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■ 反撃の声 〔2〕


 プラント首都・アプリリウス。
 デュランダルを欠いたままの、最高評議会は紛糾していた。

〔市民から、問い合わせが鳴り止みません! なぜ、いきなり放送が途切れたのかと――いったい、どう説明すれば良いんですか!?〕
 電話やメールの嵐にさらされた、行政職員が我先にと内線で泣きついてくるのに、
「オーブ側からの電波ジャックに負荷をかけられた、システムがダウンしたと答えておけ!」
〔復旧見込みについては?〕
「最低でも30分はかかると通達を、急ぎなさい! 問い合わせた部署によって言うことが違っては、ますます市民が混乱するでしょう!?」
 自身の動揺を押し隠しながらも。とにかくプラント政府として、
〔ラクス様のコメントは? まさか、あれっきり話を中断したままにはなりませんよね!?〕
〔アスハ邸襲撃疑惑に関して、ザフト、評議会の見解は――〕
「オーブ側の言い分を、事実関係と照らし合わせたうえで答える必要があるだろう? 5分、10分で片付くものではない!」
 方策を定めるまでの時間稼ぎに追われていた、ルイーズを始めとする議員一同は、

「報道規制を解除!?」

 デュランダルからの通信に、意表を突かれ戸惑いの声を上げた。
「今すぐに、って……良いんですか? あれから、まだ20分も経っていませんよ?」
「もう対応準備が整ったんですね? さすが――」
〔いいや。残念ながら、まだだよ〕
 モニターの向こうで、議長は微苦笑を浮かべた。
〔あちらが誠心誠意とメッセージを送ってきたからには、こちらも、まず従えない理由とされた “アッシュ” の出所を確かめねばならんだろう? なにより……かつて盟友だったアスハ代表が、プラントにおける歌姫の影響力を逆手に取ってまで、民衆を混乱させ。ロゴスを支持するつもりはないと言いつつ、頑なな姿勢を崩さぬことに、ラクスはひどく心を痛めている〕
 脳裏に浮かぶは、ディスプレイに同時に映った二人の歌姫。
〔元々、あの国がジブリール氏を匿ったことに驚き憤り。今度は、なにを言い出して人心を惑わせるつもりかと――平和を尊ぶ想いゆえ、ああした無茶に踏み切ってしまった彼女だ〕
 デュランダルは、ふうと溜息をつく。
〔敵性国家とはいえ、代表者たる人物の演説を妨害した行為は、詫びる必要があるし。ラクスも、オーブに問いたいことがあるそうだが……さすがに、自分と瓜二つの人間がアスハ代表とともに居ては、乱れた心が落ち着くにも時間がかかる〕
「そうですよね。さぞかしショックをお受けになったことでしょう……お労しいですわ、ラクス様」
 同意を示したクリスタが、深々と頷き、
「おそらく、あの娘が。ディオキアでシャトルを強奪した犯人グループの一員なんでしょうね」
「整形にしても、よく似せたものですが」
「こんな情勢でなければ――政治などに煩わされることなく、ゆっくり休んでいただきたいところですけれど」
〔ああ。だが、そうのんびり構えてもいられないだろう。あまり “システムダウン” を長引かせては、プラントに不利な話でもあるのかと要らぬ猜疑を生みかねない〕
 口々に憂うジェレミーたちに、議長は物静かに応じた。
〔それに市民も、アスハ代表の演説には興味があるだろうからね。こちらの回答は明日、件の “メッセージ” が、ある程度人々に知れ渡ってから行う。君たちには、また苦労をかけるが……それまで、国内の騒ぎを最小限に留めるよう。宜しく頼むよ〕
 議員たる自負を噛みしめながら、ルイーズたちは答えた。

「お任せください」

 そうして緊急会議が終わり。
 強制的に止めていたチャンネル、規制を解かれたマスコミは―― 『電波ジャックの負荷によるシステムダウン』 という中断理由とともに、リアルタイムでこそないものの、アスハ代表のメッセージを流し始めた。

 とたん、電話からなにまでピタリと止んで。
 ようやく一息つく時間を得たルイーズたちは、今後に備え、濃いコーヒーに口を付ける。また間もなく、今度は、内容の真偽を問う声が殺到するだろうが――

