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■ COUNT DOWN 〔1〕


「確かに妙だな。ロゴス側に、アスラン・ザラと通じていた痕跡が、まったく残っていないとは……」
 レポートの文面を追っていたシュライバーが、首をひねり。
「それに、ルナマリア・ホークが撮影したと思しき映像記録の行方もだ――同僚が、オーブ陣営と密会している場を目撃したなら、国防本部へ提出すべき物をどこへやった?」
「このまま……全幹部の屋敷を調べ終えても、証拠不十分に終わったら」
 海辺にたたずむ少年少女の言い争いを、繰り返しモニターで再生しながら、ライトナーも言う。
「オーブに、脱走兵の引渡しを要求するとともに。グラディス艦長を含め、主だったミネルバクルーを事情聴取に呼ばなくてはならないわね」
 険しい表情で頷き合う二人を前にして、シホは内心、胸を撫で下ろしていた。
 彼らの口添えがあれば――評議員のうち半数以上が、理解を示してくれればなお良いが――アスランが連行されて来ても、いきなり銃殺刑にはならずに済むだろう。
「……これを」
 複製したディスクや書類を2セット、揃えてビニールパッカーに詰め、手渡す。
「今までに集まった資料のコピーです。お持ちください」
「いいの? 持ち出して」
「はい。まだ調査途中とはいえ、不審点の数々を示す根拠としては、充分なものと思われますし」
 いくら部隊を率いる長とはいえ、イザークが抱え込んでいても用を成さない。
 脱走兵の処遇は、あくまで軍本部や評議会が決めることだ。
「なにより――他の議員方にも、目を通してしていただく必要があるでしょうから」
 12宙域の攻防が終わるタイミングによっては、ジュール隊は、そのままザフト月艦隊に合流するだろう。
 再調査班メンバーが、次にいつ全員そろうか見当もつかないし。
 進捗具合を聞き、ひととおり状況も把握しているとはいえ。シホ自身はチームに属しておらず、留守を預かったに過ぎないが……せっかくの機会に報告を進めなければ、出撃せず残った意味も無い。
「そうだな。じっくり検証しようにも、さすがに何時間も本部を空けて、ここへ出向くわけには――」
 資料を小脇に抱えたシュライバーが、席を立ちかけた動作に被せるように、ピーピーと電子音が鳴り始め。
「……失礼」
 軽く断った国防委員長が、ケータイを取り出すとほぼ同時に、
「あら、私も――」
 今度は、クラシック系の音楽が流れだして、ライトナーが議員服のポケットに手を伸ばす。
 動くコロニーに関する続報だろうか? それともアルザッヘル基地に変化が……と考えながら、テーブルの上を片付けていたシホの思考を叩っ斬るように、

〔基地に残っているモビルスーツパイロットは、直ちに、軍港に集合してください!! 繰り返します――〕

 前置きもなにも無く、けたたましいアナウンスが響き渡り。
(な、なに?)
 いったい何事かと腰を浮かしかけたところへ、傍らでケータイを握りしめていたライトナーが、愕然と息を呑み。
「なんですって……?」
 真っ青になったシュライバーと彼女は、悲鳴にも似た声で叫んだ。

「ヤヌアリウスとディセンベルが、撃たれた!?」

×××××


 救助活動に加わるべく飛び出していった、シホ・ハーネンフースと別れ。
 ルイーズたちは国防本部へ駆け戻った。

「いったい、なぜヤヌアリウスが狙われたの? 首都であるここや、軍事工場が集中しているマイウスが標的にされたなら、まだ理解できるけれど――」
「ジュール隊とチャニス隊の攻撃によって、ビーム偏向コロニーの射角に、わずかながらズレが生じていたようです」
 コンソールパネルが弾き出した数値と、宙域図を見比べつつ、オペレーターが答えた。
「戦闘の影響を差し引いてシュミレートしなければ、断言は出来ませんが……おそらく真の狙いは、アプリリウスだったのではないかと」
 開戦時の核攻撃や、ユーラシア虐殺といったやり口を見るに。
 プラントの中枢都市を真っ先に撃ち、ザフト軍本部ごと潰すつもりだったとは充分に考えられる。
「なお、問題のコロニーおよび護衛艦隊は撃破したと――先ほど、ジュール隊から報告が入りました」
「そうか! だが、せめて……あと少し発見が早ければ」
 痛恨の念とわずかな安堵が入り混じった表情で、頭を抱えたシュライバーに、
「しかし、最終ポイントとなる偏向装置を潰せたなら。すぐさま二射目を撃たれる可能性は低いな?」
「はい。あれほどの高エネルギー砲です。パワーチャージにも “ジェネシス” 級の時間がかかるでしょう」
 また別のオペレーターが、肯いて言い添え。
「ですが――ビームの軌道からして他にふたつは間違いなく、同様のコロニーが存在します。まだ別の場所に隠されている可能性も高い」
 その射角を再調節して、プラント本国へ照準を合わされてしまえば終わりだ。
「ザフト月艦隊には、まずダイダロスから発射されたビームの第一中継点を破壊するよう、命じてあります」
「我々が敵地を制圧する方が先か、あちらのパワーチャージサイクルが速いか……だな。ミネルバの現在地は?」
「あの艦は現在、地球を発ちまして――」
 シュライバーは集った将校たちとともに、アルザッヘル・ダイダロス攻略案を練り始めた。

