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■ 甦る翼


 アークエンジェルが、ひとまずラクスを回収するため転針する中、
「……すみません、格納庫へ行きます」
 ついさっき着席したばかりの下層CICを、メイリンに支えられながら出てきて。
 早々なるオペレーター業務放棄が後ろめたいか、それとも他に何か迷っているのか――アスランは、すまなさそうに頭を下げた。
「いいわよ、そんなに気にしなくても。ブリッジなら元々このメンバーでやってきたんだし、整備班の方が不眠不休で働いて疲れているだろうから、手伝ってあげて?」
 マリューは柔らかく頷くが、チャンドラは、彼女ほど寛容になれなかったらしく、
「っていうか、悪いんだけどさ……そこでギャーギャー騒がれると、気が散ってジャマ」
 溜息まじりに片手をひらつかせ、さらに追い討ちをかける。
「こういうとき持ち場に留まっていられない人間はさ、CICに限らず裏方には向いてないんだよ。自分でも分かるだろ?」
 バツが悪そうに口ごもり、重ねて 「すみません」 と呟いた、アスランは赤毛の少女とともにエレベーターへ乗り込んでいった。
「やけに手厳しいな?」
 ゆっくりと落下してくる赤いモビルスーツに、艦体右舷・カタパルトデッキを寄せながら、ノイマンが意外そうに言う。
「目と耳の毒なんだよ、まったく」
 苦笑しつつ肩をすくめた、チャンドラは、着艦用ネットを準備するようマードックに連絡を入れた。

 “ジャスティス” の後継機と思しきモビルスーツを収容してほどなく、フリーダム再来が引き金となったか、前線に出てきたミネルバと撃ち合いになり――
「なに、あれ……」
 オーブ各地の戦況をモニターしていたミリアリアは、ある区画に目を留め、ギョッと顔を引き攣らせる。
 混戦の最中に落ちてきたポッドから、突如現れたモビルスーツが三機。ずんぐりした台形に近いフォルムは、黒と紫のツートンに彩られ、
〔マリューさん、カガリさん。降下ポッドのモビルスーツは敵ではありません〕
 一列縦隊で光りながら、地面の上を滑るようにザフト機を薙ぎ倒していくあたり、確かにザフト機ではないのだろうが。
〔彼らは、わたくしたちにお味方くださる方々です。どうか、そのように〕
 合流したラクスからの内線に、マリューは 「分かったわ」 と頷くが、それでもブリッジには気圧されたような空気が残った。
  “フリーダム” が “デスティニー” と交戦中である以上、もちろん、僚機が増えたことは素直に喜ばしいのだが。
〔了解したって、ラクスに伝えてくれ!〕
 そうこうするうち “アカツキ” が、ようやく国防本部前へ降り立った。
 接近する機影に気づいて出迎えに来たらしい、軍人たちに伴われ、あわただしく建物に駆け込んでいくカガリ――これで少しは、行政府との連携も取れるだろう。それまで、なんとかザフト軍の侵攻を押さえなければ。
「11時から、ミサイル8!」
「回避っ……!!」
 だが万全とは到底呼べない艦に、ただでさえ手強い “ミネルバ” との正面対決は、荷が勝ちすぎていた。
 降りそそぐミサイルを迎撃しきれず、回避も間に合わず――被弾の衝撃を予想したクルーが、とっさに身構えた瞬間に、
「……あ?」
 白亜の装甲を焼き抉るはずだったミサイル群は、どこからともなく放たれたビームによって、ことごとく撃ち落とされていた。
「な、なに――」
 爆炎の間をしなやかに縫う、青と白の機影は。
「スカイグラスパー!?」
〔はっは、すまんな。余計なことして〕
 次いで、ひょうひょうと嘯きながら通信をかけてきた人物が、クルーの混乱に拍車をかける。
「あ、あなた……」
 特にマリューは、それ以上言葉にならない様子で正面モニターを見上げ。
〔でも俺――あの “ミネルバ” って艦、嫌いでね〕
「え?」
 ミリアリアは、ますます戸惑う。
 記憶が戻ったにしては繋がらない言動、だがネオ・ロアノークという人格のままなら、アークエンジェルを援護した理由が解せない。
 けれど、そんな些細な疑問はどうでもよくなってしまうほど、
〔……だいじょうぶ、あんたらは勝てるさ〕
 ひどく頼もしい、懐かしいとさえ感じさせる表情で、彼は笑った。
〔なんたって俺は、不可能を可能にする男だからな〕
 それきり、また勝手に通信は途切れ――スカイグラスパーは “ミネルバ” へ向かい、大空に両翼を閃かせる。
 かつて絶望的な戦況から幾たびもアークエンジェルを救い出した、ムウ・ラ・フラガと、同じ台詞を口にして。
「な、なんで少佐が? 記憶が戻ったようには見えなかったが」
「知るかよ! だいたい、いつの間に医務室を抜け出してたんだ? あのヒトは……」
 疑問をぶつけ合いながらも操艦の手は休めないノイマンとチャンドラ、ミリアリアもすぐ我に返るが――さすがにマリューが受けた衝撃は深かったらしく、艦長席のアームレストにくたりと預けられた軍服の、腕は小さく震えていた。

