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■ 暁の宇宙へ 〔1〕


 ――ミネルバのエースたちが、やってくれた。

 ビーム砲のコントロールシステムは、司令ブースごと “インパルス” によって撃ち砕かれ。
 月軌道艦隊の猛攻を浴び続けた第一中継コロニーも、ほどなく陥落。
 さらには取り逃がしたままオーブでも拘束出来なかったロゴス幹部、ロード・ジブリールを討ったという報せに、ザフトは勝利の実感を濃くしていていた。

 壊滅寸前のダイダロス基地裏から、物陰に隠れるように発進しかけていた敵艦を、不審に思った “レジェンド” が撃破。
 直後、降伏した連合軍施設内へ踏み入ったミネルバクルーが、監視カメラを検証したところ。
 自軍の劣勢を見て取ったか――ヘブンズベース戦同様、またも部下たちを置き去りに、こそこそと脱出を図るジブリールの姿が映っていた。
 そうして逃げ込んだ先は、ミネルバと浅からぬ因縁を持つ “ボギーワン” ――正式名は “ガーティー・ルー” だったらしいが――かつてアーモリーワンを襲ったあの艦が、ブルーコスモス盟主を乗せたまま焼き尽くされたというなら。
 もはや、ジブリールの死は疑いようがない。
 ずっとプラント本国を脅かしてきた影が、ようやく消えたのだ。


「はぁ? 制圧作業は免除?」
 月面へ降り立った矢先。
 肩透かしな報せに、ディアッカは面食らって問い返す。
「なんでだよ、人手はいくらあったって足りないだろ。武器捨てて白旗上げた捕虜だって、頭数は向こうの方が多いんだぜ」
「……12宙域戦からここまで、仮眠どころか燃料も補給出来ずにいたからな。俺たちは」
 ボルテールの執務室にて。
 蝋人形めいた硬い表情のまま、イザークは軍本部からの司令を告げた。
「被災民が生き埋めにされて助けを求めている状況なら、すぐにでも飛んで帰るところだが……」
 例のビーム砲に――名称は、やはり “レクイエム” だった――撃たれたヤヌアリウスとディッセンベル市民の、生存確率はゼロに等しく。
 偶然や幸運が重なり命を拾った一握りの人々は、すでに救助隊が空域をくまなく捜索・発見に務めているという。
 いまさらジュール隊が引き返しても、出る幕は無いだろう。
「アルザッヘルへの牽制も兼ね、主力部隊はこのまま月に留まるように。ダイダロス基地はミネルバに代わり、ローラン隊長を責任者として月軌道艦隊が管理する――チャニス隊と共に、今のうちに休んでおけという通達だ」
 いくら鍛えていようと寝不足の身体では、モビルスーツ操縦の手元も狂いだす。
「さすがに保養所でくつろがせる訳にはいかんが、希望者がいれば2.3日程度、息抜きにコペルニクスへ出掛けてかまわんとも言われている」
「いや俺、そーいうの要らねえから。アラートに叩き起こされずに寝ときてぇ……」
 ぐったりと片手を振ってみせるディアッカに、イザークも無言で頷いて同意を示した。
「遊んで気分転換したいって奴も、いそうにねぇけどな」
 それなりの月日、戦場を潜り抜けてきた自分たちは、どんな戦禍も起きたこととして割り切る耐性を――ある種、非情さと言い換えてもいい――持ち合わせている。

 ……だが、一連の結末は、戦後入隊のルーキーたちには酷過ぎた。

 敵の兵器を目前にしながら、よりにもよって本国への被害を防げなかったという事実。
 ヤヌアリウス、ディセンベルに、家族や友人がいた隊員も少なくない。
 二射目を防がなければという焦燥に駆られ突っ走っていた間は、深く考える余裕も無かったろうが――戦闘が終わっては、壊滅したプラント群に想いを馳せずにおれまい。
 彼らは、たとえ待つ者が亡くとも帰りたがるだろうが。
 おそらく市民からは、地球連合に対する憤りだけでなく、軍部の見落としを――力不足を責める声も上がっているだろう。
 遅かれ早かれ知る日が来るとしても、生傷に塩を塗るような罵声が聞こえかねない場所へ、今このとき向かわせることは憚られた。
 少なくともダイダロスには、同じ経過を辿って、自責の念を抱える同僚たちがいる。
 なにか作業に没頭していれば気も紛れる。
 この戦争に終止符が打たれれば、いくらか心の整理もつくだろう……月に残れという命令は、部下のメンタル面を考えても好都合だった。

