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■ 世代語り


 月面を突き破るようにして、ダイダロス基地の一角から現れた、
〔これは―― “デストロイ” です! ユーラシア西部を火の海に変えた大量破壊兵器が、計三機!!〕
 甲殻類に似たフォルムのモビルスーツが、競うように加速していく。
 間違っても民間人がうろつける場所ではないから、評議会の許可のもと、軍上層部がTV局へ回した映像だろう。

 必ず勝てると判断したか?
 それとも、パニックに陥った人々がザフトの優勢を知り、冷静さを取り戻すことを期待してか……。
 遠い他国の争いではなく、すでに勝利した戦闘の記録でもない。現在進行形で撃ち合っている、しかも二射目を阻止できなければ今度こそプラントが壊滅するという、切迫した事態を公開とは――前代未聞である。

「お酒でも呑まなきゃやってられません? エルスマン教授」
「……おや、こんばんは」

 局内のカウンターバーでウイスキーを呷りつつ、TVを観ていたところ。
「隣、空いてます?」
 声をかけられ振り向けば、ワインレッドのスーツに身を包んだ黒髪の女性が、ひらひらと片手を振っていた。
 美人リポーターと名高いシエル・スタローン女史。
 このTV局に出入りするようになった日、彼女もスタジオに居合わせたため、プロデューサーから軽く紹介されていた。プラントから地球まで股にかけ、フリーランスで活動――大の男でさえ尻込みするような、身の危険が付き纏う仕事を、率先して担うというキャリアウーマンである。
「どうぞ」
 ウエイターよろしく横のイスを引いて促せば、 「ありがとう」 と微笑んで腰を掛け。
「コメンテーターの方々は、一緒ではなかったんですの?」
「ヤヌアリウスとディセンベルが撃たれたとき、二人とも、車でここへ向かう途中だったらしくてね。ドライバーやボディーガードの皆さんが、半ば強制的に避難させたようだ」
「教授は? こんなところに留まっていて、よろしいんですか?」
 ギムレットを注文して、ハンドバッグを席に置きつつ小首をかしげた。
「例の巨大ビーム砲。本当の狙いはアプリリウスだったらしいと、もっぱらの噂ですよ。さすがに直撃を浴びては、ここのシェルターも役に立ちませんわ」
「うーん。出演契約している番組も、まだ途中だからねえ」
「ダイダロスの様子がニュースで流れ始めてから、みんなモニターに釘付け。戦闘がザフトの勝利に終わっても……数日は、通常の番組枠、潰れてしまうと思いますけど?」

 今も、カーペンタリアから駆けつけてきた “ミネルバ” の機影が、画面いっぱいに映し出され。
〔陽電子砲・タンホイザーが、基地設備を狙い撃ちます! ああっ? しかし――寸前に、立ちはだかった敵機のリフレクターが――〕
 すでに冷静さを失いつつある実況解説の音声が、けたたましく響き渡る空間では、悲壮感など吹き飛んでしまう。
〔やりましたっ、タンホイザーの威力が競り勝った……! すさまじい爆風です!!〕
 代わりに、ムーディーに酒を楽しむような雰囲気でもない。
 避難誘導に従う人々はとっくに逃げ、果たすべき職務を選んだ者たちは持ち場で奮闘中。
 どちらにも当て嵌まらず、自棄酒めいた最後の晩餐とシャレ込んでいる顔ぶれは、タッドと似たり寄ったりな中高年がほとんどである。

「私は、興味深く拝見していますし――知人も、数回限りではなく、もっと続けてほしいと言っていましたけどね」
「そうかね? 医療関係者はともかく、一般人の皆さんには興味の範疇外ではと思うんだが」
「あら。素人にも分かりやすく解説してくださっているから、貴重なんですよ」
 スタローン女史は、物憂げに頬杖をついた。
「ロゴス狩りの真っ最中には、地球連合軍のラボや、エクステンデッド問題もずいぶん取り沙汰されましたけれど。次から次に事件が起きて、大衆の関心事も次から次へ」
「世の常だね」
「ええ。だからこそ……声は、高く上げ続けなければ届かない」
 聞き流され、忘れられて、記憶の底に沈んで消えてしまわないように。
「私も仕事で少し、研究施設内部を見て来たものですから。まだ当分は、風化させてはならない問題だと思っています――真っ先に、子供が犠牲になる世界なんて、ろくなモノじゃありませんわ」
「……となると、今のプラントもろくなモノじゃないなあ」
「え?」
「モビルスーツのパイロットといえば、十代半ばから二十歳そこそこの若者ばかりだろう。ただでさえ出生率も低下する一方なんだ。戦争などしている場合ではないはずなのにな、我々は――」

