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■ ミーア 〔2〕


スピード違反に引っ掛からないギリギリまで車を飛ばして、保養所のホテルに到着してみれば。
「ジュール隊長! こちらです」
 泡食った様子の男がバタバタと、出迎えに走ってきた。
「監視カメラに、マネージャーと出掛けていくラクス嬢が映っていたと聞いたが。それは、今から何時間前のことなんだ?」
「はい、だいたい半日の――」
 ディアッカたち同様私服姿であるため、すぐには思い出せなかったが、確かイザークと同じ白服の部隊長だ。

 ケータイのバッテリー切れ、もしくは圏外にいるといった事情なら、心配性なお偉方の杞憂だったで済むが。そうではなかった場合……ラクス・クラインが失踪したと知れ渡れば、どんな騒動になるか分かったものじゃない。
 ゆえに評議会は、付近に居合わせた士官級のみを対象に、歌姫捜索の特命を与えたらしい。
 イザークなどは文句なしに該当者だろうが、昔がどうあれ、今のディアッカはしがない一般兵――おそらく三隻同盟で、ラクスと共に戦ったという認識からの特例だろう。

「押し入られた痕跡など、不審な点は、なにも無いな……」

 どこの姫君が住むんだと呆れるほどゴージャスなスイートルームに案内され、少々居心地が悪いそこを、一通り調べて回って。
 手掛かりが無いと判れば、女性の部屋に長居は無用。
 現時点では最後の足跡と言える、エントランスホールに設置された監視カメラの映像を検証しに向かう。

「あの “宣言” 後では、いくら中立都市とはいえおおっぴらには出歩けないでしょうしね」
「ああ。そもそもラクス・クラインを見かけた市民がいれば、とっくに騒ぎになっているはずだ」
「ま、こんなとこに芸能人がいるわけないって考える心理の、裏を突いて? 息抜きがてら観光してる可能性も無くはないけど――」
 検証といっても、ただマネージャーに付き添われてリムジンに乗り込む姿までが映っているだけで、まったく行方の参考にはなりそうもない。
 強いて言えば、ずいぶんと浮かぬ横顔に見えたくらいだが、メディアから遠ざからねばならなくなった理由が理由だ。にこにこ笑ってバカンスを楽しむ気分になれないのは、むしろ自然なことだろう。
「歌姫が立ち寄りそうな場所ったってなぁ……無難なとこで、どっかのスタジオ貸し切って新曲作りに専念してるとか?」
「ええ、そうじゃないかという意見は他の者からも出まして。音楽関係の施設を、片っ端から当たらせていますが――あくまで内密にという命令ですから、目撃情報がほしいからと言って、まさか誰彼かまわず呼び止めて、ラクス様を見かけなかったかなどと訊いて回る訳にもまいりませんし」
 途方に暮れた様子で窮状を語る、留守番役らしいそいつに。
 じゃあとにかく俺たちも捜索が進んでない地区へ行って探してみるからと告げ――退室しかけた矢先に、通信機が音をたて。

「! どうした? なにか判ったのか?」
〔隊長!!〕

 モニター画面に、泣きそうに真っ青な顔をした男が現れ、舌噛みそうに上擦った声でまくしたてた。

〔はっ、八番街の野外劇場に、ラクス様のマネージャーが血塗れになって――護衛として派遣されていた連中も、全員、撃たれて死んでいます!〕

×××××


 無人の野外劇場にぼんやりと、なにをするでもなく座っていた “ラクス” が。

〔ハロ、ハロ! サンキューベリーマッチ!〕

 ノーテンキな電子音声に顔を上げ、跳ね転がってくる赤い球体を目で追ったのも束の間――なにかに気づいたらしく、ふらふらと、すぐに弾けるように駆け出していって。

『あ、アスラン!? あなた、生きて……!』

 驚きの中にも純然たる歓喜を滲ませ、呼びかけた――舞台に沿って円形に連なる、灰色がかった通路の向こうへ。だが、

『そこで止まれ』

 物陰から姿を見せた男は、冷ややかに拳銃を突きつける。

『……アス、ラン?』

 愕然と立ち止まった少女に険しい眼を向けたまま、照準は逸らさず、一歩ずつ距離を詰めていくアスランの背後から。
 ぞろぞろと現れた、もう一人のラクス、キラ――さらには脱走兵メイリン・ホーク。
 ローズピンクのコートを羽織った “オーブの歌姫” を守るように囲んだ三人は、それぞれ拳銃を携えており。

(くそっ、ノイズが酷すぎる……!)

