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■ 正義の名のもとに 〔2〕


〔オーブの一般市民も、おまえが言うように普通に、平和に暮らしていただけだ! セイラン親子の独断とは関係ない!!〕
 さすがに息切れしたらしくシンの叫びが途切れ、そこへようやくアスランが怒鳴り返す。
〔あの “回答” はオーブの総意じゃない、さっき国防本部にカガリが合流した! ジブリールの行方はまだ掴めていないが、捕らえ次第引き渡す用意はある……政府を信じられないというなら、せめて市街地への爆撃だけでも止めさせろ! 捜索隊の動きが鈍れば、ますますジブリールを取り逃がす危険が強まる!!〕
 一気にまくしたて呼吸も苦しげに、重ねて問いかけるが。
〔ザフトの旗艦は “ミネルバ” なのか? グラディス艦長に――〕
〔うるさい、黙れ! 裏切り者の言うことなんか、誰が信じるかッ!!〕
 シンはいよいよ癇癪を起こしたように、ビームブーメランを投げつけては対艦刀を振り回す。
〔プラントが、ジブリールの引き渡しを要求してから。オーブ政府が回答を出すまでに、一般人を避難させる時間くらいあっただろう!? 国民が大切だっていうなら……あんたたちは、なにやってたんだよ今まで!〕
 けれどその動きは、正確無比に “フリーダム” を追いつめ撃破した、あのときに比べ乱れも激しく直線的で。
〔俺が、オーブ侵攻を喜んでるとでも思うのか!? メイリンが裏切った、アスランが “ロゴス” のスパイだった――撃墜されたって聞いて、ルナが、なにかの間違いじゃないか、信じられないって――どんだけ泣いてたか、それを〕
 けして短くはない時間をともに戦った相手の、攻撃パターンを多少なりとも読んでいるんだろうか?
 ザフトの最新鋭機を前にアスランは、やや押され気味ながらも踏み止まり続けていた。
〔脱走して、ステラを殺した “フリーダム” と一緒になって! 一般市民を盾に、戦闘を長引かせてジブリールを…… “戦争の元凶” を匿ったオーブなんかに、味方するなんて……!!〕
 けれど通信機越しにもシンは、こちらの説得が通じるような精神状態とは思えず。
〔結局あんたは、そっち側の人間だったんじゃないかッ!!〕
〔違う、シン! 俺は――〕
〔あんたもアイツと同じ亡霊だ、レイが言ったように!〕
〔そうだ、シン……今度こそ沈めるぞ。アレもろとも〕
〔――アスラン!〕
 インカムから鼓膜を撃ちつける、熱く暗い激情の渦に。
 対ミネルバの攻防を続けるアークエンジェル、ブリッジのオペレーター席で。戦闘管制に支障を来たさぬよう務めるだけでもミリアリアには精一杯だった。
〔俺は死んでないし、ロゴスのスパイになった覚えも無い! ロード・ジブリールは捕らえるべき、だからといってオーブを焼かせる訳にはいかないんだ!〕
 ザフトの少年たちへ向け、もどかしげに、アスランは声を張り上げる。
〔この先へは行かせない――少しは、ヒトの話を聞け!!〕
〔くっそぉーーーー!!〕

 雄叫びと共に振り下ろされた対艦刀と、ビームサーベルが真っ向からぶつかり――モニター画面は、轟音と爆炎に塗り潰された。


 宙を舞う、モビルスーツ腕部は “ジャスティス” のモノではなかった。


 ナチュラルの視力では到底追えぬスピード、ミリアリアに分かったのは――まともに戦える身体ですらなかったはずのアスランが、なにをどうしたか神速で以って鮮やかに、形勢を逆転させたことだけ。
「う……嘘ぉ?」
 “すごい” とか “やった!” 等々の賞賛や安堵を抱くよりも、なにより先に “信じられない” と我が目を疑ってしまったのは、それほど薄情な感覚ではなかったろう。