 決戦の地、ダイダロス宙域で。
〔無数のビームを軽々とかわして、敵モビルスーツ群に迫ります。このトリコロールの機体こそが、ザフトの最新鋭機 “デスティニー” です!〕
 砲火飛び交う最前線に、身を晒し続けている子供たちは。
〔い、一撃です! エースパイロット、シン・アスカ―― “デストロイ” を、たった一撃で破壊!!〕
 世が世なら、まだ大人の庇護下にある年頃だろうに。
〔さらに “レジェンド” が、二機目を撃破っ!!〕
 親世代、祖父母の世代が始めた戦争が、未来の担い手を殺していく。

「残っている理由は、ご子息を信じていらっしゃるからですか? プラントを守り切ってくれると」
「ん?」
「今も出撃しているんでしょう? ジュール隊の一員として」
「いや。恥ずかしながら、普段、まったく連絡など取り合わないのでね。あの中で戦っているんだろうとは思うが、どのモビルスーツに乗っているかも分からんし……それに、そんな立派なものじゃないんだ」
 タッドは肩をすくめつつ、首を振った。
「議長殿やミネルバのおかげで、今は地球上にも親プラント国家が多い。脱出できる限り、逃げた方が良いとは思うが――救命艇の数にも限りがあるだろう。それこそ、婦女子やご老人の避難が先かな」
 若者たちは、まだ、地上での生活に順応出来るだろう。
「なにより、いまさら帰りたいとも思えなくてね」
 ジョージ・グレンに続けとばかりに、第一世代のコーディネイターを生み出した者たちには、胸を衝く郷愁もあるだろう。
「……地球には」
「なぜ?」
「つかぬことを訊くが、君は一世代目?」
「ええ」
「プラント生まれかね?」
「いいえ。地球です――と言っても、物心ついた頃には、家族そろってプラントへ越していましたから。あまり覚えていませんけれど」
「そうか。私も、地球生まれの一世代目だよ……まあ、見ての通りだが」
 コーディネイターにとって栄光と迫害の時代、青年期を過ごした星に、安息は無かった。
「昔から、当たり障りない人付き合いは得意だったからね。パトリックや、シーゲル――同年代の彼らに比べれば、さほど反コーディネイター運動の標的にされることも無かったが。それでもナチュラルに、嫌気は差した」

 コーディネイター誕生を望んだもの、ブルーコスモスと呼ばれる過激派を作り上げたもの。
 どちらも元を辿ればすべて、他者より優位に立ちたいという、ヒトの浅ましさ。

「子供たちの代で和解できるなら、それも良いとは思うが」
 人生も折り返し地点を過ぎてしまえば、いまさらという想いの方が先に立つ。
 真空の海に浮かぶ、この大地が永遠に失われるくらいなら――いっそ運命をともに。潔く、宇宙の塵として散ってしまえと。
「地球へは、たまに旅行するくらいで充分だ。私にはね」

 画面の向こう。
 砲火を反射してキラキラと、銀色に輝くリング状の構造物。
〔第一中継点宙域の映像です。ザフト月軌道艦隊の猛攻が続いています。コロニー全体に爆炎が吹き上がっていますが――撃沈に至るには、まだ――〕
 コーディネイターを殲滅する為だけに、造り上げられたモノ。

