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■ 月面都市 〔1〕


 げんなりと窓枠に肘を預け、ごくありふれた街の景色を虚ろに眺めながら、ディアッカは我が身を嘆いていた。

(…………まーた久しぶりの休暇に、おっさんプラスαでドライブかよ……)

 レンタカーの後部座席。隣にふんぞり返っている隊長殿が、ささやかな溜息を聞き咎め。
「なんだ?」
「イーエ、ナンデモゴザイマセン」
「だったらその辛気臭い顔をどうにかしろ。不満があるなら、口に出して言え!」
 噛みつきそうな勢いで、ギッとこちらを睨む。
 しかし馬鹿正直に訴えたところで 『だったら貴様は留守番していろ!!』 と一蹴されるに決まっているのだ。ここは無難に濁すに限る。
「せめてシホが居りゃあなー、と思っただけだよ」
「なんだと? 制圧作業は免除されたんだ。基地に戻ったとて、手分けするほどの仕事も無いだろう」
 訝るイザークの表情は、サングラスに隠されて読めない。
 ついでに目立つ銀髪も後ろで結び、黒いバンダナキャップに押し込んであって、どこぞのストリートミュージシャンか三流ゴシップ記者かという出で立ちである。
「そうでなくともシホは本国で、被災民の救助活動に当たっているのだぞ。捜索が打ち切られれば、増援部隊とともにダイダロスへ来るだろうが――まだ、しばらくは先のことだ。貴様、話を聞いていなかったのか?」
「あー、そうだっけ?」
 ディアッカ自身、普段オールバックにしている髪を下ろし、さらには黒のカラーコンタクト。
 変装というほど凝ってはいないが、まずザフト兵には見えず、ジュール隊の顔ぶれを知る者とすれ違っても見咎められはしないだろう格好だった。
「……んで、あとどれくらいで着くの? 四番街って」
 話を逸らすべく運転席に声をかければ、
「もう商業エリアに入りましたからね。渋滞に巻き込まれなければ、20分もかかりませんよ」
 ハンドルを握る男が、よどみなく答える。
 ややくたびれたYシャツ姿のナビゲーターは、再調査班メンバーでもある情報課の黒服だ。

 ダイダロスへ降りた “ボルテール” を、今朝ひょっこりと訪れ、
『敵基地だった場所にこもりきりでは息も詰まるでしょう。私はこれから、コペルニクスへ情報収集に向かいますが――』
 どうです、ご一緒に? と誘いをかけてきたのだった。
 隊員たちを置いていくには少々不安もあったが、ボルテール、ルソーの艦長が 『2、3日のことなら』 と請け負ってくれたため、留守は任せてきた。
 もちろん、市民の要らぬ警戒や反発を招かぬよう、軍服は着替える必要があったが。


 月面都市・コペルニクス。

 アルザッヘルやダイダロスからは遠く離れた、直径約90kmのクレーターに建設されたこの街は、現在、プラントと連合のどちらにも属しておらず。ジブリールのような国際手配犯でなければ、人種・船籍問わず自由に出入りできる。
 地球環境に例えるなら、砂漠の中にぽつんと湧いたオアシスといったところか。
 中立というスタンスは以前のオーブと同じだが……決定的に異なるのが、武力らしい武力を持たないこと。
 犯罪や迷惑行為を取り締まる警察組織こそ機能しているが、それだけだ。

 武装勢力に攻め込まれれば、一日と経たず占領されかねないセキュリティだが――街には、根城に適した施設も、武器や弾薬の製造工場も無い。
 経済面だけを考えるなら、属領とするメリットは多いが。
 仮に連合がコペルニクスを支配下に置き、軍事拠点化すれば、街はザフトの攻撃対象となる。逆も然り。
 破壊は一瞬。
 だが月まで物資を運び、ライフラインを整備して、同レベルの街ひとつ築くとなると数年がかりの大仕事だ。
 さらに現実問題、地球からプラントまで、補給も無しに往復するのはかなりキツイ。充分な燃料を積んでいても、道中、エンジンの故障やデブリ衝突といったトラブルに見舞われる危険性は常にある。
 そういった場合に駆け込める、希少な “安全地帯” として。
 ナチュラルとコーディネイターの利害関係のバランスにより、コペルニクスは今も戦火を免れているのだった。