「それにしても、アスハ代表が言ったこと……どこまで本当なのかしら?」
「ロゴス支援国家の戯言など、真に受けてどうする」
「まったくだ! 見ただろう? オーブ戦で連中に味方していた、例の三機を」
「グラスゴー隊を襲ったガイアに、エターナル、フリーダムが引き連れて降りたジャスティス――果ては “ドムトルーパー” だぞ!? 前大戦の英雄が聞いて呆れる、盗人の集団じゃないか」
「元首と歌姫の暗殺未遂とやらも。おおかた盗んだ “アッシュ” の設計データを元に、造った機体で、自作自演の芝居を打ったんだろうよ。くだらん難癖だ」
「だいたいアスハ邸がザフト機に狙われたなら、その時点でプラントを問い質しているはずだろうに」
「けれど映像記録があると。マルキオ導師まで別邸に居たっていうのよ?」
「そんなもの、いくらでも偽装できるさ」
「ラクス様と親しくしていたと言っても、しょせんナチュラルの宗教家だしな。そもそも盲目じゃ、どこで誰が何してたって目撃者にもなりゃしない」
「……それでも」
 円卓を囲んで、がやがやと議論を交わす同僚たちを横目に、ルイーズは呟いた。
「ドムトルーパーのデータが、オーブに与する組織に渡っていたということは。アスラン・ザラ、メイリン・ホーク以外にも、まだ軍にスパイが潜んでいる可能性が高いわね」
 あの機体が、ザクウォーリアと天秤にかけられていた時期には。
 アスラン復隊どころか、オペレーターの少女も士官学校を卒業してさえいなかったはず。
 彼らが、廃案になったモビルスーツの噂を聞きつけ、探し当てたデータをハッキングした可能性が無いとは言えないが。それよりは――前大戦終結後からずっとザフトに潜伏していた裏切り者が、機密を漏洩したと考えた方が自然だろう。
「!!」
 示唆された問題に、議員たちが表情を強ばらせ。
 ほどなく、再び内線コールがけたたましく点滅し始めた。


 ほぼ徹夜で対応に当たりながら、やがて日が暮れ、夜も更けて。


「ルイーズ、起きて!」
 あわただしく肩を叩かれて、仮眠の交代時間かと目を覚ませば、窓の外はもう明るくなっていた。
「――えっ? 放送が?」
 思わず聞き返したルイーズに、クリスタが咳き込んで告げる。
「ええ。5分後に開始しますと、さっき連絡が……」
 あわてて休憩室を走り出れば、懐かしく響く “水の証” のメロディと――大型ハイビジョンテレビに映る、一面に広がる緑。

