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■ 月面都市 〔2〕


〔……そうね。活動休止宣言がああいう形だったから、そう簡単に撤回して、メディアに姿を現すとは思えないけれど〕
 第一声に含んでいた刺々しさは霧散して。
 けれどまだ、どこか攻撃的な声音でライトナーは答えた。
〔このままでは市民も納得しないでしょうし。ラクス様が首を縦に振れば、お願いすることになると思うわ〕
「ええ。日時など決まりましたら、いつでも呼んでください」

 にこやかに答え、通話を切ってから。
 アイリーンは、やれやれと息をつく。
 苦情のひとつくらい浴びせられるだろうと思っていたが、さっそく来たか。
 ライトナーが直接かけてきたということは、デュランダル不在の評議会内では、彼女がリーダー格になるんだろう――ともあれ、
『私が名乗りを上げましょう。直に話せば、シーゲルの娘本人かどうか判るから、デュランダルと共にいるラクス・クラインに会わせなさいと』
 これでひとつ、約束は果たした。

 デュランダルが相手と仮定するなら。
 “偽者” に肩入れする “敵” ならば、ザフトに命じ叩き潰してしまえば済むだろうが。プラントの歌姫を本物と信じる者たちによる、善意の行動を咎めだては出来まい。
 あまり躍起になって黙らせようとすれば、大衆の不審感を煽ることになる。

「さて、と……」

 そろそろ、アプリリウス行きのシャトルも通常運航を再開する頃だろう。
 前回は無断欠席してしまったが――まあ、さすがに番組も臨時ニュースで潰れてしまっていたようだが――しばらくは、タッドの隣でコメンテーターを務めながら、様子を見ておくとするか。
 ヤヌアリウスとディセンベルが撃たれたショックで、ロゴス憎し、地球連合許すまじの風潮はピークに達しているから、あちらもまだまだ忙しくなりそうだ。
 エザリアは家柄的に、アルザッヘルの脅威がある限り首都にいては危険だと、執事やらに引き止められていそうだし。

 しかし、このまま上手く、プラント政府としても無視できないほど世論が高まったとして。
 オーブのラクスに危害を加えようとするか?
 活動停止で押し通すため、プラントの歌姫をどこかに閉じ込めてしまうか―― “黒幕” の出方は、何パターンか考えられるけれど。
 口裏合わせを打診してくるか、それとも。シーゲル・クラインと懇意にしていた元議長を、事故に見せかけ殺しに来るか……少女たちではなく、こちらに接触してきてくれれば一番良いのだが。

×××××


 いったいどんな街だろうと想像を巡らせていた、コペルニクスは――意外にも、ごく平凡な地方都市といった感じの造りだった。
(……よく、侵略されずに済んでるわよねぇ)
 アルザッヘルにダイダロスと、連合軍基地が二つもあるような星で。
 感心せずにいられない――反面、1/4サイズの地球と考えれば、べつだん不思議がることじゃないかという気もしてくる。

 そんな街角の、こぢんまりしたヘアサロンで。
「はい、完成。お疲れ様でした」
 美容師のお姉さんからポンッと肩を叩かれたミリアリアは、思わず、跳ねるような勢いで鏡を覗き込んでいた。
「うわあ……!」
 シエル・スタローンに連絡を取って待ち合わせ、まず手始めにと連れて来られたこの店で。
 ほらほらこっちと背を押され、イスに座って――されるがままになること30分ちょっと。
「すっごおい、完璧ストレート!!」
 物心ついた頃からずっと外ハネ、あの、どうにもならなかった髪が。
 さすがに、イザークの銀髪サラサラ具合には及ばないけれど、それでも――トリートメント剤らしきものを塗っただけで、こんな短時間で!
「なんなんですか、これ? 縮毛矯正やストレートパーマとは違いますよね?」
 よく雑誌でキャンペーン広告を見かけたものの、学生の頃は高くて手を出せず、今の仕事に就いてからは時間に余裕がなくて、試したことは無かったけれど……どちらにしろもっと時間がかかるはずだ。
「企業秘密」
 唇に人差し指を当て、ウインクひとつ。
「髪へのダメージは無いも同然ってレベルだから安心してね。ただ、あなた、かなりの癖っ毛だから――効果は3日くらいで薄れてきちゃうだろうけど」
 はしゃいで毛先を弄るミリアリアを 「女の子ねぇ」 と満足げに眺めつつ、続き部屋へ向かって声をかける美容師。
「終わったわよー、シエル」
「はいはーい……あら、いい感じに。ありがとベティちゃん」
 応じてガチャリと開いたドアから、黒のパンツスーツに身を包んだ先輩ジャーナリストが、ひょいと顔を覗かせた。
「それじゃ、行きましょうか」
「行ってらっしゃーい。気をつけてね、二人とも」
「ありがとうございました。代金、おいくらですか?」
「いーのいーの。もらってるから」
「え?」
 いつの間に。
 ……というか、事前に?
「すみません、お世話になりました!」
 ひらひら手を振る美容師に、一礼したミリアリアは、大急ぎでシエルを追って店を出た。

