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■ 閃光の刻 〔1〕


 ブルーコスモス盟主を迎え入れたはず、にも関わらず――これといった動きが見られない、連合の残存勢力を警戒しつつ。
 イザークを含む各隊の長は、軍本部に集い、アルザッヘル・ダイダロス攻略作戦について意見を交わしていた。

 以前、議長の “宣言” に呼応したナチュラルたちが、逃げ隠れするロゴス幹部を追い詰めていったように。
 ロード・ジブリールを捕らえた、ザフトへ引き渡すという連絡が、もしかしたらと……わずかに期待する声も上がったが。
 反旗を翻さんとする勢力が強かったなら、とっくに月基地でも内乱が起きていたはず。
 閉塞感漂い、逃げ場も限られる宇宙と。ザフトが受け入れを表明、連合の圧政に反感も強まっていた地球とでは、人心の変化も異なるだろうと――総力戦を想定したうえ、話を進めていた矢先に、

「オロール型コロニーが、動いている……?」
「連合の仕業か? しかし、なんだってまた12宙域なんかをうろついて」

 プラントからは “月の表” にあたる、アルザッヘルの様子を探りに出ていた偵察機が、防衛警戒エリア外にて不審物を発見したという報せに。
『敵の目的が不明であるため、停止を第一に考えよ』
 チャニス隊とともに司令を受けた、ジュール隊員は、慌しく出撃準備に走り始めた。
 もたつくルーキーたちに指示を出しつつ――艦へ乗り込もうとしていた、赤服の少女とすれ違いざま。

「……シホ、おまえは残れ」

 イザークが隊長命令を下すと、案の定と言うべきか、部下は心外そうに食い下がった。
「な、何故ですか? 私も――!」
「作戦行動中では、潜んでいるかも分からんスパイがどうだのと気にしていられない」
 12宙域を移動中だという、コロニーの用途は定かでないが。
「だが、調査を後回しに出来るほど軽い問題でもないと、俺は思っている……アスランにかけられた疑惑を抜きにしても」
 任務を終え、プラントへ帰り着くまで何日かかるか見当もつかない。
「シェリフたちが地球へ降りたままで、再調査班も人手不足だ。執務室には、通常業務の文書も山ほど置いてあるからな――資料閲覧の為だからといって、他部署の人間に、合鍵を預けては行けん」
 イザークは、自ら預かる二隻の艦を見上げた。
「他のメンバーや隊員たちでは、少々心許ない……おまえが居てくれ」
 ディアッカもあれで案外、事務的な仕事も器用にこなす奴だが。
 前科者が有事に不参戦とあっては、疑心暗鬼の火種が要らぬ方へ燃え移りかねない――という、こちらの思考まで察したかは不明だが。
「……分かりました。お気をつけて」
 わずかに目を瞠ったシホは、表情をあらため右手を掲げた。
「ああ。留守を頼む」
 タラップで見送る彼女に、敬礼を返して。

 ボルテールのブリッジへ向かう途中。
 物資の搬入作業が急ピッチで進められている格納庫に、イザークは、ひときわ目立つ機影を見つける。

 “グフイグナイテッド” 、並びに “ブレイズザクファントム” ――後者は、ディアッカの専用機である。アスラン脱走の煽りを受け、配備延期になっていたが、ジブリール追討戦を目前に引き渡されたものだ。
 白を基調にした “グフ” と対照的に、ディアッカの “ザク” は、ダークグレーと黒のツートン……差し色に赤。
 フォルムはまるで違えど、それは前大戦で散った僚機を連想させるカラーリングだった。

 メカニックとなにやら言葉を交わしながら、小さく息を吐いたディアッカは、首を巡らせ――真新しいモビルスーツの脚部を、片手の甲でぽんと叩く。

『よろしく頼むぜ、相棒』 とでも言うように。

 そうしてほどなく戦艦ボルテール、及びルソーは、僚艦隊とともに出撃した。

×××××


「……それじゃあ、援軍は送らないんですか?」
「あちらが、我々を信用ならないと言うんだ」
 アークエンジェルのブリッジを訪れた、レ二ドル・キサカは渋面で。
「ジブリールを逃がした責任を取るといって、派兵を強行しようにも、攻め込む先が月基地ではな―― “デストロイ” の脅威が抜きん出ていたユーラシアや、艦隊数も二桁どまりだったダーダネルス、クレタとは訳が違う」
 逞しい軍服の腕を組んだまま、溜息をこぼした。
「どこからどう仕掛けるか打ち合わせも出来ず、攻防に連携が取れなくては、ザフトの作戦を阻害する結果になりかねん」
「そうですね……」
 艦長席に座っていたマリューが、思案顔で頷き。
「オーブの参戦は拒否するといった、プラント政府の意向を無視したと責められるだけで済めば、まだ良いが。万一、介入が原因でジブリールを見失い――もしくは、ザフトが敗北しようものなら」
 そこで言葉を切ったキサカに、ノイマンが相槌を打つ。
「大衆に植え付けられた、オーブがロゴス陣営だというイメージは、まず覆らないでしょうね」
「ああ。セイラン相手に仄めかしていたという “切り札” が、どんな代物かも気になるが……今のオーブには」
 首長陣に負けず劣らず、職務に忙殺されているんだろう。
「アルザッヘルとダイダロス、どちらかに攻撃が集中している隙に、またジブリールが地球へ向け逃亡した場合――速やかに捕縛できるよう、備えておくくらいがせいぜいだ」
 現状を告げるキサカの顔色は、褐色に日焼けしている所為もあり、いつもと変わらないように思えるが。
「アスハ邸を襲った “アッシュ” の出所が判明するか、月基地との睨み合いに決着がつくまでは、市街のライフライン復旧に全力を注ぐ……君たちへの正式な通達は、その後になるだろう。すまんが、もうしばらく待機していてくれ」
 低い声にはどことなく、疲れが滲んでいるようだった。