×××××


 同時刻、経済文化局長室。
 ザフト機の中でも群を抜く脅威だった “デスティニー” が、武器を持つ手をもがれた瞬間に湧きかけた空気は、再び凍りついていた。
〔ユウナが、死んだ……?〕
 国防・対策本部をそれぞれ二分割表示したディスプレイ、テレビ会議システムの向こう。
〔嘘だろう? だって、さっきまで〕
〔シェルターが、もう目と鼻の先という場所で。ここでは嫌だ、セイラン家のシェルターにと暴れだされまして――〕
 もたらされた突然の訃報に、カガリは愕然と目を瞠っていた。
〔交戦中のモビルスーツに気を取られた、兵士たちに体当たりを食わせ。十数メートルと走らぬところで……ムラサメに撃墜された “グフ” が、ユウナ様の頭上に落ちてきたと〕
 対策本部では、立ち働いていた従兄弟の青年が顔色を失い、よろめいて椅子の背に縋りつき。
〔遺体は確認済みですが、その――直視できる状態ではないとのことです〕
 そりゃあそうだろう。
 よりにもよって、何十トンもの鉄塊に押し潰されては……と想像しかけた、サイはぞっとして現場のイメージを振り払う。
〔さすがに市民が避難しているシェルターへは運び込めませんし。どこか屋内へ搬送しようにも、担架など〕
 強ばった声で報告を続ける士官もまた、真っ青だった。
 いくら国家反逆罪に問われたとはいえ、ユウナ・ロマは宰相の息子。
 彼を連行していった兵士たちが、逃亡を防ぎきれなかった挙句に死なせたとあっては、これまたとんでもない責任問題だ。しかも原因が “ムラサメ” によって撃墜されたザフト機による圧死では。
〔な、なんてことだ――〕
 セイラン派の面々がざわめく音、表情は、あからさまな疑心に満ちていた。
 サイは、いっそ頭を抱えたくなる。悪い流れというヤツは、どうしてこう続くんだろう?
 彼らが一連の経緯をアスハ派による謀殺、自業自得の事故を装い、わざとユウナ・ロマを死なせたと考えることは容易すぎるほどに簡単だ。
〔…………〕
 とにかく職務を続けようとするもの、血縁者であるルシエを労るもの、どこぞに通信をかけながら怒鳴り始める同僚たちの中、ハクバは――推し量るような眼を “アスハ代表” に向けていたが、
〔たっ、大変です!!〕
 いきなり悲鳴に近い声を上げたオペレーターによって、ぎくしゃくした政府中枢の動揺は断ち切られ。
〔二区と三区の境界を再調査していた、S班が――シャトル発着場、正面玄関に、射殺された兵士二人を発見したとのこと! 奥のエスカレーター前にも、拳銃で撃たれたと思われる遺体が、複数見つかったと〕
〔どういうことだ?〕
〔発着場は真っ先に封鎖した。つい10分ほど前にも “異常なし” と連絡があったはずだろう!?〕
 騒然と顔を見合わせる軍人たち、カガリも眉をひそめるが。
〔本島二区に、発進する機影――〕
 誰かが答えを導き出すのを待たず、また別のオペレーターが血相を変えて告げた。
〔これは、セイラン家所有のシャトルです!!〕
〔なにっ!?〕
 大画面に映しだされる紫基調のグラデーション、機体尾翼部の紋章は、確かにセイランを示すものだった。
(……けど、誰が?)
 ウナト・エマ。さらにユウナ・ロマが死亡した今、考えられる可能性はひとつしか無い。
 真っ先に我に返った、カガリが弾かれたように叫ぶ。
〔ムラサメを向かわせろ! 撃ち落してもいい――絶対に、宇宙に上げるな!!〕
〔はい!!〕
 まず間違いなくアレに乗り、逃げようとしているのだ。
〔ロード・ジブリールが……!?〕
 指示を受けたムラサメ隊がバーニアを噴かす、けれど時すでに遅く、みるみる引き離され――そこへ比較にならぬ速度でシャトルに追いつこうとするトリコロールの機影を見とめ、サイは、反射的に身を乗りだした。
(インパルス!?)
 ジブリール捕縛に関しては 『ザフトがオーブ軍が』 などと、なりふり構っていられない。
 その胸中は誰も同じだろう、祈るようにライフルの射線を注視している。
 オーブ沖で、ダーダネルス、クレタで、あれだけ鬼神のごとき撃墜率を誇ったエース機なら、きっと……という期待感。
 だが、またも悪い流れは連鎖した。
 “インパルス” のビームライフルが連射でシャトル装甲を掠め――けれど、せめて失速させる程度の衝撃を与えられなければ、この場合は “当たった” うちに入らない。

