
〔…………〕
 他方、カガリは最初と変わらず椅子に座ったまま、ピンと背筋を伸ばし、まっすぐ前を見据えているが口を挟もうとはしない。

「なんだ、こりゃあ?」
「どうなってんだよ、どっちが本物なんだ!?」

 ジュール隊と同じく通りすがり、目にした電波ジャック合戦の異様さに、釘付けになった兵士らが議論を始め――混乱しきった軍本部に疑念の渦が巻く。
〔戦う者は悪くない、戦わないものも悪くない〕
 放送を継続してはマズイと判断したか、プラント側の映像がふっつり途切れ。
〔悪いのは、すべて戦わせようとするもの、死の商人 “ロゴス” ――議長のおっしゃる、それは本当でしょうか? それが真実なのでしょうか〕
 対する “オーブの歌姫” は、余裕の貫禄で語り続ける。
〔ナチュラルでもない、コーディネイターでもない。悪いのは彼ら、世界。あなたではないのだと……語られる言葉の罠に、どうか陥らないでください〕
 むろん自分は、ジブリールを庇う者ではないと前置きしたあと、
〔我々は、もっとよく知らねばなりません。デュランダル議長の、真の目的を――〕
 ラクスは、意味深な台詞を口にした。
(真の目的……?)
 ディアッカは訝り、イザークも、ますます顔つきを険しくしてモニターを仰ぐが。

 ――ぶつん、と。

 政府だかTV局が、送られてくる映像そのものを強制遮断したらしい。
 基地の各所に設置された大型テレビは、それっきり、オーブの動向を映そうとしなかった。


×××××


「親父! これ……」

 オーブ行政府、経済文化局長室。

「プラント国内じゃ、放送中止にされちまったらしいって」
 FAXで送られてきた連絡文に目を通した、サイは、記された内容に眉をひそめるが。
「止められたといっても、一般家庭のテレビや公共施設内に限ってだろう。デュランダル議長はもちろん、主だった政府関係者も、大騒ぎしながら視聴を続けているはず」
 父親は、あまり動じず応じた。
「なにより地球上の報道機関にまで、すぐさま干渉できたモノではないからな――ジブラルタルやカーペンタリア基地では、士官に限らず一般兵も観ているだろうし。媒体は、なにもテレビに限らない。新聞やラジオ、雑誌、インターネットもあるんだ」
 今日中にもメディアで繋がる全土へ広まるだろう。
 親子で、そんな話をしている間にも――TV画面の中、カガリは。

〔……プラントの方々が、こちらの放送を遮ってまで止めようとなさったこと。ロゴス支援国家でしかないオーブの言葉など、聞きたくない、聞く価値も無いと思われたのであれば〕

 “ラクス・クライン” 乱入というアクシデントにより一時中断した演説を、再開していた。
〔父母の代、祖父母の代、さらに遡った長きに渡り――先人たちが築き上げてきた、国際社会における信頼を失ってしまったこと、至らぬ我が身を恥じるとともに。ロード・ジブリール氏の逃亡を防げなかったこと、深くお詫び申し上げます〕
 後ろへ控えたラクスと入れ替わり、起立して頭を垂れ、ゆっくり顔を上げた、
〔ですが、私……カガリ・ユラ・アスハには〕
 彼女の内心がどうあれ、表情に焦りや動揺は感じられず。
〔私が、オーブ代表首長として在り続けることに関して、民の信任を問うとともに――国内外に対して、説明義務を果たすべき事柄が数多くあるため、このままメッセージを送り続けたいと思います。プラントはもちろん世界中、一人でも多くの方に、耳を傾けていただけることを願います〕
 そうして彼女は、事の発端から話し始めた。

 宰相であるセイランたちと意見が対立、しかし結果的に、地球連合軍の脅威に屈して “ミネルバ” を裏切り、大西洋連邦との同盟条約を結んだこと。
 “フリーダム” の手で結婚式場から連れ去られたあと、先日のオーブ攻防戦が始まるまでずっと国を空け、アークエンジェルに乗っていたと。

 また、ジブリール隠匿はセイラン親子の独断に因るもの。
 宰相たちは混戦の最中、シェルターが崩落したため死亡しており、事情聴取も叶わないが、
『地球連合軍は、まだ、恐るべき切り札を――オーブなど一撃で焼き滅ぼせる兵器を隠し持っているらしい』 と。
 ウナト・エマが漏らした言葉を耳にしたという、官僚の証言を得た。
 身内を庇う発言と取られても致し方ないことだが、彼らとて、ブルーコスモスの暗躍を良しと考えた訳ではなく……再び国が焼かれる事態を恐れるあまりの、選択だったと思う。
〔オーブは、断じて “ロゴス” を支持するものではありません〕
 ジブリールを匿い、取り逃がしたこと。
 けっして政府の、ましてや民の総意などではなかったが。
〔すべては国家元首でありながら、事態を未然に防げなかった私の責任であり。参戦を許されるならば――ロード・ジブリール追撃のため、援軍を送りたいと考えています〕

