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■ COUNT DOWN 〔2〕


「ラクス!」

 そこで急にシュンッと、自動ドアが開き。
「カガリさん――」
 現れた相手を見とめた、ラクスが、強ばっていた表情をわずかに和らげ。
「悪い、待たせてたみたいだな」
 ざっと片手を挙げてクルーに挨拶した、カガリはふと、不安げに正面モニターを仰いでいる少女に目を留めた。
「……お姉さん、今もミネルバに乗ってるんだよな。本国にも家族が……?」
「は、はい」
 話しかけられたメイリンは戸惑い、つぶらな瞳をさらに丸くしている。
「オーブ軍は、この戦闘に介入しない。アークエンジェル発進の許可も出せない」
 ニュースに対する反応からして、彼女の実家は、ヤヌアリウスやディセンベルにあった訳ではなさそうだが――次にどこが狙われるか判らなくては、拳銃を突きつけられたまま呼吸しているようなものだ。
「すぐにでも助けに行きたいだろうけど……ごめんな」
 すまなさそうにしながらも、そこはキッパリと言い切ったカガリに、
「…………」
 返す言葉に困ったようで、メイリンは、おどおどと身を硬くしていた。

「カ、カガリ!?」

 他方、まさか彼女が来るとは考えもしなかったらしい、アスランは仰天して問い質す。
「なんで、ここに……行政府の仕事は?」
「他の首長たちに頼んで、一時間だけ抜けてきた」
「わたくしが、お願いしたんです」
 オーブ元首の返答に、ラクスも横から説明を添えた。
「直接お話したいこと、見てほしい物があるので、アークエンジェルにお越しいただけるようにと――」
 政務の合い間に立ち寄るにしても、会議や視察に追われているだろうから、すぐには無理なんじゃないかと思われたが。
「すみません、お忙しいときに」
「いや。政府には、まだ私のことも含めアークエンジェルを、良く思っていない者も多いからな。向こうで長話するより、私がこっちに顔を出した方が角も立たなくて済む」
 苦笑して首を振った、カガリは、
「それに停戦後、プラント側がどう出るかの判断材料になるかもしれない、って言ったら。むしろ今すぐ聞いて来いって感じで、送り出してくれたよ」
 ちらっとアスランを見やり、微笑んだ。
「……もう、出歩けるようになったんだな。良かった」
「あ、ああ――」
 ダークグリーンの双眸を瞠った彼は、ぎくしゃくと頷いて、なにか言いかけるが。

「そのノートか? ディスティニープランの概要書って」
「ええ」

 カガリは、すぐに話を本題へ移してしまった。
「オーブが危ないって、どういう意味なんだ? ザフトが月基地を制圧すれば、地球連合は敗北を認め、戦争も終わる……それが閣僚たちの予想だ」
「ええ。すべてが偶然に起因する誤解で、わたくしの思い過ごしなら――政府の方々が考えていらっしゃるとおりになるでしょう」
 ラクスは浮かぬ表情で、こくりと頷き。
「ですが、もしも……アスハ邸襲撃や、アスランが “ロゴスのスパイ” と断じられたこと、すべて議長の思惑どおりだったとすれば」
 クルーの視線は一斉に、彼女たちに集中した。
「かつて科学者だった彼が夢見たという、誰もが満ち足りて生きる “世界” を、今も変わらず理想としているのであれば――」
 アスランがぴくっと片眉を跳ね上げ、そんな彼を、メイリンは心細そうに見上げている。
「アルザッヘル、ダイダロスが陥落してもなお、数百万人が死に追いやられるでしょう……そして」
「!?」
 不穏な話の流れに、ギョッとする一同を見渡して、ラクスは続けた。
「標的にされる可能性が、どこよりも高い国が――オーブです」