 ルイーズは目を瞠る。
 流れる映像、情景は、在りし日のユニウスセブンだった。

〔わたくしは――〕

 のどかな農業プラントを背景に、透きとおった声だけが耳に響く……


×××××


 カガリが “メッセージ” を送った翌日。
 プラント側から、あらためて “応え” があった。

〔わたくしは、ラクス・クラインです〕

 “水の証” をBGMに。
〔まずは、アスハ代表へ――昨日、あのような形でお話を遮りました、非礼を、深くお詫び申し上げます〕
 どこか郷愁を誘う風景が、ゆっくりと移り流れる中。
〔ダーダネルス、クレタでの出来事が、とっさに脳裏を過ぎり。ようやく平和へ向け歩みだした矢先である世界へ、今度は、いったい何を仰られるおつもりかと……疑いを抱き、聞き終えもせず口を挟みましたこと。申し訳なく思っております〕
 音声だけだと、いよいよ “ラクス” と判別がつかない。
〔ですが、わたくし。ラクス・クラインにも〕
 昨日と同じ時刻、場所。
〔一介の歌手に過ぎぬ身でありながら、皆様に耳を傾けてもらえた、暖かく迎えていただけたことを理由に――本来の領分を逸脱し。マスメディアを通じて、戦争に対する想いを訴え続けた責任があると考え〕
 アークエンジェルの食堂にいたミリアリアは、
〔プラントとして正式に、オーブからの回答要請に答える前にと……デュランダル議長の厚意により、こうして、お時間をいただいております〕
 やはり同じテーブルについていたノイマンたちと、思わず、顔を見合わせた。
〔どちらの “ラクス・クライン” が本物かと、世界中で困惑の声が上がっていること。わたくしも聞き及んでおります〕
 実際、TVニュースはもう昨日から延々と、カガリが表明した疑問点をそっちのけにする勢いで、どっちだこっちだと騒ぎ続けていて。
〔けれど、わたくしには、己が本物であると証明する方法も。アスハ代表と共にいらっしゃる、あの方が偽者であると断じる術もありません〕
 国際社会における地位も失墜してしまったオーブより、プラントの歌姫を好意的に捉える声が断然多いものの。
〔ただ、確実に申し上げられることは――〕
 あまりに不自然だった放送時のうろたえぶりを、訝しむ意見と。
〔プラントで生れ育ち、防げなかった戦火を憂い。皆様を励ましたい、この歌で、ひとときでも不安に揺らぐ人々を癒すことが出来ればと……地球連合軍の核攻撃により、戦争が始まってしまったあの日からステージに立ち続けた、わたくしは〕
 対するオーブ側、偽者にしては泰然とした “ラクス・クライン” の立ち振る舞いに、ひょっとしたらと首をかしげる者が少なからずいたことも確かで。
〔いまもロゴスと戦うため、ヒトを正しく導いてくださると信じた人物――デュランダル議長と、共におります〕
 けれど今日、聴こえてくる少女の声は、
〔アスハ代表によって語られたオーブの内情、事の真偽は、わたくしには判りかねますが〕
 凛と響き、怯えても震えてもいなかった。
〔戦争を終わらせる為であればこそ、束の間とはいえ止め得たからこそ、かつてザフトから奪った罪を赦されたもの。フリーダム、ジャスティスを……いま在るあれらが、たとえ一度は大破して新しく造り直されたものだとしても〕
 ただ淡々と、昨日のように激した感もなく。
〔ユニウス条約に背くモビルスーツを用いて、戦局を掻き乱し、ジブリール氏を捕らえようとするザフト軍を妨害――断つべき争いの火種を野放しになさったこと。なにより戦後、廃棄せぬまま保有されていたこと〕
 オーブ、アークエンジェル陣営には痛い点ばかりを、冷静に突いてくる。
〔また、返還が叶わぬなら処分すべきものを。オーブの良心を過信するあまり他国の軍に委ね放置していた、フリーダム強奪犯に違いない、この身を悔やむとともに〕
 もしも彼女が、自分が本物だと声高に主張するようなら。
〔わたくしの名、姿、声が、これ以上、人々の不安を煽ることがあってはならぬと考えます〕
 ラクスの父親、シーゲル・クラインと親しかったカナーバ前議長に、公の場で対面したいと願い出れば白黒つけられるだろうと、キラたちが話していたけれど。
〔よって、本日を以ちまして、ラクス・クラインは――すべての芸能・政治に携わる活動を自粛いたします。真の平和が訪れる、その日まで〕
 やはり、一筋縄ではいかない相手であるようだ。
〔……あの方は仰いました。彼女と、わたくしは違うものであり。その想いも違うと〕
 活動休止を宣言した、
〔ならばわたくしも、我が祈りを紡ぎましょう〕
 歌姫が、静かに諭す。
〔あの姿、声に、惑わされないでください。わたくしが何者であり、たとえ彼女が何者であろうとも。ザフトが、義勇軍の方々が従うべきはラクス・クラインの言葉ではなく――守るべきものは、人々の平和な暮らしに変わりないはずです〕
 ミリアリアが主観で抱いてしまう、反発はともかくとして。
〔理想を語るだけなら、誰にも出来ます。行動に伴う結果こそがヒトの本質を示すものと、わたくしは考えます〕
 客観的に聞けば、至極尤もなことを言った。
〔皆様に、争いの無い世界で生きてゆける、未来が在ること……再び、わたくしの歌をお聴きいただける日が来ることを、願っております〕

 そうして、語り終えたプラントの歌姫と入れ替わり。
 モニターに現れたデュランダル議長は、やや厳しい表情で答えた。
 
〔 “アッシュ” の製造履歴に関しては、もちろん、徹底的に調査を行います。ドムトルーパーの設計データを盗み出し、オーブへ援軍として送り込んだ者もまた、どこかに潜んでいるのでしょうから〕

 それを聞いたノイマンが、苦りきった口調で呟く。
「……真っ先に、そこを突くか」
 確かに、こうなると形勢をひっくり返すには程遠そうだ。

〔アスハ邸襲撃に関する疑念が解消されるまでは、我らに従えないと、アスハ代表は仰いました――ならば私も申し上げましょう〕
 オーブ戦で確認されたドムトルーパー、フリーダム、及びジャスティス。
〔先ほど、ラクスも憂いていたように。戦火を助長した――ザフトから奪われたものである全機が、廃棄もしくは、こちらへ引き渡されない限り。ロゴスと通じるものではない、平和を願うという、アスハ代表の言葉に信は置けず〕
 黄金の双眸も冷ややかに、こちらを見据えて告げる。
〔ジブリール氏追撃に、信頼できぬ国の参戦を認めることも出来ません〕



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こっそり行方をくらませば 『こっちに居た方が偽者か……?』 とプラント市民に怪しまれること必至。ならばミーアもメッセージを残していく必要があるはずで。電波ジャック合戦に懲りたら、無難なのは録音かと。