「……そういう君は?」
 ふと疑問を感じ、訊き返す。
「お若いし、人生これからだろう? 脱出しなくて良いのかね」
「あら、だって」
 怯えの欠片も無い表情で、くすりと笑った彼女は、
「避難民と一緒に救命艇に乗り込んでしまったら、しばらく月へは行けないでしょう? ダイダロス戦に決着がついたら、すぐ現地へ向かいたいんです。局から依頼も受けていますし――」
 運ばれてきたグラスを、器用にも、赤いマニキュアの指先でくるくると回しながら答えた。
「混乱冷め遣らぬ地区からの中継リポート。それが私の “売り” ですから」
「しかし怖くないのかね? ご両親も、さぞかし心配しているだろう……可愛い娘さんに、そんな物騒な仕事をさせたくはなかったろうに」
「ええ、姉妹ともども女優にしたかったらしいですよ。子供を芸能人にだなんて、分かりやすいというか、典型的というか――役者ばかり増えてしまったら、肝心なシナリオライターや照明、小道具係、メイク、音響――そういう裏方さんが足りなくなって、芸能界自体が成り立たないでしょうに」
 かすかにライムの香りを漂わせ、揺れるカクテルは淡いグリーン。
「自分は特別、自分の子供だから特別と、思ってしまうものなのかしら?」
「ははっ。少々、耳が痛い話だなぁ」
「あら、どうして?」
「息子に英才教育を受けさせ、病院の跡取りにと――それが当たり前のように考えていた時期もあったからね」

 薙ぎ払われ、斬り裂かれていくモビルアーマー。クレーターの代わりに月面を覆う、鈍色の建物。
〔僚機の援護を受けた “インパルス” が、敵基地内部へ飛び込んでいきました! 脅威たるビーム砲を直接、もしくはコントロールを潰す作戦でしょうかッ……!?〕
 どの子の親も、間違っても、モビルスーツなどに乗せるため我が子をコーディネイトした訳ではなかったろうに。

「それじゃあ息子さんこそ、親の希望とまったく違うことしてるじゃないですか。嘆いています? 教授」
「あれが軍に入ると言い出したときは、反対したものだがね」
 タッドは、苦笑しつつ答える。
「今は、まあ――馬鹿息子が、己の生き様に胸を張っていられるなら、細かいことはどうでもいいかと思うよ」
 同時に、戦争が終わり、感染症や怪我人の数も減って。
 軍人や医者の出る幕など無くなってしまえと、願わずにはいられないが。
「……いーなぁ、理解あるお父さんで」
 スタローン女史は唐突に、くだけた口調でぼやいた。
「ウチの親なんて、姉が女優やめてジャーナリストになっちゃったものだから、大喧嘩の果てに絶縁して――私が姉たちに憧れて、報道業界に就職するって言ったときなんかもう、ろくに話も聞かずにぷっつんキレて “勘当だ!” でしたよ」
「おやおや。ちなみに、それは何年前の話かね?」
「もう、二十年以上前です。昔のことですよ……そんなふうだから、私が今、仕事でTVに映っても気づいてるかどうか」
「まあ、親御さんの性格にもよるだろうが。娘のことなら判るだろうし――年老いてくると、ますますね。あれやこれや後悔し始めている頃じゃないかな」
「そうかしら?」
「親の端くれとしてはね。この戦争が終わってからでも、お姉さんと一緒に、実家に顔を出してほしいなぁと思うよ」
「うーん、それはちょっと無理かな?」
 苦笑いする彼女の呟きを掻き消すように、大音量の叫びが、薄暗いバーにこだました。

〔ダイダロス基地内部で、小爆発が起こりました! これはっ……“インパルス” がやったか!?〕

 いつの間にか、連合機の姿はほとんど見えず、沈黙したダイダロス。
 そうしてほどなく第一中継点陥落、さらに敵基地を制圧したとニュースが告げた。

「……やってくれたみたいですね、知恵と武勇の女神様が」
「ああ。まったく、たいしたものだ」

 ザフト月軌道艦隊はもちろん、ほぼ単独で、敵の本拠地を陥としたミネルバは――まさしく、プラント市民を救った女神だ。
 タッドたちは、どちらからともなく安堵の息を吐く。

 TV画面に向かって喝采、抱き合って喜ぶ客たちの酒が、祝杯に変わった瞬間だった。



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幕間。45話前半裏のプラント市街地ってどんなだろうと思ったら……子持ち若夫婦とかはともかくディアイザの親世代、腹括って残っているよーな気もします。ここが俺たちの城&墓場! みたいな。