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■ 選びし道 〔1〕


「だが――議長が、欠けていた “条件” を揃え、デスティニープランを導入実行するつもりだとしても」
 うつむいたアスランは、歯噛みして呻いた。
「同じだ、ジェネシスのときと……もう、どうにもならない」
 人口の激減は、戦禍に因るもの。
 エクステンデッドを “調整” する技術は、地球連合軍が造り出したもの。議長自身が、惨事を招いた訳じゃない。
 仮に、裏で糸を引き、そうなるように仕組んでいたとしても――公に糾弾し得る証拠は無く。
 ザフトと地球連合軍は今この時も、月を臨む場所で戦い続けている。

 こんなの、きっともう皆が嫌なのに。
「……でも」
 キラの嘆きを受け、眼を伏せたラクスが言う。

「撃たれては撃ち返し、また撃ち返されるという、この戦いの連鎖を。今のわたくしたちには――終わらせる術がありません」
 ユニウスセブンを核で滅ぼした、ナチュラルの過激派。
 農業コロニーの残骸を地球へ落とした武装グループは、コーディネイター。
 オーブは中立の理念を失い、ダーダネルス、クレタ、さらにはユーラシア西部を火の海に変えた巨大破壊兵器。
 野放しには出来ないと力ずくで止めに行った、漆黒のモビルスーツに乗っていたパイロットは、望まず “強化” された少女。
 争いを終わらせたいと願い、最善と思えた行動に出ても。
「誰もが幸福に暮らしたい、なりたい……そのためには戦うしかないのならと、わたくしたちは戦ってしまうのです」
 そうして、結局は悪化させてしまっただけ。
 オーブ戦に於いても――侵攻してくるザフト軍から住民を、国土を守ろうとした結果、ロード・ジブリールを捕らえ損ねた。

「議長はおそらく、そんな世界に、まったく新しい答えを示すつもりなのでしょう」

 プラント本国を狙い撃った、あの一射が、ブルーコスモス盟主の命令に因るものかは分からないが。
 タイミングからして、そうとしか思えないし……プラントで暮らす人々は、なおさら考えるだろう。オーブがロゴスに味方した、ザフトの邪魔をしたアークエンジェル一派の所為で、数百万の同胞たちが無惨に殺されたと憤るだろう。
 連合の月基地を制圧したなら、次にオーブを撃つと決めてもなんら不思議は無い。
 いくらなんでも正規の作戦として、民間人ごと虐殺などはするまいが。
 ヤヌアリウスやディセンベル市民の遺族が、復讐を考えた場合は? ブレイク・ザ・ワールドを再現するように――実際そうなる可能性も否定は出来ないし、ザフトのセキュリティレベルを想像するに、情報操作して、架空の犯人をでっち上げるくらい難しくなさそうだ。

「議長が言う戦いのない世界。人々が、もう決して争うことのない世界とは――生まれながらに、その人のすべてを遺伝子によって決めてしまう世界です」

 クルーの手を一巡して戻ってきた、古びたノートを抱きしめたまま、ラクスは項垂れた。
「……おそらくは」
 どんなに疑わしくても、すべては推測の域を出ない。
『資質や、力を持つ者が――それを知らず、知らぬが故にそう育たず。時代に翻弄されて生きることは、不幸だ』
 議長が、アスランたちに語って聞かせたという理想は、デスティニープランの理屈に合致しているが。
『ヒトは自分を知り、出来ることをして役立ち、満ち足りて生きるのが一番幸せだから』
 たとえ、ノートを突きつけ。
“あなたの目的は、かつて学会で否定されたプランを実現することでしょう?” と問い質しても……何年も前の代物だ、もう拘っていないし、導入予定も無いと突き放されてしまえば終わり。
『戦争が終わったら、そんな世界を創り上げたい。必ず実現してみせる』
 少なくとも対外的には、議長は、まったくそんな素振りを見せていないのだから。

「遺伝子で?」

 まだ概要を把握し切れていない面々が、戸惑って訊き返す中。
「それが、デスティニープランだよ」
 一足先に医務室で、ノートに目を通していたんだろうキラが応じて。
「生まれついての遺伝子によってヒトの役割を決め――そぐわない者は淘汰、調整、管理する世界だ」
 説明を継いだアスランの言葉に、仲間だった少年たちに撃たれかけた日を想起したか、
「淘汰……調整?」
 メイリンが呆然と、怯えたように表情をこわばらせた。
「そんな世界なら、確かに――誰もが本当は知らない自分自身や、未来の不安から解放されて、悩み苦しむことなく生きられるのかもしれない」
「自分に決められた定めのぶんだけ、ね」
 つぶやくキラの吐息に、滲み出る感情は……厭わしさ?
「望む “力” を全て得ようと、人の根幹、遺伝子にまで手を伸ばしてきた――僕たちコーディネイター世界の、究極だ」
 デスティニープランに対しての?
 ……それとも。コーディネイターとして生れ持った、人並み外れた “力” に対しての。
「そこに、おそらく戦いはありません」
 真剣な眼差しで、クルーを見渡したラクスが告げ。
「戦っても無駄だと――あなたの定めが無駄だと言うと、皆が知って生きるのですから」
「そんな世界で、ヤツは何だ?」
 ブリッジに落ちた沈黙を、腹立たしげなロアノークの声が破った。
「王か?」
「運命が王なのよ。遺伝子が……彼は、神官かしら?」
 艦長席に座っていたマリューが、相槌を打ち、けれど再び誰からともなく押し黙る。

