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■ 選びし道 〔2〕


 刻々、刻々と時計の針は回る。

 空母ゴンドワナを中心とするザフト月軌道艦隊は、第一中継点にて連合軍と交戦中。
 ニュースを見る限り、形勢は互角。
 マリューは、軍本部から呼び出しを受けて外出中。
 じっと座っていては落ち着かないからと、キラたちも、整備班の仕事を手伝いに格納庫へ行ってしまった。

「あの……大佐?」
「ん?」
「本当に良いんですか? このままアークエンジェルに乗っていても――」

 ブリッジにはミリアリア、ノイマンとチャンドラ。
 さらには、艦内外を出入りしているオーブ兵と顔を合わせたくないからか、ロアノークも残っていて。
「近日中には正式に、オーブ軍に組み込まれるようですから。配属後はさすがに、気が変わったから途中で降りるって訳にはいかないと思いますよ」
「……ベルリンで、撃墜されたままザフトに見つかってりゃ。指揮官だった俺も今頃、ロゴス幹部のじーさんたちと一緒に国際法廷だろ」
 ノイマンの問いに、肩を竦めて答えた。
「オーブが名誉挽回に成功しても、しくじっても。どのみち俺は行かなきゃならないからな」

 胸に痛い一言だった。
 カガリが演説時にあらかたの経緯を公にしたとはいえ、自分たちも、いずれ出頭する必要があることに変わりない。けれどこの、暗雲たちこめる状況下では――現実問題として思い出したくなかった。
(そういえば、捕まったロゴス幹部の裁判はどうなってるんだろ?)
 進んではいるだろうが、どこの局も最新ニュースにかかりきりで、これといった続報は聞こえて来ない。

(ターミナルの掲示板、今のうちにチェックしとこうかな……)
 ふと思いつき、男性陣に断って席を外そうと立ち上がりかけたミリアリアは、
「だから、その前に」
 そこでいったん言葉を切った、元連合軍大佐が続けた台詞に固まった。
「俺の隊を壊滅させやがったアークエンジェル一派を利用して。気に入らない “ミネルバ” と、デュランダルを潰す」
「!?」
 チャンドラたちも、ぎょっと目を剥き。
「……それなら納得か?」
 皮肉っぽく問い返したロアノークは、誰の答えも待たず、軽く息を吐いた。
「ま、ホント言うとな。自分でもよく分からん」
 艦長席の、右隣。
「あの美人さんと離れたくない気はする――けど、誰がステラたちを殺したのかって考えたら――死なばもろとも。あんたたちクルーごと爆破してやりたくなってくるよ、この艦を」
 オペレーター席側と、操舵席のスペースを隔てる段差に、無造作に腰掛けて。
「片も付けずに逃げ出しちゃあ、死んだ部下にも、インパルスの坊主にも……いよいよ、合わせる顔が無いしな」
 淡々と呟かれた台詞はシャレになっていないし、実際、冗談ではないんだろう。
「強いて言うなら、嫌悪感かね」
「嫌悪……?」
 ずり落ちたメガネを直しつつ、チャンドラも、おそるおそる大佐を窺う。
「ステラがベルリンで、デストロイに乗せられたのは」
 アークエンジェルの乗組員に対する敵愾心が、ベルリン戦直後から、どう変化したかは彼自身にしか分からないこと。
「効率が良いから、だったよ――データ上で」
 クルーに向ける眼つきや表情は、ずいぶん柔らかくなったように見えるが、積極的に味方してくれる理由があるとも思えない。
「衰弱から回復したばかりでも。他に乗りたがっているヤツが居ても、そんなことは関係なく」
 オーブ攻防戦時、スカイグラスパーを駆り援護に加わった彼を、再び拘束しようとする者はいなかったけれど。
「なにが違うんだ?」
 客観的に考えれば、寝首を掻かれても不思議じゃなかったろう。
「デスティニー・プランに従って生きる人間と、エクステンデッドと……どこが違う?」
 傷痕残る顔をしかめ、すこぶる不機嫌そうに、
「俺たちを極悪人集団呼ばわりしておきながら、裏で考えてることはまるっきり同じじゃないか――しかも規模が世界レベルだ。シャレにもならん」
 正面モニターの中継映像を睨みながら 「……気に入らない」 と吐き捨てる。
「総人口云々って話が本当なら、俺たちファントムペインも、プラン導入をお膳立てしてやったことになる訳か? 焼け野原になった戦場をTVニュースで眺めながら、人前じゃ怒りに燃えてるフリをして、内心にやにや笑っていたのか? デュランダルの奴は? これで何億減ったなって?」

 ミリアリアは戸惑い、ディオキアで出会った議長の言動を回想してみた。
(……そんな血も涙も無いヒトじゃ、なさそうだったけどなぁ)
 もちろん怪しい点を数え上げればキリが無い。だからこそ自分たちは、ここに居るんだけれど。

