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■ 出頭命令


「……出頭命令?」
「うん。タラップに、迎えの車輌が着いてる」
「指名されたのは、わたくしとキラだけですの?」
「あと艦長に、ロアノーク大佐――アスランが無理なら、メイリンからも話を聞きたいって」
 捜索対象のうち二人を、展望室にて発見したミリアリアが。
「アスハ邸が襲撃されたときや、それ以外のことも全部。ひとりずつ面談するには時間がかかるから……手が空いてるクルーから先に、午前と午後に分かれて来てほしいそうよ」
 報せた内容に、戸惑った様子で。
「なんで? 対策本部の人たちこそ忙しいだろうし、まとめて話せば早いのに」
「証言の整合性を、個別に確かめる必要もあるのでしょうね――政府の方々には」
 首をひねる少年と、おっとり微笑む少女。
「参りましょう、キラ。メイリンさんもお誘いして」
「そうだね。大人ばっかりに囲まれて、軍施設を移動するのは心細いだろうし……艦長もまだ、ムウさんと話したいことあるだろうしね」
 通路を歩きながら、分岐点に差し掛かったところでキラは足を止めた。
「あの子、部屋かな?」
「さっき覗いたら居なかったから、たぶん医務室だと思うわ」

 予想どおり。
 重傷患者に逆戻りしたアスランの、ベッドサイド。赤毛の少女は、モルゲンレーテのジャケット姿で、ちょこんと椅子に腰掛けていた――医師は不在であるようだ。
 昏睡中の友人を気遣った、キラたちが小声で用件を告げ。
 応じて立ち上がったメイリンの表情は、さすがに強ばっている。

「だいじょうぶ?」
 唯一の知人、アスランと離れるどころか、ザフト兵にとっては紛うことなく敵である者たちの本拠地に呼び出されるのだ。怖いに決まっている。
「オーブへ降りたくなかったら。私で良ければ代わりに、事情説明してくるけど」
「緊張はします、けど……でも」
 うつむいていた少女は、すぐに顔を上げキッパリと答えた。
「プラントに帰れても取り調べが待ってるはずですから。ちゃんと自分で話さなきゃ、アスランさんのぶんまで――」
 小動物っぽい外見に似合わず、けっこう肝が据わってるみたいだ。
「分かった、がんばってね」
 メイリンが無言でこくっと頷き、隣では、ラクスがふわっと頭を下げる。
「それでは、ミリアリアさん。お医者様がいらっしゃるまで、アスランを宜しくお願いいたします」
「あ、いえ。こちらこそ」
 つられてお辞儀をひとつ。やっぱりラクスはマイペースっていうか話してると調子狂うなぁ、と思いつつ三人を見送って。
 さっきまでメイリンが座っていた椅子に腰を下ろした、ミリアリアは、いまさらな実感を噛みしめる。


