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■ SIGN 〔1〕


「しかしザラと、一緒に逃げたメイリン・ホークは分かるとして――誰だ、こいつは? 特殊工作員の類にしては、たいした腕前にも見えないが」
 あらためて記録映像を再生しながら、指差されたキラの姿に、眉根を寄せた誰が口を開くより早く。
「…… “ストライク” のパイロットだ」
 駆けつけた面々のうち一人が吐き捨てた答えに、狭い室内は騒然となった。
「ストライクだって!?」
「本当か、それは?」
「ダイダロス基地を調べていたときに見つけたんですよ。前大戦で使われていた機体データや、パイロットの顔写真を――」
 周りとは少しばかり別種の驚きに、ディアッカもそいつを凝視する。
「それよりは、いくらか年取った感じだけど……間違いない」
 やっぱり虫も殺さないような顔してやがるぜ、と独り言めいた呟きをこぼす男を中心に、
「なるほど。二年前、連合がオーブに攻め入ったとき、あれはオーブ側について戦っていたからな。そのまま亡命して軍にでも入ったんだろう」
「ザフトの敵に回って、婚約者まで裏切って。今はストライクのパイロットがお仲間かよ? ザラの野郎――」
 舌打ち混じりに話し続ける兵士らを、ギッと一睨み、

「突っ立ってしゃべっているだけなら外へ出ろ、ジャマだ! ただでさえノイズに紛れてほとんど聞こえん、奴らの会話がなおのこと聞こえんわ!!」

 いきなり場を仕切りだしたイザークは、こっちに向けて苛々とまくしたてた。
「もう一度データ復旧をやり直せ! 情報課の責任者なら、こういったモノにも詳しいだろう!?」
「そうですね。ものの見事に壊されていますから、あまり期待されても困りますが……専用の機材を使えば少しはマシになるでしょう」
「ならば軍本部に連絡して、一式持って来させよう。他に技術畑の者は? 要望は?」
「あ、はい」
「機材さえ揃えば、他はこれといって――」
 ぱらぱらと手を挙げた連中に頷いて返し、さらに言う。
「ディアッカ、貴様もここにいろ。証拠隠滅や偽装工作のために、奴らが引き返してくる可能性も無いとは言い切れんからな……警戒しておけ」
「りょーかい」
 なにしろ記録映像を半端に破損させていった犯人が、今この場にいる誰かってことも有り得る。
 そこまで考えての割り振りかどうか判らないが、イザークの命令は願ったりだった。
「ここは月面だ、連中が逃げ込む先は “アークエンジェル” 以外に考えられん。オーブ側の言い分を聞くにしろ、強制捜査に踏み切るにしろ、コペルニクス当局と評議会の決定待ちになる――指示があるまでは現場検証、手が空いている者は二人一組で敷地内を巡回! 不審者は見つけ次第、即刻取り押さえるんだ。いいな!?」
「はっ、はい!!」
 噛みつきそうな剣幕に押された十数人が、びくっと縮こまって頷き。
「ええい、それにしても……まだプラントに繋がらんのか? 議長は? シュライバー委員長の応答はッ!?」
 イザークは、ひたいに青筋立てたまま、見る影も無いモニター室を出て行ってしまった。

×××××


 アークエンジェル艦内。
 ノイマンを探し歩いていた通路の途中に、キラと、もう一人。

「……アスラン!!」

 取っ掛かりになりそうな人物を見つけ、開口一番に問いかけた。
「ミーアさんって、ディオキアや他のザフト基地で、どんなとこに出入りしてた?」
「は?」
 ミリアリアの勢いに面食らったか、質問の内容に虚を突かれたか――アスランの反応はひどく鈍かった。
「お気に入りだったレストランとか雑貨屋とか、なにかひとつくらいあるでしょ女の子なんだから!」
 気が急いて詰め寄れば、さらにたじたじとなって。
「え? いや……どんなと訊かれても」
 視線を泳がせ、助けを求めるようにキラを見るが、きょとんとした彼の顔に答えが書いてあるはずもなく。
「確かに、寄港先で顔を合わせることはあったが、だいたいは議長や同僚と一緒にで。そういった話自体した覚えが――」
 こっちに向き直ると、ひどく歯切れ悪く言う。
「いや、ミーアはよく喋る方で、食事の好みから何まで質問攻めにされることも多かったんだが……彼女が、なにを好きだったかは、俺には」
 あー、ダメっぽい。
 ――っていうか、まず先に結論を言ってくれないかしら?
 ディオキア市街のオープンカフェで、復隊した経緯を事細かに聞かされたときも思ったけど。
 いつだったかボヤいていた “誰かを説き伏せよう” としているときも、こんなふうに要領を得ないんだとしたら、昔のカガリ以上に交渉事には不向きだろう。
「つまり知らないわけね?」
 内心イラッとして遮ると、アスランは、さらに数秒口ごもってから肯いた。
「あ、ああ。すまない、分からない」

