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■ 正義の名のもとに 〔1〕


 オノゴロ上空、オーブ本土ヤラファス島では激戦が続いていた。
「スカイグラスパー被弾!」
 オペレーター席、ミリアリアの報告に、マリューはびくっと表情を強ばらせた。
「えっ!?」
 かつて “エンデュミオンの鷹” と呼ばれた技量、反射神経は、フラガとしての記憶が消えても健在らしい――砲撃を掻い潜りながら、旧式戦闘機のランチャーで敵艦にダメージを与え続けていたロアノークだが、
「コントロールを失っている模様です、艦長――」
 “ミネルバ” のエネルギー収束火線砲にかすめられ、その高度は旋回しながら見る間に落ちていく。
〔へへっ〕
 そこへ正面モニターがまた切り替わり、黒いヘルメットから覗くディープブルーの双眸と、
〔悪い、降ろしてくれるか……?〕
 耳慣れた、それでも “少佐” とは違う声音が、バツが悪そうに問いかけた。
 沈黙は一瞬で、けれど複雑な心境からか直接は答えず――マリューは、おもむろに格納庫へ通信を入れる。
「整備班、緊急着艦用意!」
 そうして右舷ハッチから、スカイグラスパーを収容して。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、

「!? あの機体――」

 キラが “デスティニー” と交戦中の空域へ接近する、新たなザフト機を見とめた、ミリアリアの背筋がぞっと凍りつく。
(二年前、ヤキン・ドゥーエにいた……?)
 よくよく見れば細部が違う。ただの同型・後継機なんだろうが――それにしても似ている。あのとき “バスター” や “ストライク” を撃ち、さらには “フリーダム” をも大破させたモビルスーツと。
 どう考えても最新鋭・エース級の機体だ――あれが “レジェンド” か?
 予想違わず、二機は連携してキラを追い詰めていく。
 パイロットの技量・機体のスペックが同等以上なら、数の差は決定的に不利だ。
 アークエンジェルが援護に向かう間もなく。八基の砲塔を背負うモビルスーツの猛攻を浴び、回避運動を封じられた “ストライクフリーダム” を、 すかさず “デスティニー” のビーム砲が照準に捉え、
「キラ……!」
 ひやりとブリッジに奔った緊張は、スピーカーを劈く大声により霧散した。
〔やめろォッ!〕
 次いで、投げ放たれたビームブーメランが敵機の射線、砲撃を遮り――その隙にキラは、なんとか体勢を立て直すと、再び “レジェンド” との撃ち合いに縺れ込んだ。
 他方、反撃に転じようとした “デスティニー” は、駆けつけた “インフィニットジャスティス” の体当たりをまともに食らい――数秒、制御を失って停止する。
〔やめるんだ、シン!!〕
 それ以上攻撃を加えるでもなく、アスランは、ザフト機のパイロットへと呼びかけた。
〔あ……?〕
 コックピットの通信機越しに、まだ幼さが残る少年の声が愕然とこぼれ落ちた。
〔アスラン……? だって、そんな〕
〔もう止めろ! 自分が、いま何を撃とうとしているのか、おまえ本当に解ってるのか!?〕
 スピーカー越しに聞こえる掠れ声と、懇願にも似た叱責。