 さらにダーダネルス、クレタにおける介入行為の短慮を、詫びる言葉を紡いだあと。

〔けれど、ユーラシア西部へ侵攻した連合軍を止めようとした、我々が “デストロイ” の強大さに苦戦していたところへ――ザフト艦 “ミネルバ” が到着。図らずも、同じ相手を討つべく戦うことになり。一般市民までを巻き込んだ、連合軍の非道を見過ごせぬという想いは、共有できるものと喜ばしく思いましたが〕
 そこで、わずかに眼光を強め。
〔……その後、ロゴスを糾弾する為に流された映像が〕
 一呼吸置いて、告げた。
〔連合機 “デストロイ” を撃破したフリーダム、同じく戦場に立っていた私の “ストライクルージュ” やムラサメ隊、さらにはアークエンジェル――居合わせた我々の存在を記録から抹消してまで、ザフト機 “インパルス” が、敵軍を撃ち破ったと解釈させるように改竄されていたことは――他国の争いに介入しないという、オーブの理念を曲げてでも戦闘を止めたかった、この想いすら否定されたようで悲しく思いますと同時に〕
 明瞭に語り続ける、カガリの傍ら。
〔まさかそんなはずは、根拠も無く騒ぎたてるべきではないと考えていたこと……プラント政府、およびザフト軍の真意を疑わざるを得なくなりました〕
 ラクスは、彼女にすべてを委ねるように沈黙してた。

〔ユニウスセブンが地球へ落とされて、間も無い時期――アスハ家の別邸が、深夜、武装集団によって襲撃されました〕

 破壊された建物がアスハ所有の物であったため、閣僚たちは、オーブ代表首長を狙った暗殺計画を疑っていること。
 しかし自分は当時、別邸に住んでおらず、その夜に滞在を予定していた訳でもないと。
 銃で狙われた居住者たちがシェルターへ逃げ込むと、侵入者は、モビルスーツを駆り破壊行為に及んだ。
〔オーブへ不法上陸していた十機近い、機体の名称は “アッシュ”――当時、ザフトで、まだロールアウトされたばかりだったと聞き及びます〕
 フリーダムによって返り討たれた、彼らは自爆してしまい。
 遺体の回収も叶わなかった。
 ザフト機を使ったからにはコーディネイターであったか、盗難機を用いたナチュラル、もしくは噂に聞くエクステンデッド部隊であったか……今となっては確かめる術もない。
 けれど、その機影を映した記録は残っている。
〔別邸で暮らしていた人間は、ブレイク・ザ・ワールドの被害により家を失い移り住んだ、マルキオ導師と――彼が保護する子供たち、そして〕
 カガリが、肩越しに振り返って、
〔ラクス・クライン〕
 名を呼んだのに応じ進み出た、少女は、物静かに明言した。
〔前大戦が終結した後、オーブへの亡命を望んだ、わたくしも暮らしていました〕
〔私が知るラクスは、先の大戦で父君を喪い、静かな隠遁生活を望んだ彼女ですが……現在、プラントで活動していらっしゃる “ラクス・クライン” の言葉を、否定する意図はありません〕
 オーブ、代表首長の非はすべて事実であり。
 ここにいる彼女についても、名を騙る偽者と断じられてしまえば真偽を証明する術は無い。
〔なにより連合軍による核兵器直後、報復戦争を諌めてくださった “歌姫” には――プラント国内においては消息も定かでなかったろう、ラクスの代わりに世界情勢を憂い、立ち上がってくださったのかと感謝してもいます。ですから〕

 そうして、息を継ぐように数秒の間。

〔ロード・ジブリール追撃に、我が軍も出撃する用意はあります。本来、他軍のものであった “フリーダム” や “アークエンジェル” を保持していた事実を含め――私の未熟さから、いたずらに拡大させてしまった被害、償いは、何十年かかっても行います〕
 ただ、とカガリは続けた。
〔その協議に入る前に。ひとつだけ、プラント政府に回答を要請したい〕
 プラント政府を、デュランダル議長を。
 敬い信じるべき指導者として、賛同し従うには、まず先に解消するべき疑念があると。
〔アスハ邸襲撃は、プラントが関与したものではなく。外部犯による仕業であるなら――工廠において紛失が確認されているだろう、新型機 “アッシュ” ――製造元は、どのような管理体制をとっていたか。窃盗犯を捕らえる為の、捜査は適切に行われたかと、その結果を〕
 ロゴス討伐、ジブリールを捕縛するため派兵するには、ザフト軍に背中を預け戦う必要があるからと。
〔まだオーブが大西洋連邦側につく以前に、アスハ家の住人を暗殺しようと目論んだ輩が潜んでいるなら……プラント政府の方々が与り知らぬ場所で、あったことを無かったことに変え、事実を捻じ曲げる陰謀が蠢いているとすれば〕
 カガリは、きっぱり言ってのけた。
〔この疑念が解消されるまで、オーブは、デュランダル議長の呼びかけに従うことは出来ません〕



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約2ヶ月のサボリ後SS、第一弾。ストーリーとしては44話の冒頭まででしょうか。電波ジャック合戦に関しては、もう 『訳分からん』 としか言いようがなく……結局その後、どう収拾をつけたのやら。