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■ 閃光の刻 〔2〕


「……はい?」

 通常、本部からの通達は内線なりFAXで送られてくることがほとんどだ。
 再調査班メンバーだろうか?
 本来属する部署の許可を取り、調査活動に専念しているシェリフたちはともかく、まだプラントに残っている数名――特に黒服の管理職たちは、業務の合い間に抜け出す余裕も無いんだろう。シホが留守を預かるようになってから、まだ一度も顔を出していなかったのだが。
(シュライバー委員長……?)
 特に深く考えず、応対に立った扉の横。
 外の様子を映すモニターに、軍部の責任者と、もう一人――あまり馴染みがない女性の姿を見つけ、シホは目を丸くした。


「……突然、ごめんなさいね」
「い、いえ」
「アスラン・ザラのスパイ疑惑に関しては、個人的に気に掛かることもあって。裏付ける物証が新たに見つかったなら、目を通しておきたいの」


 前触れもなく、シュライバーに案内されてきた人物は、ルイーズ・ライトナーだった。
「事前に連絡して来れれば良かったんだけれど、何時に必ずとは決めにくくて――ちょうど会議の間に30分ばかり、時間が空いたものだから」
 議長不在のプラントを預かる身だ、分刻みのスケジュールに追われているだろうとは容易に想像がつく。
 元々、彼女に伝えて意見を求める予定だったこと、向こうから足を運んでくれて願ったりの展開ではないか?
(でも……)
 潜んでいるだろう “黒幕” が誰かも判らぬまま、再調査班の推論を、どこまで打ち明けるべきだろう? どうせならあと数日早く、皆が居たときに来てくれれば良かったものを――
「よくよく思い返せば、私も調査再開を指示したきり、ろくに進み具合を確かめていなかったなと思ってね。アルザッヘル攻略戦が始まれば、またしばらく本部に缶詰だ……それに」
 シュライバーは複雑そうな面持ちで、付け加えた。
「撃墜されて海に落ち、死んだ思われていたアスラン・ザラだが――どうやら逃げ延びていたようだ」
「えっ?」
「 “デスティニー” と “レジェンド” のパイロットが、オーブ戦の最中に接触したらしい。モビルスーツのモニター越しに、顔を見たし声も聞いたと」
 ……生きていたのか。アスラン・ザラ。
 赤服以外にはさしたる共通点も無い、シホには、これといって強い感情は湧かなかった。
 ただ、悪運の強い青年だという呆れにも似た評価と、隊長たちは喜ぶだろうなという想いだけ。
「本当に生きているというなら。脱走兵の身柄を引き渡すよう、オーブへ要求せねばならないが…… “ラグナロク” の機密を盗んだにしても、どこの誰に売り渡したかはっきりしないままでは、罪状として扱うには弱い」
 議長の口添えでも無い限り、脱走兵の処分は銃殺刑で変わりないにせよ。
「とりあえず出揃った資料だけも、見せてもらえるかな?」
「…………」
 わずかな、ためらいを覚えた瞬間に、フラッシュバックする上司の声。

『留守を頼む』

 いま、ここに在るものを預かっているのは――私だ。
 ライトナー、シュライバーを順に見返して、シホは来客を招き入れた。


「どうぞ。こちらです」
「ありがとう」


 まず二人には、応接用のソファを勧め。
 写真を含めた映像記録、班員からのレポート類を、すべてテーブルに広げていく。
 ……だいじょうぶだ、問題ない。
 隊長たちはシュライバーの信任下、正式に軍務として事実関係を調べているだけ。誰に咎められる行為でもない。
 ザフト内に潜伏している “スパイ” が、再調査の進行に、真相を暴かれかねないと危機感を抱いたとしても――監視カメラが作動し、行き交う兵士も絶えることない国防本部内で、誰が、どうやって手出しできる? 公式発表との不整合を示す、物証の数々を消し去れるという?
 アスランたちに掛かった疑惑が薄れれば、上層部の不審も “中” へ向くだろう……どこに何人隠れているかは知らないが、プラントの平穏を脅かすもの、すべて燻り出すには。
 まだ確証は無くとも、スパイが居るという前提で警戒を強めておくため、やはりシュライバーだけでなくライトナーや、他の議員からも理解を得るべきだろう。
『アスラン・ザラの罪状と、情報漏洩問題は、ひとまず切り離して調べるべきだと』
 それは間違いなく、ここに残った自分の務めだ。

×××××


 報告どおり、敵はけっこうな数だった。
 ゆっくりと流れるように12宙域を進む、鈍く光る銀の環に、付き従っていた護衛艦群・モビルスーツ隊が――ザフト接近をレーダーに捉えたんだろう、一斉にビームを射掛け。
 閃光に染まった、虚空を。

