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■ 暁の宇宙へ 〔2〕


〔確かに彼らには、疑われる要素があった。しかし、それを利用して濡れ衣を着せた人間かが存在することも間違いないでしょう。
両名は、自ら抗弁の場に立ちたいと望んでいますが――〕
 こう言われた場合はこう切り返すと、いくつかのパターンを想定、話し合っていたんだろう。
〔 “アッシュ” 流出の痕跡はおろか、他人に罪を被せた形跡も残さず、今もそ知らぬ顔でザフト中枢に潜伏している何者かが存在する限り――彼らをプラントへ送り出すことはもちろん。フリーダム、ジャスティス――その性能が突出していると知るからこそ、真犯人が野放しになったままのザフトへお返ししては、新たな災いを招きかねないという懸念を拭えません〕
 カガリの弁舌は淀みなく、明瞭で。
〔こちらで処分することは容易ですが……本当に廃棄したのかと疑いを抱く方もいらっしゃるでしょうから。一事件の黒幕を捕縛するか、停戦を迎えた後に、公の場でザフトへ引き渡したいと考えます〕
 世界情勢やら何やらにこじつけ、プラント側の要求を拒否してのけた。
〔戦乱の最中にも関わらず、最善を尽くしてくださったのでしょうザフトの方々に、再調査を願うことは憚られるため――真相に関する捜査は、我が国の諜報部に委ね、続けさせることとします〕

 プラント及びオーブの代表は、お互いに、そこはかとなく白々しさ漂う了承の意を示して。
 TVニュースは終わった。

 ……事実上の交渉決裂だ。
 こうなってしまうと、もう譲歩・和解はあるまい。

 元から、オーブの劣勢は火を見るより明らかだったところに、そんなニュースが流れたものだから――実家の両親も、不安が最高潮に達していたらしく、娘から連絡があってホッとした気分も相俟ったんだろう。

 親戚の誰それは無事だったけれど近所の何々さんが逃げる途中に転んで怪我して、まったく市街地をモビルスーツが飛び回るなんて、セイラン親子もとんでもなかったが、代表もいったいどうするつもりなんだか……政情がこんなふうじゃオーブより他所に滞在していた方が安全かもしれないが、コペルニクスは中立都市だからって、なにも地球連合とザフトが睨み合ってる月に行かなくたって。今どこから電話してるの? いくら需要があるからってそんな物騒な仕事は止しなさい。戦争の真っ最中に出歩かないで、家に戻って来なさいよと――堰を切ったように、とにかく喋る喋る。

〔どうして、おまえが行かなきゃならないの?〕

 電話口で文句を言う、母親は半分涙声だった。
 それは、以前にも聞かれたこと。

“……しょうがないわよ、志願しちゃったんだもん”

 二年前に、再会した親の前で、思わず愚痴をこぼした自分。
 あのときアークエンジェルに残る理由は、子供じみた正義感と勢いと仲間意識に流されて、覚悟という覚悟もなく――だったけれど。

「義務とかそういうんじゃなくて。私が、行きたいの……ホントのことを知りたいのよ」

 ――そうして出発の朝。
 しばらく見納めになるかなと、仰いだ空は、透けるような青だった。

 そんな爽やかな天気にも関わらず、ミリアリアは昨晩の長電話が祟り、寝不足もいいところの体調だった。
「あー……眠い」
 乗り込んだオーブ兵が忙しなく行き交う通路を、ふらふらと歩きながら欠伸を噛み殺す。

 コダックの元からはもう独立していて、だから一人でコペルニクス行きの艦に乗り込むこと、向こうでは師の知人でもある女性ジャーナリストと合流する予定だと伝え。
 どうしようと散々迷いつつ思い切って、その艦がアークエンジェルでありオペレーターも兼任するんだと告白してみたら――案の定、父親はぶち切れた。
 母親はヒステリックに喚き叫んだ挙句、本格的に泣きだしてしまった。
 軍本部に殴り込んできそうな両親の怒気を静めるのに、まず一苦労。行く行くなの押し問答で、さらに一悶着。
 ほぼ徹夜で、明け方になってようやく、
『まあ、黙って行かれて、居場所さえ判らなくなるよりマシだったとは思うが』
『くれぐれも気をつけてね……』
 代わる代わるに、送り出す言葉をもらえたけれど。
 認められた、説得出来たというより、強情っぱりの娘に根負けして渋々折れた感が強い。
 ダーダネルスからオーブ本土戦まで、ずっとアークエンジェルに乗っていたなんて――すでに集合時刻が迫り、話す余裕が尽きていたことも理由にあるけれど。到底言い出せる雰囲気ではなかった。