 まったく、もう!
 どんな事情にしろ “歌姫の婚約者” って立場に収まってザフトにいたんなら、彼女の行動範囲くらい把握しときなさいよ、甲斐性なし!

「……そう、時間取らせて悪かったわ」
 危うく口を突いて出かけた悪態の数々を、ラクスに負けず劣らず憔悴した様子の相手を前に、どうにかこうにか飲み込んで。
「ねぇ、キラ。ノイマンさん、どこ行ったか知らない?」
 問いと対象を切り替えれば、
「ノイマンさん? ブリッジにも部屋にもいないんだったら――」
 ちょっと考え込んだあと、キラは、思い出したように答えた。
「ああ、展望室じゃないかな。ちょっと前に、あっち方面の通路を歩いてるとこ見かけたよ」


 礼を言って二人と別れ、走って飛び込んだ展望室にて。
 帰艦の挨拶もそこそこに本題を切り出したミリアリアを、しげしげと見つめ、ノイマンは面食らったように復誦した。


「……筆跡鑑定?」
「はい」
 頷いて、メモ用紙を掲げてみせながら、
「これ、さっきラクスに書いてもらった字なんですけど。彼女が持ってた―― “助けて、殺される” ってミーアさんからの手紙と、比べてみたら」
 しまった、あのメッセージカードも借りて来ればよかったと、少し後悔したけれど。
「ラクスの名前は、見た感じそっくり同じで。たぶん、昔からのファンに怪しまれない為に、似せてサインする練習してたんだと思うんですけど…… “助けて” って筆跡は、まったく違ったんです」
 誰が見てもそう思うかをチェックする必要もあるし、マリューが帰ってきた後にでも、みんなで一緒に確認してもらえば済むことだ。
「それに名前も、どんなに似せたって機械じゃなくて人間の手書きですから。専門家に分析してもらえば、癖というか違いが判るかもしれないし――」
「だが、それは」
 ノイマンは、顎に手を当て考え込み。
「二人の顔や声は酷似していて、どちらが本物かという区別も付かず。プラント側には世間の信用があって……こちらはロゴス支援国家と思われているぶん、不利だろう?」
「ええ。それにプラント中枢に干渉できるなら、ミーアさんが代役に決まった時点で、いつ偽者騒動が起きてDNA鑑定を要求されても困らないように、婚姻統制で使われていたデータには細工してるでしょうし――ラクスには、お父様が亡くなってから、親戚もいないって言うし」
 ミリアリアも、イザークに聞かされたことを頭の中で整理しつつ応じる。
「エクステンデッド問題で公になった記憶操作の技術があるから、ラクスだけが、いまさらカナーバ前議長と対談したって証明にはならない……筆跡だって、それだけじゃなんにもならないでしょうけど」
 あの文面は、つぎはぎなんかじゃない一枚の紙に、ちゃんとペンの手書きで。
「 “助けて、殺される――ラクス様” なんて」
 物証としての有用性は少々心許ない気もするけれど。
 推理ドラマによく出てくる、そういった遺留物を調べる……鑑識、だっけ? 公的機関の専門家に調べてもらえれば。
「 “本物のプラントの歌姫” には、そんなこと書く理由がないでしょう?」
 書くとすれば身近な人間に監視されていたか、あるいは自らラクスたちを誘き寄せようとしたか――どちらにせよ、姿や名前を偽っていた方だ。
「パソコン使ってたら字を書くことってあんまり無いし、それこそVIP待遇ならサインくらいしか、しそうにないけど。でも……彼女たちみたいなアイドルって、大抵、コンサートの後にサイン会するじゃないですか?」
 以前、取材に訪れたディオキア基地でも、ファンの求めに応じている姿を目にした。
「殺されるとか、ミーアとかは、さすがに書くことなかったでしょうけど。ザフト兵相手にサインしてたなら、ちょっと時間に余裕があるときは、なにか一言メくらいッセージも添えてたんじゃないかって思うんです――街の人たちを助けてくれてありがとう、とか、そんなふうに」