 オーブ政府の決定に口を挟む権利が、アークエンジェルクルーにあるはずもなく。
 ブリッジには、焦りにも似た所在無い空気が漂っていた。

 ミリアリアも気が急いて、細かな作業をするには落ち着かず。
 プラント政府は、ベルリンからの回答要請にどう答えるだろう? 誰が、どこまで事実関係を把握しているのか。
 アスラン生存の件は、おそらく “シン” を通してザフト軍部にも伝わっている頃合だ――けれど、彼やメイリンに濡れ衣を着せた人物がいるなら、次はどういった手段に出てくる?
 ジュール隊も、次の戦闘に加わるんだろうか……などと、埒が明かないことをグルグルと考え込んでいた。

 正面モニターには、さっきからTVニュース、記者の質問に答えるカガリが映っていて。
 各国への補償には、地熱やソーラー発電で得られる余剰エネルギーを以って、という旨の話をしている。

(昔も、オーブに着いてからはボーッとしてたっけ――)

 ……JOSH-Aを逃れたあと、気が抜けてしまって。
 当時はウズミ様が、あんなふうに連日、マスコミのインタビューに応じていたけれど。

 アラスカを、死の大地に変えたサイクロプス。
 ザフトによる、パナマ侵攻。
 グングニールの電磁パルス。
 爆発したマスドライバー、モルゲンレーテ。
 二年前から数え上げればキリが無い、連鎖する、鮮やかに冷たい光は――いったい、いつまで続くんだろう。

 ザフト軍がジブリールを討ち、地球連合が負けを認めて、終わる……だろうか?
 終わって欲しい。
 これ以上、戦火が燃え広がることの無いように。
 とにかく停戦を迎えられれば、調査や協議の類は、ゆっくり時間をかけて進めていけばいいんだから――

×××××


 ペン先を走らせる手を止め、ちらっと壁時計に目をやる。
 距離とスピードを併せて計れば、道中、遮るものが無ければ――12宙域に向かった艦隊が、そろそろ目標地点へ到達するだろう時刻に差し掛かっていた。

 誰もが忙しく立ち働いているザフト軍本部で。
 シホは執務室に一人、これまでに判明した事項を見直している。
 常に中心に在った白と緑、出入りする兵士の姿まで欠いた室内には、空調やパソコンの電子音くらいしか聴こえず……ただ、静か。

 皆が戦場へ赴いているときに、なぜ自分は、ここに留まっているのか。
 隊長たちが向かったんだから任せて問題ないと思う反面、彼らを追っていきたくなる衝動も燻ったまま。
 基地に残るなら残るで、ジブリール追討戦の準備に加わった方が、よほど建設的に思えるけれど。
(確かに――軽い問題じゃ、ない)
 ジュール隊が、チャニス隊とともに発ってほどなく。
 地球に留まっている再調査班メンバーから、新たな報せが届いていた。
 イザークたちの不在、出払っている理由を聞かされて、戸惑いながらも気を取り直したように彼らが告げた、事実は。
『やはり、アスラン・ザラの名は出てきません』
 9件中7件目までを確かめ終え、残るはもう二箇所だけだという。
 理由が何であれ裏切りは裏切り……聞き及ぶ一連の言動は、ザフトへの背信行為に変わりないけれど。
 今は亡きザラ議長の子息が、本当に敵と誼を結んでいたなら、ロゴス側からも痕跡が出てこなければおかしい。
 もしも “ラグナロク” のデータベースをハッキングした犯人が、アスランたちではなかったとすれば――それは同胞を欺いている誰かが、これ幸いと、彼らに濡れ衣を被せ。今もなお、そ知らぬ顔でザフトに潜伏しているということ。
 初動捜査時に、メイリン・ホーク共々スパイだったと結論づけ、細部を突き詰めては調べなかった輩も怠慢だが。
 表面的には筋が通るようでいて、部分ごとに見ればちぐはぐな現状に、何者の策略が絡んでいるにせよ。誰もが増える一方の仕事に追われ “それどころではない” から、そうなったんだろうと思う。
 
 ヒトは、その日そのとき、一箇所にしか居られない。
 同時進行で考えられる物事など、ふたつみっつがせいぜいだ。
 現に、ライトナーに接触すると決めたは良いが、多忙を極める議員相手に面会の約束さえ取り付けられぬまま、ジュール隊の長は出撃してしまっている。
 それを思えば他者と違う場所に身を置き、ゆっくり考える時間を持つことは、必ずしも無駄ではないんだろう。
 時を費やした挙句に得るものが無ければ、不毛だったという結論に至るだけで。

 とはいえ隊長たちを出迎えるとき、手ぶらでは居たくない……けれど未だ、これといった発見も無く。
 しばらく保安カメラの記録と睨みあっていた、シホは顔を上げ、椅子の背に凭れ息を吐いた。
(ここにある物はもう――再調査班が、総がかりで検証してきたんだから)
 見落としなど無くて当然かもしれない、とすれば、やはり徒労に終わる可能性が高そうだ。
 気分転換にコーヒーでも飲むかと立ち上がったとき、不意に静寂を破り、来客を告げるブザーが鳴った。



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脱線脱線な戦闘裏背景に一区切り、よーやっとジュール隊出撃でございます。TV本編では残り話数、実質5話も無いのに……まだまだ書くことてんこ盛り。