 どんなに事態を突き詰め、なにがあったか把握しても。
(当事者は私じゃない、のよねぇ)
 だから冷静でいられる側面も、確かにあるけれど――ときたま歯痒い。


 そうしてしばらくボーッとしていると。
 渦中の人物でありながら置いてけぼりにされがちなあたり不憫なヒトが、ふっと目を覚まして、こちらを見とめ。
「……撃墜は、されなかったぞ」
 掠れ声で呟いたのを、ジト目で睨み返すミリアリア。
「帰投しないうちに気絶して戦闘不能になって。頭の傷もぱっくり血まみれで担ぎ込まれてきたら、おんなじよ!」
 なにしろ前回、キサカに救助されて来たときよりも痛々しい姿だったのだ。
 ストレッチャーで運ばれていく彼の流血ぶりに、アークエンジェル艦内も一時騒然となっていた。
「出血の割に、怪我はそこまで酷くないみたいだけど」
「すまない……」
 うなだれて謝罪を口にするアスランは、ひたすら真顔だった。
(そうだ、冗談通じないタイプなんだっけ?)
 ミリアリアが接し方を測りかねていると、同じく気まずげに視線を泳がせ。ある一点に留めた目を眇める。
「そっちのベッドに、フラガ少佐が寝ていた気がするんだが――俺は、夢を見てるのか?」
「夢じゃないわ」
 そういえば彼には、この件も説明しそびれていた。
「生きてたのよ、少佐。オーブ防衛戦に出撃して……今は、艦内で休んでる」
 どうやって、と双眸を瞠るアスランに。
 ディアッカたちが置いていったデータディスクの詳細、ベルリンで接触した “ロアノーク大佐” の言動など、差し挟まれる問いに答えつつ。
「それで、状況は――オーブはどうなっている?」
「撤退したザフト艦群は、まだ領海外に留まってるわ」
 ひとまずオノゴロの軍港に収容されたアークエンジェルは、政府から “判決” が出るまで、処分保留の待機中。
 犯罪グループとして処罰されるか、義勇兵として軍に組み込まれるか。どっちに転ぶか可能性は半々、通達があるまでなんとも言えず。
 キラたちも参考人として呼ばれていったこと、一通りを話し終え。
「ほとんど夜通しの勢いで、休み無しに対策会議が続いてるみたい。国防本部に降りた、あれっきりカガリも艦には戻って来ないわ」
 つまり彼女に、見舞いに訪れる余裕は皆無だと。
 ほのめかした部分が伝わったのかどうか、ダークグリーンの眼差しは、もどかしげに翳り。
「……だったら、俺も」
「ちょ、ちょっと何やってるのよ!?」
「ラクスやキラが事情聴取されるなら。ザフトの脱走兵は、なおさら出頭しなければならないだろう」
 身じろいで起き上がろうとする怪我人を、ミリアリアは唖然としつつ押さえつける。
「そんな頭ごとフラフラしてるような状態で、筋道だった説明できるわけないでしょ? 必要なら後日また呼び出しがあるだろうし、メイリンも先に行ってくれてるから!」
「しかし――」
「とにかく、あなたは傷ふさがるまで外出禁止!」
 しぶしぶといった表情で、再びベッドに横たわったアスランは、物憂げに黙り込み。
「筋道だった、か……」
「え?」
「ミリアリア。俺の話は、分かりにくいか?」
「えーっと、なんのこと?」
「昔から、誰かを説き伏せようとしても。なに訳の分からないこと言ってるんだと――考えてみたら、成功した試しが無い」
 どん底を思わせるほど、深い溜息をついた。
「俺が “デスティニー” と戦っている間、そっちの通信回線は……OFFだったのか?」
「ううん、聞こえてたけど。裏切り者のスパイって思ってる相手の言葉は、ふつう信じないんじゃない?」
「敵でも敵じゃなくても、ほとんど反発されるか無視されるか聞き流されるんだが」
「そう言われても、私は――あなたが他の誰かと議論してるとこ知らないし」
 ミリアリアは少し考え、答えた。
「だけど “シン” を説得したかったなら。キラを助ける為だからって、いきなりブーメラン投げつけたり、話の途中でビームサーベル抜くのはマズイんじゃない?」
 あの混戦下、武装解除したまま接近して、話し合いに応じてもらえたとは限らないが。
 和解を望む側の出方があれでは、交渉決裂も当たり前だったように思える。
「そ、そうか」
 それきり絶句、鬱々となったアスランの反応からするに。
 細かい思考よりも先に、モビルスーツパイロットとして訓練された身体が動いてしまった……そんなところだろうか? 
「気になるなら、カルチャースクールの短期講座にでも参加してみたら? 才能なんか無くたって、特訓すればそこそこの線いくものよ? 昔は口下手だったっていうアナウンサーも、けっこういるし」
 思いっきり庶民感覚で、提案したは良いが。
 日曜の昼下がり、文化センターで 『話し方講座』 など学んでいるアスランが、あまりに想像できなかったため。
「他にも、そうね……大学とか? 学部にもよるけど、たいていゼミは学生同士で討論するもの。戦争が終わってからの話になっちゃうけど」
 彼に似合いそうな施設を、あれやこれや考えてみて。
 ふと気づく。コーディネイターが15歳で成人、士官学校に通ったのが最後なら――学生として勉学に費やす絶対時間、ゆとりは、ナチュラルの方が断然多いのか?
 まあ、そもそも知識を吸収する頭のデキが根本的に違うんだろうけど。
「カガリも、アークエンジェルに乗ってる間に、言葉遣いから立ち振る舞いまでスパルタ訓練で鍛え直してたわ。今の自分に欠けてることだからって」
「カガリが?」
 アスランは目を丸くして、複雑そうな面持ちで 「……そうか」 と頷いた。