「なんにせよ、まだ決着がついた訳じゃねえんだ。艦も機体も万全の状態でなけりゃ、アルザッヘルに動きがあったとき困るしな」
 食欲をあまり感じない胃に、半ば無理矢理スポーツドリンクを流し込みながら、ディアッカは結論づけた。
「被弾したモビルスーツの修理と補給だけは、さっさと済ませとこーぜ」


×××××


〔そりゃまた、ずいぶんと大博打に出たもんだな。アスハの娘は――〕

 オーブ政府の決定を聞かされた師は、呆れと感嘆が入り混じった口調で評した。
〔一蓮托生って訳か、責任重大だな。ああ?〕
「……はい」
 増す一方のプレッシャーに、膝の上で両手を握りしめるミリアリア。

 アークエンジェルは、正式にオーブ軍艦として迎えられて。
 現状打破の糸口を求め、コペルニクスへ向かうことも決まり。
 オペレーターの仕事とジャーナリストとしての活動を兼任したいという、自分の希望も無事に通った。
 そこへ飛び込んできた寝耳に水の話――アークエンジェルに、ロアノークの搭乗機として “アカツキ” が積み込まれることになったという。
 アカツキに搭載された誘導機動ビーム砲塔 “シラヌイ” は、確かに、エンデュミオンの鷹と詠われた頃のフラガが得意としていた、ガンバレル・システム同様オールレンジ攻撃の為の武装だ。
 使用者の空間認識能力に依存しないスペックを備えているとはいえ、生来の適性と技量があれば相乗効果を発揮するだろうことは想像に難くなく――ネオ・ロアノークが、軍人としての能力はそのままに記憶だけを書き換えられたムウ・ラ・フラガであるならば、機体の性能を最大限に引き出せるはず。
 しかし、ウズミ代表が愛娘へと遺したという曰く付きの、オーブ本土攻防戦の折にはカガリ機と認識された黄金のモビルスーツを。
 ザフトが敵と看做したアークエンジェル、しかも――結果的に連合から離反すると決め、エクステンデッドの保護を訴える団体に、ラボの在り処を明かすことに同意したとはいえ、ユーラシア西部地区虐殺の指揮を取っていた “大佐” に託すとは――ちょっと、普通では考えられない話だ。
 ……けれど、それがカガリの意思表示。
 アークエンジェル、特に他軍からの糾弾を避けられないだろうロアノークに対する、信任と同時に。すべての責任は自分が負うという姿勢を、言外に、官僚たちへ示してしまったわけだ。
 もしもコペルニクスで、なんら成果を得られず。
 先の演説でぶつけた回答要請までが、デュランダル議長の弁舌によってかわされてしまえば。
 おそらくアスハ政権は支持基盤を完全に失い、総退陣に追い込まれる。カガリも政治生命どころか、身柄そのものが危くなるだろう――アークエンジェルクルー共々、国際法廷送り必至だ。

〔これといった足掛かりが無いなら、シエル・スタローンに会いに行け。ちょうどコペルニクスに滞在しとるらしいからな、連絡先を教えとく〕
 通信機のディスプレイに表示された、携帯ナンバーらしい数字に。
〔たいていの場所には、こいつと一緒なら潜り込めるだろう。向こうも、おまえに会ってみたいと言っていたしな――〕
「……スタローンって」
 ミリアリアは目を輝かせ、思わず身を乗り出す。
「すっごおい! 師匠、こんなヒトとも知り合いなんですか?」
〔なにをはしゃいどるのか知らんが……あまり、こいつに感化されるなよ〕
「なんでですか、カッコイイじゃないですか! 男のヒトでも怖気づくような現場に乗り込んでいく、敏腕リポーターなんて」

 ジャーナリストになりたいと、夢を抱いて。
 まだ学校を卒業する前――オーブで両親と暮らしていた頃に、新聞や雑誌を読んでいて目を惹いた名前。
 ハードなぶん、どうしても男社会というイメージが強い報道業界の第一線で、今も活躍している実力派の女性。しかも女優かモデルかというほどの迫力美人とくれば、憧れずにいられようか?

