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■ ノブレス・オブリージュ 〔1〕


 ザフト侵攻中と変わぬどころか、対応に追われいよいよ慌しくなっている行政府内。
「市街地の被害状況、報告書です。誰に渡せば……?」
「ああ、ありがとう。こっちに頼むよ」
 預かりモノの書類を受付へ提出した、去り際、ちらっと窓越しに対策本部の様子が見えた。

 どうやら会議は小休止中であるらしく。
 それぞれ資料らしきものを読み耽り、ペットボトル飲料をぐびぐび呷り、くたりと机に突っ伏していたりと――スーツ姿の間に漂う、高揚と疲労感が混在するざわついた空気が伝わってくる。
 もちろん使いっ走りの身もそれなりに多忙だが、分刻みで仕事に追われるほどの雑用は無い。

「失礼しました」
 頭も同時に酷使しする彼らとでは、やはり負担も段違いだろうなと思いつつ。
 用を終え、経済文化局へ戻ろうとエレベーターへ向かっていると、バタバタと通路を走る音が後ろから近づいてきて、
「サイ!」
 突然、大声で呼ばれ振り返った、そこには旧知の相手が息を弾ませ立っていた。
「カガリ……?」
 けれど彼女の立場と、ここが何処であるかに思い至り、あわてて言い直す。
「あー、ええと。アスハ代表」
 すると少女は不満げに、唇を尖らせた。
「なんだよ、それ? カガリでいいって」
「いや。君が良くても、やっぱりそういうわけにはね――」
 苦笑いしつつ見渡した通路には、幸いというべきか他の人影は無かったが。
 いつまでも、半ば強引にアークエンジェルにくっついてきた “砂漠のレジスタンス” に対するような、気安い口調で接してはマズイだろう。
「……移動? 俺はそこまで急いでないから。いいよ、先に乗って」
 まだ階数表示が下のほうで止まっているエレベーターの前を、サイが譲ると。
 ぶんぶんと金髪を横に振った、カガリは、やぶからぼうに叫んだ。
「あのっ、ありがとう!」
「は?」
「情報が遅れてた行政府に、オノゴロ沖の異変を報せたの――アーガイル局長の息子さんだった、って聞いた」
 点目になっているサイを、ひどく申し訳なさそうに見上げる。
「お礼言いに行かなきゃって思ってたんだけど、被災状況の視察に出る以外では本部を離れられなくて……」
「べつに、君が頭を下げることじゃないだろ? 避難しなきゃ困るのは俺たちなんだし、ニュース報道を押さえてたのは宰相だっていうしさ」
「だけど! この惨状を招いてしまった原因は、山ほど私にあるんだ。だから」
「じゃあ、それ。いつかカズイに言ってやって」
「え?」
「オノゴロ沖がザフト艦群に囲まれてるって――俺に教えてくれたの、カズイだから」
「カズイが?」
 面食らった様子で瞳を瞠る少女に、功労者の名を告げた、サイはふと気になって訊ねた。
「……って、あいつのこと覚えてる?」
 こっちには “実は故郷のお姫様だった女の子” という強烈な印象が残っていても。
 カガリからすればアークエンジェル、せいぜいブリッジクルーの一員で、キラの元同級生という枠に留まるだろう。
 たとえば自分がオーブ戦を前に離艦して、三隻同盟を組んでいる間に話す機会も増えなかったとしたら――果たして二年も過ぎた今、彼女の記憶に残っていたかは怪しいように思えた。
「当たり前だろ!? 戦いたくもないのにヘリオポリスの一件に巻き込まれた、オーブの民なんだから!」
 けれどカガリは、心外そうに声を荒げ。
「あのとき私が……!!」
 続けて何か言いかけるも、げほげほと咳き込んだ。
 なにか気管に詰まらせたような咽せぶりだが、食事中でもないのにそれは無いだろう。
「だ、だいじょうぶ? 風邪か?」
「いや、風邪なんか引いてない――はずだけど、なんだろ?」
 どうにか咳が治まって。深呼吸しつつ首をかしげた、彼女の声は微妙に掠れている。
 少し考え、原因に見当をつけたサイは、エレベーターに隣接する休憩コーナーへ歩いていくと、
「ほら、飲みなよ」
 自動販売機にコインを投入。ミネラルウォーターじゃ味気ないかと果汁ミックス100%ジュースのボタンを押した。
「へっ?」
 いきなり缶ジュースを押しつけられたカガリは、いまいちサイの意図を解っていないようで、
「会議中、しゃべりっぱなしだったんだろ?」
「あ、ああ? ごめん。お金……」
 目を白黒させつつ首長服のポケットをまさぐるも、財布など持ち歩いていなかったらしく、うろたえ踵を返す。
「と、取ってくる!」
「いーいー要らないって」
「ダメだっ! 私は、これでも国家元首なんだぞ? 民に出費させる訳にいくか――」
「さっき “カガリでいい” って言ったじゃないか」
 こちらの制止とツッコミに、ぐうと黙り。
「だいたい出費って程の額でもないし。俺だって、年下の女の子に缶ジュース代なんか請求するわけにいくか」
 受け取り拒否の姿勢に逆らってもムダと悟ったか、おとなしく休憩コーナーの椅子に腰を下ろす。
「……いただきます」
「はい、どうぞ」