「……オーブで、あのとき」

 デスクに着き、避難誘導の状況報告を受けているルイーズの隣で、ジェレミー・マクスウェルが歯噛みした。
「ジブリールさえ撃てていれば、こんなことには――!!」
「そうね。ロゴスの後ろ盾を完全に失えば、月基地も、あきらめて白旗を上げたかもしれないけれど」
 混乱の最中、怒声や焦りは火に油をそそぐだけだろう。
「逆に、いよいよ戦況が不利に傾くと自棄になって、もっと早くにアレを撃つと決めたかもしれない……たらればの話を今しても、なにも変らないわ」
 強いて冷静に答えると、同僚は、ぐっと詰まり口を噤んだ。
 彼に限らず、皆いっそ泣き叫びたい気分だろう。ヤヌアリアス、ディセンベルともに――外壁が砕け、宇宙空間に放り出された市民の生存は、絶望的だった。
「市街はどこもパニック状態です、とても収拾のつくものではありません!!」
〔分かっている。だが、それを治めるのが仕事だろう? 泣きごとを言うな!〕
 クリスタを始めとした数名は、要塞メサイアに通信をかけ、議長に泣きつくも叱り飛ばされている。
「なにか和解、停戦の手段などは……」
〔相手は国家ではないんだぞ。テロリストと、どんな交渉が出来るというんだね――力に屈服しろと言うのか!?〕
 腐っても敵方の正規軍ではあるが。
 手段選ばず、一般市民も平気で巻き添えにする姿勢には、その呼称こそ当て嵌まるように思われた。
(ダイダロス基地を潰さない限り、停戦の申し入れどころじゃないわ)
 ジュール隊の少女から預かった資料を、デスクの引き出しに押し込みながら、考える。
(あんな兵器を造り上げて、プラントを狙っていたなら……裏切り者が潜んでいたとしても、とっくに何処かへ逃げているでしょうし)
 たった少し、射角がズレただけで。
 アプリリウスを撃つはずが、ヤヌアリアス、さらにディセンベルを崩壊させてしまう代物だとすれば――
(……もし、照準が狂わなかったら)
 アスラン・ザラをスパイと結論付けた物証、その根拠を覆しつつある資料も、残らずビームに焼き尽くされて掻き消えたろう。
 再調査チームの動向を、把握していたなら。
 裏切り者にとっては面倒な追及を逃れ、事をうやむやに出来て、まさしく望みどおりの展開だったに違いない。
 危険を避けるべく、地球もしくは月基地へ逃れたとも考えられるが。
 スパイと露見する心配が無くなったなら、地球連合が勝利を収めるまで、ザフト軍部に留まり諜報活動を続けそうなものだ。
 敵の狙いがアプリリウスだったと仮定して――政府中枢が消失したプラント、ザフトの指揮権はどこに移る?

「要塞、メサイア……?」

 議長に呼ばれ、ジェセックも向かった。
 無意識に、ぽそっと呟いたルイーズの声を聞き咎め、ジェレミーが訝しげに問い返す。
「メサイアが、どうかしたか?」
「え? いいえ、ただ」
 現状、スパイ探しに人員を割く余裕は皆無だ。
 どうせ手が回らないなら、要らぬ心労を増やすより、対月基地戦にケリが着いてから話した方が良いだろう。
「まさかメサイア周辺にミラージュコロイドで、あのビーム偏向コロニーが隠されていたりしないわよね――って」
 曖昧に笑ってごまかしながら、思いつきを口にすると。
「あ、あり得るぞ! メサイアの守備隊にも警告を……!」
 ジェレミーは血相を変え、クリスタを押し退けるようにして通信機にかじりついた。

×××××


 その日、クライン派の工作員から送られて来た報告書に、目を通したラクスは――まず真っ先に、キサカ一佐を介して頼み事をひとつ。そうして、
「アスランに確かめたいことが増えました。医務室へ参ります」
 いつになく険しい表情で歩きだした彼女を見て、キラが 「僕も行くよ」 と席を立つ。
 自動ドアを潜りかけ、思い出したように振り返り、
「すぐに戻るつもりですけれど……もしも、あちらの到着が予定より早まったときは、内線をいただけますか?」
「分かったわ」
 二人がブリッジを出て行ってから、30分と経たずして――
 ヤヌアリウス、ディセンベル壊滅の報せが、アークエンジェル艦内をも震撼させた。