〔……小娘の価値基準はよう分からん〕
 知り合いなら、彼女の実績や手腕も見聞きしているだろうに、コダックの反応は芳しくなかった。
 さらに、打ち切るように話題も変えてしまう。
〔それから、月にも幾つかターミナルの中継点はあるが――コペルニクス四番街のカフェが、最大規模だ〕
「四番街……」
 そう言われても月へ降りたことがなく、プリントアウトした市街地図を眺めた程度のミリアリアには、ピンと来ない。
 キラとアスランは、子供の頃しばらく住んでいたらしいが。
 五年も経てば街並みは、記憶と変わってしまっているだろう。
〔ただ、一人で行くのは止めておけ。自由都市って場所柄、出入りする人間もほとんど制限されてないからな。コーディネイター、ナチュラルに限らず、どこの軍の諜報部が客として紛れているかも分からん〕
 それはそうだろう。
 このオーブに不利な情勢下で、アークエンジェルの入港すら可能な場所だ。
 だからこそ、新たな手掛かりを期待する余地もあるのだけれど。
〔アークエンジェルの乗員だと知られでもしたら面倒だろう。ターミナルの通行証も、隠しブースへ辿り着くまでは服の中か鞄にでもしまっておけ〕
「はい。アドバイス、ありがとうございます」
〔情報提供の一環だ、礼は要らん。とにかく無茶はするな〕
 そっけなく応えたコダックは、やぶからぼうに問いかけてきた。
〔それより――月へ上がると、親御さんに連絡は入れたのか? ミリアリア〕
 ぎく。
「え、えっと、その……してないです。最初に、アークエンジェルに乗り込む前……ターミナルから電話したのが最後、かな?」
 せっかくオーブにいるんだし。
 実家の近辺は爆撃を免れていて、両親が無事だということも判っている。
 顔を出しに行こうと思えば行けない距離ではないけれど。
「だって、なんとかなる目処も立ってないのに詳しい事情を話したって心配かけるだけだし、地球の外まで飛び出すな、アルザッヘル基地になんか近づくなって怒られそうだし――」
 もごもごと弁解を試みる弟子を、じろっと睨みつけるコダックの威圧感に。
〔いつ戻れるかも分からん仕事に出るってのに、十何年も育ててくれた親に対して、見せる覚悟も根性も無ぇのか? ボケナス〕
「…………」
 ミリアリアは、首を竦めて縮こまる。
 あーあ。師匠も怖いけど、父さん、もっと怖いだろうなぁ……。
「……今から電話してきます」
 初老のカメラマンはモニターの向こうで、本当だろうな、と疑うような眼つきのまま、ぷかぷか煙草をふかしていた。


 あれもしよう、これも片付けておこうと考えていたのに。
 出発前の夜は丸ごと、実家に電話しただけで潰れてしまった……売り言葉に買い言葉で一方的に通話を切るなんて、ディアッカ相手でもなきゃ出来ないし。

 コダックと話し終えてから。
 コペルニクスへ向かう件はともかく、オーブ軍属のオペレーターとして働くことまで報告すべきか、そこは黙っておくか。
(なにしろローン返済も途中だった自宅は、ヘリオポリスごと宇宙の塵になり。
行方不明になっていた一人娘が、第八艦隊に保護され帰ってくると思いきや、脱出用シャトルがザフトに撃たれたと。しかもそれに娘が乗っていたかは定かでないという生殺し状態。
ようやく無事と報せを受けオーブ本土で再会してみれば、当のミリアリアは親に断りもなく連合軍人なんぞになっていた、経緯と理由が理由であるから――後に地球連合に離反、オーブの為に戦ったという事実を踏まえても――両親は、戦後、挨拶と謝罪にハウ家を訪れたマリューのことを、今も良くは思っていない。
もし再び、彼女が指揮を執るアークエンジェルに乗り込むなどと知ったら、間違いなくここへ怒鳴り込んでくるだろう)
 どうしたものか、悶々と悩んでいたところ……プラント側に、新たな動きがあった。

 ダイダロス制圧によって、ひとまず時間の余裕も生まれたからだろう。デュランダル議長が、例の “回答要請” に応えたのだ。
 常のごとく柔らかな表現と語り口調ではあったが、要約すると、

『 “アッシュ” が盗まれた形跡など、どのザフト基地にもありませんでしたよ。
もちろん、スパイが徹底的にデータ改竄を行った可能性も否定できませんが――ザフトを疑うより、まず、ご自分の身辺を見直された方が宜しいのでは?
灯台下暗し、という諺もありますし……ドムトルーパーの設計データを盗み、なおかつ密造、オーブへ持ち込んだ輩の方が、よほど怪しいと思いますが?
共に国政を担う立場であった宰相や婚約者殿が、代表の与り知らぬところで、ロード・ジブリールと通じていたくらいですしね』