 いくつか隠し事が減ったぶん、気は楽になったものの。
 “突き止めたいこと” の大部分を占める、デュランダル議長への疑惑やらを何から何まで、ごく一般的な会社員の両親に打ち明ける訳にはいかないし。
 どこまでジャーナリスト仲間と連携するのか、家族や友人に話すのか。
 それとも知り得た情報すべて、一人で抱え込んでいくのか……自分で決めていかなきゃいけない、そういう仕事。
「……ふあぁ」
 気の重い思考と裏腹に、身体は休息の必要性を訴える。
 さっき、着任式の間はどうにか押さえていたけれど、眠くて眠くて仕方がない。

『――月の情勢も、まだあまり詳しいことまでは判っていない』
 ほんの10分ほど前。
 ドックに整列したクルーの前に立ち、カガリは宣言した。
『時期が時期なので、なんのトラブルも無くと保証は出来ないが。アークエンジェルには、正式にオーブ軍第二宇宙艦隊所属として、出来る限りのサポートを約束する』

 コペルニクスに降りたが最後、あちこち不眠不休で駆けずり回ることになると見越してだろう。
 オーブを発って大気圏を突破した後はもう、月に到着するまで、ミリアリアの勤務シフトはオフとなっている……ありがたい話だ。もう少しの我慢。
 睡魔に負けそうになる頭をぶんぶん振って、眠気を払う。
 小窓から差し込む、太陽の光。
 まだそんなに陽も高くなっていないのに、ぽかぽか暖かい。良い天気――と。

(まったく……なに涼しい顔してたのかしら? あのヒト)

 まどろみかけの気だるさを一気に不機嫌へ塗り替える人影が、ガラス越しの眼下に、ちらりと見えた。
 アークエンジェルが停泊している港、タラップの傍。

 “アカツキ” を託されたロアノーク、艦長のマリューに、キラとラクス、さらにアスランの姿も見える。総責任者と、事態が悪化した場合に想定されるモビルスーツ戦の主力パイロット三名といった顔ぶれだ。
 対するはカガリと、彼女の秘書官だろうか? スーツ姿の男性陣、背後に控える警備兵が数人。

『プラントの受けた大きな被害もあって、今やデュランダル議長は世界最強のリーダーだ。どうしても彼は正しく、すべてを知って揺るがなく見える――だが我々と同じく、その強大な力を危惧する国もある』
 着任式の際。
 背筋を伸ばして語るカガリの左手に、赤く輝く石は無かった。
『オーブは、なにより望みたいのは平和だが……それは自由、自立の中でのことだ。屈服や従属は選べない』
 たまたま隣に並んでいたから。
 その変化に気づいたらしいアスランが、小さく息を呑み、身じろぐ様子も見て取れた。
『アークエンジェルには、その守り手として。どうか力を尽くして欲しい』
 アスハ代表の言葉に応じて、一斉に敬礼をして。

『本艦はこれより、月面都市コペルニクスへ向かい、情報収集活動の任に就く。発進は30分後――各員、部署に就け!』

 進み出たマリューの号令を受け、小走りに散っていくクルーたち。
 ざわめくドックの人垣を抜け、アスランは、カガリに近づいていったが、
『ロアノーク一佐、“アカツキ” を頼むな』
『お任せを』
 ロアノークとの会話を遮ってうながす秘書官らに、左右を囲まれ去っていく彼女の姿に、足を止め。
 それ以上、追おうとはせず。