「約束の時刻には、まだ、だいぶありますが……待ち合わせ場所のカフェには、各国のニュース誌などが揃っていますから。それも世論の変化を知る上で、参考になるでしょう」
「……ちなみに、その情報提供者って男? 女?」
「ニトラムと名乗る男です。オーブ政府の内情に通じているらしく、再調査班の人間に直接、報せたいことがあると――先日、情報課にメッセージが届き、物は試しと連絡を取りまして。内部調査で得られる証言にも限界がありますし、アルザッヘルに動きがあれば、我々もそれどころではなくなりますからね――」
 ディアッカは、ふぅんと気の無い相槌を打ち。内心うんざりと人工の空を仰いだ。
(野郎四人でカフェかよ、おい……)
 贅沢言っていられる局面でないとは重々承知だが、絵的に最悪だ。

「ああ。それからひとつ、ご報告が」
「なんだ?」
「ボルテールへ伺う前に、シュライバー委員長から連絡がありまして――スパイが潜んでいるとすれば、レクイエム発射時に、要塞メサイアに居た可能性が高いと」
「!? どういうことだ」
 イザークが弾かれたように顔を上げ、身を乗りだす。
「再調査の進み具合を把握するため、ライトナー議員とともにジュール隊の執務室を訪ねて。ハーネンフースから渡された資料に、目を通したそうなんですが」
 ……そういえば、ルイーズ・ライトナーに意見を求めようと決めたはいいが。
 軍務に追われて手が回らず、半ば忘れかけていた。どうやらシホが代わりに話を進めてくれていたらしい。
「偏向コロニーの発見が、あと少し遅れていたら。こちらの攻撃で照準が狂わなければ――アプリリウスが壊滅していたことを前提に考えますと」
「なるほどな。プラントの首都ごと軍本部が無くなっちまえば、指揮権は、要塞メサイアへ移るだろうし……再調査のレポート資料が消し飛べば、いよいよスパイの割り出しは難しくなる。当面、とっ捕まる心配もなくなるか」
 ヤヌアリウス、ディセンベル消失の衝撃も半端じゃなかったが。
 アプリリウスが撃たれていれば、人々の動揺と混乱は倍増していただろう。
 本国からの増援を見込めず政府の要人もほぼ全滅では、ザフトにとっても、いきなり頭をもがれるに等しい。
「そうして浮き足立つザフトの作戦指揮が、スパイの裏工作で妨害されれば、連合側はますます勢いに乗ってプラントを潰しにかかる」
「ええ。ですから――ロゴスの邸宅調査が完了するまで、あまり、再調査の成果はおおっぴらにしない方が良いだろうと。容疑は薄れつつある、とはいえ今の段階では、アスラン・ザラがスパイではなかったとも言い切れませんので」
 確かに。
 こっちが真犯人の目星をつける前に、逃げ出されてはたまらない。
「ひとまずレクイエムの発射前後から、メサイアに出入りした人間はリストアップしていますが、絞り込むには数が多すぎますしね」
「……だとすると、敵の判断力もたいしたことはないな」
「は?」
「月面から撃ってもプラントを軽々と斬り裂ける、威力と貫通力――それが “レクイエム” の強みだろう。遠距離攻撃が」
「ええ、まあ」
 ルームミラーに映る運転手の顔が、面食らったように顰められ。
「ジブラルタルから “ミネルバ” が駆けつけてくることは、予想の範疇外だったとしても。俺が連合の司令官なら、まず真っ先にザフト月艦隊を薙ぎ払うよう命じるぞ」
 ディアッカが視線を向けると、イザークは舌打ち混じりに吐き捨てた。
「そうなれば、おそらく俺たちとチャニス隊だけでは第一中継点は墜とせなかった。多勢に無勢というレベルじゃない。進路を阻まれ、下手すると全滅していた可能性もある……国防本部から増援を送ったところで、距離がありすぎ間に合わなかっただろう」
 一射目で、月艦隊を潰す。
 そうして邪魔者が近づかないうちに、二射目を撃てばいい。
 政治の中枢たるアプリリウスにしろ、ミネルバも停泊していたジブラルタルにしろ、街は、基地は、動いて逃げることなど出来はしないのだから。
「アプリリウスさえ撃てば、それでプラントが、ザフトが降伏するとでも思ったか? 二射目を防ぐため、全力でビーム砲の排除に向かうに決まっているだろう。まだ、移動要塞であるメサイアに狙いを定めていたという方が理解できる」
「ああ、それは――どうもダイダロスの連中は、議長のシャトルがジブラルタルを発ったと知り、アプリリウスに戻ったものと考えていたようですから。議長とラクス様を亡き者にしてしまえば、残る議員方や将校に、たいした指導力は無いとして――ローラン隊が、士官級の捕虜を尋問した結果ですがね」
「フン、ならばなおさら……いや。議長がメサイアに上がることなど、ほとんどの者は知らなかったのだから、単に、レクイエムの照準地から逃れただけか?」
 イザークは眉根を寄せ、ぶつぶつと考え込み始めた。
「しかしメサイアに逃げ込んでいたなら、議長が到着したと判りそうなものだが。照準を変える時間の余裕が無かっただけか、それともプラントの首都を撃つ方が優先と考えたか――」
「あとはまあ、議長が居ると判っても、メサイアは撃てない理由があったか?」
 アスランたちに濡れ衣を被せた裏切り者には、そうは出来ない事情があったと。
「なんだ、理由とは?」
「知らねーけど。パターンのひとつとしちゃ考えられるだろ」
 ふむ、と唸ったきり黙り込んだイザークの顔色が、
「…………」
 サングラスから覗く部分だけでも判るほど、みるみるうちに褪せていった。
 それっきり、車内に沈黙が落ちる。