 うながされ、遠慮がちに缶ジュースの蓋を開けるカガリだったが、一口いったところで「ん?」 と両目をぱちくりさせ――後はもう、ごきゅごきゅごきゅぷっはーと見事な勢いで飲み干した。

「あーっ、美味い!」
 満面の笑顔で、空になった缶を軽快に振り下ろすさまは、お姫様という単語からは見事にかけ離れており。
(ああそうだ、こんな感じの子だったな)
 ひそかに笑みを堪えるサイには気づかず、やっと自分の体調を自覚したように呟く。
「喉渇いてたのか? 私……」
「長時間しゃべり続ける職種では、喉を痛めやすいから、水分補給も仕事のうちなんだって――これ、受け売りだけど」
 以前ミリアリアから、電話だったかメールかで聞いた話だ。
「対策本部が紛糾してるのは分かるけどさ。少しは、自分のことも労りなよ?」
「だって、私が一番若輩者で力不足だから、いくら頑張っても足りないんだ……」
 うなだれ溜息をついたカガリは、思い出したように 「あ、でも!」 と明るくなった顔を上げた。
「さっき仮原稿を読み上げてみたら、セイラン派の官僚たちからも褒め言葉もらった。私が代表首長としてカメラの前に立つ、国内外のTV画面に映ること――ちゃんと認めてもらえたよ」
 特訓してた甲斐があったと、気恥ずかしげに笑う。
「そもそも出来て当たり前なんだし、丁寧語で普通に “演説” しただけで感心されるのも情けない話だけどな」
「いや、それ俺も驚くよ。イメージに無いっていうかさ……」
 思わず漏らしたサイの本音に、国家元首は “やっぱりなのか” としょげ返る。
 しかし彼女は誰に対しても男言葉というか、貴族喋りをしていた覚えしか無いのだから仕方ない。
「それにしても。最初は、派閥に分かれて揉めてたみたいだけど――上手くまとめられたんだ? 対策本部」
「上手く……か、分からないけど」
 カガリは、しばらく返事に詰まっていたが、
「正しいことや、大切なものは……命の数だけ存在するんだなって思った」
 やがて考えを整理するように、ゆっくり答えた。
「中立を貫くことが正しいから、国の方針に従えっていうんじゃなくて。物事の考え方は人それぞれで、それを、みんなに納得してもらえるように――折り合いをつけた結果が、オーブの理念と合致すれば一番良いんだ。完璧な形なんて無いんだって」
 声のトーンも神妙になった少女の横顔は、昔の面影を残しながらも、ずいぶん大人びて映った。
「開戦前とは状況がまったく違う所為もあるだろうけど。反対意見をぶつけられても、私自身、あんまり感情的にならなくなったし……逆に、こっちが提案したことも会議で通りやすくなった気がする」
「そうか、良かったね」
「うん。他人を変えさせようって考える前に、まず自分が変わらなきゃなんだな」
 穏やかな話しぶりからして、政府中枢は無事に機能し始めているようだ。
「けど、仮原稿って? なに」
「アークエンジェルを、オーブ軍艦として正式に迎え入れることになったんだ」
 カガリは、今度は即答した。
「その前にプラント評議会、デュランダル議長宛に声明を出す――同時に “フリーダム” が式場から私を連れ出したこと、ダーダネルスやクレタ戦に介入したのは私自身だったこと、そうするに至った経緯もぜんぶ公表する」
「ええっ!? そんなこと認めたら」
 仰天するサイだったが、言葉の途中で思い直す。
「けど、そうか……あのとき政府が、君たちのことを “偽者” って発表したのは、大西洋連邦を敵に回すわけにいかなかったからだろうけど。もう、いまさらだよな」
「それもあるけど。たぶん議長は、あれを “偽者だ” とは最初から信じていなかったと思う」
 表情を険しくした、カガリは空き缶を握りしめた。
