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■ カガリ再び 〔2〕


「ルシエ!」
 水を打ったごとく静まり返った国防本部、スーツと軍服の人垣を縫うようにして、
「おまえは無事だったんだな、良かった……」
「サヨラ? ずっと、ここに居たんですか?」
「午前中、財政局へ出掛けていてな。仕事を済ませ帰ろうと思ったら、ザフト機がオフィスビル街を飛んでるんだ――映画の撮影にしては悪趣味すぎるだろう」
 ひときわ目を惹く鮮麗な容貌、コーディネイターと思しき青年がぼやきつつ歩み寄ってくる。
「何事だと行政府に電話しても、誰一人、状況を把握している者がいないときた」
「私も、似たようなものです。朝から執務室の片付けをしていて……」
 どうやら旧知の間柄であるらしい、セイラン秘書官も、ホッとした面持ちで駆けだしていって訊ねた。
「ユウナ様は、どちらに?」
「罪名に疑問は残るがな、近くのシェルターへ連行されていった」
 淡い金髪を物憂げに掻き上げた、青年は答え。
「ウナト様や、マシマたちは――対策本部がシェルターごとザフトに撃たれたと、さっき人伝に聞いたが」
「……はい。生存は、絶望視されています」
 うつむき首を横に振る彼らの、会話を遮った軍人が噛みつくように問い質す。
「対策本部? そこにロード・ジブリールも居たのかッ」
「いいえ。破壊された地下シェルターに、氏の姿は無かったと聞いています」
「だったら、いったいどこに隠れて」
「馬鹿、なにをアッサリ信用してるんだ! そいつはユウナ・ロマの秘書官じゃないか――どうせ口から出任せを」
 ルシエに人差し指を突きつけた、男は、半ば決めつけるように怒鳴った。
「宰相たちが死んだと思わせ、国外逃亡の片棒を担ぐつもりに違いない!」
「ち、違います!」
「再交渉を進めるには、セイラン家の人間も残らず捕らえるべきだ! ジブリールを匿っていたと、すでにザフト側に知られているんだからな」
「だったら、まず! そこの小娘を拘束しろよ! とっくの昔にプラントから敵認定されてるテログループ率いて乗り込んできやがったキチガイを!!」
「貴様っ、一度ならず二度までもカガリ様を侮辱するとは……もう許しておけん!」
「おーおー三度でも四度でも言ってやるわ、このイカレトンチキアスハ信者! 旧体制の犬畜生め!!」
「ううるっさい、アスハもセイランもまとめて出てけ! ザフトを怒らせた時点でどっちもどっちだ!」
「グロードシンパは引っ込んでろよ、オーブの恥さらしッ」
「よりにもよって身内から、ロゴス幹部なんぞ出しやがって! ジブリールの同類が!」
「そこの無能なガキどもと、サヨラ様を一緒にするな!」
 首長家の子息に矛先を向けると思いきや、彼らさえ蚊帳の外にして喧々囂々いがみあう、イイ歳こいたオッサン連中。
「報道されたセレスティン・グロードなんぞ、国を離れて半世紀も過ぎている分家――いちいち家名を出される方が迷惑だ!」
「おまえがどう思おうが、世間様は無関係と捉えちゃくれないんだよ!」
「はあ? 自ら失態続きのアスハやセイランに言われちゃお終いだ!」
「あ、あのっ! 皆さん」
 おろおろと仲裁に入るルシエだが、すっかり頭に血が上っている面々には、諌めの言葉もなにも聞こえていないようだ。
「……話を、振り出しに戻してどうする」
 がっくり頭を抱えるサヨラ。
 部屋の隅では、興奮も通りこし萎えた様子の人々が嘆いている。
「もう嫌だ、こんな職場」
「ああ、五大首長の威光が……地に堕ちていく……」
 彼らの呟きに同調しながら、サイは、司令室の有り様を情けない思いで眺めていた。
 政治家の存在意義って、なんなんだろう? と。