 “キラたちが疑っている人物” を思い浮かべたか、それとも別になにか考えついたのか。
 ……さて、どっちだろう?

×××××


「――ルイーズっ!!」
 休憩室に駆け込んできたクリスタは、開口一番に告げた。
「ちょっと、まずい事態になったわ」
「今度は、なに……?」
 食べかけのサンドイッチをテーブルに置きながら、内心うんざりしつつ振り返る。
 開戦からこっち、休憩時間が休憩になりゃしない。
 それが議員の宿命とは、二期目ともなれば覚悟の上ではあるが――ようやくダイダロスを制圧して、一息つけそうだと思った矢先に。
「さっきから、また要求メールや電話が相次いでいるの」
 議長が本国を留守にしてからというもの、なにかあるたび彼女たちは、ジェレミーや自分のような再選議員に相談を持ちかけてくる。
 同じく二期目のジェセックが要塞メサイアへ移ってしまってから、その頻度は増す一方だ。

(まったく。昔は、こんなじゃなかったわよねぇ……)

 今は亡きシーゲル・クライン、パトリック・ザラを筆頭に。
 ユーリ・アマルフィ、アイリーン・カナーバ、タッド・エルスマン、エザリア・ジュールと――以前、同僚だった面々は、どうしようどうしたらとうろたえ取り乱すことなど無かった。
 誰かに話を振るまでに、己の考えと段取りくらいは大雑把にでも纏め上げていた。
 なにも現メンバーが能力的に劣るという訳ではない。
 協調性やチームワークという点では、むしろ統率が取れた議会であるし、決定事項は滞りなく進めているのだが……なまじデュランダルが有能で、的確な指示を与えてくれるものだから、皆、それに慣れてしまい。自己責任において判断対処するという姿勢が、欠けてしまっている気がする。
(……長所は短所の裏返し、とは良く言ったものだわ)
 穏健派と強硬派が、寄ると触るとケンカまがいの口論ばかりで。常に一触即発の空気が漂っていた、あの頃と、どちらが良いかと問われれば――即答しかねる両極端さではあるけれど。