 加速したシャトルは “インパルス” の追撃をも振り切って、遠い空へと逃げ去った。

 最大の標的を取り押さえ損ねた、両軍が、半ば放心して仰いでいた空に、
〔……撤退する?〕
 ぱぁんと、ミネルバから打ち上げられた信号弾。
 侵攻停止を命じる光に。こちらが面食らうほどアッサリと、まるで潮が引くようにザフト艦隊・モビルスーツ群が退いていく。
〔グラディス艦長――〕
 複雑そうな面持ちで呟いた、カガリは、左右に控える一佐らに命じた。
〔退くと言うのなら追撃はしない、全軍に徹底しろ!〕
〔は!〕
 敬礼するキサカたち。
 敵機の失せた空域では、動力系のトラブルもしくはエネルギー切れだろうか―― “ジャスティス” の後継機と思しきモビルスーツが、ふらりと墜落しかけ。それを “フリーダム” が担ぎ止めてアークエンジェルへと帰艦していく。


 けれど戦禍は、深刻だった。


「医療班、サイバネティック第二班は? 205の弾薬庫は、注水のうえ――」
「海岸線の警戒は守備隊にやらせろ! 分かっているさ……だが、そんなこと言ったら動けるものなどいない!!」
「市街地の、被害状況の把握が先だ! シェルターはまだ開放できん」
「あのシャトルにジブリールが? だとしても、それをザフトが信じるか?」
 戦闘中と停止後、まったく変わらぬどころかいよいよ慌しくなった経済文化局内を走り回りながら。
「外交ルートで、いまアテになる国など――」
 雑用を山と抱えたサイが局長室へ戻ると、父親は、渋面のハクバと話をしていた。
〔後手も後手ですよ、まったく! “アスハの別邸” がザフト機に襲撃された時点で、オーブ政府として問題にすべきはカガリ様のこと。たまたまそこを借り暮らしていたコーディネイターの娘について真偽がどうあれ……代表首長に対する暗殺疑惑としてプラント政府を追及していれば、事はまだ単純だったものを〕
 対策会議に一区切りついたか、いまは首長家の補佐に回っているセイラン派の官僚は、苦りきった調子で言う。
〔事件の目撃者はそろって行方をくらませ、国家元首を攫い、果ては行く先々で騒ぎを起こしては――いまさら事実に基づき釈明したところで、世間には、でっちあげの嘘にしか聞こえんでしょう〕
「それでは、政府はこれから?」
〔信用するしないは聞く側に委ねるしかありませんからね、とにかく事実はすべて公表します。外部から叩かれても埃が出ないよう徹底的に――〕
「お互いに徹夜ですかなぁ?」
〔ええ。申し訳ありませんが、市街地を頼みます〕
 どちらからともなく苦笑しあったところで、中間管理職の男たちは通信を終えた。
 デスクに書類の束を置きながら、サイは訊ねた。
「だいじょうぶなのか、行政府……?」
「なにがだ?」
「最初、あれだけ “アスハ代表の復帰” に反対してたんだ。ユウナ・ロマが事故死したって言っても、セイラン派が納得するとは思えないんだけど」
「まあ、アッサリとはいかなかったようだが。内紛に繋がりかねない火種は、ハクバ氏が抑えてくれたようだ――当面は心配無いだろう」
「抑えたって、どうやって?」
「化かし合いの世界に30年も身を置けば、素の表情と下手な演技の見分けくらいつく、そうだよ」
 いまはどこも映していないモニターを見つめ、微笑した、
「ヒトの死を悼む姿を疑う暇があるなら、瓦礫の撤去作業でも手伝って来い! と、しつこくごねる連中を一蹴したそうだ」
 父親は、すぐに浮かぬ口調になって溜息をついた。
「しかし、だいじょうぶとは言えんな……長丁場になるぞ、これは」



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長所と短所は表裏一体。言葉を重ねるよりも、付け焼刃の演技をするよりも、素の表情が信頼に繋がってくれれば一番良いわけで。酸いも甘いも噛み分けたオジサンたちなら、それなりの識別眼は持っててほしいと思う。