『アスラン……』
 心配そうに歩み寄ったキラとラクスに向かって、彼は、やけにサッパリと言い切ってみせた。
『いいんだ。今は、これで――焦らなくていい』
 虚勢なのか、心底そう思っているのか、アスランのことなどたいして知りもしない自分には分からないが。

『夢は、同じだ』

 なにを根拠にそう言うのか、仮に同じだとしても、直に本人に確かめたのか?
 アスラン自身、意識が戻ってしばらくは会話できる状態じゃなかったし。カガリはカガリで、オーブに帰り着いてからこっち、激変する戦況に対処するため会議の連続――復権してからは、ますます政務に追われっぱなしで。
 ミリアリアが知る限り、彼らが二人きりでゆっくり過ごしたのは一度きり。
『うん……やっぱり、アスランはアスランだった』
 どこか吹っ切れない表情で、ぽつりぽつりと伏し目がちに話してくれた、あのときだけだ。

 自信なのか信頼か、なんにせよ臆面もなく “同じだ” と断言出来るあたり、凄いとは思うけれど――カガリの力量を想いを過信して、デュランダル議長の誘いに乗った結果、死にそうな目に遭ったんだろうに。
 もちろん、多忙の合い間を縫って連絡を取り合っていた可能性はある……が、少なくとも、カガリが指輪を外したと知っていたようには見えない。
 となると、お互い、これからどうするのかという話をしたとも考えにくい。

 だいじょうぶなのか、そんなんで?
 カガリの台詞を借りるなら―― “普通” じゃやっていけない二人、なのに。
 あれこれ口を挟むような立場じゃないと解ってはいるが、ずっと悩んで泣いてる彼女を見てきたから、どうにもこうにも腹立たしさが収まらない。

 むすっとしたミリアリアが、窓辺に佇んでいる間にも――外では、最終的な行程確認などを終えたんだろう。
 別れを惜しむように、ぎゅっとキラと抱き合ったカガリが、ラクスとも抱擁を交わして小さく頷いた。
 そうして最後に、アスランの前に立った。

 数秒、見つめあう両者は動かない。

 彼女とキラが姉弟だとは、政府上層部の人間なら知っているようだし。ラクスとは女同士であるから、べつにどうってことじゃないけれど……アスランは血縁者でも何でもなく、今は “アレックス・ディノ” で通していたときより厄介な身分だ。
 そうでなくともカガリは、婚約者を事故で亡くしたアスハの娘、という立場を重く捉えているようだったから。
 もう、昔のようには振る舞えないんだろう。
 気分のままに、泣いて笑って怒って。
 二年前、夕暮れのオーブに―― “ジャスティス” から降り立ったアスランと、わずかに距離を置いて対峙するキラの、逡巡も沈黙も吹き飛ばすように駆けていって抱きついた、自由奔放な女の子は、もう。

(出発前に、近くで顔見れただけ良かったかもね……)

 ――と、思ったら。
 不意に、腕を伸ばしたアスランが彼女を抱き寄せて。
 カガリは一瞬たじろいだようだったが、抵抗するでもなく、オーブ軍服の肩口に頬をうずめた。
 そのまま一秒、二秒、三秒――

(もしもーし? ちょっと長すぎるわよ、お二人さーん?)

 彼らなりの意思表示、なんだろうか?
 キラたちだけならともかく、秘書官さんたちも思いっきり見ちゃってるけど、いーのかしら? ……まあ、同席してるのは訳知りの面々だけだろうけど。


 やがて、どちらからともなく顔を上げた、二人の表情は遠すぎてよく分からない。
 宇宙へ発つ者たちは、順にタラップを上り始め。
 オーブに残る者たちは、発進時の風圧に備えてだろう、少しアークエンジェルから離れていった。