「もーしわけないがあぁーーーーーー!!」

 そこへまた、肺活量の限界ここに極まれりといった大声がこだました。
「……派閥争いではなく仕事をしてください、お偉方。仕事を」
 互いのネクタイやら襟を掴んだままムッと眉をしかめ、動きを止めた “お偉方” を横目に、
「ザフト軍を退け、民の命と国土を守り。失墜したオーブの威信を回復するため、全力を尽くしてくださらないなら――代表の座にどの首長家が就こうと、私のような日和見主義者には些末事ですし」
 経済文化局長は、やや疲労を滲ませ訥々と語りながら。
「上の都合に振り回されるヒラ職員一同、いまも戦火にさらされている一般市民こそ、たまったものではありません」
 ぐっと唇を噛みしめる金髪の少女へ、視線を向けた。
「対外的にも辞任していなかった以上、オーブの代表首長はカガリ・ユラ・アスハに変わりない。それで良いでしょう」
「ふざけるなっ、そんな理屈……!」
「なにもカガリ様がお戻りになったことを歓待、全面支持すると申しているのではありません」
 即座に沸きかけた反論を押し止め、
「アスハ、セイラン、グロード。生存が確認されている、どの首長家も “プラントの敵” としてマイナスイメージが焼きついてしまったなら。交渉の場に立つ者は、大衆レベルにまで顔や名を広く認知されている方が良い」
 ただオーブの声明としてマスメディアに取り上げられるより、世間の注目も集まる。興味本位にしろ悪意にせよ、とにかくニュースを見よう、釈明を聞こうという気になるでしょうからと。
「ここ数ヶ月の騒ぎで、オーブの国際的地位はガタ落ちだ。こうまで事をややこしくしておきながら、説明義務も果たさず、責任を取るという建前で退陣されては――あとに残される我々が、最悪に迷惑です」
 サイの父親は、深々と嘆息した。
「五大首長の一翼を退くなら、泥を被れるだけ被ってからにしてくれ、という意味ですよ」
 歓待どころか最大級に酷な台詞を口にして、ぐるりと司令室を見渡す。
「まあ、しがない中間管理職の私見ですが……少なくとも国防本部は、訴追や糾弾を行う部署ではないはずですね?」