 このノートは、議長がまだ政治家になる前――コロニーメンデルに滞在していた頃、同じく研究員としてシンポジウムに参加していた人間の手記だという。

「元同僚の日記ってこと……?」
「政治家になる前って、確か科学者だったんだよな。議長は」
「ああ。公式プロフィールにも、遺伝子研究を専門にしていたと載っている」
 インターネットで略歴を検索したチャンドラが、画面をスクロールしつつ相槌を打ち。
「不遇の人々が埋もれさせている才能と、一握りの富裕層によって不合理に貪られている利潤。現代社会の狭間に蔓延した “不公平” を正せば――自然環境をこれ以上破壊することなく、地球を含む総人口の半数が、平穏と幸福を享受できるようになると」
 語るラクスが見守る中、ありふれた装丁のノートが、ざわめくクルーの手を順に渡っていく。
「かつて議長が提唱した人類救済策は、デスティニープランと呼ばれ……プラントでの導入実行へ向け、政策に組み込む為のシステム構築や、支援・資金提供者を募るといった段階にまで、話が進んでいたようです」
「聞いた感じでは、充実した福祉国家よね。でも……」
 ノートの頁をぱらぱらとめくっていた、マリューが眉をひそめ。
「総人口の、半数?」
「ええ。少なくとも当時のプランは、全人類を支えきれるものではありませんでした」
 ラクスは、沈んだ口調で応じた。
 生活が全面的に楽になるなら、誰も不満など感じないだろう。
 けれど大幅な倹約、あるいは望まぬ仕事を割り振られる者も、かなりの割合を占める――ヒトの数が多いほど。
「すべてを救えぬなら、誰を選ぶのか。不自由を強いられた、特に抵抗勢力と化すだろう人々の反発を、どう収めるか――最後まで答えは出ず。しょせんは夢物語だとして」
 食物、燃料、命を養っていく土壌には限りがあるから。
「医学界の権威であった教授から、実現不可能と断じられたため、研究チームは解散を余儀なくされたようです」
「…………」
 ミリアリアにノートを手渡しながら、艦長が指し示した一節は。

『デュランダルの言う “デスティニープラン” は、一見、今の時代、有益に思える――』

 ずっと昔に、遠い彼の地で。
 見知らぬ誰かが書き残した、誰かの言葉。

『――だが、我々は忘れてはならない。人は世界のために生きるのではない。人が生きる場所、それが世界だということを』

 複雑な図表や専門用語に埋め尽くされた日記は、かなりの分量で。
 冒頭とラストの日付をチェックしてみると、ゆうに半年間の出来事が記録されているようだった。
(……今ぜんぶ読むのは、ちょっと無理ね)
 ジブリールを捕らえ損ね、ザフト軍がいったん引き揚げた後も。
 ラクスや艦長がオーブ政府に呼び出され、カガリの演説が始まったと思いきやプラントから電波ジャックされたりと、目まぐるしく日々は過ぎ――メンデルで見つかった資料ということ以外、具体的に、なにが書かれているかも知らずにいたものだが。
 自分は、まだ当面、アークエンジェルに乗っているんだから。気になる箇所は、あとで借りて熟読すればいいだろう。
「カガリ、ここら辺みたい」
 システム概要、そこから予測される弊害について記述されたページを広げて見せると、
「命を継ぐ、力……?」
 滞在時間も限られている国家元首は、眉間に皺を寄せつつ、ノートに視線を落とした。

「ですが、世界の人口は。コーディネイターとナチュラルの対立が激化し始めた頃から、ずっと減り続けています」
 血のバレンタインでは、25万人近くが犠牲となり。
 エイプリルフール・クライシス――ニュートロンジャマーによるエネルギー危機は、大量の餓死者を生んだ。
 アラスカ、パナマ、ボアズ、ヤキン・ドゥーエ。
 ブレイク・ザ・ワールド、ユーラシア虐殺、ヘブンズベース、オーブ……そうして今も月の傍、一分一秒の間に、いくつ命の火が消えているのか。
「このレポートは、ノートに記されていた計算式と、統計局による現在の世界人口を元にしたシュミレーションの結果です」
 クライン派から届いた報告文を、カガリへ差し出しながら、
「今後、どこか――オーブと同等数の人が暮らす場所が、撃ち滅ぼされた時点で。プランが滞りなく機能するための条件値を、完全に、割ります」

 ラクスが告げた瞬間、ブリッジの空気が凍りつき。

「……い、いや。けどさ!」
 ははっと引き攣った笑みを浮かべながら、チャンドラが、皆に同意を求める。
「メンデルに残っていた日記なら、最低でも五年は前の話だろ? そこに書かれたプランのことなんか、考えた本人も、とっくに忘れてるんじゃないか?」
「ええ。実現を目指しているにせよ、今と昔では、構想がまるで違っているかもしれませんし」
「だが……議長は、確かに言っていた」
 おもむろに、それまで黙っていたアスランが口を開き。
「資質や、力を持つ者が――それを知らず、知らぬが故にそう育たず。時代に翻弄されて生きることは、不幸だと」
 キラは無言で、わずかに顔を歪めて。
「…………」
 ラクスは、気遣わしげに彼の横顔を窺う。
「ヒトは自分を知り、出来ることをして役立ち、満ち足りて生きるのが一番幸せだから――戦争が終わったら、そんな世界を創り上げたい。必ず実現してみせると語っていた」
 重く息を吐いて、アスランはクルーを見渡した。
「終戦後、世界の在り方を変えるため、なんらかの行動に出るつもりには違いないだろう」
 口先だけの政治家たちと違って、有言実行の印象が濃い人物だ。
 やると言ったなら、やってのけそうな感じはする。
「だが、いくら戦災で人口が激減しても……プラン導入に対する世間の反発は? どう対処する?」
 ノイマンが、もうひとつの問題点に言及し、
「真っ先にシェルターへ逃げ込める、エネルギー危機の煽りも食わなかった人間こそ、権力を併せ持つような富裕層が中心だろう」
「そうですよね。自分の生活が圧迫されるって判ったら、誰だって、そんなプラン拒否するに決まってるもの――ロゴスを討つには、まだ、支持が集まる理由もあったけど」
 ミリアリアも、釈然としないまま首をひねる。やっぱり “しょせんは夢物語” にしか思えない。