「私は彼に会ったことがあるし、どの戦場でも顔こそ外に出さなかったけど、あれこれ叫び散らしてたからな。シラを切っても、声紋の類を分析されれば終わりだ」
 確かに。
 オーブを完全に “敵” と看做したザフト、プラントには、こちらが隠したいことを黙っておいてくれる理由も無い。
「嘘偽りは、人々の疑心を招くだろう? そうじゃなくても先に暴露されてしまったら、あとから何を発表したって――きっと言い訳にしか聞こえない。だから、ぜんぶ順を追って話す。外交上の必要もあるけど、被災した民にもきちんと事態を説明しなければならないし」
「各国の反応にもよるだろうけど……カガリ・ユラ・アスハは退陣しろ、って言われるかもしれないよ? 一般市民から」
「それならそれで、きちんと後始末して退くのが元首の務めだ」
 指摘は予想の範疇だったらしく、カガリは、すっきりした調子で応じた。
「ジブリールを取り逃がした件を含め、こちらに非があるぶんは謝罪する。補償も申し出る。そうして、私が “ストライクルージュ” でベルリン戦に出撃していたと公にすれば――おそらくベルリン市長が、プラント評議会に回答要請を出すはずだ」
「ベルリンの? ……回答要請って?」
「プラントが “ロゴス” 告発時に使った映像資料は、改竄されていて。私だけじゃない、キラの “フリーダム” も居なかったことにされてる――デストロイを撃破したのが “インパルス” だと、誤認させるような編成だ」
 デュランダル議長による “メッセージ” 放送は、サイも自宅で観ていたが。
「戦闘を目撃した現地民や、駐屯していたザフト兵……何十人か分からないけど、記録の不自然さなんかを疑問に思ってる人たちがいるらしくて。元はミリアリアの伝手で入った情報だったけど、経済界を通じて、グロード家もその動きを掴んでた」
 つまり、あの巨大兵器を倒したのは、ザフト機 “インパルス” ではなかったということか?
「ただユーラシア西部にとってプラントは友好国、逆にオーブは信用ガタ落ちで、アークエンジェルと行動を共にしていた “アスハ” は偽者か本物かもあやふやに認識されてるだろ? だから私は、あの場にいたと明言しなくちゃいけないんだ」
「……聞いておいてなんだけど。それって、まだ口外しちゃいけなかったんじゃないのか?」
「遅くても明後日には公表するんだ、同じことさ。午前中の会議で決まった方針で、もう各部署に連絡が回ってるとこだし」
「じゃ、親父にも?」
「ああ。まず、行政府の職員に把握といてもらわなきゃ――諸国から、真偽の問い合わせが入ったとき対応できないだろ?」
 あっけらかんと答えたカガリは、サイの懸念を一蹴。
「プラント側が隠蔽していた事実を、それでどこまで引きずり出せるか分からない。賭けに近い策だけど」
 挑むような強い目つきで、決然と言う。
「オーブ連合首長国は、ロゴスを支持するものではない。停戦を、平和を望んでいると……とりあえず意志を示す、あとはそれからだ」
「そっか、しっかり頼むよ。カガリ様」
「だーかーら、そういう呼び方――」
 むくれる少女の手から、サイは、ひょいと抜き取った空き缶をゴミ箱に放り込んだ。
 きょとんとするカガリに、少し意地悪く頬笑んで、訊ねる。
「代表者たるもの時間厳守、だろ? 30分も休めないくらいなら、もう時間そんなに残ってないんじゃないか?」
「あ、ああ。だけど対策本部はすぐそこだし。会議再開5分前には、アナウンスも流れるようになってるし」
「なら良いけど。遅刻しなくても、あんまりギリギリセーフだと印象悪くなるよ」
「うっ、それもそうか……」
 あたふたとカガリが立ち上がったところへ、ちょうど休憩時間終了5分前を告げるアナウンスが響き。
「ご、ごめん――またな、サイ! ありがとう」
 代表首長はおおきく手を振り、会議室へ駆け戻って行った。