 誰もが誰かの反応を窺っているような、息苦しい沈黙を。

「どうする、ルシエ?」
 破ったのは、どこか飄々とした余裕を感じさせるサヨラで。
「いま首長服に袖を通せる人間は、どうやら俺たちだけらしい――四面楚歌、泥沼からのスタートだな」
 嫌な門出だと嘯きながらも、彼の表情に絶望や悲壮感はまるで無く。
「どうすると言われても、私は、そんな器では……ユウナ様にお戻りいただいた方が」
「それは無理だ」
 控えめというか、ユウナ・ロマとは真逆の気性であるらしいルシエを一瞥して、ぴしゃりと断じる。
「ただのロゴス幹部じゃない、ブルーコスモス盟主でもある手配犯を匿ったんだ。オーブの政治家としては致命傷だ――さらにホムラ前代表が病床にある以上、アスハの名を背負える者もカガリ様しかいない」
「……冗談じゃない! 国政を放棄し、テロ活動に走っていた小娘の下でなど働けるか!!」
「だったら、なおさら!」
 罵倒合戦の中心にいた、セイラン派だろう一団が、反感も剥き出しに立ち去ろうとするのを。
「あなたがたには、ここに居てもらわなければ困るッ」
「はァ?」
「私が国家元首であることに反対なのだろう? 小娘の政治手腕などアテに出来ないんだろう? ならば最善の策を採るため、知恵を貸してくれ!」
 あわてて追い縋ったカガリが、うち一人の腕を握りしめ訴えた。
「己の力不足は解っている。私自身が新たな火種になりかねないことも、それでも……なにもせず隠れているくらいなら、国と一緒にこの身も焼かれた方がマシだった! だから戻ってきたんだ」
 引き止められた官僚たちは、困惑もあらわに振り返り。
「泥を被る人間が必要なら、それで民を守れるなら――任をまっとう出来なかった私を捕らえ、プラント政府に引き渡してくれればいい」
 ざわめく国防本部、真後ろでキサカが渋い顔になるが、
「あなたがたを矢面には立たせない。私が……最後まで、一番前に立つから」
 従者の反応を気にする余裕も失っているらしく、少女は、ひたすらに前を見据えて懇願した。
「ジブリールを捕縛するまでの間でもかまわない。カガリ・ユラ・アスハが、ここに居ることを認めてくれ!」
「……責任を取る覚悟が、おありだというなら」
 ややあって相手は、舌打ちに似た溜息をもらした。
「まず、国と一緒に焼かれるなどという軽々しい発言は慎むことですな。腹心を道連れに自爆するような代表に、預ける命の持ち合わせはありません」
「ハクバ殿? その小娘をお認めになるんですか!?」
 残存のセイラン派勢力ではリーダー格であるらしい男に、血相を変えた仲間たちが詰め寄るが。
「居直ったものを追い出すために、浪費する時間も無い!」
 ハクバは、真っ赤になって怒鳴り返す。
「信を置けぬからには見張っておくべきだろう? ダーダネルスやクレタ沖のような、たわけた演説を繰り返させんようにな!」
 その点に関して異存は無かったらしく、不満をこぼしていた面々は急におとなしくなった。
「とにかく交渉も議論もジブリールを捕らえてからだ! 揉めているうちに戦渦を拡大させては、アスハ派をとやかく言えたモノではなくなるぞ――戦況打破に一案ある者は残れ、それ以外は捜索隊に加われ!」
 国防本部にひしめいていたスーツ姿が、追い散らされてごっそりと減り、
「……それで、ご指示は?」
 あらためて問われた少女は、こくりと頷き前へ出た。
「私は、このまま国防本部に留まり防衛線の指揮を執る。ソガ一佐、キサカ一佐を作戦参謀、マミヤ防衛事務官を補佐に」
「はい!」
 任命に応え、本職へ戻った元代表代理は、オールバックの髪もぐしゃぐしゃのよれよれだった。立場上、反アスハ派による攻撃の的にされていたんだろうが――眼光は疲れを見せず、むしろ鋭さを増している。
「ならば我々は、対策本部の統括を?」
「ああ。お願い出来るだろうか、サヨラ・ロイ・グロード?」
 次いでカガリは、気まずげに問いかけた。
「ルシエ・レマ・セイラン、あなたも……ユウナのことを思えば、本当は、私が協力など頼めた義理ではないのだろうが」
「いいえ! 私こそ、秘書官風情に何が出来るかは分かりませんが、精一杯――」
「行くぞ、ルシエ。いまは一刻も惜しい」
 対立関係にあった枷を引き、遠慮がちに言葉を交わす男女をうながした、
「今後については、ティータイムと洒落込むゆとりを確保したのち。また行政府でお会いしましょう、カガリ様」
 青年が、マイペースに踵を返し。ルシエも一礼して走りだす。
「あなたがたは対策本部のサポートを! 本部同士の連携は、テレビ会議システムを通じて行う」
「かしこまりました」
 指示を受けたセイラン派とすれ違いざま、レニドル・キサカが、ぼそっと声を掛けた。
「……助かりました、ハクバ殿」
 話しかけられた側はいったん足を止め、
「軍部はともかく、大西洋連邦寄りだった官僚たちが相手では――私には、力ずくで黙らせる腕しか無いものでね」
「礼を言う相手を間違えていないか? それに私は、まだ納得した訳でもない」
 オーブ軍服を纏う巨漢を睨みつけ、ふんと鼻を鳴らす。
「 “遺書の件” を含め、貴公にも後ほど査問会に出頭していただく……覚悟しておけ」
 そうして退室していく、彼らを見送り。
 カガリは、今度はこちらへ呼びかけた。
「アーガイル局長! 市街地における避難誘導は、経済文化局を中心に機能していると聞きました。我々の都合で連絡先を変えれば、また現場が混乱する――職員の方々にも、現業務を続行願いたい」
「承知しました、戻るぞ。サイ」
「え?」
 遅まきに柱の陰、ちょうど死角に立っていた “アークエンジェルの元クルー” を見つけ。少女が瞳を丸くする。
「…………」
 声を掛けたいような気もしたが、上手く言葉にならず。サイは微苦笑を浮かべるに留め、背を向けた。
 そうこうしている間にもオペレーターブースからは、戦況を告げる声がひっきりなしに。

「ハヤマツミ撃沈、航行不能! 第六機動航空隊はイザナギ海岸へ――」
「第九区、ジブリールの姿はありません」
「十区、異常なし」
「第十機甲師団、戦列砲兵隊、支援を要請しています」

 ケータイ片手に部下と連絡を取り合う父親に続き、走り抜けた扉が閉まる刹那。じりじりと切迫したカガリの声が耳を焼いた。

「くそっ……奴は、どこにいるんだ!?」



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約1年前から、こっそり目論んでた裏設定リンクのエピソード、思い入れが強いぶん、どんなに推敲しても足りない感じがするなぁ! ルシエさん&サヨラさん、加えて某台詞は、作者りんごさんに許可をいただきまして、『TABLET』 様の連載アスカガ小説Distanceからお借りしてます♪