「おい、ザフトの坊主……それから、そっちのお嬢ちゃん」

 ずっと艦長の後ろで、だんまりを決め込んでいたロアノークが、急に鋭い眼をして。
「え?」
「はいっ!?」
「ザフトは、ステラをどうするつもりだったんだ?」
 敵軍から逃れてきた男女を、じろっと睨むように見据えた。
「ロドニア近郊で拘束したんだろう? そのあと――インパルスの小僧が連れ出さなければ、どこへ引き渡される予定だった?」
「……え、ええっと」
 たじろぐメイリンに代わり、アスランが、一拍置いて応じる。
「ジブラルタル基地へ。研究所のデータと一緒に運んでくるようにと、司令部から指示を受けていたようですが」
「至れり尽くせり、大事に保護されてた訳じゃないんだろ? 勝手に捕虜を引き渡す、なんてな――銃殺刑モノの軍規違反だ」
 どうやらロアノークは、シン・アスカのことを言っているらしい。
「なのに、あいつはステラを返しに来た。死なせたくないからって……必死な顔して」
 ミリアリアは、なんとなくカガリと顔を見合わせ。
「ミネルバに乗せておくより、地球連合に戻した方がマシだと思うような待遇だったわけだろ?」
「彼女なら、ずっと医務室に居ましたよ。戦闘時に負った怪我の所為か、衰弱が進んでいたことは事実ですが――それでも軍医は、治療を続けていました」
「なんの為にだ? 簡単な検査をしただけでも、体内物質の異常さは知れたはず。身体機能を維持する方法が判らない限り、遠からず死んでしまうことは、コーディネイターの医者にも理解できたろう」
 ロアノークは、不機嫌そうに話し続ける。
「人質に使うつもりだったんなら、クレタで出したろうな? あのとき、フリーダムが乱入してくるまでは、ミネルバが完全に押されていた」
「…………」
「逆に、ラボの内情を知って、エクステンデッドを保護対象に認定したんなら。ジブラルタルまで乗せっぱなし、医療班をかかりっきりにさせるより、どこかザフト寄りの街にある病院にでも預けた方が楽だったんじゃないか? 薬物の研究に関しちゃ、コーディネイターよりナチュラルの方が遥かに進んでいるんだぞ」
「いや。そんな、受け入れ先を探す余裕は――」
「無かったろうな。ただでさえ、連合・オーブ艦隊に付け狙われてたんだから……クルーの負担を増やすと目に見えてる捕虜なら、さっさとヘリでも迎えに寄こして搬送すりゃ良かったろうに」
 困惑気味のアスランと、ロアノークを見比べながら、
「あの、ネオ? それとデスティニープランと、なんの関係が……」
 マリューが発した問いに、ミリアリアは、ようやく思い至る。
「――記憶」

 エクステンデッドと呼ばれる子供たちが、コーディネイターに対抗できるほど、強く在り続けられる理由のひとつ。

「記憶、操作……?」
「ああ」
 ロアノークは、短く肯いて寄こした。
「暗示と薬物投与で、あいつらは――なにかを好きだったこと、嫌だと思ったこともぜんぶ忘れちまう。そういうふうに調整されていた」
 そうして、自嘲気味に肩をすくめる。
「俺たち、司令官に都合良くな」
 つまり使い方によっては、武力を用いず、意のままにならない相手を “消し去れる” ということ。
「ロドニアのラボで押収した “サンプル” じゃ足りずに。脳波パターンのデータなんかを取るために、生きているエクステンデッドが欲しかった……そんなところじゃないのか?」
「まさか、そこまで――」
 笑い飛ばそうした、クルーの面々は途中で黙り込む。
 
 だって、目の前にいるじゃないか。
 確固たる自我を持つ青年でありながら、まるで別の人格に塗り替えられてしまった、実例は。



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考えてみると、細々した取っ掛かりはあるんですよ。アス&シンに向かって語られた “夢” 然り、評議会が欲しがっているのは生きたエクステンデッドという、タリアさんの台詞然り。だけど、それで議長が黒と断定するには、やっぱり決定打が足りませぬ。AAクルーの台詞もわけわかめ。