「気に入らないね。デュランダルも、すっかり正義の味方扱いされてる “ミネルバ” も」
 もしも、疑惑が疑惑に過ぎなかったら?
 連合とザフトという敵対関係は別として、プラント政府は、エクステンデッドの子供たちを解放するきっかけを作った―― “ステラ” たちを戦わせ続けたことに罪悪感があったらしい、ロアノークには、ある意味感謝すべき存在だろう。少なくとも、アークエンジェルに対するよりは。
「そういう訳だから、とりあえず……あんたたちも俺を利用しとけばいいさ」
 話は終わりとばかりに、ひらっと片手を振って。
「フリーダムやらジャスティスやら、デタラメモビルスーツの真似は出来ないけどな。戦闘要員の頭数くらいにはなるだろ」
「だけど、議長がデスティニー・プランを導入するつもりかどうかは、分からないんですよ? ただ昔に、そういう構想を学会で発表してたっていうだけで――」
「今は違う、と思うのか? お嬢ちゃんくらいの年頃はともかくな。大人の思考回路なんて、そうそう変わらないもんだぜ」
 ミリアリアに微苦笑を向けた、ロアノークは、
「なあ。元地球連合の脱走兵? ノイマン少尉に、チャンドラ軍曹……だっけ?」
 ぐるっと視線を巡らせ、訊ね返した。
「あんたたちは前大戦時、アラスカで敵前逃亡したんだったよな」
「え? どうして、それを」
 今の彼に、JOSH-Aを含む一連の記憶は無いはずだ。
「なに言ってんだ? 悪名高い “不沈艦アークエンジェル” の話を、知らない連合軍人はそういないぜ? それに敵前逃亡は重罪、時効なし――あんたたち、軍本部のブラックリストに載ったままなんだけど」
 ひょっとして記憶が戻りかけているんじゃと、抱いた淡い期待は、
「その脱走艦が “アスハ” の名を出して、連合軍艦隊に攻撃を仕掛けてきたっていうんで、オーブのセイランたちは蛇に睨まれたカエル状態だったんだぞ? 聞いてないのか?」
 ロアノークの呆れ声に一蹴されてしまった。
「…………」
 そういえば以前、師匠も似たようなことを言ってたっけ?
「とにかくな。アラスカ基地が自軍の兵士を、ザフトを誘い込むための餌にして、サイクロプスで自爆したって話は――裏でなにがあったかは世間に報されなかった。ただ、奮戦及ばず全滅って発表されたが――軍内部じゃあ、真相が噂として広まっていた」
 けれどフラガには、当時の地球連合、組織内の様子など知り得ないはず。
「それでも軍に反旗を翻すようなヤツはいなかったよ。俺が知ってる限りでは、だけどな……アラスカで逃げ出したと確認されてる艦も、アークエンジェルだけだ」
 すると語られている内容はどこから出たんだろう? 植えつけられた記憶? それとも、あの頃を知る誰かと交わした会話が、空白を埋めているんだろうか。
「大人――特に、軍だの何だの、特定の主義主張を掲げる組織に属しているような人間は、そうは変わりゃしない」
 いや、その。
 あなたも本来、敵前逃亡時効なしの一員であって、しかも撤退しろと伝えに空を飛んできたりしてたんですけれど。
 言いたくても言えない、このジレンマをどうすれば?

(ああ、だけど……そっか)

 メンデル宙域で、ドミニオンと対峙したときを思い出す。

『アラスカでのことは、自分も聞いています――』


 ナタルも、アークエンジェルが離反した理由を察しているようだった。けれど、

『……ですが、どうかこのまま降伏し、軍上層部ともう一度話を!』

 降伏すべきもの。
 罪を犯して、擁護される存在。
 ヘリオポリス崩壊から、クルーゼ隊に追われ続ける日々。今にも撃ち落されそうな局面を幾度もともに乗り越えてきた、仲間だった彼女さえ、そうだったのだ――正義は正義として揺らがなかった。
 捨て駒にされたという衝撃が、引き金としてあったにせよ。
 第三勢力に身を投じたアークエンジェルは、少数派だったんだろう。
 そう簡単に考え方を変えられはしないんだろう。生きてきた年月、築き上げてきたものが多いほどに。

「プラン導入に、本気でエクステンデッドの記憶操作を流用するつもりなら……ジブリールよりイカレてるな」
 苦りきった調子で、ブルーコスモス盟主をも酷評した、
「何十億って人間を、いちいち細々修正していく方が、遺伝子適性から外れて生きるより、よっぽど労力の無駄遣いと思うがね」
 ロアノークは唐突に、誰にともなく訊ねた。
「――議長殿は独身だっけ?」
「へっ?」
「ええ、確か……」
「そうですね」
 そんな話は聞かないし、なにより――彼が結婚しているなら、奥さんも “ラクス・クライン” 同様、ファーストレディとしてあちこちに顔を出していそうなものである。
「コーディネイターは赤ん坊の頃から “良く出来てる” のか? でなきゃ、たまたまデュランダルの身近に、従順な子供しかいなかったのか知らないが――」
 自嘲めいた呟きは、ブリッジに、妙にきっぱりと響いた。
「専門家を加えて十数人がかりでも、たった三人の子供を管理できなかったってのに、世界中を管理できるわけあるか」



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『しょせんヒトは、己の知ることしか知らぬ (byクルーゼ) 』 のは、議長も同じ。なまじ、レイが従順だったから、プランの実現性を疑わなかったんだとすれば――土壇場で人類に 『明日』 を残してくれたのは、キラアスでもタリアさんでもなく、レイってことになるのでしょう。