〔戦争を無くす、その為にロゴスを討つ。だからオーブを撃つ――それが本当に、おまえが望んだことか!? この国に刃を向けることが!〕
〔……あ〕
〔思い出せ、シン! おまえは本当は、なにが欲しかったんだ!?〕
 パイロットの動作を忠実に映す、モビルスーツ二機は、戦闘空域にありながらライフルの砲口を下ろしたまま。
〔なにがって、俺は〕
 たたみかけるアスランの言葉、シンの語尾に滲みだす混乱は、また違う鋭い声によって遮られ。
〔チィッ、死に損ないの裏切り者が、なにをノコノコと――惑わされるな、シン!〕
 張り詰める均衡も、瞬時に破られた。
 アスランに狙い定めた “レジェンド” を “フリーダム” が追い、縦横無尽、目標を捕らえ損ねたビームは蒼穹を薙ぎ払う。
〔レイ!?〕
 僚機の援護に向かおうとする “デスティニー” に、なおも “ジャスティス” が立ち塞がる。
〔シン! オーブを撃ってはダメだ、おまえが……その怒りの、本当の理由も知らないまま戦っては〕
〔なにを――〕
 けれど返る呻きはもう、震えておらず。
〔なにを言ってるんだ、あんたは! なにも分かってないくせに、裏切り者のくせにッ!!〕
 急速に激して、爆発した。
〔いま撃たないで誰が討つんだよ!? ロゴスに味方してるこの国を、ジブリールを、これ以上好き勝手させらるか!!〕
〔話を聞け、セイラン親子はオーブの〕
〔俺が、なにを知らないって? 本当の理由? ふざけんな!〕
 臨戦態勢に変じた “デスティニー” は、怒号を響かせながら突っ込んでくる。
〔ああ怒ってるさ、金儲けの為に戦争をする “ロゴス” が許せない! ロドニアのラボ、エクステンデッドに対する仕打ち、あんなことを野放しにした地球連合軍の奴らも許せない! そんな連中に手を貸して、俺たちザフトの邪魔をするオーブなんかもう、故郷でもなんでもない……議長が仰ったとおりプラントの、平和に暮らしたい皆の敵だ!!〕
〔シン!〕
〔それを討つことが間違いだって言うなら、だったら俺にどうしろってんだ!? あんたみたいに無様に負けて部屋にこもって、ウジウジ悩んで落ち込んでろ? そんなことしてる間に、巻き込まれた人間は殺されちまうんだよ戦争の所為でッ〕
 対艦刀の一閃を、アスラン機はシールドで受け止め、
〔ヒトに説教してキレイゴト並べて偉そうにしてたって、なにも出来なきゃおんなじだ――アスハも、あんたも!〕
〔くっ……!〕
 二撃目も辛うじて、ビームサーベルで弾き返すが。
〔もう誰も、俺の家族みたいな目には遭わせない。ステラたちをあんなふうにした組織も、今度こそ叩き潰す――普通に、平和に暮らしてる人たちは守られなきゃいけないんだ! 絶対に!!〕
 アスランがまともに戦える身体ではないことを考えれば、もっと容易く “ジャスティス” を仕留められるだろうはずの、
〔戦争を無くす、その為にロゴスを撃つ、議長は約束してくれた……プラントだけじゃない、全世界に向かって!〕
 シンに余裕は、まるで感じられず。相手の声を聞くまいというように、
〔だったら俺だって、どんな敵とでも戦ってやる――そう誓った。あんたが裏切った “FAITH” の徽章に!!〕
 なにかに憑かれたような早口で、怒鳴り続けていた。