 そろそろ私もブリッジに上がるかなと、踵を返しかけたところで、
「あ、ミリアリアさん」
「メイリン? 忘れ物とか無い――」
 呼ばれて振り返った先には、ぱたぱたと足音も軽く走ってくる、ザフト軍服の少女。
「あれっ、どうしたの? その帽子」
 サイズがぴったり合っているところを見ると、軍服は、ジブラルタル脱出時に着ていたのをクリーニングした物だろう。けれど確か、洗濯カゴの中に制帽は無かったように思う。
「これですか? 借りちゃいました」
 頭の上に、ちょこんと乗っかった帽子を弄りながら。
「二年前は、ザフトや連合兵も一緒になった混合部隊だったって噂でしょ? アークエンジェル。だから、もしかしたらロッカーに、誰かの忘れ物が残っているかもって……あちこち探したら、一個だけ」
 答えるメイリンは、仕事中ジャマにならないようにするためか、ボリュームある赤毛を結い上げ、ふたつ括りにしていた。
「モルゲンレーテのジャケットを着ていたら、モルゲンレーテの社員に見えるんだなぁって――考えたら、当たり前なんですけど」
 髪を下ろしてる姿を見慣れていた所為もあるだろうが、ヘアスタイルひとつで、ずいぶん幼い印象に変わるものだ。
 ……けれど。
「私が、アークエンジェルに乗り込むのは “オーブの為” じゃなくて。身に覚えがない容疑を晴らして、ザフトに紛れてるスパイが誰なのかを突き止めて、もう戦争しなくて済むようにしたいから――信じてもらえなくっても、そう思ってるから」
 ロアノークやアスランまでオーブ軍服に袖を通した中、一人でも、これを纏うと決めて。
「みんなと再会するときは、ちゃんと、ザフトの軍服でいたいんです」
 胸を張って歩こうとしている、この子は、やっぱり小動物っぽい外見に似合わずたくましい。
「私には、これが正装ですから」
「そっか」
 15歳で成人とされるコーディネイター社会の環境ゆえか、きちんと訓練を受けた軍人だからか? たいして年齢も変わらないのに――二年前の自分に、こんな度胸や行動力、自立性があっただろうか?
 我が身を省みて、物思いに耽っているミリアリアの横から、

「あ、アスハ代表」

 ひょこっと窓辺を覗き込んだメイリンが、見送りに来ている政府関係者の姿を見つけ、
「……お姫様とか、女王様って」
「え?」
「小さい頃は絵本読んで、キラキラな世界に憧れたりもしましたけど。現実は、なんだか、大変なことばっかりなんですね」
 妙に、しみじみ呟いた。
「言いたくないこと言わなきゃだったり、言いたいこと言えなかったり――朝から晩まで、国のお仕事で」
「そうね。出来れば代わってあげたいって思うこともあるけど、私には絶対無理だわ。情報収集の仕事なら、いくらキツくても耐えられる気がするけど……」
 ミリアリアの相槌に、深々と頷き返す少女。
「私もです。コペルニクスを歩くの初めてだから、市街MAP、しっかり見とかなきゃ――」
「ミリアリアさん、メイリンさん? そろそろ出発よ」

 ふと気づけばいつの間にやら、マリューが微笑を浮かべ立っていた。

「あ、はいっ!」
 やや強ばった表情のメイリンに、まだ複雑そうな眼を向けているアスランと。
 ぶらぶらと大股で、艦長についていくロアノーク。
「だいじょうぶ? ミリィ。なんだか具合悪そうに見えるけど……」
「平気よ、ただの寝不足だから」
「……昨夜は、眠れませんでしたの? 緊張をほぐす効果を持つハーブティーがあるんですけれど、あとで召し上がりませんか?」
「あー。緊張して寝付けなかったとか貧血とか、いっぺん言ってみたいとこなんだけどねー」
「あら、違うんですか?」
「うん。ソファにでも横になったが最後、起こされるまで熟睡してる自信があるわ――起きたときに、頭がスッキリするようなお茶もらえた方が嬉しいかも」
 まあ、と目を丸くするラクスに笑い返して。

 最後にもう一度、オーブの風景を目に焼き付けて――ブリッジへと歩きだす。
 出発の時刻が迫る。

 ――さあ。
 これから私は、なにをしようか。



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45話シナリオ完結、山越えたー!! カガりん長旅お疲れ様、そしてバトンタッチで、アスランこっからガンバレ根性見せ場だぞー? (でも残り予定PHASE-07しかない)