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■ ZUGZWANG 〔1〕


「あっちが本物だよ!」
「いや、でもデュランダル議長は……」
「みんな、なに言ってるんだよ。ザフトは悪い奴らじゃないぞ!」
 ざわめく群集の中、ひときわ大声を上げる人影。
「悪いのはロゴスと連合なんだ! オーブなんか、そっちの味方じゃないか!!」
「ああ、そうだ」
 懸命に主張するポニーテールの少女に、賛同した青年が、周りを見渡して強く言う。
「誰が俺たちを苦しめたのか、そして誰が解放してくれたのか――みんな、もう忘れたのか?」
「そうだそうだ、オーブは連合だぞ!」
「そこにいる奴らの言葉など、信じられるか!」

 暮れゆくガルナハン郊外にて、湧き上がる肯定と否定を横目に、通り過ぎていく二人組のうち。

「……やっぱり、分かりやすい方に流されるんですよねぇ」
「ここの住民にとっちゃ、歌姫の存在意義だのカリスマだのは些末事だろうからな」
 初老の男が、連れに応えて首を振った。
「プラントはともかく地球じゃあ、前大戦の英雄ってイメージは、オーブのアスハに焼きついとる――ろくすっぽ交流無かった国のアイドルなんぞ、ついこないだまで顔も知らんかった奴がほとんどだ」
 浸透した “ラクス・クライン” の人物像は、ユニウスセブンが落とされてからずっと、慰問コンサートに励んでいた少女。
「自分たちを助けてくれた側に肩入れして、当然ってところですか」
 でも、と冴えない風体の中年男性は続ける。
「 “ラクス・クライン” を知って日も浅い人々には、言葉以上の意味を持たず。姿に惑わされるなと言われて、すぐ我に返ったとしても――」
「ああ。デュランダルにとって支持基盤になる、プラント市民こそ “はい、そうですね” と割り切れやせんだろうな」

×××××


「 “デストロイ” を相手に戦ったという意味では、確かに、共闘に近い形となったが――大衆に、テロリストの艦と “ミネルバ” が繋がっているなどと誤解されては、ザフトが要らぬ迷惑を被る」
 プラントの歌姫から、あらためて “メッセージ” が返り。
「なによりアークエンジェル一派とオーブは無関係だと、政府が発表したところで、連合の進軍を再三妨げては大西洋連邦が黙っていなかったはず」
 さらにデュランダル議長からも回答があった日の、夕方。
「再び、要請という名の脅しを受けたオーブ軍から攻撃される事態を避けるため、映像記録に映り込んだ “ストライクルージュ” を始めとする機影は、こちらで削除したが」
 オーブ行政府の一室で、プリントアウトされた回答文書を読み上げながら、
「長年親しくしていたオーブとは出来る限り事を構えたくないという、プラント政府の配慮すら、理解されなかったと思しき問いには、我々こそ困惑しており」
 金髪の少女が、眉根を寄せて唸っていた。
「アスハ代表の言葉を真実と捉えるなら――代表首長自ら、同盟軍に刃を向けた、その行為を全世界に知られたとき」
 手に取り眺めていた回答文書を、テーブルへ戻しつつ溜息ひとつ。
「腹心たるべき宰相親子とすら、意思も疎通されぬ有り様で、大西洋連邦の追及にどう答えるおつもりだったか、お聞かせ願いたいものである……か」
 “アッシュ” の製造履歴に関しては、現在調査中であるため後日回答すると、保留にされたが。
 オーブ戦に “ドムトルーパー” が加わった点を突いてきたからには、すべてロゴス支援国家の自作自演で片付けられそうな気がする。
「……さすが議長」
 劣勢を覆すどころか、オーブの立場は悪化する一方だ。
「先日示された条件も、つまるところ “回答” にかこつけた武装解除要求ですしね」
「まあ、我々と置き換えるなら。ザフト軍が “アカツキ” や “ムラサメ” を奪い取り、それを主力としてロゴス撲滅に派兵するようなものでしょうから――プラント市民やザフト兵にしてみれば、共闘を申し出る前に盗ったモビルスーツを返せと言いたくもなるでしょう」
「それもそうだな……」
 カガリは軍服の腕を組んだまま、渋面で考え込む。
「暗殺未遂の件が片付くまでは、あちらの言いなりになる訳にもいきませんが――首謀者が捕まり、無事に停戦を迎えられたなら。プラントとの関係をこれ以上悪化させない為にも、問題とされた機体はザフトへ返すべきでしょうね」
「ですが、明日の会見はどうします? 出来れば、こちらからは動きたくない状況ですが……」
 ユウナ・ロマの元秘書官が、浮かぬ顔で呟き、
「ベルリン市民の反応は? なにか、続報など入っているか?」
「はい。先のメッセージと世論の流れを受け、ようやく市長も重い腰を上げたようです。ただ――」
 グロード家の青年首長も、難しい顔つきで告げた。
「どうも質問内容は、噂されていた予定と違うことになりそうですが」