「えっ……プラントが!?」

 展望室に佇んでいたマリューが、顔色を変え。
「月の裏側から撃たれた、って――物理的に不可能でしょう!?」
「ゲシュマイディッヒ・パンツァーを使って、ビームの軌道を捻じ曲げたらしいんです!」
 ミリアリアは、急き込んで答える。
「廃棄コロニーに偽装した偏向装置は、警戒エリア外に設置されてたから、ザフトの対応も遅れてしまったって……」
 恐るべき破壊兵器を造り上げていたダイダロス宙域では、連合軍とザフト艦隊が、今も熾烈な戦いを繰り広げている。
 二射目が放たれれば、プラントは宇宙の塵と化すだろう。逆に、切り札たるビーム砲が使えなくなってしまえば、ロゴス側に勝ち目はあるまい。
 撃つか撃たれるか、どちらが速いか――両軍とも死に物狂いだった。
「それと、プラントのターミナル経由で、ラクス宛にレポートが届いてて」
「プラントの? ……師匠さんたちからじゃなくて?」
「はい。ダコスタさんがコロニーメンデルで見つけたっていう、例のノートに関してみたいです」
 オーブ攻防戦の直前に。
 ほとんど身ひとつで “ジャスティス” に乗ってきたラクスが、大切そうに抱えていたものだ。
 あのとき、エターナルが追っ手を振り切れなければ――アークエンジェルに託すべく、新型モビルスーツ二機とともに、アカツキ島へ射出するつもりだったと話していた。
「そう……ひとまず、ブリッジに戻ったほうが良さそうね」

 やはりロード・ジブリールが月基地へ上がったことが、強攻策に踏み切る決定打になってしまったんだろうかと。
 重苦しい気分で話し合いながら、エレベーターを降りて。
 廊下を走っていく途中、通りがかった食堂の中では、メカニックやコックがTVニュースに釘付けになって騒いでいた。

「あ、そうだわ――」
 ちらっと食堂を一瞥したマリューは、ミリアリアを追い抜いて先へ進むと、
「ネオ。あなたも、ちょっと来て!」
 突き当たりの休憩室を覗き込み、寝転がっていた人物を引っぱり起こすように声をかけた。
「おわ!?」
 昔がどうあれ今の人格は、連合軍大佐ネオ・ロアノーク。
 捕虜になった当時の言動も少なからず尾を引いて、艦内では、ほとんど話しかけてくる者がいないからだろう。ロアノークは、不意打ちを食らった様子で跳ね起きた。
「なっなっ、なんだ?」
「アークエンジェルの今後に関わる話になりそうなの。まだしばらく艦に乗っているつもりなら、同席してちょうだい」
 うながすマリューの真意を探るように、ディープブルーの眼を向け。
「……ま、他にやることがあるわけでもないしな」
 どことなく言い訳めいた語調でつぶやくと、それ以上は渋るでもなく、おとなしく後ろからついてくる。
( “ネオ” って呼ぶことにしたんだ、艦長――)
 ミリアリアは、なんとも言えない複雑な気分で、マリューの横顔を盗み見た。

 ムウではなく、ネオ。
 今の彼にとっては、それが名前なんだと解っていても……どうしても違和感は拭えないけれど。
 ムウ・ラ・フラガという人格がまだ、どこかロアノークの奥底で眠っているなら。マリューの声で 『ネオ』 と呼ばれる不自然さが、なにか、刺激になってくれるかもしれない。
 この二人を見かけるたび、そんなふうに考えてしまう自分には、自分でも嫌気が差すけれど。

「艦長!」

 ブリッジに足を踏み入れれば、食堂に負けず劣らず緊迫した空気が流れていた。
 振り返ったノイマンやチャンドラの他に、物資の補給作業などで居合わせたんだろう、オーブ軍人の姿もある。
 しかし、どんなに心配しようと騒ぎ立てようと――敵性国家と看做されて、派兵もなにもかも拒否されている以上、誰にも打つ手は無く。
 TVニュースの続報を気にしていた彼らは、ひとり、また一人と本来の職務に戻って行き――それと入れ替わるタイミングで、ラクスが。

「だいじょうぶ? アスラン」
「……だから、もう一人で歩けると言っているだろう?」

 さらには、キラとメイリンに付き添われて、まだ少し危なっかしい足取りのアスランが姿を現した。

「ラクスさん。ノートの内容について、なにか判ったの?」
「はい。すべてお話します。ただ――もう少し、お待ちいただけますか?」
 古びた数冊のノートと。プリントアウトされた報告書を胸に抱きしめたまま、ラクスは応じた。
「ミリアリアさん。あのあと、都合がつかなかったからまた後日に……というような連絡は無かったのですよね?」
「うん。聞いてたとおり、あと10分くらいで着くんじゃないかな」
「? 誰か来るのか」
 訝しげに首をひねったアスランが、彼女に問いかける。
「――まさか。マーチン・ダコスタが、直接こっちに?」
「いいえ。ダコスタさんではなくて……」
 そんな二人の傍らでは、メイリンが、心ここに在らずといった様子で、月面の戦況を伝えるニュース映像を食い入るように見つめていた。



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そうして疑いは、じんわり要塞メサイア駐留者へ移る……と。
しかし、どこまでいっても証拠は無し。ほくそえんでた議長の姿なんぞ、視聴者以外誰も知らず。