×××××


「やるじゃん、親父」
「ん?」
 経済文化局へ戻る途中、エレベーターに乗り込みながら。
「それにしても――外じゃザフトと戦闘中だっていうのに、過ぎたことに拘って言い争いかよ? なに考えてるんだか、お偉いさんたちって」
 サイが憤懣を吐き捨てると、父親は 「……ふむ」 と首をひねった。
「カガリ様や “アークエンジェル” のクルーを、個人的に知っているからそう思うんだろうな。おまえは」
「べつに知らなくたって。いまはジブリールを捕まえること、ザフトに攻撃を止めてもらうのが先決だろ?」
「まあ、ユウナ様が対応を誤った事実は誰の目にも瞭然だ。そこへ帰還したカガリ様が、指揮を執るという。アスハ支持者には――そうでなくともセイラン親子に批判的だった人間には、救世主にも映ったろう。ともにモビルスーツを駆り戦ってくれる少女を迎えれば、頭でっかちの文官に指図されるより、そりゃあ軍部の士気も俄然上がる」
 息子の発言に同意はせず、スーツの肩をすくめる。
「しかし、セイラン派にしてみれば。無難な選択に定評あったウナト・エマたちが、まさかの判断ミスを犯したところに――トラブルメーカーの国家元首が、とどめを刺しに乗り込んできたという。悪夢に等しい展開だぞ?」
 自動ドアが閉まり、鉄の箱が動きだす。
「アークエンジェル参戦に関しても、またザフトから攻撃される理由が増えてしまったと。心強さなどより、マイナス面が真っ先に鼻につく……これ以上の混乱を招かぬよう、カガリ様たちを黙らせなければと考えるさ」
 その思考にすぐには理解が及ばず、サイは困惑した。
「けど、優先事項ってモノがあるじゃないか」
「確かにな。だがセイラン派とて――まあ、保身を考える輩もいたろうが――なにも自分らの利権に固執して、代表復帰に抗議したわけじゃない。 “カガリ様の言葉” だからこそ説得力を伴わず、言い逃れやごまかしにしか聞こえないんだ、彼らには」
「? なんでだよ」
「立ち行かぬ情勢下に、代表の席を空けた彼女が。また逃げ出さないと誰に保証できる? 簡単に信じられるか?」
 国を挙げてのイベントだった、結婚式を放棄したまま戻らず。
 ダーダネルス、クレタでは、主張が通らぬと見るや破壊行為に及び、再び行方をくらました。
「先の大戦時にも “クサナギ” に乗り込み、地球連合軍に蹂躙されるオーブから宇宙へ逃れていたな。カガリ様は」
「――それは、ウズミ様が!」
「知っているよ、おまえたちが命がけで戦ったことも……だが、自ら戦場へ出ることは、首長家の娘に課される責務と同義ではない」
 反論する息子をなだめ、静かに言う。
「少なくとも。為政者の大半を失った政府に留まり、属国扱いの屈辱に涙を呑んだ者たちは――思ったろうな。ああ、また逃げたのか? アスハの娘は国を捨てて、と――彼女自身にそんなつもりは無かったとしても」
 置き去った側に、残された側の不安は分からないように。
 武器を手に戦う恐怖や重圧も、味わった者にしか解らない。
「反対勢力の協力も得るには、まずカガリ様が “国に骨を埋める覚悟” を示す必要があったわけだが……指揮権を奪うに際してユウナ様を殴り倒したという時点で、セイラン派にしてみれば “やはり暴力に訴えるしか能のない小娘” としか考えられまい」
 一度根付いた先入観は、そうそう消えるものではなし。
 国防本部に居合わせた軍人以外は、前後の経緯を把握しておらず。なんら説明も受けていないのだ。
「緊急事態なんだから四の五の言うな、元首の命令におとなしく従え、というのは……いささか手前勝手に過ぎる話だな?」
 かつてアークエンジェルを義勇軍に加え、万全の迎撃態勢を布きながらもオーブは地球連合軍に破れた。
 あのときよりも圧倒的に、状況は不利で。
 そんな国の命運を無条件に託されるほど、彼女たちは実績を積んでおらず、信頼も勝ち得ていない。
「そうしてアスハ派が沸き返る国防本部に、まるで違う危機感を抱いたセイラン派が、押し寄せれば――ダーダネルス、クレタを再現したようなものだ。決裂衝突する者たちに正論を叫ぼうと火に油、たとえ乱闘が始まっても、カガリ様が手を出せば余計にこじれるだろうことは明白だから、キサカ氏の陰にでも隠れているより他にない」
「それでも……親父が怒鳴ったら、止まったよな」
「凡庸な裏方の人間だからこそ、すんなり意見が通ること。そうでないこと。立場ある者ゆえに叶うこと、抱える弊害――物事には一長一短あるというだけさ」
 苦笑まじりに答えた、父親は。
「私の手に負えん騒ぎなら、おまえに一喝してもらおうと連れて来たんだがな。まだ話の分かる者がいて、助かったよ」
「俺に? なにを」
「国が無くなったら政治どころじゃないんだろう?」
「……そうだよ、まったく」
 苦笑いを返したサイに、ふと問いかける。
「幻滅したか? 政界に」
「え?」
「政治家も、しょせん人間だ。清濁の比重は濁に傾きがち、金銭感覚が麻痺している輩も多い――なにより理想と現実には圧倒的な隔たりがあって、社会のマイナス面ばかりが目に映る。国の為に働いていると、やりがいを覚えることはあっても――楽しいと感じることはまず無い。勤続年数が長くなるほどにな」
「そりゃ、みっともないケンカするなよって呆れたのは確かだけど……そういう部分は俺にもあるし」
 時間感覚を狂わせる、エレベーターの階数表示を仰ぎながら。
「誰でも良かったんだとしても、オノゴロ沖の異常を教えてくれたのはカズイで、それを俺が報せに走って、避難誘導が少しでも早まって――ごたごたしてる国防本部に駆けつけたのは親父だった。俺は、それで充分だと思う」
 サイは想起する。
 出来るだけの力を持っているなら、出来ることをやれよと言ったヒトが、いた。
「進路は変えないよ、行政府職員を目指す。けど……俺も、どっちかって言うと裏方かな」
 父親は 「そうか」 と笑って頷いた。



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それぞれに正義・言い分があるという、ありきたりなお話ですが。口下手アスラン&激昂型シンは、どっちも話し合いには向いてないなー……。