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■ ZUGZWANG 〔2〕


「これが間違いなく、修正前の映像になるのね?」
「はい」
 ルイーズの傍らで、シュライバーは大真面目に頷いた。
 もちろん本心から答えているんだろう、けれど彼は、戦場に居たわけではない。
 自ら撮影した記録メディアを肌身離さず、ここへ運んできた者にしか 『間違いなく』 と断じられないのだから、訊ねること自体が無意味といえば言えた。

 ベルリン戦にてアークエンジェル一派の介入があったこと、新たな火種を生みかねない機影は削除すると聞いていたから、ストライクルージュの関与を問われたところで “回答” は決まりきっているが。
 それ以外に問題があろうとは考えてもみなかった、ルイーズは今日に至るまで、修正後の映像しか確認しておらず。
(デストロイを庇っているように、見えなくもないけれど――)
 被災地から寄せられた、シン・アスカに対する嫌疑には困惑するしかなかった。
 ひとまず 『事実関係を確認したのち、回答します』 と通話を切り、呼びつけたシュライバーと共に、映像記録を再生しているものの。
(……単に、フリーダムを邪魔に思っただけとも取れるし)
 ユーラシアの部隊が撮影したものと、ミネルバが記録したものは、それぞれ開始時点が異なるだけ。最終的には、フリーダムに動力部を貫かれたデストロイが爆発、瓦礫の海へ沈んだ様子で終わっている。

 肝心な、決着がついた後の、デストロイ周辺の動きは映っておらず。
 ベルリン側にも、駐屯兵を含む目撃者が十数名いるだけで、記録としては残っていないというあたりが、また面倒だった。

(戦闘空域に駆けつけてすぐ、敵機のコックピット部に損傷を与えているんだし。ヘブンズベースでも先陣を切って戦い、連合の本拠地を陥落させているわ――だけど)
 ユーラシア西部地区にとって、オーブはともかく地球連合は敵軍。ならば理由もなくザフト機を批判的に捉えはしないだろう。
 生き残った駐屯兵たちとて、徒にそんな噂を流すまい。
 だとすれば……シン・アスカは確かに、デストロイに乗っていた敵兵を連れ出したんだろう。
(それが事実なら、なんの為に?)
 本人と、目撃者たちをカーペンタリア基地なりに呼び集め、質疑応答を行えば早かろうが――ジブリール追討戦を控えた今、エースパイロットの休息時間を削ってまで回答を急ぐ問題でもあるまい。
(スパイだなんてことは、有り得ないと思うけど)
 しかしビームサーベルはおろかシールドもかまえず、不用意に敵機に接近するなど不審点も多い。独断で保留にしてしまうには不安が残る。

「シュライバー委員長。あなたは、インパルスの戦法をどう思うの?」
「はぁ。ほとんど被弾もせず優位に立ち回っておりますし……単に、なにか策があって近づいたところ不発に終わり、二機の間に生れた隙を、フリーダムが突いただけと思いますが」
 国防委員長は、眉根を寄せて答えた。
「連合のパイロットを連れ去った目的などは、想像もつきませんから。やはり本人を問い質した方が良いのでは?」
「――そうね」
 憶測は、どこまで語り詰めても憶測に過ぎない。
 妙な疑いを抱かれてしまった以上、早急に晴らすことはシン・アスカ自身の為でもあるだろう。

(まったく、まともに眠る暇も無いわね……)

 ルイーズは嘆息しながら、カーペンタリア基地と連絡を取るべく通信室へ向かった。

×××××


「――宇宙へ?」
〔はい。ミネルバは、いったん帰投した後すぐに、月艦隊と合流すべく発進しております〕
 カーペンタリア基地からの返答に、眉根を寄せて後ろを仰げば。
「艦隊指令部の指示……ですかね。すみません、ザフトも連戦の対応に追われ立て込んでおりまして。作戦立案については現場の将校たちに委ねているため、昨日、今日では、把握し切れていない部分も……」
 頭を掻きつつ弁明する人物に気づいた、オペレーターが慌てふためき。
〔シュ、シュライバー委員長!? 申し訳ございません、報告が遅れまして――なにかトラブルが?〕
「いや。少し、確認したいことがあってね」
 相手を宥めたシュライバーは、穏やかに問い返す。
「それでは、議長は? まだ基地に留まっていらっしゃるのか?」
〔いいえ。デュランダル議長も、要塞メサイアへ上がると仰られて。先ほど、シャトルでお発ちになりました〕