「代金? いーのいーの、物々交換しただけだから。無料サービスとでも思っといて」
「物々交換?」
「食べ物の賞味期限と一緒で。ああいうトリートメント剤にも、使用期限があるらしいのよね」
 助手席で、首をかしげたミリアリアに、
「売れなきゃただの粗大ゴミ。廃棄コストがかかるうえに環境破壊――そういうモノ、探せば業界ごとにけっこうあるのよ。誰かにとっては要らないものが、他の場所ではお役立ちアイテムって」
 ハンドルを握ったまま、あっけらかんと答えるシエル。
「あちこちに顔を出す口実作りついでに小遣い稼ぎってところかな? 情報をくれるのも、データを買ってくれるのも人間なんだから。信頼を得た後はともかく、それまでは――多少はメリットが無くちゃ、耳寄り情報なんて回ってこないしね」
 彼女の言わんとするところが、いまいちピンと来ず。
「届け物の報酬代わりに、長距離トラックに便乗させてもらったり、タダで泊めてもらったり。取材活動にもお金かかるから、年間経費で考えるとけっこうな節約になるのよ」
「……なるほど」
 具体例を挙げられて、ようやく意味を理解する。
「まあ、これは私のスタイルで、あなたに合うかは分からないけれど。今後ずっとフリーでやっていくつもりなら、衣食住に事欠かない生活手段は身につけておいた方が良いと思うわ」
 言われてみれば――コダックの元から独立して、今はアークエンジェルにいるけれど。
「いくら情報の売り買いを仕事にしてるからって。生活に困って、お金の為だけに動くようになっちゃったら、初志もプライドもあったモノじゃないわよ」
「はい……」
 近い未来に、艦を降りて一人になったとして。
 ぼんやり待っていても依頼など来ないだろう、新米ジャーナリストとして自活していけるか? そう考えると心許ない。
 数ヶ月くらいは、データ処理系の単発バイトを探せばなんとかなるかもしれないけど――そっちに比重が行ったら、肝心なキャリアが積めないし。
「…………」
 黙り込んでしまったミリアリアに発破をかけるように、シエルは話題を変えた。

「だけどまあ、髪型ひとつでも気分が変わるものでしょ?」
「はい!」
「ウイッグの類も悪くないんだけどね。付け慣れないとどうしても、ズレてないかって気にしちゃうから」
 にこにこ微笑みながら、思い出したように訊ねる。
「ところでミリィちゃん。あの、外ハネのヘアスタイルってこだわり?」
「いえ、昔から癖がひどくて……無理に押さえようとすると余計に変になっちゃうから、苦肉の策というか」
「そう。じゃ、もう一個アドバイス」
 ぴんと立てられた人差し指、赤いマニキュアも鮮やかに。
「相手に自分を覚えてもらいたいときは、らしさ全開でオッケーだけど――なるべく目立ちたくないって場合には、まず、特徴を無くすこと」
「特徴?」
「お友達から、遠くからでも後ろ姿で分かるって言われたことない?」
「あ、ありました。カレッジや駅でも、目印代わりみたいに」
「でしょうね。くるんくるんして、チャームポイントって感じだもの」
 チャームポイント?
 傍目にはそう映るんだろうか? 本人としては、ただ面倒な髪質に生れてしまったという諦めの対象なんだけど。
「服装や持ち物もね。外国人って判ると絡んでくる輩は多いし、ジャーナリストって触れ込みには、逆に警戒して口を閉ざしちゃうヒトもいるから――臨機応変に。場に溶け込むにはどうしたら良いか、観察眼も養っておいて損はないわ」


 ……アークエンジェルがコペルニクスの港に着艦して、そろそろ半日が過ぎようとしている。


 カガリの計らいでオーブ軍属となり、こうして月へ降りたものの。
 情報収集など、ほとんどのクルーには専門外のこと――マリューたちは元々技師であり、キラやアスラン、おおっぴらに出歩けないラクスなんて論外だ。
 ミリアリアには本職と呼べる仕事だが、たいした経験や伝手があるわけじゃなし、見知らぬ土地では右も左も分からず。
 取っ掛かりになる施設と人物についてはコダックから教えてもらったものの、クルー全員引き連れていて行くわけにもいかない。特にターミナル関連施設ともなれば、メインブースへは、通行証所持者以外立ち入り禁止である。

 オーブ政府の決定。
 コペルニクス行きが決まった背景には、確かに、新たな手掛かりを得るという目的もあったろうが……それは、おそらく建前で。

 カガリが語った経緯が真実であり、プラント、もしくはザフトに後ろ暗い面があるなら。アスランやラクスの “反論” を封じる必要があるのなら――彼らが宇宙へ出れば、向こうから何か仕掛けてくるだろうという。
 アスハの復権を快く思っていない派閥の意図が、大きく働いていると思われた。
 アークエンジェルは乗組員ごと囮、という訳だ。
 しかし、オーブに留まっていても事態は悪くなる一方だろうし、他にこれといった手段も残されていない。
 ロゴスの残党扱いされて国際法廷送り、そのまま処刑という運命から逃れるには、自力で事実関係を証明するより他にないのだった。