 カードからも検出されるだろう “指紋” はどうかとも、考えてみたが。
 記憶にある限り、テレビに映るステージ衣装のミーアは、常に白い手袋をしていて……アスランが、彼女が個人的に出入りしていた場所に疎いとなると、まだ筆跡鑑定の方が期待できる気がする。
「そうか。政府関連施設の文書は処分出来ても、さすがに、一般人の所有物にまでは手の出しようがなかったろうな――ラクス本人の筆跡も、昔からのファンが持っているサイン色紙があれば」
「はい。だから、ちょっと知り合いのジャーナリストに頼んで、プラントと地球の両方で探してもらおうかと……」
 なるほど瞠目したノイマンは、しかし、すぐに難しい表情に戻ってしまい。
「いや、だが――呼び出しそのものが罠だったなら、向こうは、監視カメラくらい仕掛けていただろう。敵にとっては都合の悪い会話や、彼女がラクスを庇って撃たれたという瞬間も映っているだろうからな――また、削除改竄したものを公式発表に出してくる可能性が高いと思う」
 嘆息して、頭痛を堪えるように顔をしかめた。
「ザラたちが “ラクス・クライン” を連れ去り、脅して、例のカードを書かせたあとに殺したと……あくまで、オーブ側の偽装工作として片付けようとするんじゃないか?」
「う。そっか、そうですね――」
 どう足掻いても濡れ衣が増えるだけかと、肩を落としたミリアリアと入れ替わりに、
「……待てよ」
 ノイマンは、はっと顔を上げた。
「撃たれた “歌姫” は即死。そうでなくても致命傷を負って、脅されたってマトモに字なんか書ける容態じゃなかったと――検死結果に出れば、その心配はなくなるか」
「即死……だったんですか、彼女? あんまり詳しく聞いてないんですけど……」
 おおまかな話を教えてくれたチャンドラは、現場に居合わせた訳ではなかったし、メイリンも泣き腫らした瞳をしていて、ラクスたちは言わずもがな。
「ヤマトの話では、ほぼ即死といった感じだったな。撃たれたあと、二言三言、ラクスに残してそのまま事切れた――アークエンジェルへの搬送や医者は、どう急いでも間に合うものじゃなかったと」
 ノイマンにだって、事細かには訊くのを憚られる雰囲気だ。
 この事態を招いたそもそもの原因に考えを巡らせれば、消沈するなという方が無理な話ではあるけれど。
「なんにせよミーア・キャンベルの亡骸は、事の経緯を洗い浚い伝えて、筆跡鑑定も含めコペルニクス当局に託すしかないか……」
「オーブ軍や警察が調べたって、また疑われるだけだから。その方が良いとは思いますけど――」
 中立都市とはいえ。
 いや、だからこそ、揉め事の巻き添えなど避けたいはず。
「そもそも引き受けてもらえるのかしら? 今のアークエンジェルの評判って、悪いどころの騒ぎじゃないですよ。世間的に」
 それはもう、クルーゼ隊に追われ逃げ惑っていた昔の比じゃなく。
 関わりたくない軍艦ランキングがあったら、ぶっちぎり1位に輝くんじゃないかというくらいに。
「……艦長が、当局と、どう話をつけてくるかだな」
 窓の外へ眼をやったノイマンは、問題のカードとも見比べてみたいし、ひとまずブリッジに戻ろうと促して先に歩きだした。



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……だって消去法でいくとコレくらいしかマトモな物証らしいもの無いというか。シャトル乗っ取り騒ぎのときに、ラクスが、これみよがしにサイン会やってたのとか、赤ハロが咥えて飛んできた代物がアナログな手紙だったのとか、伏線じゃなかったんなら何の意味が……?