 空振りに終わった通信を終え。
 デスクへ戻ったルイーズは、ベルリン戦の映像を巻き戻しながら嘆息した。

「どうしたものかしら。移動中では、落ち着いて話も出来ないでしょうし……」
「なんだ? どうした」
 声を掛けられて顔を上げれば、パーネル・ジェセックが訝しげに眉根を寄せて立っていた。
「ええ。実は、被災地から――」
 ちょうど良かったと、似たような噂を聞かなかったか訊ねる意も込め、手短に事情を説明してみれば。
「……なんだ、馬鹿馬鹿しい」
「え?」
「ジャマな “フリーダム” を追い払っただけだろう、インパルスは」
 ノウェンベル市出身、ルイーズと同じく再選議員の彼は、あっさり言い放った。
「中距離からビームを連射しても、ことごとくリフレクターに跳ね返されて、被害は増える一方だったじゃないか。デストロイを撃破するには接近戦に持ち込むべきだったろうに――」
「ええ、まあ……」
 頼りない相槌を打った、シュライバーを横目にして、
「ダーダネルス、クレタ海戦を単機で引っ掻き回し、セイバーを一瞬で沈め。当時はシン・アスカさえ敵わなかった、あの “フリーダム” が、何故――インパルスのように、相手の特性に応じた戦術を取らなかった?」
 モニターに映し出された該当シーンを指差しつつ、吐き捨てる。
「連合軍の侵攻を阻止したかったと、アスハ代表は言うが。私には、戦乱に乗じたパフォーマンスだったとしか思えんがね」
「それではフリーダムを退けたあと、インパルスが、武器を下ろして敵機に近づいていったことは? どう解釈するんです?」
「 “ブロックワード” を使ったんだろう」
「……え?」
「少しは手持ちの情報から推察したらどうなんだ? だいたい他に、ザフト機を前にして、デストロイが攻撃を中断する理由があるのか?」
 小馬鹿にするような口調にカチンときた、ルイーズは訳が分からず黙り。
「あの、それはどういう――」
「ナチュラルの一般兵に、デストロイ級は扱えんだろう。パイロットは強化人間だった可能性が高い」
「確かに、そうですね」
 代わりに、シュライバーが同意を示した。
「シン・アスカを含め、ミネルバクルーは、ロドニアのラボ調査に立ちあっている。そのとき、エクステンデッドの生体データも見聞きしたはずだ」
 恐れを知らぬ戦闘マシーン。
 だが、コンピュータにおける緊急停止ボタンに似た、ブロックワードなる言葉が刷り込まれているという。
「個別に設定されるワードとは別に、催眠暗示の適性チェックに使われる単語もあるそうだからな。接近してスピーカーで怒鳴るか、国際救難チャンネルを開いて敵パイロットに聞かせたんだろう」
「…………」
「そうやって戦意を削ぐつもりだったなら、相手を刺激する行為は避けて当然だろう? デストロイも火力が凄まじい反面、小回りは利かんようで、インパルスの速さに対応しきれずにいたことだしな」
 ジェセックの見解には、一理ある。
 懐へ飛び込んでしまえば、逆にロックオンされにくいようでもあった。
「ビーム兵器の塊に等しい代物だったんだ。下手に破壊しては、どんな爆発を引き起こすか分かったものじゃない――言葉ひとつで無力化させられるものなら、私でも試すさ」
「なる、ほど……彼は、ロドニア調査の時点から、エクステンデッドに同情的だったようですしね」
 黙考するルイーズの傍らで、熱心に意見を交わす男たち。
「まあ、結局は失敗に終わったようだが――それでも、インパルスが敵の注意を引き付けていたからこそ、フリーダムはあれを撃てたんだろうに。デストロイ撃沈は自分たちの手柄だ、とでも言いたげな口振りだったからな」
 ジェセックが肩をすくめ、苦々しげに毒づき。
「瓦礫と化したベルリンを目の当たりにしながら、救援活動も行わず。いまさらロゴス不支持を表明して正義面とは、呆れて物も言えんわ」
「しかしユーラシアの連中も、そんな行為を目撃したなら、なぜ先に軍本部へ報せないんだか……」
 シュライバーは、首をひねりながら言う。
「ベルリン戦後。シン・アスカが、無許可で現場を離れたという報告は、グラディス艦長から受けていましたが。軍部では単に、逃げたアークエンジェル一派を追撃、途中で深追いをあきらめ戻ってきたものとばかり――コックピットに敵兵の遺体も無かったというから、燃えてしまったと思い込んでいましたよ」
「さあな。自軍のエースを貶めるようで、言い出しにくかったのかもしれんがね」
「しかし結局、どこへ連れ去ったんですかね? 前回のように、敵軍に接触して引き渡してしまったとなると……やはり問題が」
「ああまで大破したコックピットの中で、生きているものか。無許可で母艦から離れたといっても、捜索沙汰になるほどの時間ではなかったんだろう?」
「はい。1時間弱、連絡が取れなかったと」
 国防委員長の返事に頷いて、ジェセックは続けた。
「ユーラシアは親プラント地区だ。ロドニアと違って、付近に連合軍基地は無い」
「それもそうですね。撤退していった “ボナパルト” を追ったものなら、守備隊がレーダーに捉えたでしょうし」
「ああ。どうもエクステンデッドを研究サンプル扱いすることに、反発していたらしいからな。目撃証言が事実なら、どこか人目に触れない場所へ埋めたか――」
「ちょっと待って」
 耳を傾けていた会話の途中で引っ掛かり、困惑しつつも口を挟む。
「前回のようにって、なに?」
「ああ、そうか……君は、主に行政面を担っているからな。報告は受けていないか?」
「エクステンデッドと思しき敵兵を、シン・アスカが連れ出したのは、これで二度目になるんですよ」