 そんな余韻や混乱を斟酌せず、格納庫から内線が入り。

〔艦長! 艦長からも止めてくださいよォ……こうピシャッと! 出撃は許可しないって〕
 ロアノークと入れ替わり大写しになった、マードックの苦りきった顔つきに、
「ええ?」
 なんの話か分からず、首をひねるブリッジクルー。
〔ザフトの坊主が出撃するって聞かねえんっすよ! “インフィニットジャスティス” ――回収した例の機体ですが、あれに乗って出るって〕
「なんですって!?」
 さっきアスランたちが乗り込んでいったエレベーターを振り返り、また忙しなくモニターを仰いだ、マリューは絶句している。
〔ピンクの嬢ちゃんは嬢ちゃんで、止めるどころかニッコリ笑って “行かせてあげてくださいな” ですぜ? どうにか歩けるようになったってだけで重傷に変わりゃねえのに、モビルスーツなんぞ乗り回したら今度こそ死んじまいまさぁ!!〕
 もっともな懸念を訴えるマードックの、言葉を遮るように、
〔ラミアス艦長、発進許可を……〕
 すでにヘルメットまで身につけ、新たな機体に収まったアスランが、ブリッジに通信をかけてくる。
〔ハッチを開けてくれ、ミリアリア〕
「ハイそうですかって答えると思ってるの? あなたも、コーディネイターのくせに馬鹿!?」
 無謀さに呆れ果てながら、コックピットの中と外に分割された画面を睨み。ミリアリアは要求を一蹴した。
「そんな傷だらけで、無茶よ!」
〔それはもう、さっき言われた!〕
 ところが相手は、いつになく頑とした態度で切り返してくる。
〔ここに “ジャスティス” がある。俺は生きていて、まだ動ける――出撃できるんだ〕
 どちらかというと控えめで、遠慮がちな物腰のアスランばかり見慣れていた、ミリアリアは面食らって瞳をしばたく。
〔それなのに、こんな怪我を理由にして逃げたら。俺は俺だとさえ、胸を張って言えなくなる……それならいっそ、馬鹿呼ばわりされた方がマシだ!!〕
 “不退転の決意” といった勢いだが、いったい何があったんだろう? 困惑するミリアリアの隣で、
「開けてくれなきゃ、ハッチを破壊してでも出る――って言いたげだな」
〔……はい〕
 チャンドラがぼそっと呟いた台詞に、アスランは真顔で頷いた。
〔くぉら坊主! 修理したばっかの艦に風穴開ける気かあぁーっ!?〕
 半狂乱になって頭を掻き毟るマードック、その横からひょっこりと、顔を覗かせたラクスが口添える。
〔わたくしからも、お願いいたします。アスランを行かせてあげてくださいな〕
 画面の奥ではメイリンが、ディアクティブモードから深紅に色づき始める機体を、心配そうに見上げていた。
〔無茶だと解っていても、危険を押してでも。ヒトには、立ち上がらねばならない時があるのですわ――きっと〕
 問うようなクルーの視線が、艦長へ集まる。
 マリューの瞳にも迷いが過ぎるが、やがて彼女はこくりと頷いた。

「撃墜なんかされたら、怒るからね!」
 すでに腹を立てながら、けれど “死んだりしたら” とは仮定でも口に出せず、ミリアリアが釘を刺すと。
〔……肝に銘じる〕
 オペレーター席のモニターに映るアスランは、何故か、きょとんとしたあと小さく笑った。
 笑うところじゃないだろうとまた憤慨しつつ、敢えて事務的に、ミリアリアは発進シークエンスを読み上げる。
「APU起動、カタパルト接続――システムオールグリーン」
 本当に送り出して、だいじょうぶなんだろうか?
 “デスティニー” はキラによって阻まれ、カガリは国防本部へ入った。ムラサメやアストレイ隊も奮戦しているが……。
「インフィニットジャスティス、発進、どうぞ!」
〔アスラン、ザラ――ジャスティス、出る!!〕
 思いのほか明瞭な声で告げ、アスランは出撃していった。
 それでも不安は纏わりつく。
 戦艦ミネルバに属する、ザフトの最新鋭機は “デスティニー” 一機ではなかったはず――



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なにやら抽象的言い回しが飛び交う、アスラク会話は省略です。ウズミ様の遺言と同じく、答えはアスカガが行動で示すしかないものですし。