 ひとまず、ミリアリアは別行動を取り。
 合流したシエルとともに、ニトラムと名乗る男――なんでもザフトの内情にも通じており、事の真偽を探っているらしい――に会いに行くことになった。
 他のクルーは艦に留まり、アークエンジェル入港の噂が広がるまで2、3日間、コペルニクス市街やダイダロス基地の動きを窺う予定になっている。
 アスハの別邸を襲った暗殺者に仲間がいたと仮定するなら、ミリアリアたち、クルーの顔写真が “敵” の手元にある可能性は高いが。こうして髪型も変えたことだし、一緒にいるのは艦と無関係の女性ジャーナリスト――中立都市のど真ん中で、いきなり襲われる心配は無いだろう。

「そういえば……シエルさん。前に師匠が言ってたんですけど」
「なぁに?」
「プラントの “中継点” にも、独断でラクスたちに情報を流している人がいるって。それでも地球での出来事は、あんまり把握してなかったみたいで――」
 深く考えて訊ねたわけではなかった。
 ただ以前、ちらっとキラが漏らしていたことを思い出して、シエルは世界情勢に詳しそうだったから。
「ターミナルでも、地球とプラントの情報網って、繋がっていない部分が多いんですか?」
「……は?」
 ゆるやかに減速、赤信号で停まるレンタカー。
「もちろん、情報の伝わり方に違いやタイムラグはあるけど――少し、認識を間違ってるみたいね。ミリィちゃん」
 彼女は冷ややかに目を細めつつ、肩をすくめた。
「こっちのネットワークから遮断されていたなら、理由は、その “ラクス様に協力してた” って連中が生粋のクライン派だからよ」
「クライン派だから? ……どうして?」
「……根っからオーブ育ちなのねぇ、あなた」
 さっきまでの親しげな態度とは真逆の眼で一瞥されて、たじろぐミリアリア。
「 “血のバレンタイン” から二ヶ月と経たず、地球にニュートロン・ジャマーが撒かれたことは知ってる?」
「はい、もちろん」
「そのときプラントが、シーゲル・クライン政権だったことは?」
「知ってますけど」
 だったら解りそうなものだけどと、シエルが小さく息を吐き。
「Nジャマーに通信環境をぶち壊された報道関係者が、どれだけ廃業、倒産の嵐に見舞われたと思ってるの」
「……あ」
 ミリアリアは、その場で固まった。
「核攻撃に武力で報復しなかった。そこだけ見れば、理知的なコーディネイターの自己防衛策、地球連合軍には自業自得の話かもしれないけれど――それはNジャマーを撒かれても、たいして困らなかった人間の評価よね」
 シエルが言葉にしなかった、けれど内心続けたであろう台詞が思い浮かび、居たたまれず俯いてしまう。

 “たとえば、地熱やソーラー発電で潤っていたオーブとか?”

「エネルギー不足で続出した凍死者、餓死者も。ユニウスセブンを撃った軍の人間じゃない……まったく関係ない場所で暮らしていた、一般市民ばかりよ」
 馬鹿な質問だった。
「クライン閣下の紳士的なイメージがあるからかしら? プラントでは、核攻撃の非道さばかりクローズアップされていたけれど。地球丸ごと巻き込んで、大量の死者を生み出したうえに――それまでは、コーディネイターに偏見も何も持たなかった人たちまで、ごっそり敵に回した。とんだ無差別攻撃ね」
 経験が浅いからとか被災地区で暮らしていなかったとか、そんな問題じゃない。
「軍による独断じゃない、テロリストの暴走でもない、穏健派と思われていた議長さんの決定と結果があれだもの……そりゃあ、反コーディネイター感情も高まるわよ。ブルーコスモスに煽られなくたって」
 コダックと世界を巡っていた見習い期間にも、よく滞在したじゃないか?
 Nジャマーによる電波障害がひどくて、インターネットにも接続できない地域には。
「親の責任を子供に擦りつけるのも、どうかと思うし? ビジネスだったら割り切りもするでしょうけど――エイプリルフール・クライシスの煽り食ったジャーナリストで、クラインの名前に良い印象を持ってる人間はまずいないわ。少なくとも、好き好んで協力しようとは思わないわね」
 ただ不便だなと感じるだけで、それがNジャマーの影響ということも知っていて。
 その原因や背景にまで考えが回らなかったのは……結局、自分が世間知らずの子供だということ。
「ターミナルだって、ネットワーク回復には苦労したのよ? 機械ヲタなメンバーが不眠不休で、システムを造り変えてくれたから良かったようなものの――」
「……すみません」
「べつに謝ってもらうことじゃないわ。先入観が無い、それ自体は良いことよ。だけど――世界を股にかけて生きていくなら、予備知識は必要ね」
 萎縮するミリアリアに、シエルは苦笑を返した。
「若いからで済まされたり、失敗をフォローしてもらえるのは新人さんの特権よ。視野を広げるなら今のうち」
 そうして急に、真顔に戻って言った。
「あなた、この件が片付いたら一度、オーブやアークエンジェルからは離れた方が良いと思うわ」



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