「要求? 誰が、なにを」
「一般市民からよ。もう一度ラクス・クラインを会見の場に出して、オーブが並べ立てた嘘ごと偽者の正体を暴き、ロゴス支援国家など潰してしまえ、と」
 こちらの憂鬱に気づく様子もなく、弱りきった表情でまくしたてる同僚に、
「え? なぜ、いまさら」
 ルイーズは、当惑しつつ訊き返す。
「活動自粛の理由は、彼女自身が述べたでしょう? どちらが本物かなんて、証明する術が無いことも」
「それが、今朝のニュース番組で――」
 クリスタが続けて口にしたのは、つい今し方、ルイーズが脳裏に思い浮かべた元議員の名前だった。



〔ライトナー議員? お久しぶりです〕

 携帯電話のナンバーは昔と変わっていなかったようで、連絡はすぐに取れたが。
〔ダイダロス基地の調査と、残るアルザッヘルへの警戒とで、政府もまだお忙しいでしょうに……私に、なにか?〕
「忙しいと解っているなら、余計なことを言わないで!」
 相変わらず、年齢に似合わず落ち着き払ったカナーバの口調に、疲労も溜まりに溜まっていたルイーズは思わず声を荒げる。
「ラクス・クラインの活動自粛を取り消せ、TVに出せと、市民が騒ぎだして収まらないのよ! あなたが出演したニュース番組の所為でね!」
〔ああ、今朝の?〕
 考え込むように一拍置いて、
〔ですが、それでは――あの場に招かれ、ラクスについて訊ねられた私にどう答えろと? ただでさえオーブが、フリーダムやジャスティスを持ち出してきて、アスラン・ザラもザフトを裏切り。戦後処理を担った私の責任を追及する声は、厳しくなる一方だというのに〕
 カナーバは、心外そうに切り返してきた。
〔私は、クライン邸に出入りしていましたから。外見だけでは判別できなくとも、会って話せば、どちらが本物か見分ける自信があると……シーゲルの娘が、不当に名を騙られ困っているなら、助けになりたいと考えただけです〕
 尤もな言い分であるだけに、ルイーズは気勢を削がれて黙り込む。
〔姿を隠して沈黙を守ることが、ラクス自身の為に良いとは思えませんし。もちろん、地球連合と戦っている真っ最中なら “それどころではない” でしょうけれど――今は、ひとまずダイダロスも押さえられたんですから〕
 確かに、カナーバの発言はキッカケに過ぎない。
 レクイエムによる被害に衝撃を受ける余り、後回しになっていた謎が、再び取り沙汰され始めただけの話である。
〔本物は一人だけ。偽者は偽者と、早々にハッキリさせてしまえば良いではないですか? そうすれば、いたずらに市民を混乱させることも無いでしょう〕
「…………」
〔アスハ代表と共にいたラクスが、私との対談に応じなければ、それもあちらへ疑念を向ける理由になりますし〕
 さも名案と言わんばかりに、カナーバは提案して寄こした。
〔お互いが、プラントへ足を運びたくない、オーブに行きたくないというなら――間を取って、月のコペルニクスあたりで。もしくは私が、それぞれの元を訪ねて行ってもかまいませんよ?〕



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そんなこんなでコペルニクス編導入部、まずはディアイザ側から。C.E世界における自由都市の設定、背景はテキトーです。地球連合軍基地がふたつもある惑星で、よく中立保っていられるよなー。