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■ ロスト・チャイルド


 12宙域にて発見された構造物の正体は、ビーム偏向装置だった。
 月の裏側より放たれた一射がまるでレーザーカッターのように、ヤヌアリウスとディセンベルを斬り裂き――計六基のプラントが一瞬にして壊滅した。
 犠牲者数は推定200万……おそらくは、それ以上。
 最終屈曲点となったその廃棄コロニーが撃破されたことで、本国を捉えていた照準はひとまず逸れたが、残る数基の偏向装置――なにより二射目のパワーチャージを進めているだろう、ダイダロス基地のビーム砲本体を排除しない限り。プラント市民は、喉元にナイフを突きつけられたままに等しい。
 ジュール隊、およびチャニス隊はすでに、月軌道艦隊に合流するため第一中継点へ向かっているという。
 必要最低限の戦力をプラントに残し、出撃できる戦艦、モビルスーツというモビルスーツがすべて決戦の地を目指していた。

〔エリアワン、熱源確認出来ません!〕
〔エリアエイト、救難信号反応なし――〕

 本心を言えば、今からでも隊の皆を追って行きたいところだが……あまり本国の防衛ラインを手薄にしては、別軌道から接近した敵機に襲われる危険が増す。
 前大戦ではヤキン・ドゥーエの攻防を生き残った、赤服でもあるシホは、軍本部の命を受け。守備隊の前線指揮を任されるとともに、崩壊したヤヌアリウス、ディセンベル宙域にて生存者の捜索に当たっていた。

 救命艇や脱出ポッドの機影を探して、レーダーを注視しつつデブリ群を掻い潜っていくが。
 被災当時、たまたま国有シェルターを整備していた技師数名と。
 お互い足が悪くて不安だから、万が一に備えて自家用救命ボート内で生活していたという、大企業の会長夫妻が発見されたきり――どの宙域からも絶望的な報告ばかりが続いている。

 ひしゃげた車、誰かの鞄、サーチライトを照り返して光るガラス片、原色に彩られた看板、そして、数多――虚空に投げ出され命ごと凍りついた、同胞たちの身体。

 ……圧倒的な、死の空間は。
 雪に閉ざされたスヴェルドの大地、ラボの最深部で目にしたものを髣髴とさせた――同時に、思い至る。

(あれが “レクイエム” の……っ!!)

 エクステンデッド研究所で押収した、ディスクデータ。
 用途不明のビーム偏向装置、開発記録。
 敵の計画を暴く手掛かりは、確かに存在したのに――足りなかった。
 ザフト軍本部へ、匿名で警告を送るだけでは間に合わなかった。
 あのとき、地球へ引き返すという選択肢を、無謀であり無理だと否定したのは自分だった。
 “デストロイ” の存在も含め。たとえ違法行為を処罰されることになっても、すべて公にして軍本部を動かしていたら……一連の悲劇は防げたのか!?

 操縦桿を握る手元さえ狂いそうな激情に、唇を噛みしめ、うつむいていたシホは、

(――救難信号!?)

 突然コックピットに響き渡った電子音に、はっと顔を上げた。



「生存者か!?」
「いいえ。救難信号を発していたので、ひとまず拾いましたが……」



 司令部の分析によれば、地球連合の狙いはアプリリウスだった可能性が高いという。
 どちらにせよ国防本部があり、政府機関も集中している事実を思えば、二射目の照準は間違いなく首都だろうと――守備隊は、ひとまずマイウス市の軍事工場区を拠点に救助活動を続けていた。
「なんだ、これは? ……金庫?」
 愛機を駆り、港へ降り立ったシホに、駆け寄ってきたメカニックが拍子抜けた声を出す。
 倒壊したヤヌアリウスに程近い場所で発見した、それは救命ポッドに見えなくもない造りだが、せいぜい50cm四方あるかないか――到底、ヒトが逃げ込めるような大きさではない。
「貴重品か、証書の類ですかね?」
「とにかく開けるだけ開けてみよう。誰のものか判れば、せめて親類縁者を探して……」
 落胆した面持ちで話し合う彼らは、すでに、持ち主自身が生きていることを諦めている口調だった。
(まだ、遺品と決まったわけでは――)
 反射的に胸を過ぎる不快感。けれど宙域の惨状を思い返してしまえば、咎め立てする気にもなれず。シホは無言で、ロック解除に取り掛かった彼らを見つめる。