「無駄、か――」

 皮肉っぽさと自嘲が入り混じった、アスランの呟きに、カガリがちらっと視線を向け。
「……ほんとに無駄なのかな」
 沈鬱な声音で自問する、キラたちに。
 ふっと苦笑しつつ、肩を竦めたロアノークが問いかけた。
「無駄なことは、しないのか?」
 茶化すような、励ますような、呆れたような、なんとも言えない飄々とした口調で。
「!」
 ミリアリアは驚いて、オーブ軍服を纏った広い背中を見つめる。
 マリューの隣に立っている彼の表情は、オペレーター席からじゃ分からないけど――なんだか今の喋り方、まるっきり少佐だ。
 軍服の袖を、肘まで捲くって着ている姿まで、昔の記憶と重なってしまう。
「…………」
 他のクルーも虚を突かれたように、一斉に、ロアノークに注目して。
 ムウ・ラ・フラガを知らないメイリンだけは、困惑した様子で――アスランと、地球連合軍の元大佐を、交互に窺っていたけれど。

『記憶だけ無くなって、性格はそのままって心臓に悪いわ』

 以前、マリューが漏らしていた言葉を思い出しつつ、視線を移せば。
 背凭れに阻まれて見えない艦長ではなく、操舵席のノイマンと目が合った。
「…………」
 なんとも複雑そうな顔をしているのは、たぶん自分も同じで。他の皆も、似たり寄ったりなことを感じたんだろうなと、漠然と思った。

『無駄なことは、しないのか?』

 アスハ邸を襲った犯人グループと、プラント上層部が繋がっていたのかどうか。
 新型機 “アッシュ” 紛失の痕跡が揉み消されてしまった、原因と経緯。
 ルナマリア・ホークを経由して提出された、アスランとアークエンジェルクルーの密会現場――その記録を見聞きして、無反応だった議長の真意も分からない。
 そもそも物証と呼べるものが最初から存在していないなら、デュランダルの嘘を暴く為の決定打を、必死になって探し回ることさえ無駄な足掻きだ。
 だから、やらない? オーブに貼られた “ロゴスの手先” というレッテルも、いまさら剥がせない?
 そういった未来を、遺伝子が決める……?

(――頭が良すぎるヒトの考えることは、訳分かんないわ)

 遺伝子とかゲノムとか宿命っぽい表現したって、結局それは “自分” じゃないか。
 問題解決の為に努力するか、諦めて投げ出すかだ。
 両親から受け継いだ命と身体があって、心があって、たくさんの人や物事と関わって、私は今ここに生きてる。
 膨大なコストと手間を費やして、ひどい軋轢生みそうな人類救済計画を実行してもらわなくたって……各国のお偉いさんたちが戦争を止めてくれれば文句は無いし、それだけで充分なのに。
 どうして政治家って、一般人の希望とかけ離れた、現実味に欠けた政策ばっかり思いつくんだろう?
 まあ、自分たちが議長に対して抱いている疑心が、的外れもいいところの濡れ衣だったなら。それこそ、無駄の極み――私たちは、救いようの無いマヌケ集団ってことになってしまうだろうけど。

「俺は、そんなに諦めが良くない……!」

 喉の奥から絞りだすような声で、アスランは言った。
 たとえ独りになっても最後まで戦うと、そんな意志が見て取れる横顔だった。
「……だよね」
 彼の反応をひそかに予想していたのか、キラが小さく笑い。
「私もだ!」
 彼らの背を押すように、カガリが一歩前に出る。
 ギルバート・デュランダルに対して、対立姿勢を貫くなら――それはアスハ代表が率いる現オーブ政府にとって、進退を賭けた選択になるだろう。
 議長が、人々を欺き、後ろ暗い行為に手を染めていたと。
 立証が叶わずとも、せめて、民衆の理解を得られるだけの “なにか” を示せなければ……プラント政府は近いうちに、アークエンジェルの乗組員だけでなく、カガリをも戦犯として身柄引き渡しを要求してくるに違いない。
 ラクス、それにアスラン――ともに脱走した彼が生きていたとなれば、メイリンの生存も予想されるはず――事の首謀者にとっては、表舞台に出て騒がれるとマズイだろう人間が、こちらに居る限り。
 諸悪の根源、ロゴス幹部や地球連合軍は倒したから、あとは放っておいて平気だよね、などと軽くは片付けられまい。
 必ず、どうにかして口を塞ごうと仕掛けてくるだろう。
「俺も……かな?」
「そうね、私も」
 ロアノークとマリューが、顔を見合わせ笑み交わす。
 そんな空気が伝染したか、メイリンもまた何事か決心したように、ぎゅっと両手を握りしめた。

「宇宙へ上がろう、アスラン。僕たちも――」
「キラ?」
 つかつかとアスランに歩み寄った、キラが急いた調子で言う。
「……議長を止めなきゃ」
 ラクスが殺されかけた夜の出来事を、目撃したのはキラ。
 アスランが、ロゴスと通じてなどいなかったことを、誰より解っているのはアスラン自身。
 一連の事件と議長が、無関係であれば良い。
 だが、憶測が的中していたら?
 世界がプラントを、デュランダルを信じきっているなら、なおさら――突破口を探し出さなければ、今までのすべてが無駄になってしまう。
「未来を決めるのは、運命じゃないよ」
「ああ!」
 頷き合ったキラとアスランは、バシッと小気味良い音をたて、固く強く手を組んだ。 



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無印時代、TV本編で不可解だった部分は公式小説を読めばすっきり納得♪満足でした。他方、種運命……もはや後藤リウ氏の補完エピソードを以ってしても、管理人の脳内は、ワタシ日本語ワカリマセン状態。このシーンの会話、脈絡はどこから来るの〜。