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■ カガリ再び 〔1〕


〔こちら第二区、氏の姿はありません〕
「まだ第一区が終わっていない、応援を頼む!」
〔B班です、中央街で迷子を保護しました! 近くに空いているシェルターは?〕
「N−5−2へ!」
〔こちら第六区、発見ありませんが――アストレイ隊が、市民の逃げ道を塞いでしまっています! 早急に、防衛ラインの変更を〕
「それは国防本部へ直接……ええ、繋がらない?」
「回線がパンクでもしたのかよ、こんなときにッ!!」
〔第八区、爆撃されたインターチェンジが陥没しています。車輌通行できません!〕
「一般道は? 使えないのか」
〔すでに渋滞して前にも後ろにも進めなくなっています。徒歩で移動するよう呼びかけてはいますが――〕
「全体の避難状況は?」
「まだ70%にも満たないですよ!」
 飛び交う砲火を掻いくぐり、各地へ急行した者たちと。庁舎内のデスクで情報機器を駆使する職員らが、一丸となって奔走する中、
〔L班です。マスドライバー “カグヤ” の封鎖、完了しました!〕
「よし、これでひとまず国外逃亡は防げるだろう」
〔第三区、異常ありません〕
「くそっ、ジブリールの奴――いったい何処に?」
「たいした土地勘があるとは思えないし、宰相と行動を共にしていれば目立つはず。捜索の手が届かないような場所に逃げられるとは考えにくいんだがな……」

 頼まれるままに片っ端から雑用を片付けて回り、断片的に聞こえてくる会話に焦燥を濃くしながら、

〔アーガイル局長、大変です! 国防本部に、先ほどカガリ様がお越しになられて〕
「なに?」
〔いや、その前にすったもんだのすえオーブ全軍、彼女の指揮下に置かれてはいたんですが――とにかくユウナ様が、国家反逆罪に処され〕
「こ、国家反逆!?」
 局長室へ戻った、サイは、聞こえてきた物騒な単語に目を剥いた。
 父親の傍へ寄ってモニターを覗き込めば、服装からして国防本部の人間だろう男が、弱りきった様子で話し続けている。
〔カガリ様が直々に問い詰めましたところ、確かにジブリールをセイラン家で匿っていたが、いまは何処にいるか分からないと自白したんですが〕
 ってことは、嘘だったのかよ……!?
 言いがかりは止せとばかりに 『我が国内には存在しない』 と回答した青年の、すまし顔を思い返したサイは、腸が煮えくり返るような憤懣を抱くが――次の報せに、ぎょっと眉をひそめる。
〔拘束命令を受けた兵士たちが、かなり、その。ユウナ様の抵抗を封じるにしてもやりすぎしか思えないほど、殴る蹴るの暴行を加えておりまして〕
 気持ちは分かるが、軍人であればこそ誰よりも、そういう暴力を振るってはならないはずだろうに。
「……モラルや誇りはどうなってるんだ?」
 うめき頭を抱えた経済文化局長へ向け、トドメを刺すように。
〔ぼろぼろの状態で連行されていくユウナ様を見かけた、セイラン派の行政職員らが――混乱に乗じたカガリ様の復帰に加え、アークエンジェルまでが戦線介入してきたと知り、激怒して押しかけて来まして〕
 もう収拾がつきません、と嘆き告げられた内容は。
〔オーブの存亡が掛かっているはずの、司令室で。アスハ派の人間とセイラン派とが真っ二つに分かれ、罵り合いの乱闘を始めてしまいました……〕
「なんですとー!?」
 通信機に齧りつく父親の背中を、視界の端に留めながら。あまりの事態にサイは絶句したまま固まっていた。

 国防本部との通話を、いったん切り。
「そうか、所在を確認できた首長家は、セイランとグロードの――彼は、一足先に? 秘書官が、まだ君と一緒にいるんだな? ああ、そうしてくれると助かる。揉めているらしいんだよ、この期に及んで!」
 早口に誰かと連絡を取り合った、局長は、立ち上がりざまに 「ついて来い」と息子をうながした。

 内線はすべてケータイへ転送されるよう設定、課長クラスの職員に後を託して、

「対策本部は、地下シェルターに置かれていたようなんです」
 行政府の正面玄関前、合流した相手は、サイとさほど歳も変わらぬ青年だった。
「それも海中から攻めてきたザフト機により、破壊されたと……テレビ会議システムで指示を受けていたという閣僚が、証言しました。通信が断ち切られるまでの、映像記録も残っています」
 温厚そうな、だが今は青褪め強ばっている容貌には覚えがあった。確か、ユウナ・ロマの秘書官だ。
「瓦礫を撤去しない限り分かりませんが――おそらく叔父たちは、もう」
「行政府に残っているセイラン家の人間は、ユウナ様を除けばあなただけ……ということですね?」
「兄がいれば、そもそも、こんなことになる前に打つ手を講じただろうと思いますが。申し訳ありません、今は――」
「現場に居るのはあなたです。兄君の功績を懐かしむこと、たらればの会話に意味も無い」
「ですが私は、叔父たちがジブリールを招き入れたことさえ気づかず、オノゴロ沖の異常が伝えられるまで執務室の資料整理など……! この状況下、国防本部へ顔を出したところで何かの役に立てるとは思えません」
「話せば反対されると考えたからこそ、宰相たちは秘密裏に事を進めたんでしょう。それは、あなたの罪ではありませんよ」
 悲観的に項垂れる相手を、静かに見つめ返す中年男。
「 “気づけなかった” 事実に対して責任を感じておられるなら、尚のこと共に来ていただきたい。ザフトは、セイラン家所有の建物さえ攻撃目標にしている――ご両親の安否なども気掛かりでしょうが」
「……はい」
 ややあって青年は、ためらいを振り捨てるように頷いた。