「しかし金庫なら、パスワードが分からんことには……」
「いや、開いたぞ!」

 手こずると思いきや、ほどなくカチャリと蓋が外れ。
「?」
 まず真っ先にベージュの色彩が目についた。さらに、そこからはみだしている小さな手足と、綿毛めいた頭髪――
「……人形? なんだって後生大事に、金庫に?」
「違う、これっ――赤ん坊じゃねーか!」
「ええっ!?」
 ぎょっと後ずさるメカニックたちと入れ替わり、中を覗き込んだシホは、あわてて赤ん坊に手を伸ばした。
 同時にまとわりついてきたベージュの毛布が、はらっと金庫にかぶさり。
「い、生きてるんですかっ?」
「た……たぶん」
 問いに、自信なく答えつつ、嫌な汗に早まっていく動悸の音を感じる。
 抱き上げた身体は軽く、温かいがぐったりしていて、その目も閉じられたまま――
(まさか、窒息!?)
 撃たれた時点からさほど経っていない、とはいえプラント崩壊の衝撃で呼吸困難に陥ったとも考えられる。
「医者は!? そ、その前に心臓マッサージ……?」
 冷静に冷静にと思うほど、うわずっていく声に自分でも辟易しながら、歩き出そうとしたとたん。

「おぎゃあああああ!!」

 振動、騒がしさ、外の空気――なにが刺激になったやら、ひくっと息を吸い込んだ赤ん坊は、いきなり大声で泣きだした。
「!?」
 ひいっと身を竦めた一同が、凝視する中、港中に響き渡りそうな勢いでわんわんと。
「ちょ、ちょっと……司令部に連絡してくるので、預かっていてもらえませんか?」
 おろおろと混乱しつつ、赤ん坊を誰かに託そうと試みるも、
「い、いや。君が抱いていてくれ! 身元不明の赤ん坊を発見したと、報告してくるから――」
「僕もっ、医者を呼んできますんで!」
「抱いておくって、具体的にどうしたらいいんですか? この子、泣いてるんですけど!?」
「知らんよ、そんなこと。私はまだ独身で、赤ん坊の面倒を見たことなど無いんだ!」
「そんなの私だって知りません!」
 メカニックたちは連絡作業にかこつけ、逃げるように去っていき。
「……む、無理です無理!」
「オレ、赤ん坊なんて、物心ついてからこっち触ったこともないんで!」
 他の兵士らも心配そうに、けれど尻込みするばかり。

 シホは、泣き喚く赤ん坊を抱えたまま、途方に暮れた。
 プラントの出生率は低い。
 そうでなくともモビルスーツパイロットは10代の若者がほとんどであるし、妻子ある者は、軍に身を置くにしろ後方支援の任に着いている率が高い。
 この場に、赤ん坊の扱いに慣れた人間がいないのも無理からぬことではあるが。

(なんで泣いてるの? 私の、持ち方が悪いのっ!?)

 そういえば乳児に触るときは、首が据わるまで注意が必要だと聞いた記憶があるが――この子は問題ないのか?
 据わる据わらないといったって、そもそも比較対象を目にしたことがない自分にはさっぱりだが。
 ひょっとしたら、パイロットスーツの触感が硬くて不快なんだろうか? これを脱げばマシなのか?
 けれど、むずがって暴れているこの子を狭い金庫に戻したら、いくら毛布を敷いていても腕や頭を打ってしまいそうだし、
「ごめん、ごめんね? ああ、よしよし……」
 赤ん坊は泣くものだ、と割り切ってしまえれば楽なのに――こうも耳元で泣き続けられると、自分が泣かせているような罪悪感に胃が痛くなってくる。
 機嫌が直るどころか、ますます激しくなっていく泣き声に四苦八苦していると、