 なにか言っているようだが、肝心な会話が聞き取れない。
 怯えきった表情でじりじりと後ずさり、目じりに涙を溜め、ヒステリックに何事か叫びながら―― “ラクス” が取り出した拳銃を、アスランが一撃で弾き飛ばす。
 衝撃に腕を痛めたか、ショックからか……よろめいた少女はがくんと両手と膝を突き。
 背景も、本人が着ている服すらモノトーン一色の中、鮮やかなピンク髪と星型の飾り、腰につけたポーチだけがひどく浮いて映った。

 そこへ響いた一発の銃声が引き金となったか、あちこちから、 “歌姫” のボディーガードと思しき連中が飛び出してくる。

 火花、反響、爆音。
 撃ち砕かれてバラバラと落ちる、黒っぽい石の欠片と、白煙。

 多勢に無勢もいいところ。オーブ側で、まともに相手とやり合っているのはアスランくらいで、残る三人はせいぜい援護か、威嚇射撃――ラクスに至ってはそもそも頭数にすら入っていまい。
 いくらアスランが巧みに物陰を利用しつつ銃撃をかわしているとはいえ、実質一人を相手に、手こずるどころか次々に撃ち倒されていくあたり……不甲斐ないというか、元隊長殿が常識外れというべきか。
 そんな黒ずくめの男どもよりも、よほどしぶとくライフルを連射していた紅一点。聞けば “ラクス” のマネージャーであるという奇抜なサングラスの女が、肩をやられて武器を取り落とす。
 銃撃戦では分が悪いと判断したか。ガード連中は、通路の奥に隠れているキラたち目掛け、手榴弾を使い始めた。
 炸裂した爆弾が建物ごと、地面を揺らす。
 さらに追い討ちをかけるように、いったん退いたかと思われたマネージャーが、負傷を免れた右腕を振りかぶり二発目を投げつけた。
 しかし、かなりのスピードで放物線を描きながら飛んだそれは――キラか、それともメイリンか。誰かの銃弾によって跳ね返り、皮肉にも、マネージャー自身の足元で爆発。
 吹き飛ばされた彼女は、ぐったりと血溜まりで動かなくなり。
 ……さらにアスランが数人を撃ち倒したあと。

 突如、上空から舞い降りてきた、黄金のモビルスーツ。
 見間違えようもない、先のオーブ攻防戦に乱入してきたカガリ・ユラ・アスハの搭乗機が――野外劇場に降り立った直後に。

 ひときわ重く、轟いた銃声。

 踊るように鮮血を散らし、倒れた “ラクス” の髪飾りは……星型だった。



「我々が到着したときには既に、この有り様で――どうにかデータを復旧し、拾い出せたのはこれだけです」

 半壊した狭いモニター室には、ぴりぴりと張り詰めた空気が漂っていた。

「護衛たちは、ほぼ即死。いちばん酷くやられているのはマネージャーです。おそらくラクス様をお守りしようと、最後まで奴らに抵抗したんでしょうが……」
「しかし連中は、どうやってここを調べたんだ? 俺たちだって評議会から密命を受けるまで、ラクス様がコペルニクスにいることすら知らなかったのに」
「まさかザラが生きてたって噂を聞いて、ご自分から呼び出した……とか? ロゴスに手を貸すなんてどういうつもりか、問い質そうと思って?」
「だったら奴を前にして、ああまで驚きはしないだろう」