×××××


 復興途中のベルリン市街、とある社屋。

「ジブリール追討戦を控えお忙しいところ、申し訳ありません」
〔いえ……〕
 通信室、モニター前に座った街の代表者は、あくまで低姿勢に切り出した。
「僭越ながら、先日のデストロイ戦に関して、お耳に入れたい話がございまして――事が事ですから、早急にと」

 いやアンタとっくの昔に判明してたそれ、見間違いか何かだろうって渋り続けてたろうがよ?
 衛星通信システムを貸している立場の青年実業家らは、内心思ったが、もちろん口には出さなかった。

〔デストロイ戦の? ……なにを、でしょう?〕
 通信に応じた人物、評議員ルイーズ・ライトナーが、訝しげに問い返す。
〔アークエンジェル一派の介入行為を、ニュース映像から削除していた理由は、議長が会見で述べたとおりですが〕
「いえいえ私も、議長とラクス様の “メッセージ” は拝聴いたしました」
 市長は、あたふたと両手を振った。
「実は地球連合軍に襲われてからというもの、市民から、自分たちを庇ってくれた淡紅色のモビルスーツが映っていないと――まだパイロットが滞在しているなら、ぜひ直接礼を言いたいという要望が、十数件寄せられておりまして」
 まあ、ユーラシアはプラント寄り。半壊した街もザフトの救援によって再建されつつある以上、友好国のお偉方を相手に滅多なことは言えまいが。
「こちらに残っていた映像記録を調べてみたところ、オーブの、アスハ代表の “ストライクルージュ” としか思えず……どういうことかと困惑しておりましたが。デュランダル議長から事情説明があり、我々もホッとしております」
〔ご理解いただけて良かったですけれど――納得されたのでしたら、他に、なにを?〕
「それがもうひとつ、問い合わされた不審点がありまして」
 他に誰が聞いている訳でもなかろうに、市長は、ぐっと声をひそめ。
「撃破された “デストロイ” に乗っていた兵士を、インパルスのパイロットが、どこかへ連れ去ったと」
〔……え?〕
「駐屯兵の方々も目撃していますから、我々の勘違いではないと思います。それに交戦中、フリーダムからデストロイを庇うような動きも見せていますし――」
 困惑に目を瞠った女性へ、重ねて問い。
「ライトナー議員は、問題の連合兵がどうなったかを御存知で?」
〔いいえ。大破した機体のコックピットに遺体はなく、焼失したらしいと報告を受けましたが……〕
「ああ、やはり!」
 身を乗り出した、市長は急き込んでまくしたてる。
「聞けばインパルスのパイロットは、オーブ出身というじゃないですか? 連合軍と裏で通じていた、ロゴスの回し者である可能性が高いんじゃないかと。ひょっとすると、議長が仰っていたドムトルーパーとやらのデータも――」
 抱え、溜め込んでいた問題をようやく吐き出した彼は、すっきりした表情でいるが、
〔なんですって……!?〕
 寝耳に水の話を丸投げされたらしい、ライトナーは、モニターの向こうで唖然としていた。

×××××


 誰もが誰も、そろって同じ時間帯にテレビの前に居合わせたはずもなく。
 話題の “演説” をリアルタイムで観ていた市民など、全人口の、十分の一にも満たなかったろう。

「どういうことなんだよ、これは――」
「なんで、ラクス・クラインが二人!?」
「偽者だ!」
「いや、しかし……」

 遅れて事態を知った者たちが、親兄弟や友達、同僚を呼び止めては疑問を投げあう。
 宇宙を隔て存在する歌姫によって、混乱に突き落とされたプラント市街を――ひとり冷静に、黒髪の女が歩いていた。

〔その方の姿に、惑わされないでください〕
〔あの姿、声に、惑わされないでください〕

 ショッピングモール、家電量販店の液晶ディスプレイに、代わる代わる再生され続ける “メッセージ” とピンクの色彩、
(……それは無理ね)
 通りすがりに足を止め膨れあがった人垣を横目にしつつ、誰にも聞こえぬ相槌を打つ。
 いまさら出来ない相談だろう――特に、ここプラントに於いては。
 ジュエリーショップで偽物を掴まされた、なんてレベルの話じゃ済まされない。
 どちらが本物だとしても、デュランダル、もしくはアスハが政府ぐるみで大衆を騙し続けているという結論に至るのだから。