「……またな、って」

 残されたサイは、エレベーターに乗り込みながら苦笑する。
 何年後かに自分が行政職員になれたとしても、相手が国家元首では、ミリアリア以上に話すたび 「久しぶり」 と挨拶することになりそうだが―― “また” の機会はいつ訪れるやら。

×××××



「ユニウスセブンが落ちて間も無い時期に、アスハの別邸を、ザフト製モビルスーツ “アッシュ” が襲撃したことも明らかになさるそうです――オーブ政府は」
「僕たちがデュランダル議長を疑ったのは、ラクスが暗殺されかけた直後に、プラント政府の後ろ盾付きで偽者が出てきたからだった……けど、それはわざわざ、こっちから言う必要がないって」
 ただ事実を告げれば、マスメディアは、まず先にザフト軍によるアスハ代表暗殺計画を疑う。
 それはオーブがプラントの敵に回った、地球連合軍からの増援要請に応じた理由として解釈されるだろう。
「だけど、いまさら発表して世間が信じるかしら?」
「うん。僕もそう言ったんだけど、そうしたら政府のヒトが――マルキオ導師や子供たちに証言してもらえれば済むだろうって、あっさり」
「あ、そっか!」
 戻ってきた面々の報せに。ブリッジには、拍子抜けたような空気が漂っていた。
「……やだ、なんで今まで考えつけなかったのかしら?」
 ミリアリアの呟きに、キラが苦笑して応じる。
「だよね。ラクスがマルキオ導師と親しかったことは、クライン家に近かった人たちなら知ってるらしいしから――頭ごなしに否定は出来ないだろうし」
 盲目の導師にとって、他者の姿は些末事。
 人格を形成するモノは言葉、記憶。
 もしもプラント側が “歌姫” を表に出して、彼までをも “ロゴスの手先” と責めたてるようなら。
「子供たちが暮らす家を、再び、失わせる訳にはまいりませんから。マルキオ様にも、ご了承いただけましたわ」
 お呼び立てせずに済めば一番良いのですが、と呟くラクスの声は硬かった。
「声明に対して、プラント政府がどう反応するかは分かりませんけれど……あちらの出方によっては。わたくしがカガリさんと、ともにカメラの前に立ちます」
 歌姫はオーブで暮らしていたという事実、ここにいる彼女の存在こそが切り札になるんだろう。


 数時間後。
 彼らと入れ替わりに出頭していた、マリューたちも、捕縛などされることなく帰ってきて――他軍に属していたロアノークやメイリン、さらにアスランをどう扱うかはさすがに即決不可能だったらしく、処分は追って伝えるとのことだったが――とにかくアークエンジェルはオーブ軍艦として迎えられるようだと判り、張り詰めていた空気もゆるゆると解けていった。



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2008年1月。今年もシュミ街道を突っ走りますよ〜というわけで、サイカガ。国家元首とオーブ一般市民。AAを降りて戻らなかったヒト、これから完全に離艦する子。表舞台に立つもの、裏方で支えるもの――そんな対比。