 ラクス捜索に出ていた士官級の軍人らが、連絡を受けて駆けつけた先は、老朽化のため使われなくなって久しいという野外劇場だった。
 オープン時は “森のコンサート会場” なんてイメージを売り文句にしていたらしく――自然に囲まれていると言えば聞こえは良いが、人はおろか車通りもほとんど無いような辺鄙なところにあって、管理人すら置かれていない。
 ただ土地の所有者が、産業ゴミの不法投棄などを牽制するため、定期巡回を委託している警備会社の監視カメラが申し訳程度に回っているだけの。

「じゃあ、護衛の中に内通者がいたってのかよ?」
「もしそうなら、わざわざザラを呼んで危ない橋渡らずに、毒を盛るなり事故死に見せかけるなりしてるだろ。ずっとラクス様に同行していればいくらでも機会はあったはずだ」
「内通……そうか!」
「なんだ?」
「 “ハロ” だっけ? あの英語をしゃべるロボット――あれって確か、アスラン・ザラが、ラクス様に贈ったものなんだよな?」
「ああ、そういう話を聞いたことはある」
「元から裏切ってたんなら、彼女や議長の様子を探るために、発信器か盗聴器を仕掛けていた……とか」
「有り得るな。遺留品は?」
「衣類などの日用品はホテルに残っていましたが、例のペットロボットは見当たりませんでした。連中に持ち去られた可能性が高いですな」
 白服の一人が、重々しく肯いた。
「しかし撃たれたラクス様の容態が気掛かりです。命に障る傷ではなく、奴らに囚われているだけならまだ良いのですが……」
「とにかく即刻、オーブ政府――いや、今はコペルニクス当局へか? アークエンジェル一派を引き渡すようにと!」
「早まるな。まずは評議会の指示を待って……」
「そんな悠長な! ここでグズグズしている間にも、ラクス様のお命が危ないかもしれないというのに――」
「だからこそだ! 下手に奴らを刺激して、人質として盾に取られたらどうする!」
 ああでもない、こうでもないと意見や憶測を交わす男たちの中で。
「…………」
 眉間に皺を寄せたイザークは、終始無言だった。

 属する隊の長に従って、ディアッカも発言を控える。
 本当にボディガードは “全員” 殺されていたのか、半端に監視モニターを壊して去った犯人はアスランたちか、記録映像の損傷部分はどういった内容だったか――疑問は山ほどあったが、口を挟める雰囲気じゃない。

 今は、ここにある証拠物件がすべてだ。

×××××


 ミーア・キャンベルは撃たれて死んだ。
 ……ラクスを庇って。

 それがアークエンジェルに戻るなり報された、例の “情報提供者” に会いに出掛けた結果だった。

 誘い出されて赴いた野外劇場で、見つけた彼女を、なんとか説得しようと試みて。
 分ってくれた、無事に連れて帰れるとホッとした矢先――プラント政府にとってはVIPであるはずのミーアすら、巻き添えにしてかまわないといった激しさの銃撃に遭い。
 どうにか返り討ちに出来たようだと気を緩め、迎えに来たロアノーク機に乗り込もうとしていた、そんなときに。
 息の根を止め切れていなかった敵の、一撃によって。

 おそらく艦に届いたメッセージそのものが、罠だったんだろう……と。


 ミリアリアが帰り着いたときにはもう、すべてが終わってしまったあとで。
 コペルニクスの警察局から呼び出しを受けた、マリューが総責任者として、ラクスたちと入れ替わり留守にしていてた。
 プラント政府が先に動いたのでなければ、アカツキの発進について。
 いったいなんのつもりだ市民に対する威嚇行為か、といった類の苦情だろうから――どうにか、今後の対応策を練るための時間を稼いで帰ってくると、ノイマンに艦を託して。

 しかし対応も何も、一連の事件における生き証人だったミーア・キャンベルは殺されてしまった。
 イザークが危惧していたように、DNA鑑定やアイリーン・カナーバとの対面も、ラクスが命を狙われ続けていた被害者だと証明する手段にはなりそうもない。