 しかし世界を点々と巡り暮らして、たまに故郷へ戻ってみると。
 ラクス・クラインに対するコーディネイターの依存度合いは、アイドルへの熱狂を通りこしカルト宗教めいて異様だ。

(問題視しなきゃいけない順番が、違うと思うんだけどねー……)

 マンスリーマンションの一室へ帰りついた女は、バッグを放り出し、ウイッグとスーツを脱ぎ捨て
「あ。そういや、この時間帯にやってるんだっけ」
 留守電メッセージを再生しながらパソコンを立ち上げつつ、ソファに寝転がってテレビのリモコンを押した。

×××××


 とあるTV局の一室に、タッド・エルスマンは、アナウンサーと向きあい座っている。

 ヘブンズベース戦がザフトの勝利に終わってほどなく、毎週土曜日に枠を設けられた特集番組は――エザリアとアイリーン、元議員の二人をコメンテーターに迎え。小難しい専門的なテーマのわりにタイムリーな時事問題として、そこそこの視聴率を保ちつつ、しかしべつだん脚光を浴びるでもなく慎ましやかに第三回目を終えようとしていた。

 特集とはいえ、なにも目新しい要素は無い。
 人体実験、しかも年端もいかぬ子供を生体CPUに造り上げる研究など、プラント市民にとっては、ナチュラルの野蛮さを裏づける代物でしかなく。タッドたちは、
『まったくもって地球連合や “ロゴス” は、けしからん』
 という批判を、切り口を変えて繰り返しながら。時折、エクステンデッドのメカニズム解説を挟みつつ、
『人間が人間をモノ扱いして、己に都合良く操ろうとする行為が、いかに他者の尊厳を踏み躙る人道に外れたものか』
 公共の電波に乗せ延々と語っているだけの話であった。

「ありがとうございました。それでは、また来週――」


 いつもどおりアナウンサーの台詞で番組は締めくくられ。
 左右に美女を引き連れて廊下へ出た、タッドは、振り返って訊ねる。
「さて……二人とも、このあと予定は?」
 先週までは、番組プロデューサーとの打ち合わせに残る必要があったりと、それどころではなかった訳だが。
「そろそろホテルのルームサービスにも飽きてしまってね。しかし一人では、入り易い店も限られる――空いているなら、夕食ぐらい喜んで奢るよ?」
「せっかくですけれど、お先に失礼しますわ」
 爽やかに発した誘いは、カナーバに一蹴されてしまった。
「他局のニュース番組に呼ばれているんです。午前中に電話があって、ぜひゲストに……と」
「それはまた、ずいぶん急だね」
「ええ――声が掛かった理由は、だいたい想像つきますけど」
 どことなく憂鬱そうに、答えた彼女は去っていった。
「エザリア、君は?」
「なぜ仕事が終わってまで、貴様と顔をつき合わせていなければならんのだ。私は帰るぞ」
「……冷たい」
 おおげさに萎れてみせても、鮮やかな碧眼は、ますます冷ややかに細められるだけだった。


 エレベーターを降りて駐車場へ向かいながら、エザリアは、唐突に呟いた。

「チェスが得意だとか言っていたな」
「ん?」
「デュランダルには――今の状況も、計算どおりということか?」
「さあ。どうかな? 見る限り、まだザフト有利に違いないが……下手に動けばオーブともども自滅しそうな局面に思えるね」
 相手の出方を窺い、腹の探り合い。
「ボードゲームの種類によっては、なんだかんだで四隅を固めた側が有利だし――序盤、やっきになって己の色で埋め尽くした結果、手詰まりになることもある」
 いよいよ機嫌が悪くなっているなぁと昔馴染みの女性を眺めつつ、タッドは肩をすくめる。
「私にはもう、先の展開は読めんよ」
「どちらにしろ、チェスごときで政治を語れるものか」
 ハイヒールの靴音をコンクリートに響かせながら、エザリアは、ふんと鼻を鳴らした。
「駒の数が30だか60そこそこのゲームで、無敗を誇ったから、どうだと言うんだ? ……世界に人間が、何億いると思っている」



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電波ジャック合戦後の地球側。
点在する材料を突き詰めていくと、どーやってもオーブは分が悪い。