「……けど、いったい何故こんなところに?」
「さあな。友好使節じゃないことだけは確かだろう――行くぞ!」

 加速散開する、ジュール隊とチャニス隊。
 頭数こそ地球連合に劣るも、宇宙戦はコーディネイターに地の利がある。
 すれ違いざまに敵機を貫き、胴薙ぎに斬り裂いて、廃棄コロニーと思しき塊を目指すイザークたちの前に突如、見慣れぬシールド型モビルアーマーが立ちはだかった。
「新手かっ……!」
 連射したビームがことごとく、ダイヤモンド状の光輝に弾かれるさまを横目に、舌打ちする―― “フォビドゥン” と同系統の代物なら、中遠距離の攻撃は無効化されるだけだ。
 ビームガンの驟雨を目晦ましに、そいつの裏へ回り込んで斬り払えば、リフレクターも用を成さず爆散して果てた。そうして数に物を言わせた連合艦隊の猛攻も、だいぶ薄れてきたところへ、

「おい、不用意に近づくな!」
〔だって、これ空っぽですよ。外層より、中の方が脆いに決まってるし〕
〔あいつらが躍起になって撃たせまいとしてるんだ、これさえ墜とせば!〕

 迎撃陣形も乱れ始めた敵モビルスーツ群を掻い潜って、チャニス隊のザクウォーリアが三機、用途不明の円筒状構造物に突っ込んでいった。モニターで拡大してみた、そこは確かに空洞で、核ミサイルの類が隠されている気配は無い。
 あるいは、建造途中で発見に至ったか……?
〔こんなものッ!〕
 訝るイザークが注視する中、突撃銃が三方へ火を噴くが。
 円柱を抉るはずだったビームは瞬時に跳ね返り、稲妻めいた速さでザクウォーリアに襲い掛かった。
〔――な!?〕
 左脚をもがれ、肩を抉られた僚機の、オレンジの装甲が砕け散る中。
 どうにか避け切った一機が、熱線をシールドで凌ぎ、しかしそれは再び内壁に反射して頭上から降りそそぐ。
〔ひえっ……!〕
 うろたえつつも相殺を狙い放った一撃は、ターゲットを逸れて跳ね返り、ますます悪循環に嵌りこんでいった。
「チィッ!」
 遅れて駆けつけたイザークは、被弾して動力系をやられたか、回避運動もままならぬザクを体当りで突き飛ばす。
 そうして振り向きざま、飛来したビームを相殺。体勢を整えつつ、さらに一撃。
〔ジ、ジュール隊長! なんですか、これ――〕
 意気揚々と乗り込んで行ったとたん、不測の反撃を喰らい、半ばパニックに陥っているんだろう。これでは援護射撃も見込めない。
 泡食って騒ぐパイロットを、機体ごと外へ蹴り飛ばしつつ怒鳴りつける。
「やみくもに撃つな、そいつらを連れて退け!」
〔は、はいっ!〕
 どうにか五体満足だったザクウォーリアは、ふらつきつつも指示に従い、仲間を曳航していった。

 なおも乱反射を続けるビームを射抜くたび。
 小爆発が視界を焼き、メタリックグレーの円柱を白銀に照らす。
 最後の一射を撃ち消すまでに、かかった時間はせいぜい十数秒だったろうが、背筋は嫌な汗で濡れていた。
 これではビーム兵器を使えない。
 一点集中で物理攻撃を続ければ、あるいは内からも壊せるかもしれないが、奥へ入り込んだところを地球軍艦隊に包囲されてしまえば蜂の巣だ。

 先に逃がした連中を追い、転針しかけたイザークの耳に、くぐもった悲鳴が飛び込んでくる。
〔うわ!?〕
 見れば出口へ差し掛かったザクウォーリアが、ウインダム部隊に阻まれ、僚機を背に庇いながら立ち往生していた。
(しまった……!)
 ビームトマホークを抜き放つも間に合わず、敵のライフルが火を噴きかけた瞬間――斜め上から熱閃が奔り。
「!」
 吹き飛んだ敵機と入れ替わり、モニターに映る黒いフォルム。
「おい、どうした!」
 周囲を警戒しつつこっちを覗きこんでいるザクファントムから、響いた声はよく知るもので。
〔あ、ありがとう、ございました……〕
 口々に安堵の息をつくパイロットたちを先導して、外へ出たイザークは、手短に答え。
「ゲシュマイディッヒ・パンツァーだ。おそらくコロニー内部すべて、あのエネルギー偏向装甲に覆われている」
「――げ? これ、ぜんぶかよ!」
 しつこく向かってくる地球軍機を撃ち墜としつつ、ディアッカは、思い出したように呟いた。
「こいつ…… “レクイエム” か?」
 以前襲撃したラボの奥に、保管されていたディスクデータと、眼前の廃棄コロニーは確かに似通っている。
「狙いは、ブレイク・ザ・ワールドの再現かよ?」
 たとえば全方位をゲシュマイディッヒ・パンツァーで覆い、中に推進動力を取り付け、プラントへの衝突コースをインプットしたなら?
 対核エネルギーでなければ、ニュートロンスタンピーダーも役に立たない。
 守備隊が迎撃に出たところでビームは効かず、接近戦で叩こうにも高速移動する鉄塊を押し止められるかは甚だ疑問だ。
「可能性は高いな。だが、これを直に撃破するには火力が足りん。外から崩すしか――」
 砲火飛び交う中、外壁へ取り付こうとしていたイザークの眼前で。