 だんだん増してくる衝撃と混乱に、途方に暮れたまま。
 ミリアリアは、ミーアの遺体が安置してあるという霊安室へ向かった。


 薄ぼんやりと照らされた部屋の中央に、瞳を閉じて横たわる少女は、やっぱりラクスと瓜二つで。
 目に映る範囲では撃たれたという傷も見えず……ただ、眠っているだけみたいだった。
 けれど、呼吸は無く。
 肌も白さを通りこし、透きとおるように青褪めて。
 あの日、ディオキア基地で――軽やかに飛び跳ねながら、大観衆の前で歌っていた少女は、もういない。

 自分以外に動くものなどいないと思い込んでいた、そこで。
「!?」
 不意に聴こえた衣擦れの音に、ミリアリアは、悲鳴こそ上げなかったもののビクッと竦みあがった。

「ら、ラクス……? ずっとここにいたの?」

 おそるおそる振り返ってみれば、壁際に置かれた椅子にぽつんと座っている、華奢な人影は。
「……お帰りなさい、ミリアリアさん」
 もう、お聞きになったのですよねと、どこか虚ろに儚げな笑みを浮かべ、

「助けられませんでした」

 うつむき、囁くような声で呟いた。
「助けて、殺されると――議長ではなく、アスランでもなく、わたくしを呼んでくださったのに」
 彼女は両手に、なにか握りしめているようだった。
「それは?」
「ミーアさんからいただいた、手紙です」
 そうと聞けば内容は気になったし、傍に近づいても隠されはしなかったため、読んでもかまわないんだろうなと覗き込めば。

[ ラクス様へ  助けて!! 私、殺される―― ]

 手紙と呼ぶには短すぎるような、手のひらサイズの白いカードだった。
 末尾に “ミーア” と署名がある。

 この手紙が、みんなを野外劇場に “誘い出した” わけか。
 脅されて強制的に書かされたか、それとも多少は襲撃者の目的を知ったうえで保身の為に……? ラクスを庇ったという話を聞く限り、おそらく前者だろうと思われるけれど。
 真相はどうだったのかすら……今となっては、闇の中。

 相槌に困り、しかし、なにも言わず出て行ってしまうのも気が引けて――視線を泳がすものの。
 薄暗い霊安室にあるのは、同じ顔の少女がそれぞれ横たわり、腰掛けている、寝台と椅子くらいで逆に落ち着かない。

 結局、見るともなしに、カードの文面へ視線を戻したミリアリアは。

「……ラクス、ちょっと!」

 ふと引っ掛かることがあり、メモとペンを胸ポケットから引っぱり出した。

「ラクスって書いてみて」
「は?」
「いいから!」
 そうして筆記具を、戸惑う少女に押しつける――ひどく心を痛めているんだろう相手に、いきなりなにをやらせるかと自分でも思うけれど、書いてもらわなきゃ分からない。
 サラサラと5秒も要さず終えられたそれを凝視しつつ、さらに促す。
「あと、助けてって」
「あの……?」
 ラクスはいよいよ困惑しているようだったが、とりあえず言われたとおりにといった感じで書いてくれた。
「ええっと、これで宜しいでしょうか?」
「違う――」
 メモとカードを見比べながら、ミリアリアが眉根を寄せたのに。
「え、違います? たすけて?」
 訳が分からないといった面持ちで、小首を傾げるラクス。
「ごめん、ありがとう!」
「み、ミリアリアさん? 待ってください、どうなさったんですか……!」

 一方的に言うだけ言って悪いとは思うが、とにかく今は時間が無い。
 それに思いついたはいいが、すでにマリューたちが考え検証して使えない手だと判断済の可能性だってある。
 ラクスへの説明は後回しに、ミリアリアは、ひとまず艦長代理の立場にあるノイマンを探しに走った。



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ミーアの最期。必然であったようにも、避けられた死であったとも思います。ただ、アスラク+メイリンまで号泣、さらには47話で延々ミーアメモリアル……あんまり悲しいでしょ悲しいよね泣かないなんてありえないよね!? みたいな演出されると、なんだかなぁと思うのです。