「アーガイル局長! セイラン秘書官?」

 国防本部へ駆け込むと、途方に暮れた顔つきでロビーに立っていた軍人数名が、弾かれたように振り向いた。
 そうしてバタバタと奥へ案内され、
「……ご覧の通りです」
 分厚い扉が開かれた、とたん鼓膜を劈かんばかりに罵声の渦が。

「捕虜の虐待さえ国際法で禁止されているというのに、寄って集ってユウナ様になにをした! ああ!?」
「国の大事に、ジブリールを知らないなどと嘘八百並べ立てたんだ。自業自得だろうがッ」
「そうやって彼に全責任を負わせ、自分らの蛮行は棚上げか!」
「なにもユウナ様だけの責任とは言っていない!」
「責任もクソも元はといえば、すべて、そこの小娘が招いた事態だろう? 国際手配犯を匿うことが反逆罪というなら、アークエンジェルの介入はどう釈明するつもりだ!」
「貴様、カガリ様を愚弄する気かっ!?」
「国から逃げ出していた元首の言いなりになって、総司令官を痛めつけるような不忠者より万倍マシだ!」
「ブルーコスモスの盟主なんぞと一緒にするな! あの艦は二年前にも、義勇軍としてオーブを守るため戦ったんだぞ?」
「自国の味方だから庇うというなら、おまえらが声高に詰る “宰相の独断” と何が違う!」
「なんだとぉ!?」
「それにウナト様が仰っていた。地球連合軍は底知れない、最終兵器 “レクイエム” の矛先にされては、オーブなど一撃で薙ぎ払われる――デュランダルの演説に踊らされるなと」
「そんなもの、ただの脅しだろう? いちいち怯えてジブリールに手を貸す方が愚かじゃないか」
「ふん、アラスカが壊滅した経緯を忘れたか!」
 背広やら軍服姿の集団が、互いの胸倉を掴み怒鳴りあっている。
「だいたいアークエンジェル一派は、国家式典の場から、代表首長でもある花嫁を連れ去った誘拐犯なんだぞ! ダーダネルスやクレタでは、我が軍の機体を撃ち落としてもいる――連中の所為でオーブが被った損害、国際社会における風評被害さえ忘れたか? この筋肉ダルマ、鳥頭!」
「ぐぬぬぬぬ……」
「国内外へ中継されていた結婚式に、強奪機と脱走艦で現れ! おかげでこちらは大西洋連邦の派兵要請を断り辛くなったというのに、オーブ艦隊が壊滅するまでに戦局を悪化させよって――」
「それこそ総司令官だったユウナ様の手落ちだろう! カガリ様の所為にするなッ」
「ミネルバさえ撃てば、兵士たちも任務を終え帰還できたものを! ムラサメ隊のじゃまをしたのは “フリーダム” だろう……そうして撃ち損ねたザフト艦が、いまオーブに攻め込んでいるんだぞ!?」
「だ、だが、そもそも派兵こそがオーブの理念に反して」
「理念よりも安全を選んだ、民の支持を受けた政府の決定だろう! それを個人的な正義感やら感傷でぶち壊しにしたことは、国家反逆罪とやらに問われん訳か? ええ!?」
「そうだそうだ!」
「いまさら、どのツラ下げて戻ってきやがったんだ……この疫病神が!!」
 アスハ派と思しき人垣の奥には、びくっと肩を震わせる金髪の少女を、庇うように立つレニドル・キサカ。
 両者とも懸命に何か訴えている、おそらく元防衛事務官も居るのだろうが――逆上した男たちがひしめく空間に埋もれ、叫ぶ声は掻き消されていた。
「……はあ」
 口汚く責任の擦り合いを続ける “民の代弁者” たちを、ぐるりと一瞥して、溜息ひとつ。
「行きますよ」
「は? はい」
 セイラン秘書官を伴い、おもむろに司令室へ踏み入っていった、サイの父親は最大ボリュームで怒鳴った。

「内政で揉めて外交なんてできるか! この古狸らめ!!」

 想定外の方角から響き渡った怒号に、場が静まり返る中。
「……と、彼の兄君に」
 先ほどの大声が嘘のようにすっとぼけた調子で、司令室に突っ立っている人々を見渡すと、肩をすくめ訊ねた。
「愛想を尽かされた人間も、ちらほら混じっているようだが――まだやるかね?」



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1ページに収める予定のエピソードがまた伸びました。いくらセイラン親子が采配ミスをやらかしても、ごっそりアスハ派に寝返ってカガリ様バンザーイ♪ は無いよなぁと。