「制動をかける? こんなところで……」

 じわじわと移動し続けていたコロニーが、ブースターから一斉に青白い炎を吐き出し、止まった。
「なんだ、なにをやろうとしている?」
 故障したようには見えないが、燃料切れか? まだ本体には、ほとんどダメージも与えていないというのに。
「分からんが、とにかく止めるんだ! エンジンへ回り込め!」
「ああ!」
 応じたディアッカが、真っ先に機体を翻す。
 全僚機へと司令文を一斉送信した、イザークも後を追うが――連合のモビルスーツ隊は、未完成の軍事要塞を放棄するつもりか、じりじりと退却を始めていた。
 逃げ腰になったウインダムを撒き、連合艦を退けつつ集まってきたザクが四方八方から、ブースターに集中砲火を浴びせる。
 爆発と衝撃に、コロニーが小刻みに揺れ傾くも、壊すには至らず。
「あ……?」
 遠い月の裏側から、鮮やかに伸びた光が一点で折れ曲がり、さらに直進した先で――破裂するように白く輝いた、それはいつか見た核の炎にも似て。
 まっすぐ、ここへ向かってくる……!?
「イザーク!」
 異様な情景に目を奪われていたイザークは、自分を呼ぶ声に、はっと我に返り叫ぶ。

「全軍、回避ーっ!!」

 モビルスーツなど一瞬に焼き尽くせるだろう光の渦は、見る間にコロニーの中を奔り抜け、有り得ない角度に折れた。
「なんだ、これは――」
「ビームが……曲がった?」
 ああ、ゲシュマイディッヒ・パンツァーに弾かれて、軌道が直線から――ぼんやり考え至った思考が、そこで凍りつく。


 ――――!!


 12宙域を突き抜けたエネルギーの奔流は、プラント本国を易々と抉り、切り裂いていた。
 砂時計に似た、青い三角錐が。
 床に落されたガラス細工のようにバラバラと砕け、折れ崩れた支柱が、隣接するプラントを叩き割って……破片を撒き散らしながら、やがて止まり。

「な、なんだ? いったい――」

 一部始終を目にしても、イザークの脳は理解を拒否していた。
 膨大なエネルギーを反射したばかりの偏向装甲は、稲光する夜空のごとく、明滅を繰り返している。

「ヤヌアリウスが……ディセンベルも、か……」

 呆然とした戦友の声を、耳にして。
 ぎくしゃくと、手元のディスプレイに眼を落とす。
【 高エネルギー体、ヤヌアリウスワンからフォーを直撃。ディセンベルセブン、エイト、ヤヌアリウスフォーの衝突により崩壊―― 】
 ボルテールから送られてきた電文は、被害状況を、ただ事実のみを示していた。
「くっそおおお!!」
 コンソールを殴りつけるイザークの憤りを、代弁するようにディアッカが呻いた。
「月の裏側から、まさか……こんな方法で」
 血のバレンタイン、サイクロプス、核ミサイル――地球連合は手段を選ばないと、解っていながら。

【 敵は、廃棄コロニーに、超大型のゲシュマイディッヒ・パンツァーを搭載して、ビームを数回に屈折させた。
 このシステムなら、どこに砲があろうと、屈折点の数と位置次第で自在にプラントを狙い撃てる 】

 敵の出方を、予想できなかった。
 だが、中継コロニーが無ければ機能しない破壊兵器であるならば。
 自分たちが、これさえ撃ち落とせていれば、本国への被害は防げたものを……!

「ディアッカ!」
 ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら、イザークは吠えた。
「こいつを墜とす! 二射目があったら、今度こそプラントはお終いだ――なにがなんでも墜とすぞ!!」
「ああ!!」
 いちいち指図するまでもなく、危機感に煽られたザフト軍の想いはひとつだった。



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廃棄コロニーこと “グノー” の内部に入り込んでたら (もしくは砲口上下に浮かんでたら)、レクイエム掃射にやられてジュール隊全滅してたわけで……TV映像の描写だと、単に地球軍艦隊に阻まれ外側からの攻撃に留まったようですが、それじゃ物足りないんで隊長判断。