 “逃亡のすえ死亡した” と連絡を受け、それを事実と疑いもしなかった。
 クレタ戦と前後する時期、ミネルバに拘束されていた――捕虜の行方を報された、ルイーズは、ばんっと両手でデスクを叩いた。

「どうして、そんな問題行動の報告を一部に留めていたの!? 知らなければ、推察できるものも出来ないわよ!」
「いや、まあ。エースパイロットとはいえ、一兵士の軍規違反でしたから……自首と申しますか、逃げ隠れせず戻ってきたわけですし」
 こちらの剣幕に圧されたように、シュライバーが答える。
「エクステンデッドに対する同情心、それ自体は尊いものだ。憎むべきは地球連合軍であり、なによりミネルバ、インパルスは今後の戦略に不可欠な “力” だからと――議長のご判断で、お咎め無しに。ただでさえ多忙な議員方を、専門外のトラブルで煩わせることもないだろう、と言われまして」
 ……なんだ、それは?
 つまり議長を含め、軍事面に携わっている議員だけで話し合い、無かったことにしてしまったわけか?
「不満そうだな、ルイーズ?」
「いくらなんでも物事には順序があるでしょう? エースだからと、銃殺刑級の行為を不問にしてしまっては――他のミネルバクルーも含め、対外的に示しがつかないわ」
 憤然と抗議したルイーズに、
「順序、か……その台詞、そっくりそのまま君に返そう」
 ジェセックは、薄く笑って応じた。
「いま我々が果たすべき目的は、ブルーコスモス盟主の討伐だ。ようやく追い詰めたものをオーブにじゃまされ、今度こそ失敗は許されん」
 睨み合う男女に挟まれた、シュライバーは居心地悪そうに身を縮めていた。
「ジブリール追討戦を間近に控えたエースを、くだらん話で煩わせるような真似は慎みたまえ。議長もお忙しいんだ。当事者を召集するつもりなら、少なくとも、連合との戦いにケリがついた後にすべきだろう」
「……分かっているわよ、そのくらい」
「なら、いいんだがね」
 ユーラシア虐殺の惨状を思えば、いまさら地球連合と和解など出来たものではない。
 この戦争、ザフトが勝って終わらなければならない――ロゴス、及びブルーコスモスを叩き潰して。
「まあ、ベルリンの駐屯部隊に、救援物資について連絡するついでもあるしな。市長には、私から話をしておこう……その代わりという訳でもないが、後のことは、君たちでしっかりやってくれよ」
「後のことって?」
「議長に呼ばれてね。作戦指揮を補佐するため、私も、午後から “メサイア” へ向かうことになった」
 ジェセックは高揚した面持ちで、拳を握りしめて言った。
「今度こそ終わらせるぞ、戦争を」

 そうしてシャトルが発ち――アプリリウスにて留守を預かる議員が、また一人欠けたあと。
 息つく間もなくザフト軍本部から、急を告げるコールが鳴り渡った。



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パーネル・ジェセック氏。メサイアに居たってことは、アプリリウスに残ってた面々よりも “議長に必要な人間” だったんだろうなぁという訳でデュランダル派イメージに固定。