 カガリがぶつけた疑念を、事実無根として突っぱねた形である。

〔ビーム砲 “レクイエム” によって、ヤヌアリウス、ディセンベルが受けた被害の程は御存知でしょうか? 望む望まないに関わらず、オーブが同盟を結び支援した地球連合による、民間人をも巻き込む無差別攻撃の結果です〕
 そうして議長は、最後に告げた。
〔再度申し上げます。
ザフトから奪われたものである全機が、廃棄もしくは、こちらへ引き渡されない限り。我々は――ロゴスと通じるものではない、平和を願うという、アスハ代表の言葉に信を置けず。オーブと友好関係を築き直すことも出来ません〕

 ほどなくカガリも、TV画面に姿を現す。
 亡くなった人々へ向けた哀悼の意と、地球連合の非道に対する憤り。それから――

〔ザフト艦隊によるオノゴロ沖包囲は、セイラン親子がジブリールを匿っていると物証を得た上でのことであったと、我らは知っている。
下手な言い逃れなど出来ぬよう、証拠写真を突きつけたうえで、氏の身柄引渡しを要求すれば速やかに片付く話であったはず――それをせず、行政府や軍施設を手当たり次第に砲撃するなど。
宰相とジブリールの癒着を知らぬ一般兵や職員は、まず市民の避難誘導に回り、不審者を探す余裕など失ってしまうだろうことは想像に難くない。
事実、市街地をパニックに陥れ、混乱に乗じたジブリールの逃亡を招く愚行以外の何物でもなかった。
将校方、並びに侵攻を是としたデュランダル議長の判断力を疑う。
オーブには同胞たるコーディネイターも暮らしている。
ザフトによる過ち、ジブリールの国外脱出、さらなる戦火の拡大を防ぐために、我らはオーブ援護に踏み切ったものである〕

 オーブ内部に疑いの矛先を向けようとする、議長の言葉に、真っ向から反論を始めた。

〔……以上が、オーブとザフトの戦闘に介入した武装グループの主張です。
現在こちらで身柄を拘束しております、パイロット3名は、自らをザフトの退役軍人と話し――ドムトルーパーと呼ばれるモビルスーツは、廃案になった設計データを流用、密造した機体であるとも自供しました〕
 会見の席、カガリの両隣には、
〔彼らの参戦理由、すべてを鵜呑みにする訳ではありませんが。ブルーコスモス、ロゴス関係者に多大なる影響力を持つとはいえ、自身は武人に非ず。生身のロード・ジブリール氏を捕らえるためにと……あのときザフトが、上空からの爆撃、モビルスーツを用いての破壊行為に及ぶ必要性があったかには、正直、疑問が残ります。
また、アスハの別邸を襲った “アッシュ” 部隊は、オーブで暮らすラクス・クライン殺害を目論んだものであり。相容れぬ目的を掲げる、両者を同一の組織とする推論は成り立たぬと考えます〕
 同じ首長服姿の、青年が二人。
〔また、ジブラルタル基地にてスパイ容疑をかけられ、射殺されそうになったため逃げてきたというザフト兵を、海上で発見――ひとまず保護するとともに事情聴取いたしました。
基地のホストに侵入して偽の警報を出し、アスラン・ザラの逃走を幇助したことは事実。けれどラグナロクのデータベースになど、誓ってアクセスしていません――それがメイリン・ホークの証言であり〕
 一人は、緊張を孕んだ硬い声音で、
〔ザフト軍人として不適切な行動があったことは認めます。
しかしダーダネルス海戦の直後、アークエンジェルクルーと接触したことに関しては、ザフトのじゃまをするなと諭しに行っただけであり。密会現場などとして罪に問われる謂れはありません…… それは “グラディス艦長もご存知のはず” だが ? と〕
 もう一人は、余裕さえ窺わせる涼しい口調で、
〔アスラン・ザラも、ロゴスに与した裏切り者という汚名に戸惑い、心外に感じているようです〕
 真犯人にとっては “殺し損ねた” ことになるだろう、二人の生存を明らかにした。



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ザフトの保養施設があったり、オーブ軍艦アークエンジェルを迎え入れているところを見ると、コペルニクスの中立性はオーブとまた別タイプなんだろうか……? どんな奴でも勝手に出入りしろ、でも国内での戦闘行為は許さない、みたいな。