 休憩から戻ってきた来た医師に、あとを託して。
 ミリアリアは、残る出頭対象者を探しに行った。


「――ロアノーク大佐!」
 黒い軍服の人影は、所在なさげに格納庫をぶらぶらしていた。
「オーブ政府から呼び出し……です。午後からラミアス艦長と一緒に、出頭してもらうことになると思いますけど」
「ああ、さっき聞いたよ」
 振り向いた青年の表情は、敵意に満ちてはいないが好意的でもなく。
「どうして戻ってきたんですか? 戦乱に乗じて逃げてれば、どこへでも行けたのに――」
「うーん、あの美人さんが気になっちゃってねぇ」
 バツが悪そうに、金色の長髪を掻き毟り。
「呼び出しって、要は査問会の類だろ? ダーダネルスやクレタ戦を引っ掻き回してたアークエンジェルが、手放しで歓迎されるわけ無いしな……でもって」
 訊ねるというより確認するように、こちらの返事を待たず。
「俺を釈放したの、艦長さんの独断だろ?」
「えっ」
 問われた内容に、ミリアリアは答えあぐね詰まった。
「少なくとも、オーブの兵卒連中が了承したわけないな。俺に対して恨みつらみもあるだろうし――軍法第3条B項に違反、第10条F項に違反、第13条3項に抵触。オーブの軍規は詳しく知らないけど、連合だったら銃殺刑モノだぜ?」
 確かに昔、キラたちがラクスを逃がしたときも大騒ぎになったのだ。
「死んだ戦友に似てるから、なんて理由で至れり尽くせり。戦闘機付きで解放されてもなぁ」
 それに、と肩をすくめたロアノークは。
「マリュー・ラミアス。彼女だけじゃない、この艦の造りや……クルーの顔に覚えがあるような気がしてきたんだよ。お嬢ちゃんにぶつけられた台詞もだが」
「私に?」
「戦争だから、軍人だから。そうやって死ななきゃいけないのかって」
 困惑するミリアリアを直視して、逆に問い返す。
「俺の立場を、生き様を――間違ってると散々非難しといて。また組織の歯車に戻って、同じこと繰り返せっての?」
「ち、違います! それは絶対ダメです!!」
「じゃあジブリール氏に倣い、こそこそ逃亡生活を送れって?」
 指摘されて、ようやく思い出す。
 戦争が、このままプラント側の勝利に終わったとして。
 ユーラシア西部を焼き払った部隊の指揮官が、戦犯扱いを免れるわけないのだ。
「いま地球連合軍に残ってるのは、対コーディネイターに徹底抗戦を辞さない、ブルーコスモスに傾倒した連中だろう。俺ひとり戻ってエクステンデッドを逃がそうとしたって、捕まって射殺されんのがオチ……といってザフトに寝返るのは御免だ。ファントムペインを率い戦った時間を全否定して、自首する気にもなれないしな」
 苦笑いした青年は、静かに言う。
「これから何をするか決めるまで、ここに居座らせてもらうさ」



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小休止完全妄想補完。ここいらも時系列不明です。ネオマリュらぶらぶ→医務室で、カガリが声明を出すんだ〜って言ってるとこまで。1日そこらで片付いたとは思えないけど、悠長に1週間も対策練っていられたとも考えにくい。2〜3日が妥当か?