「な、何事だね?」
「あのっ! この子――」

 駆け寄ってくる足音が聞こえ、シホは、縋りつかんばかりに振り向いた。
「……赤ん坊?」
 目を丸くした壮年の男性は、まさかこんな場所で再会するとは思わなかったユーリ・アマルフィで――数秒、互いに戸惑った空気が漂う。
(そうか、ここは研究室にも近いから……)
 もしかしたらと視線を巡らすが、傍に父の姿は無い。
 おそらく一技術者として、在庫中古問わず、使える救命ボートを片っ端から各コロニーへ輸送する作業に追われているんだろう。
 他方、ユーリ・アマルフィといえば軍部とも縁の深かった元議員。さらに工場区の設備や資材の場所も熟知しているに違いない人物だ。
 緊急事態に政府から協力要請を受けたか、自ら現場へ赴いたのかは分からないが――工場に併設されたシェルターや救命艇に逃げ込もうと押し合う避難民を誘導するため、現場に立っているんだろうと想像がついた。
「ベビーポッド、か……」
 アスファルトに置かれた、金庫状の物体を一瞥したユーリは、
「……ベビー、ポッド?」
「ああ。ブレイク・ザ・ワールドのあと――連合による核攻撃の、直後からね」
 一子を育てた経験者だけあって、シホよりは、よほど危なげない手つきで赤ん坊を抱き取った。
「自家用シェルターなどは高価すぎて、とても個人では買えないから。せめて、なにかあったとき、子供だけでも逃がせるような製品は無いものかと……問い合わせが相次いで」
 きょとんと泣きやんだ赤ん坊は、濡れた黒い目で “知らないおじさん” を見上げている。
「推進器はおろか、食料を保管するスペースもなにも無い。ただ、高熱や宇宙空間に耐えられる材質と、五日ぶんの酸素――そんなものでも。我が子を授かったばかりの親たちには、これがどうして、気休めになるらしくてね」
 ベビーベッド代わり、だったんだろうか? この無機質な金属の箱が。
「もう少し性能を上げ、価格も押さえられないかと……改良に着手したばかりだったんだが」
 ユーラシア虐殺を知って?
 オーブから、ジブリールが逃げたことを知って?
「それが、こんな形で――」
 ヤヌアリウスが、ディセンベルが撃たれて。
 崩れゆく部屋の中で、地震が、爆風が家を吹き飛ばす寸前に――とっさに、ポッドの蓋を閉めて。最期の瞬間まで、子供を守ろうとしたんだろうか?
「…………」
 そっと撫でてみた、赤ん坊の頬はふわふわと、シュークリームみたいに柔らかかった。
 どれだけ待ち望まれて生まれて来たんだろう、この子は。
 そうして生まれて間も無い命が――いったいいくつ、あの一射に灼かれてしまったのか。
「……すみません」
 誰に謝りたいのかさえ混濁したまま、シホは詫びた。
 敵がどんな手段に出て来ようとも、自分たち軍人は、それを防ぎ切らなければならなかった。
「う……」
 悔しさに歯噛みした反動で、つい、手に力がこもってしまったか。
 きょときょとと落ち着きなく瞬いていた赤ん坊が、またも涙目になり、ひっくひっくとしゃくり上げ始め。
「ん、どうしたね? おなかが空いたかな……?」
 眼を伏せたユーリが、小さな背中をさすったり左右に揺さぶったりと、あやしながら歩きだしたところへ、

「ハーネンフース! ひとまず赤ん坊は、近くのシェルターへ保護させておくるようにと――」
「あっ、アマルフィ議員? お久しぶりです!」
「すみません。避難民の中に小児科医がいないだろうかと、アナウンスをかけたいんですが、どこを訪ねれば……?」

 さっき散り散りに走り去っていた面々が戻ってきて、口々に言い。
 彼らとシホの視線を受けた、ユーリは頷き、シェルターが立ち並ぶ一角―― 〔迷子預かり所〕 と手書きのプラカードが掲げられたスペースに足を踏み入れると、スタッフらしき女性たちのうち一人に呼びかけた。
「ロミナ!」
「なに、あなた……どうしたの!? その子」
「 “生存者” だよ。漂流していたベビーポッドの中から、発見された」
 アマルフィ夫人であるらしい女性は、ぐずる赤ん坊を見とめ、息を呑んだ。
「七番シェルターには、小児科医も乗っていたはずだな? 健康状態を診てもらったあと、しばらく君が面倒を見ていてくれ」
「――なんで」
 こくりと頷いて、夫の腕から赤ん坊を抱き上げながら。
「どうして、こんなことに……」
 彼女は肩を震わせ、絞りだすように呟いた。

 父母を呼び、泣き叫ぶ幼児をあやす大人たち。
 シェルター前で長蛇の列を作り、不安げに言葉を交わす人々の中にありながら。
 ようやく居心地良い場所に納まったからか、さっきまで泣き喚いていた赤ん坊は――安心しきったように、アマルフィ夫人の胸の中、うつらうつらと眠そうにしていた。



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被災民の生き残りになる赤ちゃんを、シホ嬢が発見――というエピソードを思いついたら、ぼんやり浮かんだアマルフィ夫妻。戦後、養子として引き取る……なんて後日談もアリかと思うけど、ニコルは世界に一人だけなんで、ニコルって名付けるのだけは却下の方向で。